勝負の前には気合の串カツ!
「見張りの狼も今しがた消えた。今夜が襲撃日とみて間違いないぜ」
ドスンと音を立てて重い箱を置き、ガブが唸った。
元冒険者というだけあり、ガブは魔物に詳しい。彼曰く月の邪神の眷属である魔狼は、満月の夜にもっとも力が増すのだという。そしてまさに今夜が満月の夜なのだ。
「それは絶対か?」
「ああ、なにせ俺達は過去に二回奴らの牙から逃れている。拠点の近くで追い払ったのを含めればもっとだな。奴らだって馬鹿じゃない。となれば、万全を期したいと考えるはずだ」
「この防備に恐れをなして諦めてくれたら一番なんだがな」
「ははっ、違いねぇや」
ガブが笑って同意した。
俺達が今立っているのは、高さ四メートルほどの木の壁だ。ドワーフと地の精霊達が五日がかりで組み上げた、村をぐるりと囲う見事な防衛壁である。内側には狙撃や投石が行えるように足場が組み込まれていた。
魔狼は身体能力に秀でた種族だという。跳躍による侵入を防ぐために、壁の手前には棘柵によるバリケードを何重にも設置しておいた。壁を飛び越えようにもこれがある限り助走もままならないだろう。
と言う訳で、防護壁とバリケードが無事な限り、魔狼がこの村に侵入するのは実質不可能と言っていい筈だ。後は彼らが外でもたついている間に遠距離攻撃で殲滅する、作戦は至ってシンプルだった。
「弾の数も十分だ。子ども達に感謝しなくてはな」
ガブに倣って俺も重い木箱を置く。
箱の中にはこぶし大の石がゴロゴロと入っている。これら投石用の石は、子ども達が総出で集めてくれたものだ。戦いにおける投石の有用性は俺の世界でも歴史が証明している。存分に活用させてもらおう。
スリングを使った投石方法は既にガブに習っている。命中精度にはまだ不安があるが、ガブ曰く「素人は当てる事を考えるな。とにかく投げて投げて投げまくって弾幕を絶やすな」との事なのでそうさせてもらう。少なくとも牽制には大いに役立つだろう。
「……絶対に負けられないな」
眼下の森を睨む。今もこの森のどこかで、魔狼たちは襲撃の時を今か今かと待ち構えているのだろうか。
「ま、今から気張っても仕方ねえ。気楽にいこうや」
ポンポンと肩を叩いて、ガブが下へと降りていく。
知らず知らずのうちに握りしめていた拳の内側にはじんわりと汗が滲んでいた。参ったな、やっぱりどうしても緊張は隠せないようだった。
「おう領主さん、武器はどれもピカピカに磨いてある。ドラゴンの鱗だって切れそうだぜ」
「弓も矢も替えはたくさん用意したよ。一晩中だって撃ち続けてみせるよ」
下に降りると、ガジムとルルフゥが大量の武器を並べて満足そうにしている。
丁寧に研がれた槍や剣、それにドワーフ達のつるはしは、触れただけでスパッと切れそうなくらい鋭さが増している。
ルルフゥの矢のストックも万全だ。実際、遠距離戦での攻撃の要は投石での戦闘の心得があるガブと、弓の扱いに慣れたルルフゥの二人だ。風魔法と弓術を併用した技は、数十メートル離れた敵の急所さえ正確に射貫く。負担は大きいがここは頼らせてもらうしかない。
「ニチリ草の薬湯もたっぷり煮出しておきましたわ。消毒用の火酒もギジムさんから融通して貰いましたの」
「止血ノ葉モタップリ摘ンデキタ。……使ウ事ニナランノガ一番ダガナ」
薬の用意を頼んでいたフラッカとジンバも準備万端なようだ。
あまり考えたくはないが、万が一怪我を負ってしまった時にも備えなくてはいけないからな。
戦闘中、戦えない女子供と家畜達は孤児院に立てこもってもらう手筈だが、フラッカは救護担当として俺達と共に戦いの場に出てくれるという。
子ども達の母親代わりでありおっとりとしたフラッカだ、かなり心配したのだが「これでも私、素早さに自信がありましてよ」と微笑まれたら許可せざるを得なかった。猫獣人であるフラッカだ、確かに身体能力は人間よりも遥かに上だろう。ここは素直に任せよう。
拠点をぐるりと見渡す。
戦いの長期化に備えて大量のパンを焼くマリー婆さん、罠やバリケードを入念にチェックするロウシとギジム、建物の守りが薄い箇所を補強するレオ、不安げな子ども達を集めて陽気な弾き語りを聴かせるピリリカ。
年長組の子ども達までもが忙しい大人たちに代わって家畜の世話に駆け回り、まさに領民が一丸となってこの困難に立ち向かっている様子がありありと伝わった。
「そうだよな、みんなこの場所の為に頑張ってくれているんだ。俺が弱気になってる場合じゃないな」
頬をパンパンと叩いて気合を入れ、ぐいっと腕まくりをする。
腹を決めたらやることはひとつ。勝利に向けて頑張るみんなに、とっておきの料理を作るとしましょうか。
※
調理台に行儀よく並ぶのは、保存食作りで余った端肉に、冷凍保存していたエビと貝類、玉ねぎにニンニクに人参、シーズンが終わってすっかり小粒になったマメロの実だ。
これらを使って作るのはズバリ「カツ」である。勝負事に「勝つ」ための飯と言ったら、カツをおいて他にない。肝心の肉はと言うと……端肉なので全員分のトンカツにするにはあまりにも心もとない量なのだがまったく問題ない。
なぜなら今日作るのは、カツはカツでも「串カツ」だからな。
「足りないなら増量、貧乏飯の極意だよな」
フンフンと鼻歌を歌いながら、まずは玉ねぎはくし切にカット。こいつを塩とスパイスをさっと振った薄切り肉でクルクルと巻いて串に刺す。ペラペラの薄い肉も、これで立派にボリューム感があるカツになるって訳だ。
人参は八割りにカットしてさっと茹でて塩を振り、こいつも同じように薄切り肉で巻いていく。人参と玉ねぎを合わせて巻いても美味いのでそれも作っておこう。それから、叩いた梅肉と大葉を巻いたものも忘れちゃいかんな。
これを人数分を作るとなるとなかなか根気のいる作業だが、一心不乱に手を動かしているうちに大皿に山盛りになるほどの量が完成した。
残りは海鮮と野菜類だ。エビは殻を剝いて頭と背ワタを取り、塩を揉み込み流水で洗う。そうしてよく水気を取ったら尻尾側から頭に向かって串を通す。
ホタテに似た貝はシンプルに貝柱を串刺しにする。ニンニク、マメロの実も同様に串刺しだ。海鮮串と野菜串にも下味に塩とスパイスをさっと振ろう。
こうして出来上がった串カツのネタは、小麦粉、溶き卵、パン粉の順番で衣を付けていく。そういえば最初の頃はメンチカツを揚げようにも卵もパン粉もなくて、衣の代わりに砕いた麩を使っていたよなぁなんて懐かしく思う。あの頃と比べたら随分食材も充実したものだ。
さて、衣が付いたら後はじゃんじゃん揚げるだけ。ジュワジュワと油の中で踊る串カツのなんと美味そうなことよ。揚げたてをソースでひたひたにして食べるのがたまらないんだよな……。と、ここで俺はとんでもない事に気づいた。
「って、ソースがない!」
なんたる不覚!ウスターソース、揚げ物の友であるあの甘酸っぱいソースがこの拠点にはないじゃないか。カツを塩で食べる、なんて通な人もいるそうだが、やはりカツはこってりと味の濃いソースと食べてこそと俺は思う。
ショックで一瞬目の前が真っ暗になりかけるが、無いものねだりしても仕方がない、ソースがないなら代わりを作ればいいじゃない。ということで、俺は涼しい顔をして鍋を取り出す。
鍋に入れるのは味噌、砂糖、酒に出汁を少々。味見をしながら分量を適宜足しつつ、火にかけて混ぜ合わせていけば即席の「なんちゃって味噌ダレ」の完成だ。とある県には味噌カツなんて料理が有名なくらいだ、合わない筈が無かろうて。
「おーい、この辺で腹ごしらえをしよう!」
忙しく働きまわるみんなに向けて、俺は大声で呼び掛けるのだった。
※
「ん~!熱々サクサクで美味しい!この甘くてしょっぱいタレもいいねぇ」
味噌ダレをたっぷり付けた串カツを幸せそうに頬張り、ルルフゥが羽耳をパタつかせる。
「まったくだ、魔狼の連中を恨むぜ。こんなにうめぇ飯があるのに今日は酒が飲めないんだからな」とガブ。
「ああ、前に聞いた通りだね。フラムを肉で巻いたらこんなに美味しくなるのかい」とマリー婆さんも目を細めた。
「かぁ~!このほっこり揚がった野菜の美味いことよ!ガツンとした匂いで活力が湧いてくるわい!」と叫んだギジムはニンニク串を一気に頬張り、近くにいた子ども達に「くさーい」なんてはやし立てられる。
さっきまでの緊張感はどこへやら、串カツを頬張りながらみなホッとしたように笑顔だ。
俺も早速串カツにかぶりつく。ザクっとした衣の下からは肉に包まれたシャキシャキトロンとした玉ねぎとホクホクの人参が顔を出す。野趣あふれる肉の味わいを受け止める野菜の素朴な甘さと、強烈にジャンクな味わいの味噌ダレが実によく合う。確かにこれは酒が欲しくなるな。
「見て見て、タレをいっぱいつけてさ、パンに挟んで食べると美味しいんだよ!」
「本当だ、サクサクフワフワでおいしー!」
子ども達は子ども達で、どうやら美味しい食べ方を発見したらしい。パンを割いて串カツをサンドして頬張っている。
思わず真似をしてみれば、味噌ダレが不思議とパンとマッチしていてかなり美味い。キャベツなんかを挟んだら立派なカツサンドになりそうだな。子どもの想像力はさすがだ、今度新しい料理でも考えてもらおうかね。
「タレも美味いですが、海鮮には塩が合いますねぇ。柑橘を絞るとまた爽やかだ」とレオが感心したように頷き
「なにこれ、マメロまで揚げたの!?アチチ……んー!甘くてジューシーねぇ。気に入ったよ!」とピリリカもいたく上機嫌だ。
「これは俺の故郷で『串カツ』って呼ばれている料理なんだ。『カツ』っていうのは勝利の勝つとかけてあって、勝負事の前なんかによく食べるんだ」
「ほっほっほ、そいつは縁起がいい。ますます負ける気がしないのぅ」とロウシが笑う。
「マサニ戦士ノ食ベ物ダナ」とジンバも目を閉じて味わいながら唸る。
「そいじゃ、いっちょここで気合を入れようじゃないか」と、ガジムが俺を見て頷いた。
周りのみんなも何かを期待するように、ニコニコしながら俺を見ていた。そうだな、ここはひとつ領主らしく音頭を取らせてもらうとしようか。
「カツを食べて、今夜は勝つぞー!」
駄洒落かよ、と自分でも突っ込みたくなるような少々こっ恥ずかしい音頭。
だがみんなワッと拍手をすると
「おぉー!!」「勝つぞー!!」「やぁー!!!」
串カツを掲げながらめいめいに叫び、そうして気合を漲らせながら串カツにガブリと噛みつくのだった。




