魅惑の二種の揚げたてメンチカツ
「ここを切り落とせばあとは簡単だよ。あ、この牙は取っておくね。街に持っていけばそこそこの値段で売れるはずだから」
ふぅ、と汗をぬぐって息を付くルルフゥ。
その横には牙を抜かれた大猪の生首がゴロリと転がっていた。
「お、おお……」
昨日の大猪を見事な手際で解体するルルフゥを俺はただ呆気に取られて見守っていた。
「少しなら手伝えるかも」なんて遠慮がちに言っていたルルフゥだが、ここまで手際がいいともはやプロの仕事だ。
実際さっきまでは吊るされた死体といった風貌だった大猪も、今や完全に精肉状態になっている。
ルルフゥの故郷では狩りが日常的に行われていた為、幼い頃から解体作業をしていたという。爺ちゃんが解体作業をするのをベソかいて遠巻きに見ていた幼い頃の俺とは大違いだ。
「なあルルフゥ、病み上がりなんだから休んでいてもいいんだぜ?後の処理は俺にだって出来る」
「ふふ、心配してくれてありがとう。でも見て、一晩休んだらもうこの通り」
お道化たように、くるりとその場で回ってみせるルルフゥ。
主の動きに一歩遅れるように、服の裾がふわりと舞った。薄手の服から伸びるすらりとした四肢、そこに昨日まではあった痛々しい傷や痣は、もうすっかり跡形もなく消えていた。
なんでも森や山などの自然が多い場所は、風の女神なる存在の加護が強く表れるのだという。
その女神に愛されている風の氏族は、そういった場において奇跡の如き力を発揮する。少しの傷や病ならたちどころに癒えてしまうそうだ。
また、一次的ではあるが風の力を借りて目にも止まらぬスピードで駆けたり、魔物を両断する風の刃を生み出したり、風を読んで周囲の索敵なども出来るらしい。
なるほど、昨日大猪から俺を救ってくれたのもこの力によるものなのだろう。
「魔法が使えるなんて、風の氏族ってすごいんだなぁ」
しみじみと感心する俺に、ルルフゥがキョトンとした様子で首をかしげる。
「……?セージだって使えるでしょう?」
「えっ!魔法って誰でも普通に使えるものなのか?」
「そりゃそうだよ。というか、魔法を使えないヒトなんて聞いたことがないよ」
実はこの世界に来たばかりの頃、魔法を試してみたことがある。
城にいた魔術師を捕まえて教えを乞うたのだが、「自然と頭に浮かんだ言葉を唱えよ」という初歩中の初歩で躓いた。
なにせ、なんも浮かばんのである。
やけくそで「ファイヤーボール!」だの「鑑定!」だの、果ては「ステータスオープン!」とまで叫んでみたのだが、結局なにも起こらなかったので黒歴史として記憶の底に封印していたのだが……。
腑に落ちない顔をしている俺に、ルルフゥが困ったように説明する。
「えぇっと、この世界に生まれた人はみんな必ず神様から加護を受けているでしょう?」
ルルフゥの話によるとこの世界にはいくつもの神がいて、自らに属する種族をそれぞれ守護しているのだという。
例えばルルフゥのような風の氏族は風の女神アウローラ、ドワーフのように大地と共に生きる種族には土の神ドゥハ、水棲の種族には水の神ナイヤース、獣人種をはじめ森に生きる種族には森の女神シルフィーネ、そして火と共に発展してきたヒト族は炎の女神フレイヤによって守護されていることが多いらしい。
もちろん生まれ持った適性によっては種族の垣根を越えて加護を受ける事も珍しくないのだが、大まかにはこの様に決まっているとのことだった。
そして神々は自身が守護する種族に新たな命が生まれた時、必ず祝福の加護を与えるという。加護を受けた者はそれによって、神の力のほんの一端を借り受けて魔法として行使できるのだそうだ。
この世界に生まれた以上、必ず何らかの神からの加護を受け魔法を使う事が出来る。
それがルルフゥ達にとっての常識なのだ。
「それでようやく納得がいったよ」
なにせ俺が生まれたのはこの世界ではなく現代の日本だからな。
「実を言うと俺はこの世界の人間じゃないんだ。だから加護なんてそもそも受けてないし、それで魔法が使えないんだと思う」
「えっと、それはどういう事……?」
困惑するルルフゥに俺は簡単にこれまでの経緯を話した。
一応、俺が召喚されたことによって王国が莫大なエネルギーを得るとかそういう話は伏せておいた。
なにせ大臣の側近には別れ際に「口封じに首を刎ねたってよかった」なんて物騒なことを言われたんだ。ルルフゥがそれを知ったことが露見して不利益を被るのは絶対に避けたいからな。
「なるほど、道理でセージってかなり変わってると思ったんだ」
ルルフゥは納得したように頷く。
「そんなに俺っておかしいか?」
「ふふ、悪い意味じゃないよ。お人好しってこと。行き倒れの他種族を連れ帰って看病してくれる人間なんてなかなかいないもの」
「ううむ、俺としては当たり前の事をしたつもりなんだがな。他種族だろうがなんだろうが、これからも領地内で困っている人がいたら助けるつもりだよ」
この世界の種族間の常識がどうなのかは知らんが、少なくともこの領内では関係ない。
なにせ領主たる俺がそんなこと気にしないんだからな。
「なんだかセージ、本当の領主様みたいだね」
「実は本当に領主様なんだがな」
そう言って、お互い顔を見合わせて笑いあう。
いつかこの領地に、こんな風に人間と他種族が楽しく笑いあえる場所を築けたらいいのにと思う。
そうだな、森の奥でただ漠然とその日を生きるより、いずれここを立派な領地にするという目的があったほうがきっと楽しい。
「なあルルフゥ。俺さ、いつか頑張ってここを立派な村にするよ。人も他の種族も入り混じった賑やかな領地にしてさ、そしたらきっともっと楽しいと思う」
「うん、セージなら絶対できる。なにせこのボクが協力するんだからね」
屈託なくルルフゥが笑った。
最初のおどおどとした様子から打って変わった年相応の笑顔が眩しい。これが本来のルルフゥの持つ明るさなのだろう。
心を開いてもらえたようでなんだか励まされる気持ちだ。
「じゃあそうだな、まずは何から始めようか……」
と言いかけて、処理途中だった大猪の肉を思い出す。
ルルフゥも同じことを考えていたようでふわりと笑った。
「まずは美味いものでも食いながら作戦会議するとしよう」
「大賛成!」
※
大猪の肉はルルフゥが捌いてくれたおかげで、精肉店で見るものと遜色ないものに仕上がっている。
なにせ元が軽トラックサイズの大猪だ。解体してもかなりの量の可食部分が残っている。すぐに使いきれる量の肉以外は、おなじみの塩漬けや燻製に加工することにした。
本当は塊肉を豪快に焼いて齧り付きたい欲もあったのだが、ルルフゥに「冬の間飢えてみたいならやってみようか?」とジト目で睨まれたらすごすごと引き下がらざるを得ない。
まったく、この世界の厳しさを知り尽くしたルルフゥには逆らえないな。だからこそ頼もしいのだけど。
保存用の肉の加工はルルフゥに任せるとして、俺は俺で調理に取り掛かるとする。
まずは骨に付いた肉をナイフでこそげ取っていく。鉈で豪快に解体しただけだから、骨にはまだまだ身が残っていてこのまま捨てるにはあまりにも勿体ない。
……ルルフゥが懸念している通り、冬の間の食料はいくらあったって足りない。人数が増えるなら尚更だ。
よって、日頃の食事は加工に向かない余り物で賄っていかなくてはならないだろう。
とはいえ骨に付いていた肉はボウルいっぱいに取れたし、もちろん肉質だって悪くない。あとは工夫次第でいくらでも美味い料理に化ける筈だ。
「ここは腕の見せ所だな」
朝食はルルフゥの体調に合わせてあっさりとしたうどんだったが、風の女神の加護のおかげですっかり回復しているようなので、今度こそガツンとしたものを食わせてやりたい。
「とすると……アレをやりますか」
思わずニヤリと笑みが漏れる。異世界に来てそれなりに食生活をエンジョイしていた俺だったが、ひとつどうしても飢えているものがあった。
それはズバリ揚げ物である。
なにせこの森の中だ、どう頑張ったって揚げ油なんぞ手に入らない。
これまでは燻製肉から出る脂で騙し騙しやってきたが、やはりたっぷりの油でザクっと豪快に揚がった料理たちが恋しいじゃないか。
「猪の背脂……こいつがあれば出来るんだよな……」
細かく刻んだ背脂を鍋でじっくり加熱することで出てくる脂……いわゆるラード。
これほどの量の背脂があれば二人分の揚げ物を作るには十分すぎる量が取れるだろう。
ということでまずはラード作りといこうか。
刻んだ背脂と少しの水を鍋に入れ熱していく。水は加熱しているうちに蒸発するから安心だ。たちまち脂が溶け出してくるので、それをよく洗って乾かした清潔な布で濾していく。
そうして不純物を取り除いたら完成だ。
臭みが強い背脂なら水で煮出してラードを抽出する方法もあるのだが今回は大丈夫そうだ。冷えれば白く固まるから今回使わない分は瓶に詰めて保存しておくとしよう。こいつは普段の料理に加えれば味のグレードがワンランク変わるんだ。
ちなみに脂が抜けた背脂のカスは捨ててはいけない。スープに入れれば旨味がぐっと強くなるからな。
今回はメインが揚げ物とハイカロリーなので、後日うどんを作る時にでも使わせてもらうとしよう。
さて、揚げ油の準備が整ったところで次の作業が待っている。
今日作るのはそう、「メンチカツ」だ。
そのまま揚げてカツにするには心もとないサイズの切れ端肉だって、叩いて丸めてしまえば立派なご馳走だからな。
まずは肉を二つの塊に分けて片方は荒く、片方は細かく叩いていく。この二種類のミンチを合わせると食感が異なって楽しいのだ。食材が乏しい分こういう工夫は重要だ。
これに塩もみして水気を絞った玉ねぎのみじん切り加えたら、塩とカレー粉を加えて粘りが出るまでよく練る。
ソース無しで食べるから、肉の味を損なわない程度に下味をしっかりつけておこう。
その後肉ダネを大きく2つに分けたら、そのうちの1つに工夫を少々。まあこいつは食べてからのお楽しみだ。
あとはこの肉ダネを小判型に丸め、衣を纏わせて揚げれば「メンチカツ」になるのだが……
「しまった、パン粉がない!」
まさかの痛恨のミスだ。前の世界では当たり前に常備しているものだから、この場所にパン粉がない事がすっかり頭から抜け落ちていた。
だが慌てるな俺、パン粉が無くても工夫次第で代わりなどいくらでも見つかるのだ。
「フフ…フッフッ麩……」
以前作っておいた車麩。カリカリのこいつを砕いてしまえば、なんちゃってパン粉の完成だ。
あとは肉ダネに小麦粉、水、なんちゃってパン粉を付けたらあとはひたすら揚げるのみ。
熱した黄金色の油の中に肉ダネを入れた途端、パチパチジュワァ~っと小気味よい音が鳴る。そうそう、この瞬間が揚げ物料理の醍醐味だよな。
「わぁ、なんだかすごくいい匂い」
作業を終えたルルフゥが、いつの間にか後ろから鍋を覗き込んでいる。
「油が跳ねると危ないぞ、少し離れた所で見ていな」
「はーい。ねぇねぇ、セージ。これはどういう料理なの?」
「食べてみてからのお楽しみだ。期待して腹を減らしておけよ」
「えへへへ、実はさっきからペコペコで」
朝から働き通しだったもんな、うんうん分かるよ。
ということで、ルルフゥの熱視線と腹の音に急かされるようにして俺は揚げ作業を続けるのだった。
※
「さ、メンチカツだ。熱いうちに召しあがれ」
「我ら氏族を見守りし風女神アウローラ様。恵みの風に今日も感謝し、イタダキマス」
いそいそと祈りの言葉を終え、目の前に置かれた皿をじっと見つめ、ルルフゥが喉をゴクリと鳴らした。
皿の上には大ぶりのメンチカツが2つ、キツネ色に綺麗に揚がっている。キャベツ代わりに添えたクレソンの緑との対比が鮮やかだ。
「わぁ、すごい……」
フォークでメンチカツをザクリと割って、ルルフゥが歓声を上げる。
断面から洪水のように迸るアツアツの脂が目にも楽しい。一口サイズに切ったメンチを口に運び、そしてルルフゥは目を見開いた。
「おいひい!」
「だよな!」
思わず俺も大声で同意した。
ザクザクの衣の食感に、大猪の野趣あふれる強烈な旨味。まったく臭みがない、旨味だけを凝縮した脂がひと噛みするごとに口の中に溢れていく。
異なるサイズで刻んだミンチ肉が、柔らかさと食べ応えを両立していた。そんでもって、こいつにカレースパイスの風味がよく合う。
旨味でいっぱいになった口を洗い流すのは、シャクシャクの玉ねぎの味わいだ。味も食感も全てが最高のバランスで仕上がっている。
ソースをかけなくても十分……というよりも、ソースをかけないからこそ素材の味や衣の食感が引き立っているのかもな。
「お肉なのに全然硬くなくて、口の中が色んな味でいっぱいだ!獲れたてのデスファングの肉が、どうしてこんなに柔らかくて美味しいの?」
デスファングというのはあの大猪の名前だ。
ルルフゥ達の故郷では塩漬けで保存したそれをよく煮込んでから食べているそうで、逆に獲れたてのものはあまり好まないそうだ。
なにせ獲れたての状態で食べるものと言えば、今日使ったような保存食に出来ないような骨の周りに残った肉や筋がメイン。
これをそのまま調理するなら、確かに硬さが目立ってあまり美味くはないだろう。
「肉をしっかり叩いたからな。硬い繊維もそうすれば気にならん。それに衣をつけて揚げているから中の旨味が調理過程で逃げないんだ」
「セージはすごいね、もしかして元の世界では料理人だったとか?」
クレソンをもむもむと頬張りながら、ルルフゥが目を輝かせる。
「まさか、単なる素人だよ。必要に迫られたから自炊していたってだけだ。なにせ薄給だったからなぁ」
先が見えないその日暮らしのフリーターにとって、切り詰められるのは食費くらい。
スーパーで格安で買える鳥皮や魚のアラに、パンの耳やら時には野草まで、とにかくなんでも料理したもんだ。
材料は極限まで安いものを、けれどきちんと美味しいものを作るという執念が異世界で役立つとは人生分らんもんだ。
「ふぅん、よく分からないけどさ、ボクはセージが作るご飯が大好き!だってすごくすごく美味しいんだもの!」
「はは、手放しに褒められると照れるな。ほれ、もう片方のメンチも食べてみろ。出来れば切らずに直接ガブッとな」
「えーっと、ガブっと……んんっ!」
メンチカツにザクっと齧り付いたルルフゥの表情が、途端にパァッと明るくなる。
羽耳が主の感激を代弁するように忙しなくピコピコと動いた。
「なにこれ!中から甘くて美味しいものが溢れて……これって、庭に生えてたマメロの実?」
「おう、こっちではトマトをそう呼ぶのか。同じ味だと飽きるかと思ってな、角切りにして軽く炒めたものを中に入れてみた」
今回はあるもので作ったが、これにバジルやチーズなんかも入れればイタリアン風になってちょっとしたご馳走になるのだ。
バジル……この世界にもあるのだろうか。今度ルルフゥに色々聞いておこう。
「肉汁と熱々のマメロの果汁が一緒になって、貴族様が食べているソースみたいだ。ピリッとした味のお肉とよく合うね」
「カレーとトマトの組み合わせは間違いないからな。ほれ、スープも美味いぞ」
玉ねぎと肉の端切れを煮込んで、塩とほんの少しのラードで味を調えたスープ。優しい塩味が口の中をリセットしてくれる。
「オニオラがトロトロだね。ほっとする味だなぁ」
「これで口をサッパリさせたところで、またメンチカツを食うっと。合間にクレソンも忘れずにな。くぅー、無限に食えるなこれは」
「ボクもボクも!」
こうしてスープとメンチカツを交互に楽しみ、ルルフゥと競うようにお代わりしながら俺たちはランチを楽しんだ。
「ふぅ、ご馳走様でした。とっても美味しかったよ。ところでなにか忘れているような……」
食後の余韻で恍惚の表情を浮かべていたルルフゥが、何かを思い出したように首を傾げた。
そういえば、美味いものでも食いながら何かを話し合おうと言っていたような。
「はて、なんだったか……」
「って、作戦会議だよ!ここを立派な村にするっていう話だったじゃない」
「おお、そうだったな」
いかんいかん、夢中で食べている内にすっかり忘れていたな。
満腹感に包まれた心地の良い午後の日差しの中で、俺たちはこの場所の未来についてあれこれ語り合うのだった。




