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深夜の晩酌とドワーフの恋~白身魚の昆布締めと出汁茶漬け~


「それにしてもジンバが来るとはな。族長もよく許したもんだ」


 夜、椅子にどっかりと腰を掛け酒を煽りながらガジムが言う。

 ルルフゥとジンバは旅の疲れ、ロウシとギジムは二日酔いが限界に達し早々に寝てしまったので、今は俺とガジムでのんびりと晩酌中だ。


 「それだけこの場所が期待されているんだってロウシが言っていたよ。責任重大だなぁ」


 「ガハハ、結構な事じゃねぇか。それでこそやり甲斐があるってもんよ。ムグッ……おぅ、こりゃ美味えな!ただの刺身かと思っていたが味も食感も別モンだ」

 

 ガジムがフォークでひょいと摘まんだのは、白身魚の昆布締めだ。

 これはリザードマンの村を出る前に俺が仕込んでおいたものだ。俺達だけご馳走を飲み食いして心苦しかったからな。留守の間、領地を守っていてくれたガジムへのせめてもの土産だ。


 昆布締めの作り方は至って簡単、塩を振った魚の切り身を板状の昆布で挟むだけ。

 リザードマンの村から拠点までは徒歩で大体半日ほど。家に着く頃には昆布で締まって勝手に美味しくなっているって訳だ。こんなに楽で美味いものはそうそうない。道中ジンバの水魔法で冷やしてもらうのは忘れずにな。

 ガジムに勧められたので、俺も遠慮なくご相伴に預かる。うんうん、クニュっとした弾力ある食感は昆布締めならではこそだ。タイにも似た味わいの身は昆布と塩でよく締まり、時間をかけて増しに増した旨味が最高だ。


 「それにしても、ガジムも来られれば良かったのにな。ギジムがリザードマンの女たちに捕まっていたよ。『ガジムは何故来ないんだ』ってさ」


 「けっ、相変わらずだな。だからあまり行きたくねぇのさ」


 ガジムは照れたように後頭部をガシガシとかき、昆布締めを口に放り込んで酒を煽った。

 ギジムから聞いたのだが、意外や意外。ガジムはリザードマンの女たちにモテモテなのだという。寡黙な戦士であるリザードマンとは違うタイプの豪快さ、荒々しさが男らしいと大評判だとか。好みって分からないものだな。


 「双子なのにギジムがモテなかったのは不思議だったな」


 「へっ、あいつは手先ばかりか神経も細かい奴だからな。戦士の女はそういうのを好かねぇのよ」


 「そんなものなのか」


 確かにギジムは手先が器用で、あれこれ細かい事にもよく気が付く気はするが。


 「だがな、領主さんよ。あれもあれで中々隅には置けんのよ。なにせギジムには愛しの『若草の君』がいるからな」


 「ブッ!な、なんだって!?」


 髭もじゃのオッサンの口から語られる突然の恋バナに、俺は思わず飲んでいた火酒を噴き出しそうになる。

 あのギジムに?若草の君?全然イメージが湧かない。


 「あれは六十年……いや、もっと前の事だったかな」


 昔々……少なくとも俺にとってははるか昔の話だ。

 コノースの森がある旧街道はこの頃はまだメイン街道として使われており、その為マガヤ湖の採掘場も今より人の往来が多かったらしい。


 「それでな、その近くには当時の領主の別荘があったのよ。もっとも、今は柱一本残らず取り壊されたがな」


 そこには、一人のそれはそれは美しい少女が住んでいたらしい。

 少女の名はマリアベル。当時の領主の娘であり、病の療養として僅かな使用人と共にこの地に引っ越してきたらしい。

 

 「俺たちゃ人間が好かんからな、関わらんようにしておったんだが……あれは若草が芽吹く季節だったか……」


 その日珍しく体調が良かったマリアベルは、使用人の目を盗んで湖まで散歩に出ていた。

 そこに吹いたのは一陣の風。彼女の帽子はふわりと巻き上げられる。それを捕まえようとしたマリアベルは、うっかり足を滑らせて湖に落ちたのだという。


 「そこに偶然居合わせたのが、湖の畔に石を拾いに来ていたギジムよ。悲鳴を聞きつけて駆け付けたギジムの奴め、湖から救い出したお姫様(ひいさま)と目が合った瞬間、一目で惚れちまったって訳よ」


 「確かにありゃ、惚れるなと言うのが無理だっちゅう位のべっぴんだったがなぁ」と、卓上の蠟燭で昆布締めに使った昆布をチリチリ炙りながらガジムが笑う。

 香りが立ったそれをジャーキーのごとく豪快に食いちぎり、火酒をガブリとまた一口。ううん、妙に美味そうな事をするな。


 「でも相手は人間、しかも領主の娘なんだろう?」


 「そう、だが分からねえもんだな。マリアベルの方も、ギジムの奴に惚れちまったのさ。ドワーフと人間の垣根を気にしないっちゅうなら、あんたよりマリアベルの方が先だったかもな」


 こうして、ギジムとマリアベルの密やかな交際が始まる。

 ギジムに引き上げてもらった大樹の枝の上で互いの半生を語らったり、月明かりの下ボートで湖に漕ぎ出したり。

 物心ついた時から身体が弱く、一日の大半をベッドで過ごしていたマリアベルにとって、それは初めての事ばかり。


 「初めの頃は青っ白くてニコリともせんでな。人形みてぇだと思ったもんだが、ギジムと会うようになってからはよう笑うようになった。その頃にゃ体調も随分良くなってな。だが、幸福ってのは長続きしないもんさな」


 人間の令嬢とドワーフの身分違いの恋。

 それは程なくして彼女の父の知る所となった。二人の逢瀬が、偶然使用人に見られてしまっていたのだ。

 それからすぐにマリアベルを迎えに来る馬車がやって来て、二人はそれきり離れ離れになってしまったのだという。彼女が遠い領地に嫁いだらしいという風の噂が届いたのは、それから間もなくの事だった。


 「悲恋だな」


 「まあな。だがギジムは彼女が忘れられんのさ。じゃからこうして、今でもせっせと細工の腕を磨いているのさ」


 「それはどういう事?」


 「マリアベルに捧げる指輪を作る為さ。約束したんだとよ、いつか二人が結ばれる時は最高の指輪を作ってやると。あの頃のあいつは不器用でな。細工仕事なんざ、ちいとも出来なかったんだがなぁ」


 不器用だなんて、今のギジムからは想像の付かない話だな。

 遠くでガァガァと聞こえるギジムのイビキを聞きながら、ガジムはニカッと笑った。


 「おうおう、湿っぽい話は肴になりゃせんな。それに小腹も減ってきた」


 「ははっ、そう言い出すと思って夕飯のご飯を少し残しておいたんだ。これと昆布締めでサラッと出汁茶漬けでもやろう」


 「なんでぇ、そいつはえらく美味そうだ」


 椀に盛った冷や飯に昆布締めを乗せ、昆布と魚の中骨で取った熱々の出汁をかけ回す。そこに山ワサビの醤油漬けを乗せてやるだけで簡単な茶漬けの出来上がりだ。

 味わいはどこまでも優しく、だけど海の恵みの旨味がしっかりと生きている。


 「ズズッ……ああ、染み入るぜ。淡い味わいに、ワサビの香りがヒリッと際立つわな。あったけぇ出汁が、酒の後の腹に優しい」


 「こういうのが一番ホッとするよなぁ。出来立てをサラサラっと食べるのも、時間を置いてフヤフヤになったものを食べるのもどっちも好きだ」


 ふぅふぅと熱々の出汁を啜りながら、ぼんやりと考える。

 実らなかった恋、遠い日の約束。ギジムの実直な細工仕事の裏にそんな過去があったなんてな。

 

 「人に歴史あり、ドワーフにも歴史あり、だな」

  

 まん丸の月を見上げ、俺は感傷と共に茶漬けをズズリと飲み干すのだった。

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