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追伸、愛しています  作者: 聡子
第2章
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03. 奇妙な能力 ”巫女の力”

 「ティエラ!今日はサンが任務で王宮に来るそうよ!新作のドレスを用意して!」


 停戦協定から幾年が過ぎ、ティエラは見習いではなく、マリアンヌの専属の侍女となっていた。ティエラは自分の仕えている主人の手元を見て軽くため息を零す。

 どうやって手に入れたのだろうか?

 いつもの赤い封書を大事に胸に抱いている。想像に難くなかった。そこに書いてあったのだろう、目当ての人物が王宮に来る、と。


 当時、マリアンヌの専属護衛の騎士見習いだったサンは、ある事件を解決した後、正式に騎士として任命された。だが、解決方法が少し残虐的過ぎた。その為、サンは王女の専属護衛からは外され、帝国の暗躍者としての任務遂行のため、王宮の黒騎士団に所属することとなった。黒騎士団の任務は国王とその側近以外は知らないトップシークレット。だがサンは、時折王宮内に来る際にはこうして秘密の赤い封書を王女に送り、彼女に報告するのだった。


 「お姫様、それより本日はティーパーティーでございます。メンス公爵家のご長男様も出席されるので、私たちも早く用意して向かいませんと」

 「いやよ、あの人ニタニタした顔が気持ち悪いんだもの。それに今日、すっごく腹立たしいことをするのんだから!まだお茶会デビューしたばかりのホールベン侯爵家の令嬢ちゃんに、ジュースを頭からぶっかけるのよ!しかも理由が何だと思う?俺に触れた、とかでよ?あんな性悪男となんか一緒の空気も吸いたくないわ。王宮に立ち入ることも禁止したいくらい」

 「しかしですね…。メンス公爵家は歴史の古い有力貴族なのですよ。お姫様の言わんことは分かるのですが、中々蔑ろにできない存在なので…」

 「分かってるわよ!どうせあの人が一番の私の婿候補なんでしょ?きっと今回のティーパーティーもどうせお見合いを兼ねているのよ!でもね、どれだけ周りに言われても、彼は私の王子様なんかじゃないわ。嫌悪感しかでないあんな男との婚姻なんて、例え父上の王命だとしても受け入れないんだから!!!」

 しかしティエラは我が儘な王女に食い下がる。

 「例え受け入れられないとしても、お姫様ももうそろそろ許婚がいてもおかしくない年ごろなのです。積極的にティーパーティーに出席して、未来の旦那様を探しませんと!メンス公爵家でなくとも王家の為にも他の有力貴族のところにでも…」

 「いやよ、有力貴族なんて!私は政のコマに使われたくない!それに、お金に困らない生活なんていらないわ。私はサンがいいの、サンじゃなきゃ嫌!!お姉さまばっかりずるいわ。なぜお姉さまは許されて私はダメなのよ!」

 「ルイス様はランドマン家のご子息でいらっしゃられますし、亡き王妃殿下の遠い親族でもあられます。由緒正しい血筋なのですよ。私たちとは天と地ほど身分が違うのです!」

 「そんな…。身分なんて関係ないわ!皆、同じ人間じゃないの…」


 どうも一王女の意見とは思えない。だが、これがティエラの仕えている主人なのだ。全く政略結婚に協力しない我が儘な姫。


 「それに、メンス公爵だけでなくても皆、私の能力が欲しいだけなのよ。だれも私を見てくれる人なんていない…。巫女の力にしか興味がないんだから…」


 そして、”巫女”という不思議な力を持つ王女であった。





*****




 王宮内は緑で溢れている。この帝国が緑の国と呼ばれているのも、一重にこの王宮に足を運び入れた他国の使者がそう帰国した際にでも風潮したのだろう。マリアンヌは蔓や草花で覆われた緑の壁を王女らしからぬ動作で手際よく登っていく。


 サンからもらった赤い封書にはこう記されていた。


 『いつもの場所に14時から30分だけ』



 いつもの場所とは、今は使われていない古い王宮のこと。

 昔、まだマリアンヌがこの王宮に越してきたころ、その古い城は王宮で働く孤児たちの為に解放されていた。まだ王女としての振る舞いも確実なものでなかったマリアンヌは当時、よく部屋から脱走し、ティエラやサンに会いに来ていた。この時の名残である。


 赤い手紙を大事に抱え、もう植物に飲み込まれてしまいそうな建物に足を踏み入れる。


 「サン…?どこにいるの?」


 いつもの部屋に入っても彼はいなかった。時間より少し早かったかしら?マリアンヌは首を傾げ辺りを見渡し、もう少し奥へと足を進める。


 戦争や国民たちの反乱などが原因で、所々の部屋の天井は壊されていた。陽の光が入り込み、それが草木を美しく輝かせているのが何とも皮肉だ。そっと壁に手を触れる。いつかは取り壊しされるのであろう。思い出が風化していくことに少しの焦りを覚えた。


 「こちらです。マリアンヌ姫」


 サンの声が頭上からした。上を見上げ、声の主を探す。暖かな日差しがマリアンヌを優しく照らす。


 「ここです」


 上に人がいるのを確認できた。だが逆光のせいでその人物の顔はよく見えない。代わりに、何か白い粉のようなものがハラハラと上から舞い落ちてきた。


 「いつ崩壊するか分からないのよ?そんな危険なところでなく、下に降りてきてよ」

 「近くに行くと俺の未来を見ちゃうでしょ、姫さんは」


 優しいサンの声にマリアンヌは俯く。

 ”巫女の力”。この力はマリアンヌの意志にかかわらず、人に触れただけでその人物の近い未来を見てしまう。楽しいことであればよいのだが、辛いことや苦しいことなどを見ると、負の感情ごと伝わってきてしまい、かなり気が滅入ってしまう。


 「何か危険な任務にいくの?」

 「そんなことないです。ただ、今回は俺たちにとって特別なんです」


 サンは黒騎士団に入隊してからというもの、幾度も危険な橋を渡ってきた。だが、それもマリアンヌが未来を見て、その不幸な結果を捻じ曲げ続けたからこそ、今もまだこうして生きている。


 マリアンヌは巫女の力が嫌いだった。だが、誰かを助けることができた時は心の底からこの能力に感謝した。例え、命を削る諸刃の力でも、大好きな人を守ることのできる唯一の力。


 「なら、私にも手助けさせてよ」

 「俺はもう十分に恩を返してもらいましたよ。もう大丈夫です」

 「でもいつもそう言って危険な橋を渡るじゃない」

 「これ以上、俺だって姫さんの苦しむ姿を見たくないんです」

 

 不幸な未来を捻じ曲げるには、何度も何度もその未来に飛ばなくてはならない。体力の消耗が激しく、未来を捻じ曲げた時は1週間高熱にうなされることなんてザラだった。


 「俺といると姫さんは自分を犠牲にするでしょ。もう、自分の為にその力を使ってほしくないんです。いい人と婚約して結婚して、のほほんとその力を使わずに過ごしてほしい」


 雲が陽の光を遮った。サンの真剣な視線と絡み合う。


 「でも私は!!!!」

 「姫さん…」

 

 マリアンヌの言葉を優しく静止する。彼は知っている。マリアンヌが自分に対して抱いている感情を。

 彼女は王女だ。孤児で後ろ盾が何もない一騎士なんかと一緒には決してなれない。

 マリアンヌはもっと自覚すべきなのだ。自分は王族で、帝国の為のいちコマに過ぎないという事を。我が儘を許してもらえた年ごろもとっくに過ぎているという事を。


 そしてサンの願いでもあった。せめて彼女が幸せな日々を送れるように。ふさわしい身分の人と結ばれてほしい…と。



 「俺は今回の遠征に命をかけて向かいます。自分の命を懸けられる…ようやくそんな任務を与えられたです…。姫さんには俺の気持ちが分かりますか?」

 「私だって…」

 言葉を紡ごうとするが、サンからの凍てつくような強い視線に言葉を飲んだ。彼から痛みや苦悩がここまでずっとヒシヒシと強く伝わってくる。軽く自分の思いなんて伝えられる雰囲気ではなかった。

 「メンスの坊ちゃんがどうしても嫌なら、他の見合いや違うティーパーティーにでも参加すればいい。とにかく姫さんはもっと視野を広く持たないと。貴女はこの帝国の王女なんですから…」


 マリアンヌはショックだった。こんなにもサンから突き放されるなんて思ってもみなかったから。新作ドレスにうつつを抜かしていた自分がバカに思えてきてしまう。


 「私だって好きで王女に生まれたんじゃないわ…」


 でも、誰がなんといおうとサンが好きだった。だから、彼を落胆させるような王女にもなりたくなかった。


 「でも、それが私の与えられた任務なら、こなすわよ。私だってできるもの」


 涙をこらえてはいるが、鼻声だった。


 「だから、もし今回の任務が終わったら、一つだけお願いを聞いてほしいの」


 どうしても、無理なら私は王女としてこの一生を終えるわ。


 「そしたら、絶対にお見合いもティーパーティーにももっと積極的に参加するわ。早く婚約者を見つけるから…」


 その言葉をきいてサンは下へと飛ぶように降りて来た。


 「分かりました。約束です」


 サンはマリアンヌの発する言葉を予期していた。だから彼女の口からそれを聞く前に、そっと額に触れるか触れないかのキスをしてそれを遮った。




 だが、それが不幸の始まりだった。




 二人はほんの少しだけれど、触れ合ってしまった。だから、マリアンヌは彼の未来を見ることができたのだ。





 雨上がりのどこか知らない暗い路地裏で、サンが無残に殺されている姿を。






 そして、この日から何週間もマリアンヌは高熱にうなされることになるのだった。彼の未来を捻じ曲げるために。

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