食料調達と自炊を始めよう~トマトひっつみ異世界仕立てとカリカリベーコンとクレソンのサラダ~
俺が異世界に召喚されたのはアルバイト先からの帰り道、スーパーで買い出しを終えた後の事だった。ということで、その時持っていた荷物もこの家に持ち込んである。
肉や魚などの生鮮食品はさすがに腐ったので処分しているが、保存が効くものはいくつか残っている。例えば味噌とカレー粉、日頃よく消費しているこれらは業務用のサイズを買っているので切り詰めて使えばしばらくは持つだろう。
あとは六缶パックのビールに、ペットボトルの飲料がいくつか。それからすっかり芽が出たジャガイモだ。
こんな事になるなら醤油や胡椒やマヨネーズ、それに缶詰なんかも山ほど買い込んでおくんだったと後悔したが、今更嘆いてももう遅い。
「勿体ないけど、このジャガイモはもう食えんな……。と、そういえば庭に畑があったよな」
雑草まみれの庭に出てみれば、その中でも不自然に草が生い茂る一角があった。背の高い雑草をかき分けると、雑草の隙間を縫うようにして半ば野生化した野菜が生えていた。
太い茎に鈴なりに実る、トマトとパプリカを混ぜ合わせたような形の野菜だ。畑にあるという事は食用と判断する。
ひとくち齧ってみれば果皮は少し硬いがトマトによく似た味がした。しかし俺の知るトマトと違って、酸味は強いが旨味はそれ以上に強かった。まだまだ青く小さな実がたくさん付いているから、しばらくは収穫できるだろう。こいつは重宝しそうだ。
それから見たことがあるような、すらりと天に向かってまっすぐ伸びた青い葉。引き抜けば、土の中から玉ねぎがゴロゴロと出てきた。こちらは元の世界にもある玉ネギそのものだ。
この世界には独自の植物の他に、俺の世界でも馴染みある植物も存在しているらしい。そういえば馬車を引いていた馬も、俺の世界の馬と同じだもんなと思ったら納得だった。
ならば俺がいた世界のジャガイモを植えてもちゃんと育ってくれるだろう。
「友よ、しっかり育てよ」
軽く雑草を引き抜いて柔らかくほぐれた土に、俺と一緒に異世界召喚されたジャガイモ君を丁寧に植える。俺もこの世界で頑張るから、お前もしっかり根付いてでっかく育てよ、なんて少々感傷的な事を考えてしまう。
秋にはカレーにして美味しく食べてやろう。それまでカレー粉は残しておこうとそっと誓った。
さて、春の森は食材の宝庫である。そして、それはこの世界でも同様である。
家から少し歩くと途端に木々が深くなる。草木が生い茂る道なき道をかき分け、食べられそうな自然の恵みを探していくことにする。
まずは目に入ったのはコゴミだ。こいつはワラビやゼンマイと違ってアクが殆どないので小難しい下処理がいらない。塩漬けにすれば長期保存も出来るから、今後の生活で重宝するだろう。
それからミツバにセリ。セリには「ドクセリ」と呼ばれる毒を持つ種類があるため、匂いやわずかに違う見た目で慎重に判断する。ちなみにドクセリにはあの独特の爽やかな香りがないんだ。幸いこの辺りにあるのは全て食用できるものばかりだった。
俺の山菜の見極めや保存食作りのノウハウは、全て今は亡き田舎の爺ちゃん婆ちゃん仕込みだ。小さい頃に両親を亡くした俺は、爺ちゃん婆ちゃんに育てられた。異世界に来る前はそこそこの都市部に住んでいた俺だが、子どもの頃は雪深い山奥のドが付くほどの田舎で暮らしていたんだ。
冷蔵庫もスーパーもない時代からそんな田舎で暮らしてきた祖父母を見て育ったおかげで、自然の恵みの得方や保存食の仕込みには少々覚えがある。
さて、草木を踏み固めて道を作りながら順調に探索を進めていると、水が流れる音が聞こえる。
その音を追うように進むと、不意に視界がぽっかりと開け、美しい沢にたどり着いた。目についた大きな岩に飛び移ると、驚いた魚があちこちで跳ねるのが見える。
ついでに川のよどみに丸々と肥えた川エビを発見。そういえば子供の頃はよく近所の小川でテナガエビを捕まえたよなぁと懐かしくなる。泥抜きしたエビは次の日に婆ちゃんがオヤツに揚げてくれたっけ。
なるほど、竿や罠が用意出来れば川の恵みにもありつけそうだ。これはなんとも心強い。
そして嬉しいことに、沢のよどみ部分にクレソンの群生地を発見した。
クレソンは非常に繁殖力が強い植物だ。その上栄養満点でなにより美味い。元の世界では野生化したクレソンが爆発的に繁殖して疎まれたりしているが、こっちの世界では大歓迎だ。食べるものはあればあるほど良い。
「まずは定番のサラダだろ?炒めても美味いし、漬物にすりゃ日持ちもする。ああ、醤油があればおひたしにもしたんだがな」
ウキウキでクレソンを収穫したところで籠がいっぱいになる。あまり欲張って取っても腐らせてしまうだけだから、今日はこのくらいで勘弁してやろう。
そんなこんなで来た道を戻って無事に帰宅。
本日の収穫はコゴミ、ミツバ、セリ、クレソン。そして帰りに畑で収穫したトマトもどきと玉ネギと、これまた畑の片隅の果樹になっていた柑橘のような実。
淡い黄色の皮を剥いて一口食べてみれば、柚子のような香りの後に強い酸味を感じて思わず顔がキュッとなる。そのまま食べるには少々厳しいが、搾り汁は風味付けなんかに使えるだろう。
「さて、どうしてくれようか」
新鮮な食材を前にニヤニヤが止まらない。誰かに見られたら通報必至だが、生憎とここにいるのは俺ひとり。存分にニヤニヤさせてもらおう。
思えば、長い事まともな食事にありついていない。なにせ召喚早々に馬車の長旅だ。道中は保存が効くよう固く焼き上げたパンにチーズや干し肉、それにフルーツが付けば上等だった。素材が良いおかげかあれらもなかなか美味しいのだが、そろそろ慣れ親しんだ味が恋しくなる。
「ということで、やりますか」
腹が減っている、食材がある、ならばやることはただ一つ。そう、料理だ。
まずは小麦粉にぬるま湯を加えて練る。大体耳たぶほどの柔らかさになったら、生地に濡れ布巾を被せて30分から1時間程寝かせる。寝かせた生地をちぎって茹でれば所謂「すいとん」になるのだが、俺の田舎ではこれを「ひっつみ」と呼んでいる。手でちぎることを方言で「ひっつむ」と言うのが由来なんだとか。
これを野菜たっぷりのすまし汁に入れれば、主食にもおかずにも汁物にもなる、まさにお財布に優しい一品になるんだ。貧乏なバイト生活、給料日前はよく世話になっていたなぁと遠い目になりながら、次なる作業に取り掛かる。
続いて取り出したるは燻製肉、脂身がしっかり入ったそれは数種類のハーブが使われているのかなんとも香り高い。それをカットして、暖炉で熱した鍋に入れれば、ジュウジュウという景気の良い音と共に肉が焼けるいい匂いが部屋中に広がった。
次に刻んだ玉ねぎを加えてベーコンの脂が全体に馴染むまで炒めたら、たっぷりのトマトもどきと水を加えてコトコトと煮立てる。隠し味のカレー粉と塩で味を調えもうひと煮立ちさせたところで、先ほど寝かせていた「ひっつみ」の登場である。
トマトスープにひっつみ、一見すると戸惑う組み合わせだが、パスタだってパンだって小麦粉で出来ているんだ。合わないはずがなかろうて。
「そう、ニョッキ。これはニョッキだ」
自分に言い聞かせながら生地を千切って鍋に放り込む。食感を残したいのでざく切りにしたセリもこの辺りで投入だ。
火が通ったら、最後は三つ葉を添えて「トマトひっつみ異世界仕立て」の完成。
「ついでにもう一品いっとくか!」
フライパンに細かく刻んだ燻製肉を入れ火にかける。脂がたっぷり溶け出るまで、焦がさないように気を付けながらしっかりと炒める。
肉がカリカリに焼き上がったら、全体に柑橘を絞って混ぜ合わせてベーコンドレッシングもどきの完成。本来ならニンニクや胡椒が欲しいところだが、燻製肉にハーブがふんだんに使われているため風味は負けていない。
これをざく切りにしたクレソンにかければ「カリカリベーコンとクレソンのサラダ」が完成だ。湧水のよどみで冷やしておいたビールを1缶だけ添えれば、立派なディナーの出来上がりである。
「人間、やればどうにかなるもんだなぁ」
なんてことない料理なのに、なんだか妙に感動してしまう。
支給の小麦粉や燻製肉があったとはいえ、よくぞここまで出来たもんだ。コノースの森……我が領地の恵みに感謝しなくはいけないな。
「いただきます」
しっかりと手を合わせたら、まずはひっつみのスープをひとくち。
「あっふい……うまいっ!」
トマトもどきの強い旨味がよく効いている。生で食べた時に少し気になった硬い皮や酸味も、煮込んでしまえばまるで気にならなかった。というより、加熱したことにより旨味が増していた。なるほど、スープに入れて大正解だった。
それから玉ねぎの甘みや燻製肉の味わいがスープにより深みをもたらし、ほのかに香るカレーのスパイスの香りが食欲をそそる。セリのシャキシャキした食感と、三つ葉の香りがまたいい。野菜不足で鈍っていた身体が生き返っていくようだ。
そしてなんといっても、ひっつみは美味い。つるんとした表面に、もちもちシコシコの食感。ニョッキやパスタとは少し違うが、こいつも立派に洋風の味付けに合うじゃあないか。食べ応えのあるひっつみが、働き通しで空っぽの胃袋を満たしてくれた。
「しっかし、どれもこれもこんなに美味いのは、異世界の素材だからなのかねぇ」
クレソンのサラダをシャクシャクと噛みながら呟く。
採れたてということもあるけれど、かつての世界で知るものよりもずっと風味が豊かだ。燻製肉もきっと豚の肉ではない。なにせ脂の旨味とコクが尋常じゃないからな。しかしその脂だって、柑橘を絞ったおかげでクドさは感じられず、肉に合うクレソンの辛味をより引き立てている。
森の奥深くでこんなに美味いものが食べられるなら、異世界暮らしも悪くはないのかなと思う。
おかわりのひっつみも綺麗に平らげ、カリカリのベーコンを摘まみながらビールの最後の一口を飲み干す。すっかり温まった身体に涼やかな刺激が染み入った。
「あーいい気分だな」
いつのまにか額に浮いていた汗をぬぐいながら木窓を開ければ、ひんやりとした空気が流れ込む。
満腹感とほろ酔い気分のおかげで、外の新鮮な空気の香りがより香しく感じる。思わず鼻歌まで歌ってしまう。
「なんとかなる気がしてきたな、うん」
木々の間に瞬く星を見上げながら、俺はしばし夜風を楽しむのだった。
ようやく料理回です




