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拠点に家畜を迎えよう!

 

 「大丈夫だよ、人間の兄ちゃん。モーギュは優しいから噛みはしないって」


 「あ……ああ」


 犬獣人の行商人に促されるようにして、俺は恐る恐る目の前の茶色いモーギュに手を伸ばす。

 モーギュは元の世界の牧場でよく見る乳牛よりも小型で、垂れ目がちな目がなんとも癒される。温かくてごわごわの毛を撫でていたら分厚い舌で顔をベロンと舐められた。な、生ぬるい……。


 「こいつは去年に生まれたやつでね。頑丈に育っているし、こいつの母親も乳の出がよかったからな。子を産ませる予定があるなら最適だよ。仲がいい雄を付けて金貨三十枚でどうだい」


 行商人が雌のモーギュに寄り添う角があるモーギュを指さす。

 お互いの顔をベロベロと舐め合っている様子は、確かに番いのように仲睦まじい。


 「三十枚か……なかなかの値段だな」


 「ま、これだけ仲がいいと子もすぐに出来るからね。長旅の予定さえなければ、本当はウチで繁殖させたかったくらいだよ」


 モーギュの雌の相場が大体金貨十枚から十五枚。乳を出さない雄だと少しだけ価値が落ちて、金貨十枚もあれば立派な個体が買えるらしい。

 相場で見るならば金貨五枚ほど値段が上乗せされているが、行商人の言うように子を産ませる期待度が高い個体だから少々値が張るという訳だ。ううむ、モーギュ二頭だけでもなかなか痛い出費だな。


 「他に安いモーギュはいるかい?実はもう一頭雌が欲しいんだが」


 「うーん、生憎と手ごろな奴は朝イチで売れちまったからねぇ。残っているのはこいつら以外は、潰して肉にする予定の奴さね」


 行商人が指す方向には、雪のように真っ白なモーギュが藁の中に蹲っていた。

 随分と小柄でガリガリにやせ細ったそのモーギュは、僅かに震えてさえいる。素人目でも、そう長くはもたないだろうというのが見て取れた。


 「こいつの親は普通のモーギュだったんだが、珍しい事にこいつだけが白毛で生まれてきちまった。

 白毛のモーギュは子どものうちはとにかく繊細で、新鮮な柔らかい草しか食べたがらないわ、環境が変わるのを嫌がるわでね。

 船旅の環境はこいつにゃ自殺行為さ。どうにか弱る前に売ってやりたかったんだが、白毛は短命だと嫌がられてなぁ。

 大人になれば普通のモーギュと変わらんのだが、大抵は子どものうちに死んじまうからそう言われても仕方ないんだけどね」


 同情するように白毛のモーギュをさすりながら行商人が言った。

 確かに行商船の旅では餌は乾燥した草がメインだろうし、各地を旅して回るなら繊細なこのモーギュにはさぞストレスだろう。申し訳なさそうに小さい身体で更に縮こまる様子はなんとも哀れだった。


 「この子、俺が買ってもいいかな」


 「本当かい?うちとしては処分の手間が浮いてありがたいが、あと数日生きる保証もないぜ?」


 「どうにか頑張ってみるよ」


 金貨に余裕がないのになにを余計な買い物をという気持ちもあったけど、その哀れなモーギュを見ていたらどうしても迎えてやりたくなった。

 どの道死ぬにしても自然豊かな森の中で新鮮な草を一口でも食べてから、なんて思ってしまうのは現代日本で培った価値観を未だ捨てきれていない故の勝手な感傷なのかもしれないな。


 「ふんふん、ならばこうしよう。こいつは金貨五枚で売ろう。代わりにあっちのモーギュ二匹だが、さっきは金貨三十枚っていったけど、二十五枚におまけだ。合計金貨三十枚」


 つまり、白のモーギュは無料でくれてやるということか。


 「いいのか?」

 

 「俺だってモーギュが好きでこの仕事に就いたからね。不憫なモーギュをどうにかしてやりたいって人がいたら、そりゃあね」


 「ありがとう、大事に育てるよ」


 「その前に育て方の指導からだ!俺は厳しいぞ!」


 こうして俺は大張り切りの犬獣人のスパルタ教育で、モーギュの飼育方法を一から学ぶのだった。



 ※


 

 リザードマンの村で一泊し、朝日が昇ると同時に俺達は村を立った。

 行商船の市は何日もかけて行われるからゆっくりしていけと言われたのだが、購入した家畜達の体調が心配なのですぐに連れて帰ることにしたんだ。

 家畜達は動き回って怪我をしないように檻に入れ、ガジムとギジムが呼んだ土の精霊の小人達が抱えている。ゴーレムだと振動が凄そうだからな。小人による運搬はなかなか快適らしく、中の家畜達は大半がのんびりくつろいでいた。


 ちなみにモーギュの他に、クルールと言う伝書鳩に似た役割を持つ鳥と、メールルというほぼ羊の家畜の番いも購入した。

 クルールはリザードマンの村との連絡で重宝するし、メールルから採れる毛は冬場の防寒にも役立つ。加工をすれば行商でも買い取ってくれるそうだからな、使い道はいくらでもある。

 メールルの毛の加工方法だが、リザードマンの村で詳しい人が何人かいるそうなので冬が来る前に習いにいくとしよう。

 クルールは、昨日のうちにロウシへの手紙を持って飛び立っている。賢い鳥だから大体の場所を説明すれば迷わず飛んでくれるとのことでつくづく感心してしまう。


 それから野菜の種や苗もなかなかの種類が手に入った。

 それぞれ異世界での名を冠したキャベツや白菜やカブに人参、ニンニクに唐辛子に小麦、それから葉物野菜をいくつか。異世界と言うだけあり見た目や味わいは微妙に違うがどれも許容範囲だ。

 これらが無事に育ってくれれば、拠点での食生活は一層豊かになるだろう。と言う訳で、畑の拡大と整備は最重要課題だな。


 「ふんふふーん、はやく生まれないかな!」


 あれこれ考えていると、隣でルルフゥが鼻歌を歌いながらスキップをしていた。

 その腕には、一抱えはあろうかと言うサイズの卵があった。なんでも、俺が渡したお小遣いで行商人から買ったそうだ。

 ジンバ曰く市にはこの手の屋台がよくあるようで、お祭りの雰囲気に浮かれて財布の紐が緩くなっている子どもがついつい運試し感覚で買ってしまうらしい。

 中身は火蜥蜴や怪鳥といった低級の魔物が主で、生まれた後の扱いを巡ってお母さんに拳骨を落とされるまでがあるあるなのだという。うっかり雄鶏まで育ってしまったカラーひよこを思い出したのは内緒だ。

 無事に孵った後の扱いは少し困るが、せっかく自分で決めたお小遣いの使い道にとやかく言いたくはないからなぁ。いざとなったらルルフゥ自身に責任持ってどうにかしてもらおう。


 さてさて、そんなこんなで大荷物を抱えた精霊達の大行列を率いて無事に拠点へとたどり着いた。

 出迎えてくれたロウシの頭には、昨日飛ばしたクルールがすまし顔で乗っている。どうやらきちんと手紙を届けてくれたらしい。

 

 「ほっほっほ、なかなか賢い鳥を手に入れたな」


 「ああ、留守番ありがとうロウシ。クルールもよく飛んでくれたな」


 クルールが目を細めて首を差し出すのでワシワシとさすってやる。ふわふわの羽毛が気持ちいいな。


 「ところでほれ、手紙で頼まれていた分はもう作っておいたぞ」


 「おお、ありがとう。さすがはロウシ」


 ロウシが指をさす方向には、広い囲いと立派な動物小屋が建てられていた。

 動物の内訳を書いた手紙を受け取ったのは昨日だと言うのに、もう作り上げていてくれたようだ。精霊の力を借りているとはいえ、やはりロウシの腕は素晴らしいものがある。


 「して、こやつが白いモーギュか……可哀想に、だいぶ弱っておるのう」


 檻の中から白いモーギュを抱き上げて地面に降ろす。地面の柔らかな草に僅かに目を輝かせて匂いを嗅ぐが、フルフルと力なく首を振った。食べる気力も湧かないらしい。

 まずは無理にでも栄養を付けさせて、自分で食べられるようになるまで体力を戻す必要があるな。


 「何か手はないかな、薬でも食べ物でもなんでもさ」


 「ううむ、そうさな。昔、旅をしておった頃にな、弱った子モーギュにニチリ草と豆を擦って作った汁を飲ませていたのを見たことがある。あの時は三日ほど飲ませ続けたら元気になっておったな。ニチリ草は精が付くし、街では回復ポーションにも使われるほどじゃからな」


 「そのニチリ草っていうのはどこに生えているんだ?」


 「この辺りにはほぼ生えんよ。あれはもっと暑い国の植物だからのう」


 「そんな……」


 ここに連れてくればどうにかなるとは思ったが、見通しが甘かったか。

 へたり込んでしまった白いモーギュの頭を撫でながら「ごめんな」と呟くと「ンモォ」と小さく答えた。このまま死なせてしまうなんてあまりにも不憫だ。


 「あ!コラ珍獣め、荷物を荒らしたら拳骨だぞ!」


 「ンメェ?」


 不意にガジムの声が聞こえて振り向くと、メメ公が持ち帰った荷物に顔を突っ込んで匂いを嗅いでいる。なにか目ぼしいものを探しているのだろう。と、ここでいいアイデアが浮かぶ。


 「メメ公、ちょっと助けてくれ」


 「ンメメメメ!」


 ガジムがツマミに買ったウインナーに齧り付こうとしたメメ公を抱き上げると、メメ公は抗議するように足をバタつかせた。


 「悪い、悪いったら!なぁ、メメ公よ、ニチリ草っていうのを出せるか?あのモーギュの治療に今すぐ必要なんだ」


 「メー!メー!」


 「なぁ、頼むよ。この通りだって」


 食事を中断させられた挙句の要求にメメ公は不機嫌そうな顔をしているが、ここは奥の手だ。


 「……メメ公、バターってのは知っているか?モーギュの乳で作る、クリームみたいなやつなんだがな」


 「メメー……」


 興味深そうに、メメ公が顔を上げる。

 想像しているのだろう、口の端からタラリと垂れる唾液を俺は確かに見た。


 「パンケーキにバターを乗せると……めちゃくちゃ美味い」


 「メ!」


 乗った!と言わんばかりに目を輝かせると、メメ公はすぐさま光を放ち始めた。そして次の瞬間には、ポンポンポンと音を立てて枝角からツユクサにも似た植物が生えた。


 「ほう、これはニチリ草!こんなものまで出せるのか」と、一部始終を見守っていたロウシが目を剥いた。

 驚くのも無理はない、確かに最近は単なる白米製造機と化していたもんなぁ、メメ公。

 

 「ありがとう。この子らが乳を出すようになったら、山ほどバターを乗せたパンケーキを作ってやるからな」


 「メメメンメ!!」


 「いてっ、スマン、分かった分かった。普通のパンケーキはすぐにでも作ってやるからさ」


 抗議するように俺の足をつつくメメ公に平謝りをしながら、俺はニチリ草の治療薬とパンケーキを作るべく調理場へと急ぐのだった。


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