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追伸、愛しています  作者: 聡子
第3章
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02. 冷たい結婚式

 スラリとした騎士が結婚式の準備に、と案内してくれたのは王宮内にある教会の隣の部屋だった。帝国側の侍女も数名用意されていたが、湯浴びの手伝い以外は丁重にお断りした。嗅いだことのない独特な花の香りがマリアンヌの体を包み込む。



 「非常識すぎますよ!」

 髪を結いながら、ぷんすか怒る。今まで自身を避け続けてきた人とまるで別人かのように、随分とマリアンヌに肩入れをするティエラ。だが、そんな昔のことはもういいや。今は自分の味方が一人だけでもいてくれることが何より心強かった。

 「エンリケ国王はこのことを知っておられるのですか?帝国から誰も参加しない結婚式なんて、姫様に対しての侮辱ですよ!」

 「私は大丈夫だから…」彼女の怒りを、手前に置いてある鏡越しに制止して問いかける。「ティエラ、私上手く笑えているかしら?」


 鏡越しのティエラは眉を下げていた。不憫な自分の主人に同情してなのか、それとも何と声をかけて良いのか悩んでいるからなのか…。

 マリアンヌもそんなティエラへの対応に困り、自身の着ているドレスをサラサラと触る。


 白い純白なドレスに、きめ細やかなレース。

 これは決してリーツァン王国が用意してくれた花嫁ドレスではない。

 ソフィアお姉さまがデザインし、ナタリー帝国から持ってきていたマリアンヌ専用のウェディングドレス。

 そう、このウェディングドレスはお姉さまが出国前に用意してくれたもの。あの時はなぜ後から配送することを選ばず、わざわざ荷物として一緒に持って行かせるのか、と疑問に思っていたのだが、もしかしたらお姉さまはこのことを予測していたのかもしれない。

 ソフィアの思いがたっぷり詰まったドレス。私は一人ではないのだと勇気を与えてくれる唯一無二のドレス。これだけでマリアンヌは心が落ち着くのだ。もう、こんな無礼な結婚式のことなどどうでもよく感じるほどに。


 「とても美しいです。姫様」


 「ねぇ、ティエラ」だからマリアンヌはもう全てを受け入れる。「私、もう姫ではなくなるのよ。この結婚式の後は、奥様って呼んでね」


 「もちろんです。でも、今だけは姫様と呼ばせてください…」



*****



 式は王宮内の教会で行われた。

 ナタリー帝国からの参列者はもちろんいない。


 護衛のミカエルもこの突拍子のない申し出に初めは静かに抗議を述べていた。だが、受け入れられないと一掃されると、今度は何人かの騎士も式に参加できるよう、掛け合っていた。まぁ、受け入れられるはずも無かったけど。


 だから、この式は、リーツァン王国の国王陛下と王太子、王太子妃の三人。


 そして…


 「本当に私が一緒に歩いてもよろしいのですか?」

 「もちろんよ。だって、ミカエルは式場に入れないし、全く関わりのない帝国の人と歩いたって味気ないわ。だから、ティエラ、私の王女としての最期の我が儘を聞いてくれない?」


 そして、ウェディングロードを共に歩いてくれるティエラ。

 たった四人だけが参列する、小さい結婚式。


 神父の声は思いの外若く聞こえた。


 ティエラにベールをかけられて、新郎のいるところまでの長くも短いアイルをゆっくりゆっくり歩む。

 ティエラと歩むこの道が永遠に終わらなければよいのに、そう思い、願いながら。

 だが、残念ながら終わりは来てしまう。ティエラは丁寧にお辞儀をしマリアンヌの元から立ち去っていく。

 そしてようやく新郎と向かい合った。


 ベール越しにはその顔立ちまでははっきりと確認が取れない。ただ、思ったより背丈あるんだな、と他人事のように感じていた。

 

 新郎の手は迷うことなく颯爽とベールへ向かい、躊躇なくそれは持ち上げられる。


 ようやく、自分の結婚相手と初対面する。


 無茶な申し出ばっかり言うものだから、意地の悪い顔つきなのかと思っていた。

 英雄とよばれてもいるものだから、とてもいかつくて、体のごつい怖い男だろう、そう思っていた。


 だが、目の前にいる男は想像したよりもずっとずっと見目麗しい青年で、とても騎士とは思えないほどスラリとした体格の持ち主だった。

 

 これが始まりと終わりの騎士、レイ・フローレンス。


 男の青い水晶玉の瞳と視線が絡み合う。


 ドクン


 大きな胸の鼓動と共に、かつての姉の言葉が思い起こされた。



 『一目見たらね、時が止まるのよ。電流が走ったみたいに。その人と二人の世界にいるような不思議な感覚になるの』



 お姉さまの言葉通り、その男の青い瞳に時が止まるのを感じた。


 だけどそれは運命を感じたからだとか、そんなものではない。

 彼の白銀の髪が見た目と違って実は少し硬いとか、彼は嘘をつくときに少し口角をあげるとか…。誰かの記憶が、ゆっくりと朧気に流れてきたから。


 - 私は彼を知っている…


 帝国の憎むべき敵の彼と、帝国で手厚く保護されていたマリアンヌは全く面識なんてない筈だ。だけど、胸のざわめきがそうではないと否定する。


 - これが恋に落ちるという現象?


 だが、それにしては彼を目にして湧き出る感情が具体的すぎるのだ。


 ずっと会いたかった人に会えた喜びなのか、男が今まで見たことない冷たい視線で自身を見下ろしていることに対する悲しさなのか…。複雑な感情にマリアンヌは一筋の涙を流す。



 固まったまま動かず、自身を見つめを涙を流している新婦を目の前に眉間に皺を寄せるレイ・フローレンス。



 だが、そんな不機嫌な顔にもなぜだかマリアンヌは懐かしさを感じるのだ。

 そして、ずっと彼に逢いたかったような、彼に触れたかったような、そんな欲望が自分の中に湧き始めてくる。


 こんなに無礼な男なのに。帝国の敵なのに。憎むべき相手なのに…。

 感情と理性が一致しない。すごくすごく不思議な感覚。だけど、嫌いではなかった。


 神父の声が遠く聞こえる。


 男の顔が近づいてくる。


 瞬きせずにじっとその行為を見る。


 だが、男はどこにも触れることなく、行為のフリだけして離れていく。


 残念に思った。


 - お姉さま、私、どうしちゃったのかしら?


 顔を上げた新郎が、自身の背後に目をやった時の、あの驚いた顔。そして、戸惑いを隠せない表情。


 何を見て驚いたのか検討もつかない。けれど、自身に向ける冷たい視線とは異なり、それが温かなものであったから…。マリアンヌは少しの嫉妬と、苦くて苦しい思いを初対面の男に抱き始めていた。


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