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追伸、愛しています  作者: 聡子
第2章
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01. 転生

 ポカポカと暖かな日差し。

 キラキラと眩しいひかり。

 フワフワと舞い上がる体。



 自分が何者なのか、なにも思い出せない。記憶なんてなにもない。

 タンポポの綿毛のように意味もなく空を舞う。

 温かな気持ちも冷ややかな感情もすべて忘れて。

 ただただ目当てもなく、行く末もなく舞うだけの存在。

 でもそれでよかった。ただずっとこの場を彷徨いたかった。




 だが、本能が囁く。もっと上へ、上へ、と。

 




 体は真っ白。

 周りには多くはないが、自分の他に数個、同じ白い綿毛が漂っている。

 みんな自分と同じ。

 ただフワフワと空に浮かんでいる。

 それは、ゆりかごのようなゆっくりとした動き。

 少し眠気を誘う、そんな穏やかな動き。





 上へ上へと求められているのに、

 暫くすると、冷たい水の雫たちに行く手を阻まれる。

 それらがフワフワの綿毛の体を優しく濡らす。

 少しずつ体が重たくなっていく。


 ああ、空へ空へと舞うことができない。


 

 


 「サ、ン?」



 可愛らしい女の子の凛とした声に、空へと舞うのをやめて辺りを見渡す。

 自分の名前は分からないし、覚えてもいない。

 でも誰かに自分が呼ばれた、そう感じたのだ。



 「サンなの?」



 白い綿毛たちの中、明らかに違う色の綿毛が浮かんでいた。

 フワリフワリと。

 それは太陽のように温かく、月のように眩しいもの。

 金色に光輝く綿毛であった。



 「サンとは誰?」


 「違うの?」



 記憶がないから、自分がサンというものなのかどうか分からない。

 でも、かといって、この金色綿毛を無視することはできなかった。

 吸いつけられるようにフワフワと近寄っていく。



 「あら、でもあなたの声は確かに女の人ね。人違いだったわ。ごめんなさい」



 どうやら自分は女というものらしい。

 よく考えてみると、

 この金色綿毛の声も女の子のもののように感じる。


 あれ、女ってなんだろう?男ってなんだろう?



 「サンというものを探しているの?」



 疑問はたくさんあったけど、

 とりあえず金色綿毛の探しものについて尋ねることにした。

 顔なんてないからどういう表情をしているのか分からない。

 だけど、何となく金色綿毛の雰囲気が悲しんでいた。

 そんな風に思えたから。

 この綿毛を放って上へ上へと舞う事なんてできなかった。


 「ええ。私の騎士ナイトで、あなたとよく似た魂の色をしているの」


 「魂の色?」


 何を言っているのだろう?理解できない。

 ただ、白と金という体毛の色の違いしか自分には分からない。

 


 「本当によく似ているわ…。懐かしさを感じるもの…。ねぇ?手を繋いでみてもいいかしら?」



 何も答えはしなかった。

 だが、その無言を肯定と受け取ったのだろう。

 ゆっくりと金色綿毛が自分に寄り添ってくる。


 フワリフワリと、ゆっくりと。

 確実に金色綿毛は自分に近寄ってくる。



 そして綿毛同士がそっと触れ合った。

 その瞬間、まるで金色綿毛が自分と同化したかのように…。

 手にとるようにはっきりと相手の感情が流れ込んできた。

 それは驚きと、困惑と…。何か混乱しているような、そんなものだった。



 「あなた!もしかして…!!!」



 金色綿毛は喜びと悲しみとが入り混じった複雑な声をあげる。



 「私ね、サンを助けたかった。恩返しがしたかったの…」



 急に奇妙な話を始めた。

 疑問が自分の頭の中で飛び交う。



 「最後の力を彼の為に全て使い切ってしまったの…。だから、このまま命果てても後悔はないわ」


 

 金色綿毛から少しの記憶が流れ込んできた。

 知らない人の思い出の記憶。

 映像のようにはっきりと脳裏に映し出される。

 


 一人の男の子が殺され、無残に路地裏に転がっている、というもの…。


 

 「でも、捻じ曲げた未来を私は知らない。そして我が儘だけど知りたいの」


 

 金色綿毛はそういうともっと眩しい光を放つ。

 そして、少しずつ少女の姿へと形を変えていく。

 光り輝く彼女の裸体は、美しいと感じた。



 「貴女の魂はまだ死んでいないわ。それに、貴女からは後悔の色が見えるの…」



 まだ幼い姿の少女。

 目の前の光を放つ女の子は自分の何かを知っているようだった。

 瞳に潤いを浮かべ、私の手・・・を握りしめる。



 「こうして出逢えたのも何かの縁」



 気が付くと自分も既に綿毛の姿ではなかった。

 腕も足もある。人の姿に変わっていた。




 「私の体を貴女にあげるから。だから、お願いがあるの…」




 彼女がなんて囁いたのか分からなかった。

 激しい頭痛と倦怠感が体中を駆け巡り始めたから。

 瞼も重たい。これ以上目を開き続けることができない。

 光り輝く少女の代わりに、今度は大嫌いな暗闇が目の前に現れる。





 「お願い、私の代わりに…」




 ねぇ、待ってよ。

 お願いって何よ。

 ねぇ、もっとちゃんと説明してよ……。






*****




 「姫様の意識が戻られた!」


 次に私が目を開けた時、手を握りしめて泣きわめいている人がいた。

 男性の声や女性の声。泣き声や歓喜の声。色んな声が混じっていた。



 「もう大丈夫です!すぐに私の力をお送りします!」



 その声と共に黒いツインテールの女性が目の前に現れた。

 彼女が誰なのか分からない。

 だが、その女の銀灰色の瞳に、どこか安堵を感じる。



 冷たい手が、自分の両手を包み込む。ヒヤリとしていて、熱を帯びた自分の体には心地よさが伝わってくる。

 だが、それも一瞬の事。

 ビリっとした静電気の様な痛みが体に伝わり、その衝撃で再度意識を手放した。





 これが私、ルナの二回目の人生。

 マリアンヌ・ガリシア・アストゥリアスとしての目覚めた、初めての日の事である。

 

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