保存食作りと突然の出会い
この世界での暮らしはとにかく忙しい。
幸い住む場所には困らないが、支給された食料はいずれ尽きるし、煮炊きや暖に必要な薪だって新たに作らなければいけない。
今は薪棚にあったものを使っているが、長年放置されていたせいか火力が心もとないし、何よりこの量では冬まで持たないだろう。
この森の木々を見て見ると、上の部分の枝が折れているものや曲がっているものが多い。これは雪の重みによるものだろう。冬にはそれなりの量の雪が降るとみて間違いない。
となると、日々の暮らしに使う薪を確保しながら、冬場の薪もかなりの数で備蓄しなければならない。
それに日々の食料採集や家や庭の柵などの細かい修繕、道具の手入れだって必要だ。たった一人で全部こなすともなれば、忙しすぎて猫の手でもいいから借りたくなる。
朝は日の出と共に薪作りだ。
拠点であるこの拓けた土地だが、少し歩けば木々がいくらでも生い茂っているし、そこにはあちこちに倒木があるので、物置小屋で見つけた斧と鉈でそれらをせっせと切り出していく。
立ち木を切り出すのはもう少し道具の扱いに慣れてからにしようと思う。こんな山奥で怪我なんて洒落にならんからね。
目標の数を薪にしたら朝食を食べて小休憩。いい汗をかいて眠くはなるが、ここはぐっと我慢して食料集めだ。
森の中ではおなじみの山菜や野草を摘んだり、食べられそうな果実を探す。
見慣れないが食べられそうなものを見つけたら、少しだけ舌に乗せて様子を見る。痺れや苦みがなければ第一関門はクリア、少量を食べてみて半日変化がなければ食用と判断する。
おかげで新たな野草類の他に食用に適した木苺に似た果実の群生地をいくつか確保できたし、庭で見つけた柑橘の木と同じものもいくつか見つけた。
これらを砂糖で煮詰めてジャムにすれば、朝食代わりの小麦粉だけで作る淡白なクレープもぐっと美味くなるんだ。
山の恵みの他によく取れるのが、沢に棲む魚とエビだ。
捨てずに取っておいた大容量ペットボトルを加工して仕掛けを作ったのだが、中に味噌を塗っておくだけで面白いくらいによくかかった。いわゆる「ハヤ捕りランプ」みたいな漁法だな。
少しの間仕掛けを沈めるだけで、魚がおしくらまんじゅう状態だ。元の世界ではこの漁法を禁止している場所も多いが、なるほどこれだけ入れ食い状態ならば頷ける。
他にも天然物を使った仕掛けも活用させてもらう。石や流木で囲いを作っておけば、そこに大きめの魚が迷い込むこともある。そのまま浅瀬に追い込めば手づかみで捕まえられた。
こうして集めた食材を手に、日が暮れる前にさっさと帰宅する。街灯も懐中電灯もない夜の森で歩き回るのは自殺行為だからな。
自宅に着いたらまたひと仕事が待っている。なにせ冷蔵庫がないのだ、せっかく見つけた食材を腐らせないように細々とした作業が必要だ。
サイズの小さい魚は内臓とエラを外して暖炉の周りに立て、遠火でじっくりと時間をかけて焼く。いわゆる「焼き枯らし」である。
こうしておけば保存が効くし、日頃の料理の出汁にも使えるから非常に役に立つのだ。
大ぶりの魚……マス科の魚に似たそれは捌いて内臓を抜き、たっぷりの塩で漬け込む。時折水分を除きつつ冷暗所で保存すれば、数か月後には旨味がたっぷり増した塩漬けが出来上がる。
この土地は日本と違って湿度が低いし、森の奥のせいか昼間でも肌寒いくらいの気候だ。夏にどうなるかは分からないが、今の時点では物置小屋の隅にでも置いておけば腐ることはないだろう。
コゴミは塩漬けの他に、天日干しにしたものも作る。沸騰したお湯でコゴミを湯がいたら、広げて天日に数日間晒して乾燥させるのだ。
乾燥させた山菜は年単位でもつので、たっぷり採れるこの時期にこれでもかというくらい作っておいた。これで冬場は山菜うどんや山菜鍋、煮物なんかにも大活躍してくれることだろう。
それから小麦粉で作れる保存食作りも忘れてはいけない。
小麦粉に水と塩を混ぜたら、よく練り合わせて生地をまとめ、それを水の中で揉むようにして洗っていく。
白くなった水を替えながら何度も洗っていくうちに、生地は元の半分以下ほどのサイズに縮みグニッとした感触になるのだが、これがいわゆる「グルテン」だ。
これに小麦粉を更に加えてこね上げたら、生地に濡れ布を被せて30分少々寝かせる。寝かせた生地を薄く長く伸ばしたら、今度はそいつを棒にくるくる巻いていく。一周巻いたら今度はそれを暖炉に立てて遠火でジリジリと炙る。
向きを変えたりしながら全体がしっかり焼き上がったら、その上からまた新たに生地を巻いて焼いていく。それをあと2~3回ほど繰り返していくんだ。
イメージとしてはバウムクーヘン作りみたいな感じだな。こうして無事に焼き上がれば「車麩」の完成だ。
こいつはもっちりとした噛み応えと肉のようなボリュームがあり、煮込めば出汁の旨味をしっかり吸ってくれる大変優秀な食材だ。近年じゃ代用肉としても注目されているらしいしな。
しっかり焼き上げているからかなり日持ちもするのでこの先の食生活には欠かせないだろう。
そんなこんなでここ最近は家と沢を往復するだけの生活をしていたのだが、そろそろ探索範囲を広げておきたかった。
ある程度整ってきたとはいえ、正直今の食糧事情はお世辞にも十分とは言えないし、なにか役に立つものも見つかるかもしれない。
「ということで、今日は沢の上流を目指して歩いてみるか」
沢沿いは冷え込むが、開けていて見通しが良くこの辺りは足場も安定している。遭難時の沢下りは滑落の危険があるのでご法度だが今回は登り。崖や急傾斜に突き当たったら引き返す予定だ。
ということで古いチェストにしまい込んであった前の住人の防寒具をしっかりと着込み、装備を整えて出発だ。
「おお、あるわあるわ」
歩き出してすぐに発見したのは、岸辺に生えているアザミ。葉の先に棘はあるが、炒めてもみそ汁の実にしても美味い。
おなじみのクレソンも至る所で生い茂っているのが見える。ここまで大繁殖しているならしばらくは困ることはないな。とりあえず今日は探索がメインなので、帰りに時間があったら採ることにする。
先に見えるのはサワグルミの原生林だ。残念ながらこれは食用には出来ないが、こういう場所にはヤマメがいるものだ。
そしてサワクルミが生い茂る沢には、もうひとつ取っておきのものが見つかるんだ。
そんなことを考えていた矢先のことだった。
不意に、視界に見慣れないものが映った。
「人……?」
岩場の陰から覗く、投げ出された細い四肢。
よく見れば、岩に背を預けるようにして脱力する小柄な身体が見えた。
木々と腐葉土と岩といった自然物の中で、それだけがはっきりと映えていた。
「し、死んで……ない…よな…?おい、大丈夫か!」
よく見れば静かに上下する胸に少しだけ安心するも、俺は慌ててその人に駆け寄る。歳は十代半ばくらいだろうか。
細く束ねた腰まで伸びる後ろ毛以外は短く切り揃えられたサラサラの髪。頭には羽耳のような変わった飾りをつけている。
少年とも少女ともつかない中性的なその整った顔は、目を閉じたまま苦痛に歪んでいた。
それもその筈で、その華奢な身体には目視できる場所だけでも至る所に擦り傷が出来ていた。
「すまんがちょっとだけ触るぞ。どこか激しく痛むところはあるか?」
「うう……」
身体を抱き起すと、そいつは苦し気に小さなうめき声を漏らす。俺の声に僅かに薄目を開けるが、目は焦点が合わずにゆらゆらしている。
頭を打っているのかと思ったが、頭部に怪我をしている様子はない。
となると熱のせいだろう。なにせそいつの身体はビックリするほどに熱かった。
「あんた、自分の名前は言えるか?」
「ルル……フゥ……」
ルルフゥと名乗ったそいつは、衰弱しきっているようですぐにまた力なく瞼を下ろす。最早あれこれ悩んでいる暇はなかった。
傷ついた箇所に触れないように気を付けながら、俺はその細い体を背負う。異世界仕様に強化された俺の腕力では、その小さな身体は軽すぎるくらいだった。
そのまま俺は探索を切り上げ、急ぎ足で家へと戻ったのだった。
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