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病み上がりのあったかうどんと最初の領民


朝、目が覚めるとベッドは既にもぬけの殻で、俺の身体にはルルフゥが使っていたブランケットが掛けられていた。

 寝ぼけ眼をこすって周囲を見回せば、窓を閉め切ったままの薄暗い室内はしんと静まり返っていて人の気配はない。

 外に出ると、そこには庭で朝日を浴びているルルフゥの姿があった。


 一面の木々の緑の中にぽつんと色を落としたような、ぬけるように白い華奢な身体。

 絹糸のように滑らかな髪が陽光をまとって輝き、早朝の森の爽やかな風を受けてサラサラとなびく。

 なんだか名画のワンシーンを思わせた。


 「もう起きても平気なのか?」


 声をかけるとルルフゥがハッとこちらを振り返る。

 その目には困惑と少しの怯えの色が浮かんでいた。無理もない、昨日は熱で朦朧としていたから状況が分からないのだろう。


 「別に怪しい者じゃない。俺は宇野誠司、一応この森一帯の領主ってやつを任されている」


 「領主……様?」


 「といっても、名ばかりだがな。あんたは昨日、沢で倒れているところを見つけたんだ。衰弱しているようだったから勝手に家まで連れてきてしまったんだが、迷惑だったならすまない」


 俺の言葉に、ルルフゥはふるふると首を振る。


 「ううん、助けてくれてありがとう。ボクはルルフゥ、……風の氏族のルルフゥと言います」


 羽耳を示しながらルルフゥが名乗る。これが風の氏族とやらの特徴なのだろう。


 「ルルフゥはどうしてあんな場所で倒れていたんだ?」


 その疑問に、ルルフゥは顔を曇らせた。


 「追放されたんです。ボクは不吉だから」


 「えっ……?」


 そうしてぽつりぽつりと、ルルフゥは己の身の上を語りだした。

 ルルフゥが生まれ育った村はとても貧しく、不作の年は口減らしとして子どもを奴隷商に売る行為が横行していたという。

 早くに両親を亡くしたルルフゥは初めのうちは村で育てられていたのだが、じきにそれも限界を迎え遂に奴隷商に売られることになる。

 ルルフゥを買ったのは地方のとある領主で、彼は亜人種を好んで集めては身の回りの世話をさせていたらしい。そこでルルフゥは掃除や洗濯などの下働きをさせられていたそうだが、その暮らしも長くは続かない。

 ほどなくして、領内に疫病が流行り始めたのだ。高熱と全身の発疹を伴うその原因不明の病は老若男女問わず猛威を振るい、特に医師や治癒師が不足する僻地では多くの人が命を落としたという。

 そんな中、領内である噂が立つ。


 「……風の氏族は不吉な風を呼ぶ」

 

 元は疫病の原因を問われた占い師が苦し紛れに放った言葉。

 しかし藁にもすがる思いで助言を仰いだ領主はそれを信じた。領を支える働き手達が次々と死に、領主として他に打つ手がない以上信じずにはいられなかったのだ。

 風の氏族の呪いを恐れた領主はその日のうちに奴隷の任を解き、ルルフゥを着の身着のまま追放したのだ。

 意図せず自由の身となったルルフゥだが、村に帰っても再び売られて奴隷の身。田舎では亜人種を好んで雇いたがる人間もそういない。

 そうしてルルフゥは飲まず食わずのまま行く当てもなく彷徨い、数日かけてこの森までたどり着いたそうだ。

 そこで大猪の魔物に襲われ、逃げている内に遂に力尽きて気を失ってしまったらしい。俺がルルフゥを見つけたのはその直後だったという訳だ。

 なるほど、庭に出たあの大猪はルルフゥを追って来たのかもしれないな。


 「そうか……辛い話をさせてスマンかった」


 一方的に連れてこられた挙句放り出されるという境遇は、どこか俺に重なるものがあった。もっとも、家や当面の食べ物すら与えられず追放されたルルフゥの方がよほど辛いのは間違いない。

 これまでの日々を思い出しているのだろう、涙ぐんでいるルルフゥの姿が痛々しく、どうにか元気づけてやりたいと思う。


 「あのさ、ルルフゥ」


――きゅるるるるる


 俺の言葉を遮るようにして、可愛らしい音が響く。

 顔を上げれば、目の前には顔を真っ赤にしてお腹を押さえているルルフゥがいた。


 「あ、あのあの、あの、これはっ、違くてですね……!」


 そりゃそうだ。ずっと飲まず食わずだった上に、ここに来てからも水分しか摂らせていない。かなりの空腹だろう。

 そうなれば、やることはひとつだ。


 「ははっ、いいよ誤魔化さなくたって。腹、減ってるよな?今から用意するからこれでも食って待っていてくれ」


 畑のトマトもどきを毟ってルルフゥに投げると、俺はいそいそとキッチンへと向かうのだった。



 「というか、俺も腹ペコなんだよな」


 色々ありすぎてすっかり忘れていたが、俺だって昨日の朝に薄いクレープを食べたきりだった。

 当然胃の中は空っぽで、空腹を思い出したかのように先ほどから腹の虫が鳴き通しだ。

 ここはスープやクレープなんかではなく、もっと食いでのあるものがいい。ということで、今日はうどんを作ることにする。

 うどんというと生地を何時間も寝かせるイメージがあるが、そんなに長く寝かせなくても家で食べるには充分の代物が出来るんだ。


 ということで早速作っていくことにする。

 まずは触れてみて少々熱さを感じる程度のお湯に塩を溶かし、小麦粉と一緒によく混ぜ合わせる。

 よく捏ねて生地がまとまってきたら打ち粉をして伸ばし、体重をかけて捏ねて伸ばしを繰り返す。生地が滑らかになったらここで十分少々寝かせる。

 この寝かせている間にうどんのスープを作ればいい。


 「ここはみんな大好きカレーうどんといきたいが……いやいや、ルルフゥはしばらくまともな食事をしてないんだったな」


 カレーはいつ食べても美味いものだが、病み上がりですきっ腹の身体には負担が大きいだろう。肉代わりに使う燻製肉も脂分がなりあるから却下だ。

 となると、もっとシンプルで優しい味わいのものがいい。純粋な異世界人かつ亜人種のルルフゥが好むかどうかは分からないが、俺なりに美味いものを作らせてもらうとしよう。


 水を張った鍋に先日作った川魚の焼き枯らしを入れて火にかける。

 本当ならあらかじめ水に1時間から半日くらい浸けておけばいい出汁がでるのだが、俺とルルフゥの腹が持たないのでほどほどに。

 沸騰した後は弱めの火力でコトコトと煮出す。暖炉での調理は鍋を遠ざけたり薪を突いたりと忙しい。

 ツマミひとつで火力を自在に調節できたガステーブルの偉大さを今更ながらに思い知ったな。


 さて、コトコトと出汁を取っている間にうどんの生地がいい具合に落ち着いてきた。

 こいつを綿棒で伸ばして折りたたんだら、あとは好みの太さに切っていく。あまり太いと火の通りに時間がかかるから程々でいい。

 たっぷりのお湯で麺同士がくっつかないようにかき混ぜながらよく茹で、火が通ったら即席手打ちうどんの完成だ。


 うどんが茹で上がる頃には、スープの鍋からも出汁の香りが立ち上ってきた。

 鍋の中身はあめ色に色づいていて、いかにも良い出汁が染み出ている。ここに塩を少々だ。

 焼き枯らしを取り出したスープに味噌を溶いたら、うどんとクシ切にした玉ねぎ投入してひと煮立ち。最後に刻んだ玉ねぎの葉とミツバを乗せて熱を通したら味噌煮込みうどんの完成だ。

 ちなみに鍋から取り出した焼き枯らしは後で火で炙り、皮がパリッとした所でカレー粉と塩を振って頂く予定だ。あれはまたいいツマミになるのだ。


 「もう出来たぞ、入っておいで」


 「あ、あうぅ……」


 匂いに誘われたのか、ドアの辺りでルルフゥがモジモジしていたので声をかけてやる。

 羽耳がペタンと垂れ下がっていて、なんだか叱られた犬を思わせた。


 木椀に盛り付けたそれを席に着いたルルフゥの前に置いてやる。

 目の前でホカホカと湯気を立てるうどんをルルフゥは戸惑いがちに見つめていた。


 「俺の故郷の料理で『うどん』っていうんだ。口に合うかは分からんが、まぁ食ってみてくれ」


 「これ……本当に食べてもいいの?」


 「当たり前だ、ルルフゥの為に作ったんだから」


 まぁ俺の為でもあるんだがな。

 このままだとルルフゥはいつまでもうどんと睨めっこしていそうなので、先に食べて見せることにする。

 「いただきます」と手を合わせ、まずはスープをひとくち。味噌の風味の後に、淡いが確かな川魚の旨味を感じる。

 煮込まれた玉ねぎがスープにほのかな甘みとコクを与え、なんともほっとする味わいだ。うん、ちゃんと美味い。


 「ルルフゥ達の文化ではマナー違反かもしれんが、うどんはこうして啜るとうまいんだ」


 そう言ってうどんをズズっと啜ってみせる。

 殆ど寝かせていない割りには、ツルツルもちもちで意外にも本格的な味わいだ。もちもちプツンと噛み切った麺を熱いスープと共にすきっ腹に流し込むのが心地よい。

 それにしても、和食を食べるなら箸でも作っておくんだったな。フォークじゃ食い辛いのなんのって。

 俺の様子を見守っていたルルフゥも、恐る恐るフォークに手を伸ばす。


 「我ら氏族を見守りし風女神アウローラ様。恵みの風に今日も感謝します。えと……イタダキマス」


 氏族の間で伝わるのであろう祈りの言葉の後に、ルルフゥが俺の仕草を真似て手を合わせる。

 両手で椀を持ち「アチ、アチ」と言いながらスープをひとくち。


 「ふぁ~、おいし……」


 味わうように目を閉じて、ほぅっと息を吐く。

 食べ慣れていないであろう味噌を使ったので心配していたが、どうやら口に合ったようで安心する。多めに入れた玉ねぎで甘さを出してやったのが良かったのかもしれないな。

 続いてフォークを不器用に使いながら麺を絡め、フゥフゥと冷ましてちゅるりとすすり上げる。


 「美味いか?」


 「んっんっ、ほひひぃれ……カフッ!」


 俺の問いに、口が塞がったままのルルフゥはコクコクと頷いて、そして盛大にむせた。

 急いで飲み込もうとして更にむせるルルフゥに慌てて冷たい水を差し出す。その水を一気に飲み干して、ようやくルルフゥは落ち着いた。


 「すごく、すごくすごく美味しいです!ボク、こんなに美味しいもの初めて食べました!」


 「ははは、大げさだって」


 笑って謙遜しつつ、少しだけ考える。

 子どもを売らなければ暮らしていけない貧しい土地で生きてきたルルフゥ。奴隷として買われた先での扱いも決して良いものではなかっただろう。

 だとすると、こうして少なからず手をかけて作った料理を食べるのは本当に初めての事なのかもしれない。


 「なぁ、ルルフゥ。もし行くアテがないならここで暮らしてみるか?」


 考えていたことが思わず口に出た。

 ハッとして顔を上げると、ルルフゥはフォークを運ぶ手を止めてポカンと俺を見つめていた。


 「勿論、嫌じゃなかったらの話だ。さっき俺は領主だなんて名乗ったが、見ての通りここには領民もいないしあるのは土地とこの家だけだ。

 収入もないその日暮らしみたいなもんだし、森の中じゃ不便ばかりでルルフゥにとっては楽な生活ではないと思う。

 それでも今日みたいな飯くらいなら食わせてやるし、屋根と壁のある場所で寝れる保証はする。どうだ?」


 「え……と……」


 ルルフゥが声を詰まらせる。

 そりゃそうだよな、俺みたいなおっさんと森の中で暮らすなんてルルフゥみたいな年頃の子は嫌に決まってる。

 この世界で初めてまともに人と関わったもんだからつい浮かれてしまったが、元の世界で未成年にそんな提案をしたら一発アウトだ。


 「わ、悪い。やっぱおっさんとこんな森の中で暮らすなんて嫌だよな。そうだ、別な街を目指すっていうなら可能な限り協力するから……」


 「違うんです!」


 俺の言葉を遮るようにしてルルフゥが叫んだ。

 顔を上げたルルフゥの目からは、大粒の涙が次から次へと止めどなく溢れていた。


 「ボク、頑張ります、きっとお役に立ちます。だから、領主様の……セージ様のお傍に置かせてください」


 「おいおい、領主様だのセージ様だのって止めてくれ!」


 ペコリと頭を下げるルルフゥを慌てて制する。

 その幼さに似合わない媚びるような物言いが悲しかった。生きる為にルルフゥはこういう振る舞いを身に着けたのだろうか。


 「いいえ、セージ様はボクの命の恩人です。ボクはそのご恩に報いるために精いっぱいお仕えしたいんです」


 涙を流しながらなおも続けるルルフゥ。

 だがな、命を救われたという点なら俺も同じなんだぜ。


 「俺が命の恩人と言うならルルフゥだってそうだ。覚えていないか?昨日ルルフゥは俺が魔物に襲われていたところを助けてくれたんだぜ。しかも高熱でフラフラの中でな」


 「そういえば……あれ、夢じゃなかったんだ……」


 途端にルルフゥが神妙な顔で呟くのがおかしくて、俺はぷっと吹き出してしまう。


 「な?俺たちは命の恩人同士で言わば対等だ。それにさ、実は俺は全く戦えないんだ。だから魔物を倒せるルルフゥが一緒にいてくれるならすごく心強い」


 「セージ様……」


 「セージだ」


 俺の言葉にルルフゥはモジモジと、そして頭の羽はピコピコとせわしなく動かしながらしばし考えこむ。

 やがて決意を固めたように俺に向き直り、そして花が開くようにふわりとほほ笑んだ。


 「セージ……えへへ、これからよろしく」


 「こっちこそよろしくな、ルルフゥ。……ほら、冷めないうちにさっさと食っちまおうぜ」


 初めてみるルルフゥの少しはにかんだような笑顔が余りにも眩しくて、年甲斐もなくドキッとしてしまったので慌ててうどんに向き直る。


 「はうっ!そういえば、アチチッ!」


 俺に倣ってうどん椀を抱えたルルフゥが熱さに驚き、そうして二人で顔を見合わせて笑った。

 こうして俺が治めるコノースの森に、記念すべき最初の領民が誕生したのだった。

お読み頂きありがとうございました。ブクマ、評価にも心から感謝です。

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