表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追伸、愛しています  作者: 聡子
第1章
2/64

02. 卒業式前日

 「卒業…か」


 そう言葉を落とすルナは、漆黒色の長い艶のある髪に薄いグレーの瞳を持つ、見目麗しい令嬢へと成長していた。


 このリーツァン王国では国民は12歳から16歳までの四年間、身分問わずに皆、教育の義務がある。ルナもその法律に従って、この国で一番大きい王都のマルクス学院に通っていた。なぜ領地の我が家から近いところではなく、王都にある学院を選んだのかというと、二歳年上の義兄のレイが領地を離れ、この学院に通っていたからである。

 レイの事が大好きなルナは少しでも離れたくなかった。だから、義両親の反対も押し切って王都にあるハウスタウンへと身を寄せ、マルクス学院へと入学することとなったのだ。


 だが、レイとの甘い学院生活を思い描いていたルナにとっては悪魔の四年間となる。二つも年が離れていた為、満足に学院内で会うこともできず、専攻学科も異なっていた為、実習の多いレイとは家でも会えない日々が続いたから。挙句、レイは学院卒業後、エスカレーターで騎士となり王城近くにある寮に暮らすことになったのだ。

 義兄を追ってきたルナにとっては、寝耳に水だった。自分たちの関係を誰も知らない町にいけば、レイと昔のような関係に戻れるかもと淡い期待も持っていたから。でもそうではなかった。例え領地を離れようが、二人が兄妹という事実は変わらない。レイは距離が近すぎるルナを意図的に遠ざけ、領地での日々以上に二人が過ごす時間は少ないものになっていた。


 だから、王都での日々は全く楽しくなかった。


 領地で義母とのんびり過ごしていたころを恋しく思い、いつも早く卒業し領地に戻りたいと願っていた。なぜ義両親の反対を押し切って王都まで来たのだろうと、後悔もしていた。




 そしてようやく16歳となったルナは明日、この学院を卒業する。

 この日をずっと心待ちにしていたはずだった。だが今のルナにはとても複雑な思いが渦巻いていた。



 「ああ、卒業したくないわ~」

 そう言葉を返すのは、赤毛のくるくるしたくせ毛がチャームポイントの可愛らしいご令嬢。ラングシュタイン侯爵家、リリアナ嬢である。ルナの学院での唯一の友人だった。

 「卒業後はあっという間にデビュタント・ボールがきて…。そうしたらすぐに大人の仲間入りよ?あぁ。大人になんかなりたくない…」

 「リリー、そういう時はお茶会よ、お茶会。そして、大人になっても学生気分を忘れずに、あのドレスが可愛いだとか、あのアクセサリーが流行りだとか、たくさん話せばいいじゃない」

 「だからいつまでたっても考え方が子どもって言われるのよ?」リリアナは無邪気に笑うルナにため息をつく。「ルナはデビュー後すぐにグレイグ様と結婚するじゃない。次期公爵夫人様よ。わたしとは身分が違うの。こうして今みたいに気軽に話をすることもできなくなるわ…」

 「そんな事言わないで、リリー。身分なんか関係ないわ。私たちが親友であるという事は一生変わらないのよ?それに第一、グレイグ様は次男よ。何度も言ってるけど、彼は爵位を継げないの。長男のアレックス様によほどのことがない限りね」

 「変な法律よね~。あんなにも有能な方なのに…」



 ロングベルト公爵家次男、グレイグ・ロングベルト。ルナの婚約者である彼こそがルナが頭を悩ませている原因だった。



 偶然知り合ったルナとグレイグの仲は、当初は顔見知り程度のものだった。だが、毎日のように顔を合わせていくに従い、身分差などなんのその。いつしか二人の仲は、遠慮なく言葉を交わしあえる唯一無二の友人関係のものへと変わっていた。


 だが、それもグレイグの卒業間際の時までだった。


 ある日ロングベルト家からフローレンス家に一通の書簡が届いた。それは、ルナへの婚約の申し入れのものだった。我が家に有利な条件ばかりで、ロングベルト家にとって有益なものは一つもなかった。ただ、これが次男であるグレイグの最初で最後の頼み事だったから。たったそれだけの事で彼らはフローレンス家にこの書簡を送ってきたのだ。


 義父は急いで馬車を飛ばし、公爵夫人に隠していたはずのルナの事を包み隠さずに話した。だが、彼らはそれだけで断ることはしなかった。快くそれでもいいと受け入れたのだ。むしろ、その方が都合がよいのではないか、とも。彼らはフローレンス家の全てを知っていた。弱みも握られていた。侯爵家である我が家は何もできず、この婚約を受け入れるしかほかなかったのだ。


 義父でも手も足も出なかった。だからその後、グレイグと二人きりになったタイミングを見計らってこの婚約を解消してもらうよう、涙ながらにルナは説得した。だが、グレイグはただ一言、



 『俺が君と結婚したいんだ。絶対に幸せにするから』



とだけ答えた。




 ルナは目の前が真っ暗になった。

 グレイグの言っている意味が理解できなかった。


 彼はルナにとって、リリアナに次ぐ心の友だった。その上、リリアナも知らないルナの生い立ちを知っていたのだ。儚く淡いルナの恋ごごろも理解していたはずだ。婚約だって、結婚だってしたくない。ただ、領地で義兄を思いながらひっそりと暮らしたいだけ。そう願うルナの気持ちを。

 だから同時に、なぜグレイグが両親にそんな願いをしたのか、理解に苦しんだ。だから悲しかった。そして激しく憤った。



 公爵家という高貴な身分で、お金持ちで、人を惹きつける容姿であるグレイグ。だが、多数の女性が羨望する彼との婚約も、ルナはまだ受け入れる事ができなかった。

 グレイグの心内が理解できなくなったルナは、次第に人間不信になっていく…。




 しかしルナの心の叫びが受け入れられることなく、瞬く間にデビュタント・ボール後に正式に籍を入れるところまで話が進んでしまったのである。




 「あんなに女たらしで有名だったグレイグ様もおかしいわよね、こんなにブラコンのルナを結婚相手に選ぶなんて」


 リリアナは号泣するルナから婚約の話を聞かされたあの当時からずっと疑問だった。グレイグとルナが放課後よく密会しているのは知っていた。彼女もその場にいたことは何度もあるから。だが、二人が知り合ったのはレイがきっかけであり、グレイグもルナのおかしな感情を知っていたはずだ。ルナの兄に対する強い執着を。


 なぜもっと話し合った上で婚約の申し込みをしなかったのか。グレイグに対する不信感と、ルナの心がいつしか壊れてしまわないか、という不安でリリアナは顔には出さないものの、激しく心配していた。


 「でもね、ルナ?グレイグ様の想いがルナに一途なのは、私にも分かるわ。今はルナの気持ちが追いついていないのかもしれない。でも、きっと大丈夫だから、そんなに気落ちしないで」親友に対して唯一言える慰めだった。「何かあったら私がすぐに駆け付けるから。いつでも手紙を書いてね。それがどんなにトリッキーで、あり得ないことだったとしても、私は信じるわ。ずっとずーっとルナの味方なんだからね」


 リリアナの温かな声にルナは優しく微笑み返す。

 学校での大きな財産は間違いなく、親友のリリアナだ。

 結婚だけでない。卒業したらこの大事な親友ともこうして毎日顔を合わせる事だってなくなるのだ。

 

 迫り来る別れの時間に、ルナは今日何度目かのため息を落とした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ