行商船がやって来た
行商船が寄港中のリザードマンの村は、まさにお祭り騒ぎだった。
船に乗り込んでやって来た商人たちが、村のあちこちでテント式の店を出し、種類も様々な商品を積み上げる。それはもう、立派な市場と言っても差し支えなかった。
商人たちが声を張り上げて呼び込みをし、村のリザードマン達が物珍し気に足を止める。ジュウジュウという音と共に、辺りに食欲をそそる匂いが漂うのは、肉売りが串肉を焼いているからだ。
食べ物だけでも、肉や野菜に魚、乳製品の加工品に乾物にスパイスといくつもの専門店がある。漁業が盛んなリザードマンの村という事で、魚屋だけは閑古鳥が鳴いていたが概ねどこも盛況だ。
それに瓶詰にされた薬品類に、武器や装備、家畜や見たことのない植物、衣類や雑貨に職人の斡旋となんでもありだ。
「まさかこんなに盛大とは思わなかったな」
人込みを縫うように歩きながらテントが立ち並ぶ通りをキョロキョロと見回す。
村のリザードマンだけでなく、旧街道沿いに点在する集落に住む亜人種や旅人も足を運ぶらしく、様々な種族でごった返している。
先導するジンバがいなければとっくに迷子になっていたところだ。
ちなみに今日はジンバとルルフゥの他、帰りの運搬係としてガジムとギジムにも来てもらっている。
ルルフゥとガジムギジムの三人は、狩りで得た魔物素材を持って現在ギーヴァ達と物々交換の交渉中だ。欲しいものは伝えてあるし、ガジム達は以前からこの村で物々交換をしていたので安心して任せられる。
ロウシはというと、この行商市を飽きるほど堪能したという事で、今回は進んで留守番を買って出てくれた。土産に美味い酒とツマミでも買って帰ってやろう。
「買取ハ アカヅラニ頼モウ。街ノ商人ギルドニ顔ガ効クカラナ。コノ店ダ」
ジンバの指をさす方向には、猿顔の獣人が切り盛りする屋台があった。扱っている商品は雑貨に食料品に布製品にスパイス、要は何でも屋だな。
「おお、ジンバ!なんでぇ、人間の男とデート中かい。あのギーヴァがよく許したな」
そこの店主のアカヅラと呼ばれたその猿獣人は、顔見知りらしいジンバに軽口を叩いた。
「相変ワラズダナ、アカヅラ。コチラハ、コノースノ森ノ領主殿ダ。父ノ許シヲ得テ、今ハ彼ノ下デ世話ニナッテイル」
「初めまして、俺はウノ・セージという。今日はうちで作った商品を持って来たんだが、見てもらえるかい?」
「へいへい、なんでも喜んで。ギーヴァが認めた人間となりゃ、生半可な取引はできないねぇ」
人懐こい笑みを浮かべながら揉み手をするアカヅラだが、イカ徳利を差し出すなり目つきがサッと変わる。
隅から隅までチェックをし、コツコツと指ではじいて硬さを見たり匂いを嗅いだり。その真剣な雰囲気に思わず圧倒されてしまう。
「こいつはイカの乾きモノだね。それにしちゃ随分変わった形にしたもんだ」
「酒器の形に成型したんだ。味見にどうぞ」
持ち込んだ火酒をイカ徳利のひとつに注ぎ、アカヅラに差し出す。
「ふぅん、イカの味を酒に移すって訳かい。面白い事を考えたね」
中の酒を揺らしたり、時間の経過と共に味や香りの変化を確かめたり。
そうしているうちに、酒を吸ったイカ徳利はふにゃりと柔らかくなる。
「水気を吸っちまうから酒器としてはあまり持たんね。ここまで柔らかくなると倒れてしまう」
「そうなったらお終い、と言いたいところだが、これを炙るとツマミとして使えるんだ」
隣で肉を焼いていた屋台に頼んで、焼き網の一部を借りて炙らせてもらう。
酒をたっぷりと吸ったスルメがチリチリと炙られ、辺り一面に香ばしい匂いを振りまいた。
「お、おう、人間の兄ちゃん。こいつは随分と美味そうだな」
その香りに串肉屋台の店主である熊顔の獣人がごくりと生唾を飲んだ。アカヅラが頷くので、半分に切って熊獣人の店主にも試食として渡す。
「はぐっ!んん、噛み応えがあって……おう、ジュワジュワとうめぇ味が染み出てくる。風味も良いなぁ」
熊獣人が恍惚の表情で口を動かす。
「なるほど、火酒の味をたっぷり吸って旨味が増すって訳か。うん、気に入った」
スルメを裂けるチーズの如く千切りながら、アカヅラも頷く。
「全部ウチで引き取ろう。今後のお付き合いを期待してっと、これでどうだい」
アカヅラがそろばんのような道具をパチパチと弾いて俺に見せる。うん、なるほどサッパリ分からん。
「モウ少シ出セルダロウ。コイツハ作ルノニ、十日以上ハ掛カルゾ」
「ううむ、ジンバめ。ならこれでどうだい」
「マダダ。コッチノ グラスハ ドワーフノ細工師ノ作ダゾ」
「馬鹿な、そんなこと言ったって元はイカの干物だぜ?これ以上は無理無理」
「タダノ干物ヲ、コノ様ニ加工シタ物ヲ、オ前ハ見タ事ガアルノカ?」
「ちっ、敵わねえな。ならジンバに免じて特別に上乗せだ!これ以上は俺の財布がすっからかんだよ」
「アカヅラヨ……我々ハ長イ付キ合イダナ。オ前次第デハ、今後コレハ、コノ店ニダケ卸スツモリダッタノダガ……」
ジンバが涼し気な顔で値段交渉をしている。
すごいな、俺だったらアカヅラの勢いに乗せられてそうそうに契約してしまいそうだが。
アカヅラはシワシワの顔に更にシワを刻みながら何かを考えこみ、それからため息をついて笑いだした。
「分かった分かった!ならこれ全部で金貨七十枚!言っとくが、もうこれ以上は出せんぞ。その内金貨二十枚は独占料金だ。くれぐれも他で売るんじゃないよ?」
「アア、オ前ニダカラ売ルノダ。感謝スルゾ、アカヅラ」
「けっ!ということだ、人間の兄ちゃんよ。これからも末永く頼むぜ」
「ああ、ありがとう。こちらこそ、うちの商品をよろしく頼むよ」
金貨七十枚、すごい額になってしまった。
モーギュと呼ばれる乳牛だと、年若い雌の値段が大体金貨十枚から十五枚、そう考えるとかなりの大金だ。それだけの高値を出して買ってくれる顧客の見込みがあるという事だろう。
海の向こうのドワーフ達の羽振りがいいと聞くし、卸す相手も恐らくそこだろうか。今後も気合いを入れて作っていかなくてはな。
「ジンバもありがとう、おかげで大助かりだよ」
「慣レテイルダケダ」
そう言いつつも、ジンバは尻尾をブンブンと振っている。短い付き合いでも分かる、照れているのだ。
「おーい、セージ!あっちに野菜や果物の苗がいっぱいあったよ!」
「領主さんよ、そんなことより酒じゃ!酒の種類をもっと増やしてくれ」
「馬鹿め、道具の充実が先じゃ!細工用に良い道具を見つけたんじゃが、ちいと高くてのう」
人込みをかき分けるように、遠くからルルフゥとガジムとギジムが駆けてきた。
どうやら無事にリザードマンの村に魔物素材を卸し終えたらしい。その表情を見るに、いい結果にまとまったようだ。
「資金繰リモ出来タコトダ、買ウ物ハモウ決マッタノカ?」
「とりあえず、家畜と野菜の苗は絶対だな。それに小麦粉と砂糖もそろそろ補充しておきたいし、服や布に鍋類、寝具なんかも欲しいな」
「日用品ハ、ソコマデ売レン。食料モ在庫ハ豊富ダ。先ニ見ルナラ家畜ト苗ダナ」
「ならそっちから回ろうか。っと、その前にだ。少ないがこれはみんなで取っておいてくれ」
売り上げ金の中からそれぞれに金貨一枚を分配する。
日頃の彼らの働きぶりと比べれば少なすぎる額だが、今後の事を考えるとまだまだ貯蓄しなくはいけないからなぁ。頑張って稼がないとだ。
「おいおい、そんなつもりじゃ」
「いや、俺がここまでやってこれたのも、全てはみんなの協力があったからこそだ。少ないが、俺は領主としてみんなに褒美を与えたい……って言ったら変かな」
「カカカッ!そういう事なら遠慮なく取っておくぜ。これからも気合入れて腕を振るうから、頼りにしてくれよ!」とガジムが力こぶを作る。
「ああ、この礼は実直な働きで返すしかあるめぇよ。ありがとな、領主さん」と答えたのはギジム。
ジンバは「ム……」と目を丸くしたまま俺の顔と金貨を見比べて、「ウレシイ、アリガトウ」と呟いて尻尾を振っていた。
さて、家畜や野菜に関してはみんな専門外だというし、後は勉強がてら店員の専門知識に頼るとしよう。ギーヴァの目が光っているから、あまり無茶なぼったくりもない筈だとはジンバの弁。
ということで、買い付けに行くのは俺だけでいい。いい加減みんな市の雰囲気にそわそわしているので、この辺りで自由時間にしてもらおう。
集合場所を伝えると、みんなめいめいに好きな店を目指して散っていった。
「セージ……」
おっと、ルルフゥはというと……未だに金貨を握りしめたまま、頬を紅潮させて目をキラキラと輝かせている。
「ボ、ボク、金貨なんて初めて触っちゃった!どうしよう、もしかして夢なのかな?」
「夢じゃないよ、菓子でも雑貨でも好きなものを買いな」
思わず笑ってしまう。
そういえばルルフゥは貧しい村の出で、一度は奴隷にまで身を落としたんだもんな。好きなものを買える金があるという経験自体が初めてだろう。
「セージ、お礼をしたいのはボクの方なのに……こんなボクを拾ってくれて……ずっと良くしてくれて」
「いい、いい。そんなの言わなくていい。喜んでもらいたくて渡したんだから、そんな顔をしないでくれ」
「うん……ありがとう、セージ」
ルルフゥがふわっと笑う。
目は少し涙目だけど、心の底から嬉しそうで、俺への信頼に溢れていて、ちょっとだけむず痒い。
「店員さん、串肉二本頼む」
「あいよ、焼きたて二本で鉄貨三枚だ。さっきのイカの礼だ、でかいのにしといたぜ」
「ありがたい」
照れ隠しに串肉売りの熊獣人に声をかけ、貨幣と交換で受け取ったうちの一本をルルフゥに渡す。
焼き鳥のタレのようにトロリとしたソースが絡んだ串肉は、未だに脂がジュウジュウと音を立てていかにも美味そうだ。
「わ、美味しそう」
「ルルフゥはうちの最古参だからな。みんなに内緒でボーナスだ」
「ありがとう!んー、おいひい!」
「本当だ、噛み応えがあっていいな」
野趣あふれる串肉の焼きたてでちょっぴりチープな味わいは、前の世界で旅行の道中に立ち寄ったサービスエリアの飯を思い起こすようでなんとなくワクワクする。
この賑やかさと言い、お祭り気分と言い、なんだか懐かしい気持ちだな。
「こういうのって楽しいねぇ、セージ」
「ん……そうだなぁ」
そうしてしばらく二人で肩を並べて串肉を頬張りながら、俺達は祭りの如き市の雰囲気を楽しむのだった。




