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卵の中からこんにちは

卵:ルルフゥが行商市の運試しで買った中身不明の卵

ジャルマ:人語を解するクルールという種類の鳥。手紙を届けたり上空から周辺を監視したりと大活躍。

マリー婆さん:孤児院を取り仕切る老婆で、ドワーフのギジムとはかつての恋仲。

ガブ:孤児院を手伝う犬獣人で元冒険者。

子ども達:マリー婆さん率いる孤児院の子ども達。森で健やかに育っている様子。


 目の前に、鳥の巣型のベッドに鎮座された大きな卵がある。

 ところどころに亀裂が入ったその卵の内側からはコツコツという音が断続的に聞こえてくる。


 「つ……遂に生まれるのか……」


 「どうしよう……ねぇセージ、手伝った方がいいのかなぁ」


 ルルフゥが不安げな様子で俺を見上げる。

 この卵はルルフゥがリザードマンの村の行商市で買ってきたもので、せっせと温めたり話しかけたりと世話を焼いていた。愛着が湧いている分心配なのだろう。


 「いや、このまま見守ろう」


 下手に人が手を加えるのも良くないだろうし、あとは自然の成り行きに任せるしかない。 

 そんなこんなでドキドキしながら見守っている俺達をよそに、卵の中の生物は孵化に向けて懸命に動き続けていた。パキンと音を立てて殻が割れ落ちた隙間からはびしょ濡れの羽毛が見えていて、卵の中身がドラゴンじゃないことに改めてホッとした。

 一旦殻を割ってしまえば後は早かった。ピキピキバリバリと隙間が広がり……


 「頑張れ頑張れ……わぁ、出た出た!見て、孵ったよ!」


 「ピキィー!チチチチ」


 「おお、よちよち。えらいねぇ、可愛いねぇ」


 殻を大きく破いて転がり出るように生まれたそれは、鳥のヒナ……にしては少々形がおかしい。

 鳥と言えば普通は二本足だが、こいつは四本足。前足は猛禽類を彷彿とさせる鋭い鉤爪、だが下半身はどうみても鳥ではない。猫……というよりは獅子に似ているな。一抱え程ある卵から孵っただけあり、生まれたてなのに子犬ほどのサイズだ。


 「こいつ、グリフォンじゃねぇか!」


 覗きに来たガブが素っ頓狂な声を上げる。

 

 「グリフォン?聞いたことはあるが……」


 「大陸の向こうに棲む魔物さ。冒険者をやっていた時に何度か見たことがあるぜ。中級ランクの冒険者だって迂闊に手が出せない相手さ」


 「危険なのか?」


 「なんせすばしっこくてな。一度飛び上がれば空からでも攻撃してくるし、中には魔法を使う個体もいるって話だぜ。俺だったら相手をするのはごめんだね」


 なるほど、なかなか厄介なものが孵ってしまったな。この拠点には小さい子どもや家畜だっているんだ、そんな恐ろし気な魔物を飼うのは気が引ける。


 「大丈夫だよ、セージ。この子、こんなに大人しいもん」


 ルルフゥがグリフォンのヒナを庇う様にして抱える。当のグリフォンはというと、甘えるように「クククッ」と喉を鳴らしながら目を細めている。確かにこの姿だけ見れば大人しくて可愛らしいのだが、いやしかしだな。


 「ほっほっほ、心配は無用じゃぞ」


 ロウシが鷹揚に笑いながらやってくる。その頭にはジャルマがすまし顔で乗っていた。


 「人間がグリフォンを飼い慣らす方法のひとつにな、クルールに育てさせるというものがあるんじゃ。山地に住む部族はそうやってグリフォンと共生すると聞く」


 クルールは人語を解する賢い鳥だ。なるほど、こちらの意図を理解しつつ適切に教育してくれるという訳だ。


 「だ、そうだ。よかったなルルフゥ」


 「か……飼ってもいいの?」


 「どの道、下手に森に逃がして凶暴化しても困る。きちんと飼い慣らせるならそれに越したことはないよ」


 やったぁ!と飛び上がり、ルルフゥがグリフォンを抱えてくるくる回る。

 ルルフゥの羽耳とグリフォンの羽が共鳴するようにピコピコパタパタ動いていて微笑ましかった。


 「グリちゃん、お前の名前は今日からグリちゃんだよ~」


 「ピキュイ!」


 そのままだな!と突っ込みたかったが、名付けられた本人ならぬ本グリフォンも満足そうに鳴いているので気に入っているのだろう。なにはともあれ、一件落着と言う訳だ。

 こうしてこの拠点に、新たな生き物が加わることになった。


 ※


 「おお、そうじゃそうじゃ。すっかり忘れておったわい」


 グリちゃんに虫を与えるジャルマを目を細めて眺めていたロウシが、思い出したように手をポンと叩く。


 「今しがた、マリー達が暮らす家が完成したところじゃ。領主さんも見に来るがいいぞ」


 「おお、遂にか!こりゃ楽しみだ」


 この一週間、ドワーフ達は毎日のようにトンカントンカンと忙しく働いていたからなあ。ドワーフ達や彼らが使役する地の精霊を労うために、毎食山のようにスープを作ったっけ。

 色々感慨深い気持ちになりながらロウシに付いていくと、二階建ての見事な家が建てられていた。


 「コノースの森 恵みの家」という看板が付けられたその家は、この先更に人が増えてもいいようにと部屋数も広さもかなり余裕を持って作られてある。

 子ども達の部屋は二~三人ほどの相部屋になっているが、それでも充分な広さがある。端材で作った立派なベッドには、フラッカがせっせと縫った真新しい寝具が敷かれ、窓から日差しがさんさんと降り注いで過ごしやすそうだ。 

 大人たちの部屋はそれぞれ個室だ。マリー婆さんの部屋の窓際には何故か花束が置かれていたので、思わずギジムを覗き見たら耳まで真っ赤にして顔を逸らされた。あらあら、初々しいですこと。

 

 それからちょっとした広間、ここは子ども達がピリリカの授業を受ける部屋だ。大きな本棚には一行が荷物で持ち込んだ書物が申し訳程度に並んでいた。いつの時代、どんな世界でも勉強は身を救うからな。いつかここに本をぎっしり並べてやりたい。次の行商市でなにか見繕っておこう。

 更には吹き抜け天井の広い広い食堂。映画の中の貴族の晩餐会なんかで見るような長いテーブルが並び、かなりの人数が食事を共にできそうだ。


 「今は晴れの日は野外のテーブルで食べているが、雨が降ったり寒くなってきたらそうもいかないだろう?ここなら、いつでも全員が集まって食事が出来るからね」


 マリー婆さんが得意そうに頷いた。なるほど、これは彼女の発案か。確かに冬場は外で食べるのは厳しいからな。それぞれの家で引き籠って食事をするのも味気ない話だし、食堂が出来て助かった。祝い事がある時なんかはここでご馳走を並べてパーティをするのも楽しいかもしれないな。

 

 そんなこんなで、この拠点も随分充実したな。

 俺とルルフゥが暮らす家に、宿も兼ねたドワーフ達のログハウス、「コノースの森 恵みの家」と名付けられた新たな孤児院。

 野外の炊事場に倉庫、食糧庫。畑に動物小屋に、それから物見やぐら。井戸もドワーフの手でかなり補強されているし、拠点の人数の増加に伴って厠も増設された。これらを囲むように二重柵が設けられ、入り口には門も作られている。これはもう正式に「村」と呼んでも差し支えないだろう。

 

 「何もない所から、よくぞここまで仕上がったなぁ」


 「ボクが来た頃なんて、家と倉庫くらいしかなかったもんね」


 「畑も随分貧相だったよ。雑草なんてぼうぼうでさ」


 なんてしみじみ思い出していたら、鼻の奥がツンとしてきた。いかんいかん、感動の涙はまだ早いぞ。目をごしごし拭っていたら、案の定ガジムに見つかって笑われる。


 「カカカ!ベソかいてるところ悪いが、こんなのはまだ序の口よ!ジンバもそろそろ家を欲しがってたし、グリフォンが暮らす動物小屋も必要さな。それから冬備え前にどでかい備蓄倉庫も作らんとな。おい、ルルフゥ。ついでにおめぇさんの家も作ってやろうか」


 「いらなーい!だってセージったら、ボクが監視してないと床で寝たり椅子で寝たりするんだもん。物だって出しっぱなしだしさ」


 「う……それは面目ない」


 思えばルルフゥとは成り行きで同じ家に住み始めたが、今ではすっかりそれが当たり前になっていたな。


 「ひゅーひゅー!セージ兄ちゃんとルルフゥ姉ちゃんって付き合ってんだろー!」


 「オッサンの癖にスケベなんだー!」


 いつから話を聞きつけていたやら、悪ガキたちがこっちに向かってはやし立てている。まったく男児の習性と言うやつはどこの世界でも変わらないな。


 「ええ、ルルフゥさんって男の子じゃないの!?」


 「ふふん、どっちでしょう」


 「ばーか!女に決まってるよ!ね、そうでしょ?」


 「ふふふ……確かめてみる?」


 悪戯っ子全開の表情のルルフゥに迫られてキャッキャと逃げていく子ども達。

 そんな平和な光景を見ながら、俺はやれやれと笑うのだった。



 

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