表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/32

十五人の新たな領民達


 「ああ……マリアベル。俺の、愛しき若草の君よ!」


 突然マリー婆さんの手を握りしめたギジム、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 マリアベル……?はて、どこかで聞いたような名前だが。目の前の状況に理解が追いつかずに戸惑っていると、ギジムの手を握り返しながらマリー婆さんが掠れた声で答える。


 「ギジム……本当にギジムなのかい?」


 「ああ、俺だマリアベル!かつて君と将来を誓い合った、ドワーフのギジムだ!」


 ……そういえばガジムが言っていたな。ギジムにはかつて人間の想い人がいたと。 

 人間の領主の娘と放浪のドワーフの恋が許されるはずもなく、少女マリアベルは遠い土地へ嫁いでいったと。


 「ああ、ギジム!アンタはちっとも変わらないと言うのに、あたしはこんなにしわくちゃになってしまって……」


 「何を言っているマリアベル、君は変わらずに美しいままだ」


 「ギジム!」


 「マリアベル!」


 目の前で熱い抱擁を交わすギジムとマリー婆さん、もといマリアベル。

 普段はジョッキを片手にガハガハと笑っているギジムだが、なんというかキャラが変わってはいやしませんかね。

 想い人の前ではこんなにキザな振る舞いが出来るとは、人は見かけによらないものだ。


 「同じ顔の俺を見てなんで先に気づかんかねえ」


 少しだけ不満げな顔をするガジムに「何を言ってるんだい、ギジムとアンタは全然似てないじゃないか」とマリー婆さんは笑う。

 なんとなく腑に落ちなくてロウシの顔を見ると「愛じゃよ、愛」と諭すように頷かれた。なるほど、愛か。



 「本当はもっと早くに戻って来たかったんだがね」


 ギジムとの再会の抱擁もひと段落し、マリー婆さんがぽつぽつと身の上話を始めた。

 ギジムと引き離され、他領に嫁ぐことになった少女マリアベルを待ち受けていたのは過酷な運命だった。結婚相手に選ばれたのは好色と噂される老領主で、マリアベルはそこの何番目かの妻として迎えられたのだという。

 だが元々かなりの高齢だった領主は、ほどなくして流行り病を拗らせてあっさりと死んでしまう。そこから始まるのは、莫大な遺産を巡る一族内の骨肉の争い。

 荒れに荒れたその屋敷に新参の小娘がいられる筈もなく、僅かばかりの手切れ金と共にマリアベルは嫁ぎ先を追い出される羽目になる。


 「時期が悪くてねえ。ちょうど先の戦争が起こる頃で、お父様の領地に帰ることも出来なかったんだよ」


 マリー婆さんが寂しそうに目を伏せる。

 ちょうど勃発した隣国との戦争において、少女マリアベルの嫁ぎ先がある街はちょうど重要拠点。密偵を警戒する意味でも出入りは厳しく監視された。

 数年の足止めを経てようやく終戦するも訪ねた実家は既に没落し一家離散、マリアベルが生まれ育った父の領地はまったく知らない名の貴族が継いでいた。


 「お父様は元々、戦働きを認められただけの一代限りの領主さ。そんなお父様が病で亡くなり、家名を継ぐ男児もいない以上は仕方がなかったのさね」

 

 こうして全てを失ったマリアベルは、籍を残す嫁ぎ先の街に戻らざるを得なくなったのだ。


 「本当は籍も何もかも早くに捨ててマガヤ湖を訪ねても良かったのだがね。その前に、やるべき事を見つけてしまったのさ」


 隣国との戦争で真っ先に徴兵されたのは、下層身分の亜人種達だった。ろくな訓練もないままに最前線に送られた彼らからは当然多くの死者が出た。

 スラム街には親を失った亜人種の子ども達で溢れ、働き手を失った未亡人の多くが色街に身を堕とした。劣悪な環境は病を呼び、そうして倒れた亜人種の亡骸が街の外れに放置されるのも最早当たり前の光景だった。

 領地は前領主の長男が引き継ぐことになったが、彼は未だに続く醜い遺産争いに忙しく現状の改善を求めるのは夢のまた夢。


 「束の間とはいえ、あたしは前領主の妻だった。だからあのロクデナシ共に代わって、あたしが何とかしてやろうと決めたのさ。あの頃は若かったからね、半ば意地になっていたんだろうよ」


 マリー婆さんがヒッヒッヒと笑う。

 老いたとはいえ、ガジムの話で聞いた可憐な若草の君マリアベルと目の前のマリー婆さんが結びつかないのは、今日までの道のりで想像を絶する苦労があったからなのだろう。


 「ようやく落ち着いたと思ったら、今度は隣領と戦争をするってんだから、どの道これが潮時だったのだろうね」


 「苦労したのだなマリアベル。俺がもっと早くにそれを知っていたら……」


 「止めておくれ、ギジム。あたしはなにひとつ後悔はしていないんだからね。それにこうしてまたあんたと会えたんだ、きっと神様のお導きさね」


 マリー婆さんがカラカラと笑い、つられてギジムも頭をかいて笑った。

 

 「領主さんよ、そういう訳なんだが、このままマリアベル達を放っておく訳にはいかねぇ。食い扶持はかなり増えるが、俺がその分賄って見せるからよ」


 「領主様、この通りだよ。せめて幼い子ども達だけでもどうにか置いてくれやしないかい」


 二人が心底申し訳ないという表情を作って俺に頭を垂れる。おいおい、一体なにを言い出すのか。


 「何を水臭い事を言っているんだ!新しい仲間がたくさん増えて、しかも二人はようやく再会できたんだろ?どれもこれもめでたい事じゃないか、俺は大歓迎するよ」


 確かに新入りの数は総勢十五人、一気に増えたとは思うが元々ここの最終目標は立派な村だ。大きな前進じゃあないか。

 様々な種族が行き交い、子ども達が元気に駆け回り、お年寄りがそれを見守る。人間も亜人種も強い者も弱い者も寄り添って生きる、それが俺の目指すこの地の在り方だから。

 

 「マザーマリア、もうお話は終わったの?」

 「ボク達ここに住めるの?」

 「あたし、ずっとここにいたい!お手伝いだって何でもするから!」


 今まで黙って成り行きを見守っていた子どもたちが一斉に口を開く。

 その目はまだ不安気で、幼い子どもの目がそんな風に曇るのは悲しかった。だから俺は満面の笑みを浮かべてグッと親指を突き出す。


 「ああ、勿論。嫌と言っても住んでもらうからな!さあ、最初に領民にされたいのは誰だー!」


 キャーっと声を上げてはしゃぎまわる子どもを追いかけて、抱き上げたりわしゃわしゃ撫で回したりする。


 「けっ、俺がかっこつけるまでもねぇか。ってことだ、マリアベル。うちの領主さんは、この通り底抜けのお人好しなのさ。だからもう安心だ」


 「ああ、本当にね……」


 捕まえた子どもの一人を肩車し振り向くと、ギジムと並んで眩しそうな顔でこちらを見ているマリー婆さんと目が合った。しわくちゃのその顔の目尻には、温かな涙が浮かんでいるような気がした。



 さてさて、いきなり大所帯になったからな。ここでしっかり顔合わせといこう。


 まずは大人組、一行の最年長はマリー婆さんだ。

 年齢は八十代後半で年相応にしわくちゃだが、背筋はスッと伸びているし物言いもハキハキしている。徒歩でここまで歩いた体力気力は伊達じゃないという訳だ。


 それから犬獣人のガブ。彼はグレートデンという種類の犬に似たちょっと強面の獣人だ。

 他の街から流れついた元冒険者で、スラム街で荒くれ相手に喧嘩三昧していた所をマリー婆さんに拾われたらしい。もっとも本人は「とっ捕まったんだ、ありゃ!」なんて言ってたが。


 獅子顔の獣人はレオ。凛々しいたてがみと屈強な体つきとは裏腹に、表情はなんとも気弱そうな男だ。

 元々は孤児としてマリー婆さんに拾われ、成人後もそのまま孤児院に残ってマリー婆さんを助けているそうだ。その雰囲気通り喧嘩はめっきり弱いが、先の狼の魔物の襲撃の際は女子供をかばい武器を取って戦ったというからやる時はやるのだろう。

 「怒ったマザーマリアの方が怖いので……」と力無く笑ったのは聞かなかったことにした。


 あとは猫獣人のフラッカ。彼女もレオと同じく元々孤児院で育ったらしい。

 この短い間でも、幼い子供たちから母親のように慕われているのが見て取れた。種族の違う子どもたちを分け隔てなく慈しむその姿は、本物の母親のようだ。

 切れ長の目を穏やかに伏せて「子ども達の事、なんとお礼をいったらいいのか……」と鈴が鳴るような声で言われた時は、色っぽくて正直ドキドキした。ちなみにルルフゥとジンバからは無言で尻をつねられた。


 ハーフリングの女性、ピリリカは元々は旅人だったという。

 世界中を旅して回った彼女だったが、荷物を盗賊に盗まれあわや行き倒れと言うところをマリー婆さんに助けられたそうだ。

 「おかげで今はマリーに散々こき使われているよ。ただ飯より安いものはないってね!きゃはは、冗談だから勘弁してよマリー!」

 マリー婆さんの圧から逃げ回ってコロコロと笑うピリリカは底抜けに明るい。彼女は世界中を旅した知識を活かし、子ども達の勉強を見てやっているそうだ。


 「俺はアレンだ!」

 「ぼ、僕はジャック」

 「リディアです、よろしくお願いします」


 子ども達の中でも年長なのがアレンとジャックとリディアで、それぞれ十一歳。

 リーダー気質で快活なアレンに、ちょっとだけ気弱そうなジャック。眼鏡とおさげの少女リディアは落ち着き払ってかなり大人びている。


 「オイラはリック、んでこっちが子分のトビー!」

 「バーカ、そっちがボクの子分だよ!ねえおっさん、アンタもそう思うだろ?」


 口調とは裏腹に仲良くじゃれ合っているのは八歳のリックとトビー。リックは小太りのお調子者で、トビーはちょっぴり生意気だ。トビーはアレンの弟で、なるほど勝気そうな表情は兄によく似ていた。


 「あたしはエレーンっていうのよ!」

 「はいはーい、そんでアタシはクリッケだよー!」


 フワフワの髪に編み込みを入れたおしゃまな少女は六歳のエレーン。それからウサギ獣人の女の子クリッケ、こっちは五歳。

 獣人と人間の年の取り方はそれぞれ異なるようで、ウサギ獣人のクリッケは人間年齢に換算したらエレーンより少しお姉さんだという。

 エレーンのお姫様のような髪型は毎日クリッケが編んであげているそうで、実の姉妹のように仲良しだ。


 「ボク、ツムツム!お耳が大きなツムツム!ね、サミュエル!!」

 「……サ、ミィ」

 「あのねぇ、領主さん!サミィっていってるけど本当はサミュエルって言うんだよ!」

 

 元気いっぱいの垂れ耳の犬獣人の少年は三歳のツムツムで、少し舌ったらずで控えめな少年は四歳のサミュエルだ。

 クリッケと同様に、ツムツムも人間の年齢に換算すればもう少し年上だ。賑やかなツムツムは口数が少なく奥手なサミュエルのいい兄貴分だな。

 

 それから赤ん坊のミシェル、この子は0歳の女の子。

 プニプニでふにゃふにゃで甘い匂いがして、顔なんてもう全体的に涎まみれで、赤子との関わる経験がない俺から見たらメメ公並みに未知の生物だ。

 おずおずと指を差し出したら、すごい力で握りしめて「あー!んばぁ!」と俺を見上げて顔をくしゃくしゃにして笑った。

 う……やられた。この子は地上に舞い降りた天使か。


 そんなこんなで十五人、俺達を合わせて拠点は総勢二十一人だ。人数が増えたことでこれから目が回るほど忙しくなりそうだ。

 まず超特急で取り掛かるのは、孤児院メンバーのみんなが暮らす大きな家作りだな。これはドワーフ達に任せよう。前回の家と比べて大掛かりな工事になるが、一週間で片が付くと張り切っていたのでそれを信じるとする。


 「なんだい、この畑はまだまだなっとらんね!あたしが見てやろう」

 「ふふふ、針仕事なら任せて下さいね」

 「んじゃ、あたしはガキんちょ共の相手をしますよっと」


 マリー婆さんとフラッカとピリリカもそれぞれ得意分野の仕事を見つけてくれたらしい。

 どれもこれもありがたいが、特に畑は正直まだ手探り状態だからな。食料の安定確保は今まで以上に大切になってくるから、マリー婆さんの指導が受けられるのは非常に助かる。


 「俺とレオは狩りと警備を受け持つぜ。怪我が治ったら色々教えてくれよな、先輩方」

 「うう、なるべく足を引っ張らないように頑張るので……」


 ガブとレオは狩りを担うルルフゥとジンバに付いてもらう事にした。

 狩りの担い手と有事の際の戦闘要員が増えるのは本当に心強い。ジンバに稽古をつけてもらっているとはいえ、俺の戦闘力はたかが知れてるからな。 


 さてさて、今後の方針も固まってきたことだし、俺も俺で出来る事をやっていこう。

 なにせこの大人数、あれこれ作り甲斐があるってもんだ。ジンバとギジムがリザードマンの村から持ち帰った荷物の中には、冷凍魔法で凍った新鮮な海産物が詰まっている。

 まだまだ腹ペコである新入り達を、精いっぱいおもてなししようじゃないか。


 「なにを作ろうかねえ、ふふ」


 先ほどまではこの一行はみんなボロボロで、疲れ果て絶望しきっていた。

 なのに今ではみな一様に未来への希望に目を輝かせ、何をしようか楽し気に話し合っている。子ども達はみな安心した様子で無邪気に笑いあい、赤子は大きな欠伸をして微睡んでいる。


 そんな温かな光景を眺めていたらいつの間にかやる気が湧き上がってきて、俺は「やるぞー!」と気合を入れて腕まくりするのだった。

一気に大所帯になりましたが、以降新入りが話に大きく関わる際は前書きで簡単な紹介を付けるなどして初見の方でも分かりやすくしていきます。

どうぞよろしくお願いします。

また、ブクマと評価もありがとうございます。大変励みになります。

今後も是非楽しんでいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ