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まずは拠点を整えよう

グルメ要素は次話からとなります。

お付き合いいただけると幸いです。


 「ゲホゲホッ!ったく、どんだけ掃除されてなかったんだ?」


 歩くたびに舞い上がる埃に咳き込みながら木窓を押し上げる。差し込む光が部屋中を舞う埃をキラキラと照らした。隅に立てかけられたハタキで高所の埃を落とし、床の埃は箒でバッサバッサと掃き出す。

 ありがたいことにすぐ近くに湧水を見つけたので水には困らない。バケツに汲んだ水を思い切って床にぶちまけ、モップでガシガシと洗う。家を覆う汚れの大半が砂や埃だったので、これを何度か繰り返すだけでだいぶ見違えた。


 軽く見積もっても10年以上は放置されていたであろう家の掃除が、領主となった俺の初仕事だ。

 一体何が悲しくて異世界まで来て大掃除をしているのかと思うが、ここを片付けない限り人らしい暮らしは望めない。清潔で安全な拠点の確保は最重要だ。

 ベッドのマットレスは外に引きずり出し、手ごろな棒で徹底的に埃を叩き出す。表面は固く絞った雑巾で水拭きをして汚れを落とす。そのまましばらく干せば幾分かマシになるだろう。

 残念だが毛布は今日中に乾きそうにないので後日改めて洗濯だ。元いた世界のランドリーが恋しくなるぜ。


 「ぷはー、生き返るなぁ」


 大掃除で埃まみれになった顔を湧水でザブザブと洗う。痛いくらいの冷たさがむしろ心地よかった。

 この世界の季節は俺が元いた世界と一緒らしい。とすれば今の季節は春。雪解け水を含んだそれは痺れるほどに冷たくて、それが酷使して火照った身体に染みわたる。

 ついでに手ですくったそれをぐいっと飲み干す。キーンとした冷たさが喉を通って一気に全身に巡った。


 「くぅー!う、うまいっ!!」


 しっかりと冷えた、雑味のない透き通るような味わい。それだけで水がこんなにも美味く感じるなんて不思議だな。

 ちなみに見知らぬ土地で生水を飲むことで気になるのは食中毒だが、実はその心配はあまりしていない。というのも異世界召喚の副産物というべきか、俺の身体はこの世界に適応するように調整されたようなのだ。

 最初に気づいたのは馬車に荷物を積むのを手伝った時だ。中身がずっしり詰まった数十キロはありそうな大樽、以前なら一人で持ち上げようものなら腰を痛めてしまいそうなそれが軽々持ち上がった時、俺はこの体の変化に気づいたのだった。

 そもそも、この世界に生きる人々の身体は俺が元いた世界と比べてかなり頑丈だ。鉄の鎧を纏い大剣を背負った冒険者が平気な顔して闊歩している世界だ。成人男性なら大半がアスリートのようにしっかりとした体つきをしていた。

 そんな世界に適応した俺は体型こそは変わらないものの、100キロ近くはあろうかという荷物も軽々担げるし、一日中歩き通しても平気な程には身体が強化されている。

 これでもこの世界の平均的な一般男性レベルだというから恐ろしい話だ。

 そんなこんなで身体強化という思わぬ恩恵を受けた俺は、ここに来るまでの道中でも現地の見知らぬフルーツや飲料をあれこれ試したが、こうしてピンピンしている。

 胃腸や免疫もこの世界に合わせてしっかり強化されているのは間違いないだろう。ということで、湧水を飲んだくらいでどうこうはならないだろうと踏んでいた。

 まぁさすがに怖いから、煮沸していない川の水なんかは止めておくが。


 さて、そうこうしている内にだいぶ日が傾いてきた。時計がないため細かい時間は分からないが、体感的に大体16時を回ったところだろうか。

 深い森ということもあり冷え込んできたので、外仕事はこのくらいにして家に入ることにする。隙間があるせいか室内もかなり肌寒いので、完全に陽が落ちる前に暖炉に火を入れようか。


 「多分これが……そうだよな」


 積まれていた薪の横に転がっていた黒い石、これが恐らく火打石だ。

 力任せにガンガン打ち鳴らしてみるがあまり手ごたえはない。ふと考えて、マッチの要領で摩擦を起こすように擦ると火花がパッと舞う。よし、成功だ。

 壁に吊るされていた乾燥藁を暖炉に少し敷き、その上で火打石を打ち鳴らせば、零れ落ちた火花が藁に引火してやがてパチパチと火が上がった。

 キャンプ番組で見た付け焼刃の知識だが、やってみれば案外どうにかなるものだ。室内に広がる明るさと温もりにほっと気持ちが緩む。

 外の薪棚からいくつか運び込んでいた薪をくべながら揺れる炎を眺めている内に、不意に腹の虫がぎゅるぎゅると鳴きだす。

 そういえば朝に馬車の中でパンを齧ったきりだったか。バッグの中に残しておいたカチカチのパンの残りを齧りながら、ふと疑問が浮かぶ。


 「そういえば、この家にはどれくらいの食料があるんだ……?」


 玄関横に備え付けられた物置スペースを覗く。中には人夫達が運び入れた荷物が無造作に積まれていた。

 大きな樽がいくつかに、うず高く積まれた麻袋。これらは領地に移る際に持たされた食料だ。恐る恐る中を確かめて見ると……


 「ま、まじか……」


 樽の中身は塩と砂糖だった。砂糖入りの樽は少しだけで、大部分が塩の樽だ。麻袋の中身は小麦粉と乾燥豆、それから干し肉の包みが少しばかり。

 塩はともかくとして、小麦粉や豆の量は大事に食べたとしても半年と持たないだろう。


 「食料の安定確保は最優先課題だな」


 元の世界とは違って食料が尽きたらスーパーへ、なんてことは出来ない。第一この辺りには街すらない。食料が尽きた時の事を考えると背筋がぞっと寒くなる。

 しかもストックされている食料は必要最低限の品目しかない。野菜や果物と言った栄養素が圧倒的に不足している。いくら身体が強化されているとはいえ、医者もいないこの世界で体を壊したら即ゲームオーバーだ。


 「明日からは大忙し……だけど……」


 なるようになるさ、と思うのは楽天的だろうか。どさっとベッドに倒れ込み、心地よい微睡みに身を預ける。

 確かに状況はちょっとばかりピンチで、先の見通しだって立っていない。でも、正直言ってどこか少しだけワクワクしている。

 元の世界で死んだような目をしながら、バイト先とアパートを往復するだけの日々。それに比べたら、少なくともこの世界では「生」を実感できている。


 「大丈夫……なんとか……なるさ……」


 えいえいおー、と拳をふにゃりと突き上げて、俺は眠りにつくのだった。

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