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追伸、愛しています  作者: 聡子
第2章
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07. 別れと旅立ち

誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

気を付けます…。m(_ _)m

 「何で、何で…」


 ソフィアは目を真っ赤に染めて、マリアンヌの肩を激しく揺らす。

 なぜ、いつもマリアンヌなのだろうか?

 なぜ、マリアンヌばかり辛い道を辿らねばならないのだろうか?

 誰にこの怒りをぶつければよいのか分からない。

 とうとうソフィアのアメシスト色に光る瞳から、大きな涙の粒が零れ落ちる。


 「お姉さま、もう決まったことよ?笑顔で送り出して」


 母の愛情を知らないマリアンヌ。

 巫女の力のせいで利用されてきたマリアンヌ。

 それでもなお、自分の命を削ってまで未来を変えようとしたマリアンヌ。

 そして、ついに記憶を失ってしまったマリアンヌ。


 彼女が大好きだった騎士サンの行方も分からない。

 再び恋も愛も知ることなしに、敵国に嫁ぐなんて。

 それも…、なんでまた…。


 「なんで、なんで!!なんでいつもマリアばっかりなの?あんな国に行ったらどんな扱いをうけることか!!!目に見えているわよ!なんで承諾なんてしたの!!なんで…。私に一言相談してくれても良かったのに…」


 少数民族を虐殺した冷酷な国。

 変な言いがかりで、一方的に停戦協定を破った常識の通じない国。

 兄、レオン第一王子の胸に長い剣を貫かせ、遺体を送ってきたあの忌まわしき国。


 加えて妹の婚約相手はこの帝国を王国民の誰よりも恨んでいると噂されている、あの始まりと終わりの騎士、レイ・フローレンス。


 なぜこんな突拍子もない話が自分ではなく、マリアンヌの元へといったのか?ソフィアは理解に苦しんだ。

 この国の国王である自分の父に、そして政に関わる全ての者に不信感を募らせる。


 だが一方で、マリアンヌは全てを既に受け入れていた。自分にしか果たせない王族としての役割だ、とソフィアをきつく抱きしめ説得する。


 「ありがとう、お姉様。でも両国間の平和のためには必要なことなの。分かって…」

 「でもお相手はあの騎士なんでしょ?マリアが幸せに暮らしていけるなんて、私、想像がつかないわ。きっと酷い待遇を受けるに違いないわよ…。ねぇ?早まらないで。もう一度父上に相談しに行きましょう?」

 「それは帝国民、みんなが思っていることよ」マリアンヌは決してソフィアの説得に応じることはない。「騎士様と縁を結んで、私が幸せになれるかは分からないけれど、問題なく平穏に暮らすことで国民の持つ王国への敵対心や恨みが和らぐはず…。すぐに結果が出なくても、少しずつでいい…。きっと平和な交流が始まるきっかけになるわ」

 「でも、マリアでなくとも…。そういう話はまず私のもとへ来るはずなのに…」

 マリアンヌはゆっくりと首を振る。ソフィアに自分の決断の真意を悟られぬよう、言葉を選ぶ。

 「お姉さまにはルイス様がいるでしょ?それに、しっかり者のお姉さまではだめなのよ。まだ頼りない私でも王国は安全に暮らせる、ということを国民に伝えなくては意味がないでしょ?」


 確かにこの婚姻の身代わりを決めたきっかけは姉、ソフィアだ。けれども時間と共に自分の行動になにか意味を持たせたくなったマリアンヌ。

 これは彼女の本心でもあった。自分にできることは、か弱いものでも王国は安全に暮らせるところなのだと帝国民に伝えること。それが王女としての与えられた自分の役割なのだと信じて疑わなかった。


 「向こうに着いたら手紙をたくさん書くわ。お姉さまの結婚式にも必ず帰国させてもらう。だから…お願い。笑顔で送り出して」




 国民がこの婚約を知ったのは、マリアンヌの成人祝いの時だった。

 巫女の力を他国に渡すとは何事か、と王宮にたくさんの人が押し寄せた。

 だがその一方で、貿易の再開に期待し、仕事が増えると歓喜に舞う人もいた。



 様々な国民の声が飛び交う混乱の中、マリアンヌがリーツァン王国へと旅経つ日はすぐに訪れた。




*****




 「若いのだから、ティエラは王宮に残ればよかったのに」


 リーツァン王国へと向かう馬車の中、マリアンヌは隣に腰掛ける侍女に話しかける。ティエラは殆ど荷物を持たずマリアンヌに同行し共に王国へと向かう馬車に腰かけていた。彼女は志願したのだ。共にマリアンヌの専属侍女として王国へ行くと。


 「向こうで新しい侍女を用意してもらう予定だったのよ。ティエラまで辛い思いをするかもしれないのに…」


 マリアンヌは不思議だった。ソフィアからは、仲が良かったと話に聞く侍女ティエラ。だが、新たな記憶の中の彼女はマリアンヌにどうも一線をを引いているようにしか思えなかった。自分が記憶を失ったことで彼女に嫌われているものだとばかり思っていた為、彼女の決意には大変驚かされた。マリアンヌが嫁いだ後も、専属侍女として王国へと行き、共に寄り添い、働き続けたい、とのことに。


 「他国へ嫁ぐのに、使用人を一人も連れて行かない王女がいるとは、そんな話今まで聞いたことなどございません」ティエラは眉を下げてマリアンヌに優しく答える。「特殊な婚姻とはいえど、気心知れた使用人一人くらい、王国も文句を言えないはずです」


 確かにそうかもしれないのだが、記憶の無いマリアンヌはどうもティエラを気心しれる使用人だとは到底思えなかった。だってずっと二人の間には見えない壁があったのだから。

 だが、そのマリアンヌの戸惑いの感情を感じ取ったのか、ティエラは寂しそうに言葉を落とす。


 「それにずっと昔に、姫様と約束したことですので…」

 「ありがとう。でも、覚えておいてね?もし、王国で辛いことがあったら、いつでも帰国して良いということを。私がちゃんと責任を持つから」

 「私が姫様を置いて王国を去るなんて、もし天と地がひっくり返ってもあり得ないことです」


 ティエラとの約束も、もちろん記憶にない。だが、それでもマリアンヌは嬉しかった。他国で一人ぼっちではないという事に。遠くの地に行っても、自分の味方が隣にいるという事に。


 馬車の窓から外の景色を見ようと顔を出す。だがそこに見えるのは、二人の乗る馬車を護衛するたくさんの騎士たちの姿だった。


 「王国まではどのくらいかかるの?」

 「だいたい、3~4日と聞いています」

 「良かったら、今までの私たちのことをこの旅路中にでも教えてくれない?」

 「もちろんです」


 気丈に振舞いながら会話をしていたが、実はこの時のマリアンヌの体は震えていた。

 これが帝国を去る寂しさなのか、王国への未知なる恐怖なのか、馬車から伝わる振動なのか…。

 この時はまだ何も分からなかった。

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