村に忍び寄る不穏な気配
■村の戦闘要員
ガブ:犬獣人で元冒険者。現在は狩猟担当として力を振るう。
レオ:気弱な獅子獣人。戦いは好まないが恵まれた体躯を駆使してやる時はやる。
ジンバ:リザードマンの村の族長の娘。尾の半分を失う前は若手の中でも一番の戦士だった。
ルルフゥ:羽耳を持つ風の氏族。風魔法の使い手で拠点立ち上げ当初から狩猟担当。
ガジム・ギジム・ロウシ:ドワーフ三人衆。日頃戦いの場には出ないが、鉱山で鍛えた筋力や地の精霊を使役する魔法、もの作りの技術などその活躍は多岐にわたる。
食糧庫の棚に並ぶのは、どっしりとしたガラス瓶の数々。
その中に詰まっているのは、フラムと呼ばれる異世界の梅と氷砂糖、そして火酒である。これらが合わさってできるものと言えばそう、梅酒である。
今は梅も青々としており酒も無色だが、大体四か月後にはトロンとした飴色の香り豊かな梅酒が出来上がる。冬籠りを始める頃にはこいつで晩酌が楽しめるというわけだ。ああ、今から楽しみで仕方がない。
「仕込みの時期が随分遅れたから心配だったが、こっちもどうやら上手く出来たようだね」
壺を覗き込みながらマリー婆さんも満足げに頷く。こちらの中身は梅干しだ。
子ども達に手伝ってもらいながら大量のフラムのヘタを取り、せっせと仕込んだこの保存食。本来ならば初夏に漬け込み夏の土用の時期に干すのがベストなのだが、仕込み始めた時期が遅かったからな。結局夏の終わりが近づくこの季節に土用干しをしたのだが、どうやら上手くいったようだ。
「もう食べられるのか?」
「ああ、大丈夫だよ。でももう少し日を置いて塩を馴染ませた方が美味しいよ」
「ならもう少し辛抱するか……」
口の中にきゅっと唾液がたまるのを感じながら俺は頷いた。
せっかく手間暇かけて作った梅干しちゃんだからな、きちんと美味しいタイミングで食べてやるのが礼儀と言うものだ。
「そこでじっくり美味しくなれよ」
梅干しと梅酒を冷暗所に安置し、俺達は食糧庫を出る。
夏の喧しい虫たちの声もずいぶんと減り、草むらでは秋の虫たちがリーリーと涼やかな音を奏でている。
「もうすっかり夏も終わりだなぁ」
「本当だねぇ。森の夏は終わるのが早いね」
コノースの森の夏は、俺が元々暮らしていた日本と比べてずいぶんと過ごしやすい。
熱帯夜とも無縁だし日中はクーラーいらずで過ごせる。どうしても暑い日だって沢に飛び込めば充分だしなぁ。過ごしやすいのはありがたいのだが、夏らしい風情をあまり感じないというかなんというか。
流しそうめんにスイカ割り、花火を眺めながらかき氷を流し込み思わず頭がキーン……。大奮発してうなぎを食べたりお祭りを冷やかしてみたり、思えば前の世界の夏はイベントが盛りだくさんだったな。
「最後になにか夏らしい事でも出来ればなぁ」
なんて、そんな事を考えていた時だった。
「おうおう、なんつーザマだ。おおい、領主さんはいるか!」
門の所がにわかに騒がしい。
そちらに視線をやると、狩りに出ていたガブとレオ、それにルルフゥとジンバが地べたに座り込んでいた。
※
「ど、どうした!怪我でもしたのか!」
慌てて駆け寄ると、彼らに目立つ傷はなくひとまずホッとする。
だが疲労困憊と言った様子で地べたにへたり込み、肩を大きく上下させて呼吸を乱している様子はどう見てもただ事ではない。華奢なルルフゥやインドア派のレオはともかくとして、屈強なガブや戦士のジンバまでもがそうなるとは一体何があったというのか。
「……魔狼の群れだ。前に俺達を襲った奴らだ。少なくとも三十匹はいるぜ」
「間違いないです。前に僕が切りつけた所に同じ傷を持つ奴がいましたから」
差し出した水を飲み干してようやく一息ついたガブが、唸るように言った。レオも頷いて同意する。
マリー婆さん率いる孤児院の一団がこの森にやって来た日、魔狼の群れに襲われガブとレオは怪我を負った。そいつらがまた現れたというのか。
「いつもの狩場を歩いていたら、急に木の影から飛び出してきたんだよ。逃げても逃げても追いかけてくるし、こっちの攻撃は全然当たらないし」
ルルフゥが疲れ切った様子で続ける。
「ジンバが魔法の霧を出して、僕の風魔法で匂いをかく乱させて……それでようやく逃げ切れたんだ。前にこの近くでジャルマと追い払ったのもあいつらだと思う」
最近この拠点の周辺には魔狼が現れるようになっていた。
大抵ジャルマが上空から見つけてくれて、遠くから鍋を打ち鳴らしたり火を焚いたりして威嚇をすることで事なきを得ていたのだが……。
「アレラハ、縄張リヲ失ッタ『ハグレ』ダ。コノ拠点ヲ狙ッテイルトミテ良イダロウ」
ジンバが擦り傷に揉んだ薬草を当てながら呟いた。
「狙っているって……攻めてくるってことか?」
「家畜もいる野菜もある、雨風をしのげる場所もあるとくりゃ、確かにここは格好の縄張り候補だな。嫌な話だが、辺境の村が魔狼の群れに襲われて壊滅なんて話は冒険者の頃は珍しくなかったぜ」
「そんな……」
目の前が真っ暗になる。
相手の数は三十匹以上、対するこちらの戦力は俺とルルフゥ、ガジムとギジムにジンバにガブとレオくらいなもの。更に言えば俺だけ魔法が使えないから、戦闘力はみんなと比べて数段は落ちる。
ジンバの訓練で多少槍を扱えるようになったが、魔物と真っ向から渡り合うには力不足が否めない。
「……魔狼って、手ごわいのか?」
「一匹だけなら大したことはねぇ。だが、群れともなれば話は別だ。自分たちより格上の魔物を難なく狩るしよ、相手の魔石を喰らって力を付ければ更に厄介だ。そうなっちまえば小型のドラゴンだって平気で狩るぞ」
ごくりと知らず知らずのうちに生唾を飲み込む。
とんでもない相手に目を付けられてしまったものだ。この拠点の大半が幼い子ども達だ。もしも魔狼の侵入を許してしまったらと考えると目の前が真っ暗になる。
「拠点を移すってのはどうだ?今からなら、冬備えにも間に合うかもしれねぇぜ?」
「いいや、ならん」
ガジムが言うが、ロウシが即座に首を横に振る。
「あれは鼻が利くし執念深い。荷を持って行けば必ず追ってくるじゃろうよ」
つまり魔狼の追跡を逃れるには、身一つでここを出なければいけないということか。
冬に向けて今までため込んだ保存食や、充実し始めた畑、おまけに整備されたこの拠点を捨てて一から再出発をする?いや、無理だろう。なにせ今はこの人数だ、春に自分一人の分をコツコツ集めていたのとは訳が違うんだ。
「一応、父上ニ手紙ヲ送ロウ。ダガコノ時期、戦士達ハ遠洋ノ漁ニ出ル。ドコマデ助ケガ期待デキルカ……」
ジンバがもどかしそうに切れた尾を揺らした。
彼女の父親であるギーヴァはリザードマンの村の族長で、サッパリとした気持ちのいい性格の男だ。普段ならば助けを求めれば快く手を貸してくれる筈だ。だが、戦士たちが不在となれば話は別だ。
援軍を期待することも、リザードマンの村に落ち延びるのも無理そうだ。せめて女子供だけはリザードマンの村に避難させてやりたかったが、道中を守る人手も足りないのだ。
なにより、下手をすれば戦士が不在のリザードマンの村に魔狼を誘導することにもなりかねない。彼らの友としても、この選択は出来なかった。
「……ここで迎え撃ち確実に倒す。多分、それしか方法はないんだよな」
「ああ、その通りだ」
ガブが重々しく頷く。その表情が険しいのはそれがいかに難しいか分かっているからだろう。
「こわいの、くる……?」
「あたしたち、どうなるの?」
気が付けば、子ども達が不安そうな顔でこちらを遠巻きに見ていた。幼い子どもでも、この深刻な雰囲気が分かるのだろう。
「大丈夫ですよ!ほら、僕だって結構強いですからね、ガオーォッ!」
レオが子ども達をなだめ、ついでに咆哮を上げる。気弱そうな雰囲気とは裏腹にその声は迫力満点だ。
「ほらほら、そういう訳だから子どもらは勉強に戻る戻る!じゃないと獅子よりも狼よりもこわ~いマリーの雷が落ちるよ!」
「……ピリリカ、まずはあんたから雷を落とそうかね」
「きゃはは!ピリリカがマザーマリアに怒られた!」
「わーい、逃げろ逃げろー!」
ピリリカとマリー婆さんのやり取りになんとなく空気が緩み、俺達は互いに顔を見合わせて笑った。
とにかく迷っていても仕方がない。「やれる事をやる」なんて、これまでもしてきた事じゃないか。
「俺はこの村を守りたい。だから、どうかみんなの力を貸してくれないか」
「当然ダ。礼儀知ラズ共ハ、コノ槍ノ錆ニシテクレル」と力強く頷き返したのはジンバ。
「そもそも連中を村に近づかせなけりゃいいだけの話さ、柵の強化は任せてくれ」
「罠もたっぷり作るぞ。なぁに、敵は所詮畜生、知恵比べでこちらが負ける道理はないぜ」
「ほっほっほ、老いぼれだからといって仲間外れにされては困るのぅ。なにせ大昔から、魔物の頭蓋より硬い岩を叩き割ってきたんじゃからの」
ドワーフ三人衆も、まるでなんて事もないように豪快に笑い飛ばす。
「俺はまだまだ現役で働けるぜ。なぁに、冒険にピンチは付き物だ。それをひっくり返してこその真の男ってもんよ」
「僕だってやる時はやります。この牙も爪も飾りじゃないことを教えてやりますよ」
ガブとレオも気合いは充分だ。
「心配しないで、セージ。ボクらが力を合わせればきっと勝てる、そうでしょう?」
ルルフゥがふわりと花が開くようにほほ笑む。
ああ、その通りだ。こんなにも心強い仲間が揃ったんだ、絶対に負けるわけにはいかない。
遠くではピリリカの授業を楽し気に受ける子ども達の姿が見える。メメ公と遊ぶ年少の子ども達のはしゃぎ声が聞こえる。ジャルマがグリちゃんを引き連れて庭を散歩し、フラッカに抱かれたミシェルがそれを指さし笑う。モーギュが生き生きと鳴き、メールルがのんびり草を食み、コルック鳥達が地面をせっせとつついている。
この平和な光景を守りたい、心からそう思った。
「絶対に勝つぞ!」
おおー!と、力強い声が上がる。
その生き生きとした表情を見ながら俺は思う。
(神様……俺を見守ってくれる神様がもしこの世界にもいるのなら……)
俺は空を見上げる。勇者召喚によってこの世界の外から来た俺に、神の加護はない。
この世界で生まれた者は必ず使えるという神の加護の証である魔法も、だから俺だけが使えない。
神にその存在を認知されていない以上仕方ないと言えばそうなのだが、それでも願わずにはいられなかった。
(どうか仲間達を、この村を救う力をお貸しください)
目を閉じて手を組み合わせ、俺はこの世界で初めて心から神に祈るのだった。




