難題:異世界でマヨネーズは作れるか 後編
さてさて、最初に作るのは味噌で出来るちょっとした保存食だ。
俺の地方ではおなじみの郷土料理、緑と茶のコントラストが美しい……そう、「しそ巻」だ。
ジンバに聞いたところ、そんな料理はないと言われてな。小さい頃から当たり前に食べていた俺はそれはそれは驚いた。
せっかく美味い味噌を作っていると言うのにこれではあまり勿体ない。となれば作ってやるしかないと大張り切りだ。
まずは鍋に味噌、油、砂糖を入れ、練り合わせるようにしながら火にかける。料理酒の代わりにワインも少々。緩めの生地をまとめる為に、小麦粉も少しずつ加えていく。
全体がまとまってきたら火を止め、ここに炒って刻んだ木の実を入れる。これは先ほど味見させてもらったが、クルミによく似た風味だったので代用させてもらった。
混ざり切ったら味噌を大体小指程のサイズに分け、これを大葉にくるくると巻いていく。
そう、この村には大葉があるのだ!昔々に行商人から種を買ったら恐ろしいほどに増えたとのことで、今では食べるのが追いつかないくらい手に入るらしい。
株を分けてくれないか頼んだら大喜びで頷いてくれた。うんうん、あいつら畑クラッシャーだもんね。だが大葉の風味ときたら、他に替えが効かない唯一無二だ。
俺のアパートのベランダでもスクスク育って、節約生活に華を添えてくれていたっけ。向こうじゃ俺は失踪扱いだろうか。主亡き……もとい無き後もあの大葉君にはどこかで強く生きていて欲しいものだ。
さて、大葉に細長く巻かれた味噌たちを今度は細い枝に串刺しにしていく。刺すのはひと串につき大体三つから四つだな。
これを低温でじっくり両面とも揚げたら、しそ巻の完成である。俺の故郷じゃ常温で保存も効く飯の友だ。もちろんそのまま食べたっていいし、酒のアテにも最高だ。ただし塩分があるので食べすぎ注意。
「お次は山ワサビだな」
これは簡単、皮を剥いてすり下ろした山ワサビと味噌を和えるだけ。豚汁の時にも作ったが、おにぎりに入れても、はたまた塗って焼いても美味い。
続いて刻んだ山ワサビを醤油に漬け込んだだけの醤油漬けも。これは刺身に乗せても美味いだろうな。
さて、ここまで用意したところでふと考えた。
しそ巻はともかくとして、ワサビ味噌にワサビ醤油……どれも美味いが芸はない。調味料のプロであるリザードマン達なら簡単に思いつくことだ。
せっかく俺には現代日本の知識があるんだ、なにかこうアッと言わせてやりたいな……。
「となると、マヨネーズは鉄板だよな」
小学生の頃に調理実習で作りがち、多分誰でも何となくは作り方を知っているアレ。
サラダに揚げ物、果ては炭水化物まで何にでも使える万能調味料がマヨネーズなのだが……。
「卵の生食って、食中毒が怖いんだよな……」
前の世界にいた頃に卵かけご飯やすき焼きで美味しく生卵が食べられたのも、全ては安心安全な衛生管理がなされていたからこそ。
この世界に同じ菌がいるかは分からないが、判別方法が分からない以上恐ろしくて手を出したことはない。コルック鳥の美味そうな生卵を見るたびにTKGの誘惑に必死に抗ったものだ。
……ああ欲しかったな、鑑定スキルや解毒スキル。そんな魔法を授けてくれる神様がいたら、俺は一生信仰するだろうな。
それにしても、マヨネーズ……案としては悪くないんだけどな。
カルパッチョにかけても美味いし、カツオの刺身にかけるなんて話も聞くくらいだから、リザードマン達もきっと喜んでくれるだろう。
というか俺だって食べたい。熱々の魚のフライに付けてパクリ……ああ、タルタルソースにも出来るんだよなぁ。美味いよなぁ、絶対。
「マヨネーズ……マヨネーズ……」
もはや頭の中はマヨネーズ一色だ。
頑張れば温泉卵や半熟卵なんかでも作れると聞くが、なにせ他人に食べさせるものだからな。なによりスーパーがないこの世界では卵はそこそこ貴重だし、この大人数分を賄う量を拝借するのは気が引ける。
どうしたものかと悩んでいたら、大鍋に張られた水の中にたっぷりのウロコ豆が沈んでいるのを発見した。元は乾燥大豆のようにカチカチだったであろうそれも、今は充分に水を吸ってふっくらと戻っている。
「なあ、ジンバ。この豆は?」
「ム、ヒシオノ試作用ニ戻シテイタモノダガ」
「悪いが、少し使わせてもらってもいいか?試したいことがあるんだ」
「構ワン、好キナ分ダケ持ッテ行ケ」
「ありがとう!」
貰った豆はグツグツと三十分ほど茹でる。大豆だともう一時間は火にかけておきたいところだが、ウロコ豆は熱の通りが早く既に柔らかだ。
茹で上がったウロコ豆は薄皮を取り、すり鉢に入れてゴリゴリと潰していく。口当たりの滑らかさが重要だから徹底的にだ。
そう、俺は今ウロコ豆でマヨネーズを作っていた。
最近流行りのヴィーガンマヨネーズなんかは卵の代わりに大豆を使っていると聞いたことがあってな。大豆もウロコ豆も似たようなもの、せっかくだから作ってみようという訳だ。
さてさて、お次はウロコ豆ペーストに塩とスパイス、それに柑橘の汁を絞って加える。
ううん、豆を卵の代用にするにはまだ水気が足りないか。ならばついでに旨味もプラスという事で、水出しされていた昆布出汁を少々拝借。
これを加えて更にすり合わせてたら、とどめにビネガーと油を加えてよく混ぜていく。
「おお、いけるか……?」
意外や意外、完成したのはトロっとしたマヨネーズだった。
卵を使っていないので色は本物よりも少し薄いが、昆布出汁でほんのり黄色く色づいている為かなりそれっぽい。そうと言わなければ気づかない人も多いんじゃないかな。
あとは肝心の味なのだが……
「ナンダ、ソレハ」
いつの間にか、ジンバが作業の手を止めてこちらの様子を興味深そうに見つめていた。
ちょいちょいと手招きをして、マヨネーズを見せてみる。見慣れない調味料にジンバは好奇心を隠せない様子だ。
「専門家の意見が聞きたい、どうぞ」
匙で掬ったマヨネーズをジンバに手渡す。
ジンバは神妙な顔でそれを受け取ると、匂いをクンクンと嗅いだ。
「ソースカ……?味付ケニ、ビネガーヲ使ッタナ?」
ふんふんと興味深そうに全体を観察すると、そうしてジンバは躊躇なくペロリと舐めた。
「ムググ……!」
プシュ―と音を立てて、ジンバの小さな鼻から空気が漏れる。そうして目を閉じて、ゆっくりゆっくりと味わっているようだ。
「どうだ?マヨネーズというソースのつもりなんだが」
ジンバの口から舌先が出て、チロチロと震えている。
これは一体どういう感情なんだ?と思っていたら、ジンバはクワッと目を見開いた。
「美味イ!何ダコレハ!コンナモノ、食ベタ事ガナイゾ!!」
「おお、本当だ。悪くない」
俺もひと匙舐めて頷く。
トロンとしたまろやかな口当たりに、柑橘とビネガーの酸味。程よいスパイスの主張も良い。
それに昆布出汁を入れて正解だったな。出汁の旨味が全体をよくまとめていた。卵の代用なんだし、もしかしたら動物性の出汁でも良かったかもな。
「コレハ、オ前ガ考エタノカ?何ト素晴ラシイ!!」
「いやいや、それっぽく再現しただけだよ。俺がいた所では、ごくごくありふれたものだ」
「ナント……ソレハ羨マシイ話ダ。ソレニシテモ、コノ味ニ仕上ゲルノハ見事ナモノダ!見直シタゾ!」
ジンバは興奮気味に尻尾をバシバシと振っている。
調味料大好き族からの太鼓判を頂き何よりだ。それにしても行き当たりばったりではあったが、上手く出来て良かった。森に帰ってからも作りたいし、ついでにギーヴァに頼んでウロコ豆を売ってもらおうか。
そんなことを考えていると、不意に俺の手をひんやりとした感触が掴んだ。ジンバが鋭い爪を生やした手で、俺の手を握っている。んん?これは一体……
「人間……イヤ、セージヨ」
「え、あ、はい?」
「作ルゾ……マヨネーズヲ、モットダ」
そこには熱に浮かされたような目をしたジンバがいた。チロチロと動く舌の動きも早くなっている。うーん、なんだか嫌な予感がするぞ。
「あはは、俺はここの調味料を使って、もっとあれこれ作りたいなーって……」
「作レバイイ……マヨネーズヲナ……」
「いやいや!ほら、これだけスパイスがあれば他にも色々なソースが作れるし……ねえ、聞いてる?」
ジンバが手を上げて合図をすると、大鍋を持ったリザードマン達が次々とテント内に入ってくる。
中身は全部ウロコ豆か……?って、一体どれだけすり下ろせばいいんだ?
「出汁ノ配合モ、マダ工夫ノ余地ガアルナ。ソレニ、ハーブモ入レテミタイ。ヒシオやミズヒシオ、山ワサビモ使ッテミヨウ。トコトン付キ合ッテモラウゾ」
「そ、そんなあぁぁぁぁぁぁ!?」
マヨネーズによって彼らの探求心にうっかり火を付けてしまった俺は、結局腕が棒になるまで豆をすり続ける羽目になるのだった。
本日の更新は以上になります。




