リザードマンは味噌と醤油がお好き
リザードマンの村はマガヤ湖の畔にあった。
魔物対策の為か周囲は木の棘柵で囲われており、その内側に畑と家々がある。湖へ伸びた桟橋には小型ヨットのような舟がいくつも繋がれている。これがスーウィだろう。
家は葦のような植物で編まれたテント状のものだ。見るからに涼しげだが冬場は一体どうしているのだろうな。ちょっと興味がある。
村の中には意外にもすんなり入ることが出来た。
門番とロウシ達が顔なじみだったのだ。そういえばドワーフ達の居住地とは交易のための行き来があったんだよな。ルルフゥと……特に俺はかなり不審な目で見られたが仕方ない。
案内された族長の家はテントの中でもひと際大きく立派だった。
室内は昼でも薄暗くひんやりとしており、むき出しの地面に敷かれたムシロは独特の文様が編み込まれて畳のような清涼な香りがした。そこに俺はロウシと並び、ちんまりと座っていた。
リザードマンの村に入った俺達のうち、族長の家に立ち入りを許されたのは俺とロウシだけ。ルルフゥとギジムはその間外で待ってもらっている。
「久シイナ、ロウシ。旅ニ出タトバカリ思ッテイタゾ」
ムシロにどっかりと腰掛けているのは、この家の主でありリザードマンの族長ギーヴァだ。
鱗に覆われた身体にはペイントを施し、牙や木の実で作られたアクセサリーをあちこちに付けている。彼が身動きするたびにそれらがカラカラと音を立てて揺れた。
「またこうして会えて嬉しいぞ、ギーヴァよ。老いぼれに長旅は堪えるからのぅ。今はこちらの領主殿の所で世話になっているのじゃ」
「コノースの森の領主を任されているウノ・セージと言います」
慌てて頭を下げて挨拶する。
間近で見るリザードマンは想像以上に迫力満点で、ただ黙って向かい合うだけでも威圧感があった。気合を入れないと身体が縮こまってしまいそうだ。
「人間嫌イノ ドワーフガナ……。フム」
ギーヴァが俺を値踏みするように眺める。爬虫類を思わせる金色の鋭い目が時折キュッと細められ、口からは細い舌がチロチロと出ていた。
そうしてじっくりと観察を終えると、やれやれと首を横に振る。
「俺ニハ 理解デキヌゾ ロウシ。見ルカラニ貧弱デ、コレデハ戦士ト呼ベヌ」
リザードマンは力を重んじる戦士の部族だ。
相手を計る価値基準は強さや勇気なのだとここに来る道中でロウシが教えてくれたっけ。というかそんな族長に認められているロウシって実はかなりすごいのか……?
「いやいや、これが中々どうして面白い人間なのじゃ。あすこの森に、人間と儂らのような種族が共存できる村を作ると言い出してのう」
「度シ難イナ……傲慢ナ人間ガ、一体ナニヲ企ンデイル」
ギーヴァが唸るように呟く。
リザードマンの表情は人間の俺から見ると分かりづらいが、今はなんとなく顔をしかめているんだろうなと思う。やはり人間に不信感があるのはドワーフと一緒か。
「訳あって、俺は世間の事情について分からないことが多いんです。恥ずかしながら、人間が異種族を差別するという事もロウシ達から聞いて初めて知ったくらいですから」
「これは本当じゃよ、ギーヴァ。この領主殿は突然やって来た儂らを疎みもせず、ほっほっほ、それどころか手料理まで振舞ってくれてな。何かを企むどころか、ただの底抜けのお人好しよ」
思い返してよほどおかしかったのか、ロウシが手を叩いて笑う。対してギーヴァは腕を組んだまま考え込んでいる。
かと思えば、思い立ったように壁に立てかけていた槍を手に取り俺に投げて寄越す。
「うぉっ、重っ!!」
「立テ、ソシテ俺ト打チ合エ」
もう一本の槍を取り出し、ギーヴァが俺に向かって構える。一体どうしてこうなった!?
「無理ですよ、ギーヴァさん!俺、戦いはサッパリなんです」
「行クゾ……ムンッ!!」
俺の必死の訴えも虚しく、ギーヴァが豪快に槍を振る。
慌てて飛びのくと、ブォンという重い音と共に風が起こり俺の前髪を巻き上げる。風圧だけでもかなりのものだ。こんなの、直撃したら痛いじゃ済まないぞ。
続けて二撃、三撃と槍の攻撃が続く。くそっ、ギーヴァの槍が身体スレスレを掠めていく。怖い、こんなの怖すぎる。
「フム、少シハ動ケルカ。ナラバコレハドウダ」
「ちょ、それは流石に洒落にならないって!」
ギーヴァがビリヤードのキューを持つような構えを取る。鋭い突きを繰り出す気だ。
やばいぞ、こんなの受けられる訳がない。でもどうにかしないと、俺の身体にでかい風穴が開く羽目になるぞ。こんな所で死ぬなんてまっぴら御免だ。
かくなる上は……
「うおおおおおおおお!」
殺られる前に相手の槍を叩き落としてやる!
俺は槍を大きく振りかぶると、ギーヴァの槍に向かって思い切り振り下ろした。
カァーン!!
木製の柄と柄がぶつかり合う甲高い音と共に槍が飛んで行く。飛んで行ったのは……俺の槍だった。
なんてことはない、俺の渾身の一撃はギーヴァによってあっさりといなされ、逆に槍を弾き飛ばされたのだ。その勢いで俺も吹っ飛んで尻もちをつく。
「フム、ヤハリ弱イナ」
「だから言っているでしょう。そもそも槍なんて握った事すらないのに」
「ダガ、気ニ入ッタ」
返ってきたのは意外な言葉だった。
先ほどとはうって変わって、俺を見るギーヴァの目からは不審の色が消えていた。
「コノ ギーヴァヲ前ニ、オ前ハ逃ゲモ降参モシナカッタ。アマツサエ、打チ返シテ来ルトハナ。オ前ハ勇ヲ示シタ。ナラバ 立派ナ戦士ダ」
必死過ぎてそういう発想が浮かばなかったというのもあるんだがな。それでもギーヴァは満足そうだ。
「人間ハ嫌イダ。ダガ、我ガ友ロウシガ連レテ来タ戦士ナラバ、我ガリザード族ハ歓迎シヨウ」
「あ、ありがとう……」
ギーヴァの手に助けられて俺はどうにか起き上がる。槍を弾かれた衝撃で痺れていた手に、ギーヴァのひんやりとした手が心地よかった。
「ほっほっほ、結構結構。して、ギーヴァよ、今日来た目的は領主殿の顔見せだけではないのじゃ」
「ム?」
ああ、そうだった。突然戦いを挑まれてすっかり忘れていたが、今日の目的は他にある。そう、物々交換だ。
醤油に味噌、この村で作られている調味料は是非とも手に入れたいしな。
「そうなんです、ギーヴァさん。実はお願いがありまして……」
※
「おお、これがリザードマンの味噌と醤油……もとい、ヒシオとミズヒシオ!」
岩壁に掘られた人工の穴、聞けばかつてのドワーフの採掘穴だというそこに一面に並べられたのはどっしりと大きな容器のかめ。穴の中に立ち込めるのはかぐわしい発酵臭。夢にまで見た、味噌と醤油とのご対面だ。
試食代わりに手に取って舐めさせてもらったところ、俺のよく知るそれらと遜色ない。むしろ減塩傾向にある昨今の味噌や醤油と比べたら、思い切り塩気を効かせた昔ながらの美味さだ。
ちなみに原料の豆はウロコ豆といってこの村の特産だそう。村にあった畑は豆畑だったのか。
「コノ良サが分カルトハ、見所ノアル人間ダナ」
俺の隣に立っているリザードマンが嬉しそうに言う。
彼の名はジンバといい、ギーヴァの命で村内の案内をしてくれている。族長よりも鱗の色は鮮やかで、尻尾が半分に切れていた。
「俺の故郷ではこれが欠かせなくてなぁ。分けてもらえるなんて夢みたいだ」
あの後ギーヴァに物々交換の相談をしたところ、快く受け入れてもらったのだ。彼らも湖や海の恵み以外のものを欲していたようで利害が一致した訳だ。
ちなみにたまにではあるが、海の方から亜人の行商船が来ることもあるらしい。スパイスや調味料や茶、酒や日用品なんかもここから手に入れられるらしく非常に羨ましい。
あまりにも羨ましがっていたら、今度来ることがあれば声をかけてやると約束してくれた。こいつは嬉しすぎる。
「魔物ノ素材モ山ワサビモ、良イモノダッタ。遠慮セズ持ッテ行ケト族長ノオ達シダ」
ロウシのアドバイス通り、やはり山ワサビはリザードマン達に非常に喜ばれた。
どうやって食べるのか聞かれたので、わさび醤油にして舐めさせたところ皆興味津々だった。俺の故郷では主に刺身に付けると教えたら尻尾を地面に打ち付けて大喜びをしていたな。
リザードマン達の主食は生魚だ。彼らが信仰する水の神ナイヤースが火を嫌うため、それに倣って火の使用は最小限に留めているらしい。夜の明かりも松明の代わりに魔力を込めて光らせた魔石を使うとかでかなり徹底している。
だから獲ってきた魚も滅多に火で調理をすることはない。代わりに豊富な調味料を編み出しては、様々な生魚料理を楽しんでいるそうだ。
「うん?」
と、ここで遠くからポポンポポンと太鼓の音が響いた。
音の方角を見ると、村の中心部がにわかに活気づいていた。漁から帰ったリザードマン達が、太鼓の音に合わせて声を上げ魚が満載された荷車を引いている。その周りでピョコピョコ飛び回っているのはルルフゥだな。珍しそうにはしゃいじゃってまぁ。
「今宵ハ客人ノ為ノ宴ダカラナ、男衆ガ魚ヲ獲ってキタノダ」
「そいつは嬉しいな!調理はこれからするのか?どんな料理なんだろうな」
リザードマンが作る料理、実に興味があるじゃないか。分かりやすくソワソワしている俺に、ジンバが首をひねって問いかける。
「オ前、料理ガ好キカ?」
「ああ!料理は好きだぞ、ついでに食べるのはもっと好きだ」
ジンバが急にガバっと口を開けて目を細める。一瞬驚いたが、すぐに笑っているだけと気付いた。
「ジンバモ好キダ。見ニ行クカ」
「ああ!勿論だ」




