現れた難民達
クツクツと音を立てて鍋の中の白い液体が泡立つ。
一晩水に浸けて戻しておいたウロコ豆を、漬け水ごとすり鉢に入れて滑らかになるまでゴリゴリと潰したものだ。これを煮込み、布で濾して絞ればウロコ豆の豆乳の出来上がりだ。
これに回復ポーションにも用いられるというニチリ草を煮詰めた汁を合わせたものが、ここ数日の白いモーギュの餌である。
試しに舐めてみたが、豆乳で割っているとはいえ味にえぐみがある。モーギュもそれを嫌がり、時には吐き出したりと抵抗を見せたがしつこく飲ませ続けるうちに根負けしたようだ。
今では嫌そうな顔でそれを飲み干し、口直しと言わんばかりに柔らかな草をもしゃもしゃと食べるようになった。
そう、自力で草が食べられるようになったのである。
ニチリ草の回復効果と栄養豊富なウロコ豆のおかげで、死を待つばかりだったモーギュに少しずつ生きる気力が戻って来たのだ。
今では骨と皮ばかりの身体にも心なしかうっすらと肉が付き、目にも光が戻っている。もう大丈夫だろう、あとは沢山食べてしっかり肥えるだけだ。
リザードマンの村から帰ってから、俺の村は一気に賑やかになった。
まずはモーギュ三頭、白いモーギュの名前はラミィでもう一頭の雌のモーギュはルビィ。雄のモーギュはタンタンと名付けた。
それぞれハラミ、カルビ、牛タンから名付けたというのはみんなには内緒だ。自慢じゃないが俺のネーミングセンスは壊滅的なのだ。
それから羊に似たメールルという家畜の番い。こっちは雌がラムで雄がチョップだ。……由来についてはもう何も聞かないで欲しい。
どちらも人懐こい気質で、顔を合わせればメルメルと鳴きながら後をついて回ってなかなか可愛い。冬の間に蓄えた毛でモコモコに膨らんでいたので、先日遂に毛をカットされた。
ふわふわモコモコから一転してスッキリとした姿になり、これからやって来る本格的な暑さに向けての準備はバッチリだ。
ちなみにカットした毛は、ジンバがリザードマンの村へと持ち込んでいる。しばらく里帰りをするついでに、村の女たちから毛の加工を習ってくるそうだ。加工用の道具を拠点で再現するためにギジムも同行してくれている。行ったのが先週くらいだからそろそろ帰って来てもいい頃合だな。
それからクルール、この子はロウシがすっかり気に入ってしまい、古いドワーフの言葉で「天を駆る者」を意味するジャルマと名付けられた。
ジャルマは非常に賢く、散歩がてらに飛び回っては上空から異常を見つけて知らせてくれたりする。狼の魔物の群れが拠点に近づいた時も、ジャルマが知らせてくれたおかげで追い払うことが出来たからな。
森に活気があふれるこの季節は、生き物も魔物も動きが活発になる。
そうなると作物や家畜を狙って拠点に近づく魔物なんかも出てくるので、総出で拠点の防備も整えた。拠点を囲むように二重の柵を巡らせ、畑や家畜小屋の周りにも囲いを作り、夜間は松明の火を絶やさないようにした。
ジャルマが落ち着かない夜は交代で見張りを立てたりもして、どんどん村らしく機能していると思う。
物見やぐらの話をしたらガジムが面白がって立派なものを作ってくれたのには驚いた。森に不釣り合いなそれだが拠点のシンボルとしてよく機能していて、時々上でジャルマが羽を休めたり、ルルフゥが獲物を探したりと活用されている。
そんなこんなでコノースの森は順調に発展していた。
「ふぅ、こんなもんかな」
畑の草むしりを終えて、俺は額の汗をぬぐう。
行商から仕入れた夏植えの野菜たちも元気に根付き、いよいよ本格的な畑といった様子を見せている。
餌をつつくコルック鳥達のクルックルッという絶え間ない鳴き声に、ガジムとロウシの大工仕事の音。モーギュ達が間延びした声で鳴き声を上げ、向こうでは狩りから帰ったルルフゥが行商市で買った卵に話しかけているのが見える。
孵化間際のその卵はルルフゥが編んだ草のベッドに安置され、それにルルフゥは毎日飽きもせずに声をかけている。「ドラゴンが生まれたらいいな!」なんてはしゃいでいたがそれだけはご勘弁願いたい。せっかく発展した拠点がドラゴンのくしゃみで吹き飛ぶのは勘弁だからな。
そんな平和な午後のひと時、みんなの分のお茶でも入れようかと言う時に事件が起こった。
「ギィー!!」という鋭いひと鳴きと共に、上空を散歩していたジャルマが急降下をしてきたのだ。
そのまましきりに俺の周りを羽ばたきながら、ジャルマは落ち着かない様子で鳴いている。そのただならぬ様子に俺の身体にも緊張が走る。この近くで何か異変があったのだ。
「任せて、見てくる」
ルルフゥが即座に物見やぐらに駆け上り、ガジムとロウシは斧やつるはしを手に即座に戦闘態勢を整えた。
俺も鉈を手にジャルマが警戒している方角を睨み、来るなら来いと覚悟を決めたその時だった。
「大変、セージ!向こうに怪我をした人がいる!それに小さい子もいるよ。数は……ええと、たくさん!」
「な、なんだって?」
思いもよらない報告に俺は素っ頓狂な声を上げる。
こんな周りに街のない辺鄙な場所に複数人の怪我人と子ども、訳有りの賊と疑いそうになるが放ってはおけない。意を決して俺はみんなに指示を出す。
「ルルフゥはニチリ草を煮出して怪我人の治療に備えてくれ!ロウシはベッドの用意を頼む。ガジムは地の精霊を呼んで俺と一緒に来てくれ!」
「わ、わかった!」「うむ、早急に用意しておこう」「あいよ!任された」
戦士のジンバや男手のギジムがいないのが痛いが、今やるべきことをやるしかない。
それぞれがめいめいに準備を整え、俺とガジムは即座に駆け出した。
※
「うう……かたじけない……っつう!」
ベッドの上で弱弱しく身を起こそうとした犬獣人が、痛みにうめき声を上げる。
慌ててそれを制して楽な姿勢を取らせてやり、血がにじむ布を取り換えると「ああ、助かるよ」と目を細めた。
拠点にやって来たのは、疲れ果てボロボロになった十五人の者達だった。
上はしわくちゃの老婆、下はおくるみに包まれた小さな赤子まで。人間と獣人、老若男女が合わさった不思議な一行だ。
大人は人間の老婆一人、後は先ほどの犬獣人の男に気弱そうな獅子獣人の男。それから猫獣人の女と、背がドワーフのよりも小さいハーフリングと呼ばれる種族の女の計五人。
子どもは赤子を含めて人間が八人に、ウサギ獣人と垂れ耳の犬獣人が一人ずつ。一番上の子でも十歳程度と皆幼い。
犬獣人と獅子獣人は全身に傷を負い、幼い子は疲労と飢えで顔色が悪い。
獣人達の怪我は幸い致命的なものではなかったので、煮出したニチリ草を飲ませ、患部を消毒して清潔な布を当てて止血した。
疲労が濃い他の者達にもニチリ草を煮出した薬湯を飲ませ、簡単な食事として豆乳の残りで作ったシチューとパンを出す。これには特に子ども達が歓声を上げて喜んだ。聞けばここ数日まともな食事を取っていなかったそうだ。
トロトロに煮込まれたシチューは野菜がゴロゴロ入っているし、行商から買い付けたチーズも削り入れておいたので旨味がたっぷりだ。初めは遠慮がちだった子ども達も、いつしか旺盛な食欲で「お代わり」の大合唱だ。うんうん、これでこそ作った甲斐があるというものだ。
赤子の食べ物の方はと言うと、故郷にいた頃は幼い子の世話をしていたというルルフゥにあれこれ聞きながらすり潰してトロトロにしたおかゆを用意した。
道中は特にこの子の食べ物を用意するのに苦労していたらしく、懸命に粥をすすっては無邪気に微笑む赤子の様子に大人たちは目に涙を浮かべて喜んでいた。
「若き森の領主様よ。老いぼれの短い生だが、このご恩は一生忘れないよ」
俺に頭を下げたのは、一行のまとめ役だという人間のマリー婆さんだ。マリー婆さんたちはここから更に北にあるという遠い領地からやって来たそうだ。
そこの領主はお世辞にもいい領主とは言えず、上流階級が潤う一方で街には孤児が徘徊し、仕事に就けず明日の食事に困った亜人種達が犯罪に手を染めるなど、治安は悪化の一途を辿っていたという。
この状況を憂いたマリー婆さんは一念発起、私財を売り払って孤児たちを迎え、スラムで燻ぶっていた亜人種達を雇用し、私設の孤児院の運営を始めたそうだ。
「だが現実が見えていないあの馬鹿領主ときたら、遂に戦争までおっ始めようとしてね。それで私たちは逃げてきたんだよ」
マリー婆さんが暮らす領は、昔から鉱山を巡って隣領との小競り合いが絶えなかったのだが、先頃遂に件の領主が鉱山の実効支配に乗り出したのだ。
勿論隣領もそこを黙って明け渡す気はなく、鉱山の周辺では多くの血が流れた。そしてその戦火は徐々に拡大し、遂にマリー婆さんが暮らす街にまで迫ることになる。
「商人衆はどこからか情報を嗅ぎつけてね、街が包囲される前にさっさと逃げ出したんだがね。その商人の中の一人に、あたしの孤児院で育った坊やがたまたま丁稚奉公していたのさ。その子の手引きでどうにか逃げ出せたんだよ」
だが、亜人種差別が根強い領内において、種族入り混じるこの難民一行は非常に目立つ。
しかも間が悪いことに、前線に送る使い捨ての兵士として亜人種の強制徴用のお触れが出たばかりの事であった。やむを得ず商人達の隊から離脱し、マリー婆さん一行は人間が殆ど使わない旧街道まで逃れ、そうして何日もかけてここまで逃れたのだという。
幸いここまで誰一人欠けることなく来れたのだが、尽きかけた水と食べ物を求めて森に入ったところを運悪く狼の魔物の群れに襲われた。
犬獣人のガブと獅子獣人のレオの奮戦で魔物はどうにか退けることは出来たが、怪我を負った大人と女子供だけでは退くことも進むこともできず、もはやここまでと覚悟を決めていた所をジャルマによって発見されたのだという。
「領主様の助けがなければ、一体どうなっていた事やら。改めてお礼を言わせておくれ」
「いいんだ、この森の領主として当然の事をしたまでだ。……ところで、何処か目指す街があったのか?」
いくら人目を忍んでの旅とは言え、幼子や赤子を連れて旧街道を当てもなく彷徨うとは考えにくかった。マリー婆さんはそれに頷き答える。
「ああ、マガヤ湖に古い知り合いがいてね。もう何十年も会っていないんだが、他に当てはないし思い切って訪ねてみることにしたのさ」
マガヤ湖と言うとドワーフかリザードマンだろうか。古い知り合いか……マリー婆さんは前にこの場所に来たことがあるのだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「マリアベル……?」
震えるその声に振り返ると、髭もじゃのドワーフが目を見開いて立っていた。
大荷物を背負ってジンバと共にそこにいたのはドワーフのギジム。今しがたリザードマンの村から帰ったばかりなのだろう。
「ギジムにジンバ、帰っていたのか」
そんな俺の声に気づく事はなく、ギジムはふらふらと熱に浮かされたように近づくと、突然マリー婆さんの手を握りしめた。
「ああ……マリアベル。俺の、愛しき若草の君よ!」




