魚介尽くしの宴と新しい仲間
太鼓の音に、リザードマン達の雄々しい歌声。
どこか舟唄を思わせるそのリズムは、ここが遠い異世界であるという事をつい忘れそうになる。
夜にも関わらず、広場は眩しいほどに明るかった。
彼らが信仰する水神ナイヤースの教えにより火を極力排した場だが、あちこちに吊るされた魔石が電球のように強烈な光を放っているのだ。
それはまるで漁火のように煌々と輝き、宴の席を照らしていた。
村の広場に設けられた宴会場で、俺達は熱烈な歓迎を受けていた。族長のギーヴァが、俺を「コノースの森領主にして我が盟友」と宣言してくれた為だ。
ロウシの口利きがあったとはいえ、ギーヴァが人間を受け入れることは滅多にない事らしく、興味津々の戦士たちが次々やって来ては俺の話を聞きたがった。
特にギーヴァとの打ち合いは、一体何がどうなったのか話に尾ひれがついてしまい「勇猛果敢にも真っ向から族長に勝負を申し込んだ」だの「族長の攻撃をヒラリヒラリと躱し、惜しくもあと一歩の所まで迫った」だのと好き放題言われている。
俺よりもはるかに屈強な戦士たちが、俺の背を叩いて屈託なく健闘を讃えるもんだからなんだかむず痒い気分だ。
「ふぅ、なんだか目が回りそうだ」
「ホッホッホ、リザードマン達は勇ましい話が好きだからのう。まあこれで、少しはお主にも領主としての箔が付いたのではないか?」
「どうだかねぇ」
ロウシから手渡された木のカップを受け取る。
中は澄んだ色の酒で、一口飲むと花のような香りが口いっぱいに広がる。華やかな風味だが飲み口はキリっとした辛口だ。何かのフルーツのワインだろう。甘くない分、食中酒にはぴったりだ。
「うん、良い酒だな」
「儂ら程ではないが、あ奴らも中々の酒飲みだからの」
酒をしみじみ味わいながら、ロウシが笑った。
「サア、盛大ニ楽モウジャナイカ同胞タチヨ!新タナ隣人ニ恵ミノ水アレ!」
「恵ミノ水アレ!」と、今日何度目になるかも分からない乾杯の唱和が響く。
彼らに倣って俺も杯を掲げて唱和しカップの中身を飲み干した。
「俺の口にゃチト上品すぎるが、たまに飲むなら悪くねぇな、ヒック」としゃっくりを上げたのはギジム。
俺がマヨネーズ作りをさせられている間、彼は村内の細かな修理を頼まれていたようで、お礼に振舞われた酒のおかげで既に大分出来上がっている。
「うわぁ、ボク生の魚って初めて食べるよ。ちょっぴり勇気がいるけど、すごく綺麗!」と声を上げたのは、皿に並べられた色とりどりの料理を覗き込んでいるルルフゥ。
つられて料理に視線を移して、思わず俺は感嘆の声を漏らした。
魚介のマリネに、タクタクという名のリザードマン流なめろう。これはさっきジンバが作っていた奴だな。それから種類も様々な刺身にヅケに酢〆め。薄切りの白身を香草で巻いたもの。
サラダの上には塩漬けの魚卵と共に、角切りにされた色とりどりの刺身が乗っている。添えられているドレッシングはざっと数えても十種類以上はあった。おお、俺が作ったワサビ味噌にワサビ醤油漬けもあるな。
それから大皿に山盛りにされているのはシーフードフライ。客人をもてなす時と調味料を作る時は火の使用制限もないため、こうして作ってくれたらしい。
日頃は生魚ばかり食べている彼らにとってはご馳走らしく、新たな皿が置かれるたびに歓声が上がった。
「どれから食べたらいいか迷うな」
「ほっほっほ、そんなの決まっておるじゃろ。熱々のうちに食べるのがフライへの礼儀じゃ」
ロウシが言う事はごもっとも、ということで目についたフライを頂くことにする。
まずは何もつけずに一口ガブリ。ザクっと食感の良い衣の下からは、ホクホクとした白身魚が現れる。淡白な味わいかと思いきや、噛めば噛むほどに魚の脂が染み出て美味い。
「セージ、コイツヲ忘レルナヨ」
「おお、ありがとうジンバ。ご馳走になっているよ」
「ウム、ドンドン食エ」
木盆を持ったジンバがやって来て、目の前に何種類もの豆マヨネーズを並べる。
あの後散々豆をすり下ろしたおかげで、かなりの種類が出来たんだよな。作った先から味見をさせてもらったが、さすがはリザードマン。俺が作った時よりも更に味付けが仕上がっていた。
「ん?これは初めて見るな」
マヨネーズの中に、ひとつ見慣れないものがあった。さっき作っていた時はこんなものはなかった筈だけど。
「アア、ツイサッキ思イツイテナ。味ヲ見テクレナイカ」
「ああ、喜んで」
ふむ、マヨネーズと刻んだ具材が和えられたソース。ひとくち舐めて納得した。これはタルタルソースだ!
刻まれた具材はピクルス……というよりラッキョウに近い味わいだな。甘酸っぱくてシャクシャクしている。それから茹で卵か。マヨネーズ自体に卵が使われていないが、こいつのおかげでかなり味が本物に近づいていた。
そして最後に、ツンと爽やかな辛味が鼻を抜ける。
「そうか、山ワサビを入れたな?うん、こいつはかなり美味いよ!」
「良カッタ。白身以外ノフライニモ合ウカラナ、自慢ノ出来栄エダ」
「ワサビと魚の組み合わせは間違いないもんなぁ」
ジンバの勧め通り、白身ではないフライで試してみる。
コッテリとした脂の効いた赤身魚に、旨味が強い貝類。うん、どれにもよく合う。フライにチョロッと醤油をかけてタルタルを乗せても良い。醤油にワサビの風味がよく合うからな。
タルタルソースの具材は俺が知るそれよりも粗めに刻まれており量も多いが、そのおかげでソース自体の食べ応えがすごい。なのに味が上手くまとまっているのは、ジンバの繊細な調整によるものなんだろう。
「ジンバは凄いな。初めて見るワサビやマヨネーズをこんなに上手くアレンジ出来るんだから」
思わず褒めると、ジンバは「ム」と一言だけ唸った。尻尾がそわそわしているのは照れているのだろう、なんだか面白い。
「セージ、生の魚ってすごいね!脂が甘くて口の中がトロントロンだよ!」
「おう、こっちの貝もうめぇぞ!食ってみい」
「酢〆めは酒が進むのう。ホッホッホ」
刺身を頬張るルルフゥにギジムと、ちみちみと酢〆を味わうロウシがめいめいにこちらに呼び掛ける。仲間たちの旺盛な食欲に誘われて、俺もついつい食が進むのだった。
「楽シンデイルカ、セージヨ」
宴もたけなわ、既に満腹と酔いでユラユラしていると隣にギーヴァがやって来た。
先程から大きな杯で強い酒をグイグイと煽っているが、一向に酔った様子がない。さすがは戦士だな。
「うん、沢山ご馳走になって楽しませてもらってます。いい村ですね、ここは」
「アア、ソウダナ。男ハ皆勇敢デ、女ハヨク働ク。ナイヤース様ノオ導キノオ陰ダ」
だがその言葉とは裏腹に、ギーヴァは何かを考えるように尾の先を揺らしている。俺が作ったしそ巻をちみりちみりと齧り「美味イ」と呟くが、どうも心ここにあらずと言った様子だ。
「コノ豊カナ暮ラシガアルノハ、全テ我ラニ尾ガアルカラコソダ。スーウィヲ駆ルノモ、ナイヤース様ノオ声ヲ聞クノモ、強ク逞シキ尾ガ有ッテコソ」
ギーヴァの視線の先には、離れた席で黙然と酒を舐めるジンバがいた。そうか、二人は親子だったな。
「アレハ良イ戦士ニナル筈ダッタ。誰ヨリモ果敢デ、若イ内カラ多クノ魔物ヲ屠ッタ。手負イノ魔物カラ仲間ヲ庇イ、尾ヲ食ワレル前ノ話ダ」
「そうだったんですね……」
ギーヴァが酒をグイっと飲み干し、俺の目を真っすぐ見つめた。真剣な目だ。
「セージヨ。ジンバヲ、オ前ニ託シタイ」
「ええ!?」
突然なにを言い出すかと思えば、ジンバを俺の領地に引き取れだと?大事な我が子ではないのか。
「尾ヲ失イ、ナイヤース様ノ声ガ届カヌノナラ、此処デ暮ラス必要モ、慣習ニ縛ラレル必要モナイ。アレニハ、好キナ事ヲ為シ、モット多クノ物ヲ見テ欲シイ」
「そうは言ってもいいのか?俺の領地はまだまだ不便が多い場所だし、俺達は今日会ったばかりだぞ?」
「カカカ、人ノ良シ悪シヲ見抜ケヌ程、俺ノ目ハ曇ッテオラヌヨ。ソレニ、ロウシモ イルカラナ」
そういえばロウシはギーヴァを卵の頃から知っていると言っていたもんな。深い信頼があるのだろう。
「俺は構いませんよ。ジンバが仲間になるのはむしろ嬉しいし心強い。でもそれには、肝心のジンバの意思を聞かないと」
「ムゥ……」
「ギーヴァさんから直接ジンバに話してあげて下さい。そこでジンバが来たいと言ってくれるなら、俺は心から歓迎します」
「ムムゥ……」
戸惑うように居心地が悪いように黙り込む様子は、威厳のある族長と言うよりは大事な我が子の幸せを願う一人の父親で、俺は初めて彼に親しみを覚えたのだった。
※
翌日、俺達は村の入り口で帰り支度を整えていた。
「会エテ良カッタゾ、セージヨ」
「こちらこそ、たくさんお世話になりました。物資もこんなに頂いてしまって」
味噌に醤油にビネガー、それにウロコ豆と魚の干物、昆布に海水から作った粗塩。嬉しい事に大葉とウロコ豆の苗も分けてもらった。
そして何よりすごいのは、大量のイカだ。リザードマン達はイカをクラーケンの遣いと呼んで忌み嫌っている為、網に掛かると捨ててしまうそうだ。余りにも勿体ないので全部もらい受けることにしたんだ。
鮮度抜群のイカ達は、リザードマンの魔法によってカチンカチンに凍っている。おかげで新鮮な状態で持ち帰れそうだ。
ドワーフ達が呼んだ地の精霊が大張り切りしているおかげで、大量の物資も滞りなく持ち帰れる。やはり彼らの魔法は便利だなぁ、後で精霊達を労うご馳走を用意してやらねば。
「マタ来イ、次ハモット大物ノ魔物素材ヲ期待シテイルゾ」
「あはは、頑張ります」
ギーヴァとがっちりと固い握手を交わす。
リザードマンの村とは今後も交流を持ち、定期的な物々交換をする約束をした。ということで、狩りも採集もますます頑張らなくてはな。
「ジンバヨ、ソンナニ俯クナ」
と、ここでギーヴァが苦笑しながら目を細める。
俺の隣で旅支度を整えたジンバは、見ていて気の毒なほどに落ち込んでいた。
ギーヴァが夜を徹して説得したらしく、今朝ジンバ本人からコノースの森へ来てくれるという意思を確認したのだが、やはり故郷や家族との別れは寂しいものがあるのだろう。
「父上……ジンバハ、良イ戦士ニナレナカッタ……ダカラセメテ、オ役ニ立チタクテ……」
「言ウナ!」
鋭い声。だが、ジンバの肩を抱くその手は優しかった。
「我ガ子ノ幸セヲ願ワヌ親ガ何処ニイル。……ジンバヨ、尾ガ無クトモオ前ニハ才ガ有ル、未来ガ有ル。ソレヲ、我ガ盟友セージノ下デ存分ニ振ルエ」
リザードマンの戦士としての道を断たれ、立ち止まり燻ぶっていたジンバに新たな道を示す、族長として、そして父親としての温かな言葉だった。
「リザードマント、コノースノ森ノ架ケ橋トナルノダ。オ前ニシカ任セラレヌ大任ダゾ」
「ハイ……ハイ!父上!」
顔を上げたジンバはもう落ち込んでいなかった。
リザードマンとしての使命を帯びた、尾を失ってもなお失われない戦士の顔だった。その様子に顔を綻ばすと、ギーヴァは俺に向き直った。
「我ガ大事ナ娘ヲ頼ンダゾ、セージ」
「はい!……って、娘ぇっ!?」
いや、確かに男とは名乗っていなかったが……いや、しかし、しかしだな。
突然明かされた新事実に、俺の頭はしばらくフリーズする。
「一体ナニヲ驚イテイル。何処カラドウ見テモ、女ダロウガ」
そんな俺を呆れたに見て、ジンバが笑った。
こうして新たにリザードマンの村の乙女、ジンバが仲間になるのだった。




