梅干しパワーで食欲増進!~混ぜお握りの朝食セットとイカメンチ~
マリー婆さん:森に来る前は孤児院を切り盛りしていたお婆ちゃん。ガジム曰く「若草の君」
フラッカ:母性溢れる猫獣人のお姉さん。子ども達の世話役。
ガブとレオ:犬獣人のガブと獅子獣人のレオ。魔物に襲われた怪我もめでたく完治した。
ピリリカ:陽気なハーフリングの女性で歌と楽器の演奏が得意。
子ども達:人間獣人入り混じる総勢十人の子ども達。最年少のミシェルは生後半年ほどの人間の赤ちゃん。
「ふー、こんな時間からもう暑いんだもんなぁ」
朝、野外炊事場で朝のひと仕事を終え、俺は額の汗をぬぐう。森の中に響くジーワジーワギィギィと鳴く夏の虫たちの声は、前の世界の夏を思い出して懐かしくなる。
子どもの頃、ラジオ体操に向かう道すがらに聞いたセミの声。こんな早くから鳴いているなんて、一体セミは何時に起きているんだと不思議に思っていたっけ。
「セージ兄ちゃーん、行ってきまーす!」
「お弁当ありがとー!」
「大物、期待しててねー!」
門のところで、子ども達がこちらに向かって手を振っているのが見えた。
今日は朝早くから、年長・年中組の子ども達が食料調達を兼ねて沢に遊びに行くらしい。引率はジンバとピリリカ、それにすっかり回復したガブだ。年少組はまだ沢まで行く体力がないので、ルルフゥとレオが近場に木の実取りに連れて行くそうだ。
せっかくだから朝食もそれぞれ現地で食べた方が美味しいだろうということで、俺は朝から弁当作りに大忙しだった。
「気を付けてなー!はしゃいで弁当落とすなよー!」と呼びかけると、みんな慌てて鞄を確認していて微笑ましかった。
弁当の中身はと言うと、甘い炒り卵とベーコンの混ぜお握りに、イカと野菜を叩いて揚げたイカメンチ、それに人参とカブと貝柱の煮物だ。
お弁当の定番という事で、本当は鶏のから揚げを入れてやりたかったんだが、野生のコルック鳥はいつでも捕まえられる訳じゃないからな。
代わりにイカ徳利作りで余っていたゲソとエンペラ部分を野菜と一緒に叩き、香味醤油で味を付けて揚げてみたんだがこれが大正解。ふんわりコリコリしたイカの食感と野菜の甘みが楽しめて、揚げた先からつまみ食いの手が止まらなかった。
熱々の揚げ物の魔力は実に恐ろしい。近くに酒があったらうっかり朝から飲んでしまう所だったな。
「それじゃ、居残り組の朝飯も作るとしますかねぇ」
子ども達の姿が森の中に消えるまで見送ったら、気合をいれてもうひと働きだ。
居残り組は俺の他に、まだ寝ているドワーフ達と高齢のマリー婆さん。赤ちゃんのミシェルにその世話役のフラッカだ。
ご飯はまだ残っているし、追加で炒り卵の混ぜご飯を作るとしようか。ミシェルの分は昆布と野菜で出汁を取ったおじやでも作ってやろう。
「と思ったが、今日は卵は品切れか」
コルック鳥の小屋を恨めし気に覗き込む。
ほぼ毎日卵を産んでくれるコルック鳥だが、たまにはこんな日もある。当のコルック鳥達は涼しげな顔で野菜屑をつついては「クルックルッ」と鳴いていた。
まあ仕方ない、欲しい時に欲しい食材が手に入らないのはこの世界に来てからすっかり慣れっこだ。
「イカメンチをおかずにご飯を食べるか?いや、運動後ならともかく起きがけにそれはヘビーだな」
散々つまみ食いをしておいてなんだが、これをおかずに朝から白飯一杯!と考えると少々胸が焼ける。何よりこの暑さである。身体はもう少しさっぱりとしたものを求めていた。
「おやおや、朝早くから精が出るねえ」
「あ、おはようマリーさん」
気が付くとマリー婆さんがカップを片手に炊事場に立っていた。
「フラッカとミシェルは当分起きないと思うよ。昨日は久しぶりに夜泣きが酷くてねぇ」
「そりゃ大変だ、ゆっくり休んでもらおう。ところでマリーさん、そのカップにハーブ茶でも淹れるかい?」
「いいや、こいつに少し湯を貰いたくてね。朝は胃が重いからねぇ、こいつを湯で割るとシャッキリするのさ」
マリー婆さんがカップを見せてくれるので中を覗く。
カップの底にコロンと転がっていたのは、ほんのり赤く色づいたしわくちゃの実。ああ、これは見覚えがある。その証拠に、口の中にきゅっと唾液が溢れた。
「これって……梅干しだよな?」
「おや、知っているのかい?こいつはフラムの実を干して塩漬けにしたものさ。食欲がない時や、後は気付けになんかも使えてね。あたしゃいつも自分で漬けたものを持ち歩いているよ」
「知ってるも何も、故郷ではよく食べていたんだよ。うわぁ、懐かしいなぁ」
「よければおひとつどうだい?若い者は好かんようでね、あたしの周りではだーれも食べんのよ」
マリー婆さんが懐から小さな容器を取り出して、梅干しをひとつ渡してくれた。
フラムの実と言ったか……見た目は梅干しそのものだな。果肉は柔らかく肉厚で、鼻を近づけるとちょっぴりフルーティな香りがする。
口に放り込むと、酸味で思わず顔がきゅっと萎む。ああ、これこれこの味だ。シワシワの皮を噛み潰すと、熟れてジュレ状になった中身が溢れだしてたまらない。
ハチミツやカツオを使わない塩でぎゅっと漬け込んだ昔ながらの梅干しだが、フラムの実の持つ甘味のおかげで塩気の角も取れ、いくらでも食べれてしまいそうだ。
「ああ~、酸っぱいなぁうまいなぁ」
「ズズッ……ああ、目が覚めるねぇ」
湯を注いだ梅干しを匙で潰しながら、マリー婆さんも目を細めてそれを啜る。
そういえば俺がまだ小さい頃、風邪で熱を出すと婆ちゃんがハチミツと梅に白湯を注いだ梅湯を作ってくれたっけ。なんだか懐かしくなってしまうな。
「なあ、これってこの森でも作れたりするかな?」
「おや、気に入ってくれたかい?安心しな、ルルフゥに聞いたらこの森にもフラムの実はあるようでね。早速今日取りに行ってもらうところさ」
なんと、さすがはマリー婆さんである。
まさかこの森にも梅の木があったなんてちっとも気が付かなかった。この世界でも梅料理が楽しめるとは嬉しい限りだ。梅干しに梅酒に梅ジュース、梅ジャムなんかもいい……ああ、夢が広がるなぁ。
「と言う訳だから、領主様にも手伝ってもらうよ。なにせ作るには手間暇かかるもんでね」
ああ、確かに「梅仕事」なんて言葉もあるしな。アクを抜いたり天日に干したりヘタを丁寧に取ったりと、シンプルながらにやることは沢山だ。だが、梅干しを楽しめるというならば喜んで手伝わせて頂こうじゃないか。
「ああ、勿論だ。任せてくれよ」
「頼もしいね。じゃあ、これは先払いの駄賃だよ」
マリー婆さんは笑って、容器に残っていた梅干しを全部くれた。
「いいのか?」
「勿論だとも。荷物の中にツボで漬けたものがまだたくさん残っているからね。足りなくなったら言っておくれ」
なんと、これは最高に嬉しいお駄賃だ。
今日は暑さも厳しくなりそうだし、今日はこいつで朝ご飯を作るとしよう。
※
焼き網の上でジュワジュワと音を立てて焼かれているのは、春先に塩漬けにしておいた魚の切り身だ。
マス科の魚に似たそれは、脂こそはまだあまり乗っていないものの、味わいは鮭に似ていて俺にも馴染みのある味だ。こいつがしっかりと焼けたら熱いうちに皮と骨を取ってよくほぐす。
お次は庭の一角で茂りに茂った大葉を数枚拝借し、こいつは細かく千切りに刻む。大葉はリザードマンの村で株分けしてもらって以来、収穫した先から増えていくおかげで食べても食べても追いつかない。嬉しい悲鳴だな。
さて、ほぐした魚と刻んだ大葉は小さく千切った梅干しと共にご飯に混ぜ合わせていく。
「うん、ちょうどいいな」
具材の塩気が上手くご飯に散って、しょっぱすぎず薄すぎずの絶妙な味だ。
大葉の鮮やかな緑と魚の淡いサーモンピンク、それに梅干しの赤が白いご飯によく映えて見ているだけで楽しくなる。これをひとくちサイズに握れば、居残り組専用の混ぜご飯お握りの完成だ。簡単な吸い物と煮物の残りを添えれば立派な朝ご飯だな。
一応マリー婆さんにもイカメンチを勧めてみたんだが、やはり朝から食べるにはヘビーなようで申し訳なさそうに辞退された。
ドワーフ三人衆とフラッカとミシェルはまだ夢の中。という訳で俺とマリー婆さん二人だけの朝食だ。
「綺麗だねえ、フラムをこうして料理して食べるのは初めてだよ」
「普段は料理に使わないのか?」
「昔ながらの薬みたいなもんだからね。基本的にはそのまま食べるか、湯や酒で割ったりだよ」
「そいつは勿体ない、是非味を見てくれ」
いただきますと手を合わせ、お握りをパクリ。
塩気が効きトロンと旨味が増した塩漬けの魚は当然白いご飯によく合う。それだけでも充分食が進むのだが、そこに梅干しと大葉が加わるとその味わいは一変する。
魚の塩味に旨味、梅の酸味と果肉のほのかな甘み、そこに大葉の爽やかな風味。それらが混然一体となってこれでもかという程に味覚を刺激して、一口食べるごとに、もう一口、もう一口と止まらなくなる。
「ああ、これはいい。フラムの酸味が他の具材の旨味を引き立てているんだ。肉なんかにも合いそうだね」
「これを肉で巻いてフライにした料理もあるんだ。今度作ってみるよ」
「そいつはいい、楽しみだよ」
ずずっと吸い物を一口すする。魚の骨と昆布で取った出汁は旨味がしっかりと出てしみじみと美味い。骨にも塩が効いている為、味付けは醤油を数滴垂らしただけで充分だ。
柑橘の皮を少しばかり刻んで入れたので香りも良い。まだ寝ぼけている身体が目覚めていくようだ。
それに煮物の味も良い感じだ。貝柱の旨味をよく吸ったカブと、甘く煮上がった人参がいいバランスだ。噛めばほろほろにほぐれる貝柱にもしっかりと出汁の味が染みていてホッとする味わいだ。
そうして口の中をリセットしたところで、お握りをもう一口。ああ、酸っぱくて爽やかで最高だなぁ。知らず知らずのうちに体に溜まった疲れも吹き飛ぶようだ。
皿と椀が空になる頃には、目もしゃっきり覚めて身体が動き出すのを感じる。
それに……うん。梅干しの食欲増進効果のせいなのだろうか、なんだか食欲に火が付いてしまったような……
「領主様よ、イカメンチっていうのも、味見してみたいもんだねえ」
俺と同じ気持ちなのだろう、マリー婆さんも皿を空にしてそんなことを言って悪戯っぽく笑った。
朝から老人を揚げ物に誘うとは、梅干しパワー実に恐るべしだ。
「じゃあやっちゃいますか、なんなら揚げたてで!」
「分かってるじゃないか。あんた、いい男になるよ」
マリー婆さんの冗談を聞きながら、俺は新たにイカメンチを揚げる支度を始める。よく叩いてねっとりとしたイカタネを丸めて油にぽとり……ジュワッとした音と共になんともいい香りが広がる。
その気配を感じ取ったのだろう。
「おおい、領主さんよ!美味そうなことやってんな?」
「俺たちも混ぜてくれや!」
「ほっほっほ、朝から揚げ物とはこれはついておるわい」
食欲不振とは無縁のドワーフ三人衆がすぐさま家から飛び出してくる。
孤児院メンバーが暮らす大きな家作りで大忙しのこの三人は、近頃ますますよく食べる。おかげで毎日毎食作り甲斐があるってもんだ。
「まぁ、さっきからいい匂いがすると思ったのですのよ。ねぇ、ミシェル」
「だあー!」
窓から顔を出したフラッカが、眠たい目をこすりながらも嬉し気に笑う。腕に抱かれたミシェルも上機嫌でそれに答えた。
ここで暮らす仲間は今日も食欲旺盛で何よりである。
「座って待っててくれ、すぐに美味いものを食わせるからな!」
腕まくりをして気合充分。じりじりと強くなる日差しもなんのその。
梅干しパワーを得た俺は、仲間の為にがむしゃらにイカメンチを揚げるのだった。




