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追伸、愛しています  作者: 聡子
第2章
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02. 第二王女マリアンヌ

 『お姉さま?本当に一目見ただけで王子さまだと分かるものなの?』


 記憶を無くした妹に、子どものころ大好きだった絵本を読み聞かせてあげていた。妹はやはりあの頃と同じことをきいてくる。


 『ええ、もちろん。運命の人だってすぐに分かるんだから」


 例え記憶がなくとも、あの特殊な能力・・・・・がなくとも、この子は私の愛しの妹。


 『どうやって分かるの?』


 だけど侍女のティエラは違った。妹は別人になったのだといつも何かに怯えていた。


 『一目見たらね、時が止まるのよ。電流が走ったみたいに。その人と二人の世界にいるような不思議な感覚になるの』


 でも、この笑顔も、この声も、この手の温かさも。何も変わらない。


 『恋に落ちたと感じたら、その人がマリアの王子さま。運命の人なのよ』



 誰が何と言おうとこの子はこの子。

 マリアンヌ・ガリシア・アストゥリアス

 ナタリー帝国の第二王女。

 私、ソフィアのたった一人の大事な妹。





*****




 

 マリアンヌは、ナタリー帝国の国王、エンリケ・ガリシア・ゴートの次女、第二王女として、母イサベルの命と引き換えにこの世に生誕した。


 エンリケとイサベルの間には、既に三人の王子と一人の王女がいた。マリアンヌを妊娠した当時のイサベルは既に40の歳を超えており、高齢出産となるため、帝国内から有力な医師や助産婦を集め万全の準備が成されていた。だが、イサベルには充分な体力が残っておらず、出産に体が耐えきれなかった。


 こうして家族や国民たちの悲哀の声の中誕生した王女が、マリアンヌ。


 更に不幸は続く。マリアンヌが生まれた翌年、ナタリー帝国とリーツァン王国の国境に暮らしていたある民族の大量虐殺の事件が勃発した。これが原因で、王国と帝国内には大きな亀裂が生じ、戦争が始まったのだ。


 リーツァン王国との戦争は大変壮絶なものだった。訓練されていた騎士だけでは戦場では人手が全く足りなかった。その為、たくさんの平民もまた老若問わず兵士として戦争へと徴兵されたのだ。


 一方で、貴族たちはまつりごとにかかわる人材も多く、兵士として徴兵されることはなかった。しかしそれは一種の口実だった。彼らは自分の跡取りが戦死し、家系が途絶えることを危惧し、戦争を恐れ、領地にひっそりと籠っていただけだったのだ。


 やがて、長引く戦争に食料や物資が少しずつ足りなくなっていく。

 ついに、不満を募らせた平民たちが、領地に籠っている貴族に配給する予定の僅かな蓄えを求め、王宮へと押し寄せ、国内での争いも絶えず起こるようになってしまった。


 エンリケ国王は考えた。王子たちはこの帝国を将来背負って立つもの。全ての現状を把握し、この国の現状を見つめなければならない。だが、王女たちはどうだろうか?今後戦争が終わり平和が戻った時、彼女たちを通して隣国や有力貴族たちと縁をつなぎ、より帝国を強国へと発展させる架け橋的存在になるかもしれない。

 エンリケは打算的な王であった。将来を見据えて、今国内で最も危ない王宮から王女たちを亡き王妃の実家にある保養地へと移すことに決めた。




*****




 長女ソフィアは当時まだ6歳という幼子であった。

 だが、母の愛情を知らない妹の為、乳母とともに産まれたばかりのマリアンヌの世話にかって出た。使用人たちは心からその姿に敬意を払っていた。

 さすが王族。さすが第一王女。やはり平民である自分たちとは最初から出来・・が違うのだ、と。

 だが、本当は違った。一番母親の愛情に飢えていたのはソフィアだったのだ。誰かに愛してほしかった。だから、妹の世話をすることで、彼女の愛を自分だけに向けさせたかったのだ。



 覚えたばかりの読み書きで、彼女に絵本を読んで聞かせた。

 詩を歌い、一緒に中庭で踊りあった。

 王族としての振舞い方を教え、同じ苦しみを分かち合った。



 こうして、マリアンヌにとってソフィアは姉であり、母であり、教師であり、唯一無二の親友となった。



 そんなマリアンヌには大好きな絵本があった。

 帝国一の絵本作家が書いた『とらわれのお姫さま』という絵本。

 内容はお姫さまが悪い魔法使いにさらわれるというもの。そして、勇気ある青年がその魔法使いに立ち向かいお姫さまを救いに行くという王道のストーリー。

 だが、物語の中で、悪い魔法使いが助けに来た青年をもう一人作ってしまう。

 一人は本物の勇気ある青年。そしてもう一人は魔法使いが作り出した偽物の青年だった。

 正しい青年を選び、共にこの悪い魔法使いから逃れられるか。それがこの物語の佳境だった。


 だが、そんな絶体絶命の状況も、このお姫さまは一瞬で解決してしまう。

 なんと、一目見ただけで、お姫さまは本物の青年を言い当ててしまったのだ。



 ”愛”というものの力で。



 『ずっと待っていたの。あなたが私の王子なのね』


 魔法使いから逃れられたお姫さまは、その後めでたくその勇気ある青年と結ばれ、二人は幸せに暮らしていく、との物語だった。




 マリアンヌは不思議だった。どうやってそのお姫さまはホンモノを見分けたのか。愛の力とは何なのか。

 ベットの上でソフィアに何度も聞いた。だが彼女からの答えはいつも同じだった。


 『マリアも一目見たらきっとすぐに分かるわよ』


 マリアンヌはそれからずっと待っていた。

 自分の王子様が現れるのを。

 一目見たらわかるという、その”愛”という感情を早く知りたかった。王宮の外の悲惨な戦争を知らずに、すくすくと平和に育った少しおませな王女だった。





***





 リーツァン王国と停戦協定が結ばれた年。

 マリアンヌが4歳になった時、王女たちはようやく保養地から王宮へと戻ることができた。


 時同じく、その頃から王宮内で新たな慈善事業が始まった。それは、戦争で親を失った子供たちや仕事を失った平民に、新たな仕事を斡旋するというもの。三人の王子と二人の王女、それぞれに護衛と使用人や侍女、更に仕事を覚えるために孤児みなしごたちが見習いとして各仕事に同時に新たにつけられた。


 マリアンヌに就いた乳母の代わりの新たな侍女は、戦争で旦那を失った未亡人、カミラ。旦那は騎士団に所属していた有能な戦士。彼の功績もあって、この女性がマリアンヌの侍女として仕えることになった。


 そして侍女見習いとしてこの女と一緒にきた少女の名前は、ティエラといった。

 黒い艶やかな髪に薄いグレーの瞳を持つ、姉と歳の変わらない子供だった。


 次に、マリアンヌの専属護衛として任命されたのは戦争で片足を失った騎士、ミカエル。

 まだ幼く、王女としてなにも仕事をすることがないマリアンヌ。いつも王宮にいるため、命が狙われることはないだろう、とのことで彼が任命されたのだ。


 そして、彼と一緒に騎士見習いとしてマリアンヌの護衛に就くことになった青年。

 ティエラと同じく、黒いサラサラとした髪に覇気のない薄いグレーの瞳を持っていた。だが、彼は他の人たちと違って、生きる気力を失ったような死んだ魚のような目をしていた。



- 少し怖くて、あまり近寄りたくないな…


 これが見習い騎士に感じた一番最初の印象だった。


 だが、マリアンヌは後に、このただの見習い騎士に身分不相応な恋をするのである。


 侍女のティエラとよく似たサンという名前の護衛見習いの騎士に。

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