01. 転生
ポカポカと暖かな日差し。
キラキラと眩しいひかり。
フワフワと舞い上がる体。
自分が何者なのか、なにも思い出せない。記憶なんてなにもない。
タンポポの綿毛のように意味もなく空を舞う。
温かな気持ちも冷ややかな感情もすべて忘れて。
ただただ目当てもなく、行く末もなく舞うだけの存在。
でもそれでよかった。ただずっとこの場を彷徨いたかった。
だが、本能が囁く。もっと上へ、上へ、と。
体は真っ白。
周りには多くはないが、自分の他に数個、同じ白い綿毛が漂っている。
みんな自分と同じ。
ただフワフワと空に浮かんでいる。
それは、ゆりかごのようなゆっくりとした動き。
少し眠気を誘う、そんな穏やかな動き。
上へ上へと求められているのに、
暫くすると、冷たい水の雫たちに行く手を阻まれる。
それらがフワフワの綿毛の体を優しく濡らす。
少しずつ体が重たくなっていく。
ああ、空へ空へと舞うことができない。
「サ、ン?」
可愛らしい女の子の凛とした声に、空へと舞うのをやめて辺りを見渡す。
自分の名前は分からないし、覚えてもいない。
でも誰かに自分が呼ばれた、そう感じたのだ。
「サンなの?」
白い綿毛たちの中、明らかに違う色の綿毛が浮かんでいた。
フワリフワリと。
それは太陽のように温かく、月のように眩しいもの。
金色に光輝く綿毛であった。
「サンとは誰?」
「違うの?」
記憶がないから、自分がサンというものなのかどうか分からない。
でも、かといって、この金色綿毛を無視することはできなかった。
吸いつけられるようにフワフワと近寄っていく。
「あら、でもあなたの声は確かに女の人ね。人違いだったわ。ごめんなさい」
どうやら自分は女というものらしい。
よく考えてみると、
この金色綿毛の声も女の子のもののように感じる。
あれ、女ってなんだろう?男ってなんだろう?
「サンというものを探しているの?」
疑問はたくさんあったけど、
とりあえず金色綿毛の探しものについて尋ねることにした。
顔なんてないからどういう表情をしているのか分からない。
だけど、何となく金色綿毛の雰囲気が悲しんでいた。
そんな風に思えたから。
この綿毛を放って上へ上へと舞う事なんてできなかった。
「ええ。私の騎士で、あなたとよく似た魂の色をしているの」
「魂の色?」
何を言っているのだろう?理解できない。
ただ、白と金という体毛の色の違いしか自分には分からない。
「本当によく似ているわ…。懐かしさを感じるもの…。ねぇ?手を繋いでみてもいいかしら?」
何も答えはしなかった。
だが、その無言を肯定と受け取ったのだろう。
ゆっくりと金色綿毛が自分に寄り添ってくる。
フワリフワリと、ゆっくりと。
確実に金色綿毛は自分に近寄ってくる。
そして綿毛同士がそっと触れ合った。
その瞬間、まるで金色綿毛が自分と同化したかのように…。
手にとるようにはっきりと相手の感情が流れ込んできた。
それは驚きと、困惑と…。何か混乱しているような、そんなものだった。
「あなた!もしかして…!!!」
金色綿毛は喜びと悲しみとが入り混じった複雑な声をあげる。
「私ね、サンを助けたかった。恩返しがしたかったの…」
急に奇妙な話を始めた。
疑問が自分の頭の中で飛び交う。
「最後の力を彼の為に全て使い切ってしまったの…。だから、このまま命果てても後悔はないわ」
金色綿毛から少しの記憶が流れ込んできた。
知らない人の思い出の記憶。
映像のようにはっきりと脳裏に映し出される。
一人の男の子が殺され、無残に路地裏に転がっている、というもの…。
「でも、捻じ曲げた未来を私は知らない。そして我が儘だけど知りたいの」
金色綿毛はそういうともっと眩しい光を放つ。
そして、少しずつ少女の姿へと形を変えていく。
光り輝く彼女の裸体は、美しいと感じた。
「貴女の魂はまだ死んでいないわ。それに、貴女からは後悔の色が見えるの…」
まだ幼い姿の少女。
目の前の光を放つ女の子は自分の何かを知っているようだった。
瞳に潤いを浮かべ、私の手を握りしめる。
「こうして出逢えたのも何かの縁」
気が付くと自分も既に綿毛の姿ではなかった。
腕も足もある。人の姿に変わっていた。
「私の体を貴女にあげるから。だから、お願いがあるの…」
彼女がなんて囁いたのか分からなかった。
激しい頭痛と倦怠感が体中を駆け巡り始めたから。
瞼も重たい。これ以上目を開き続けることができない。
光り輝く少女の代わりに、今度は大嫌いな暗闇が目の前に現れる。
「お願い、私の代わりに…」
ねぇ、待ってよ。
お願いって何よ。
ねぇ、もっとちゃんと説明してよ……。
*****
「姫様の意識が戻られた!」
次に私が目を開けた時、手を握りしめて泣きわめいている人がいた。
男性の声や女性の声。泣き声や歓喜の声。色んな声が混じっていた。
「もう大丈夫です!すぐに私の力をお送りします!」
その声と共に黒いツインテールの女性が目の前に現れた。
彼女が誰なのか分からない。
だが、その女の銀灰色の瞳に、どこか安堵を感じる。
冷たい手が、自分の両手を包み込む。ヒヤリとしていて、熱を帯びた自分の体には心地よさが伝わってくる。
だが、それも一瞬の事。
ビリっとした静電気の様な痛みが体に伝わり、その衝撃で再度意識を手放した。
これが私、ルナの二回目の人生。
マリアンヌ・ガリシア・アストゥリアスとしての目覚めた、初めての日の事である。




