三種の握り飯の豚汁定食
「さて、一体何を作ろうか」
キッチンに並べられた食材と睨めっこしながら俺は唸る。
地の精霊に大鍋いっぱいのミネストローネを作ったおかげで、今日の分のマメロは完売だ。
畑にはまだ未成熟の実がいくつもあるが、食用にするにはあと数日はかかりそうだ。
「余裕があるのは玉ねぎに肉だけか。こりゃ参ったなぁ」
ただ焼いて出すには肉の量が些か心もとない。
地の精霊達も含めた大所帯なら、大鍋で作れるものがいいな。となれば汁物にでもするのが一番だろう。
玉ねぎと肉だけのスープ、それだけだとなんだか貧相な響きだが……。
「そういえば聞いたことがあるな」
元の世界にいた頃の話だ。
ほんの少しのだし汁の他は、野菜から出る水分だけで作る豚汁があるという。
具材も玉ねぎと豚肉と豆腐だけ、素材の味を極限まで引き出した一品だとか。なんとも美味そうだ。
残念ながらここに豆腐はないが、それ以外の材料は揃っているからな。似たような感じで仕上げられるかもしれない。
「うっし、やってみるか」
まずはこれでもかという程の大量の玉ねぎを切っていく。
調理人泣かせの玉ねぎだが、よく切れる包丁で切ると不思議と涙は出ない。
我が家の包丁は手先が器用なギジムが研いでくれたからな、ビックリするほど切れ味がいいんだ。
おかげで泣かされることもなく、山のようなカット玉ねぎが完成した。
次に大鍋の中にあらかじめ作り置いていた焼き枯らしの出汁を少し入れ、味噌と塩を溶かす。
そこにバラ肉を入れて煮込むと灰汁が出てくるのでどんどん掬っていく。
ちなみにこの肉はルルフゥが新たに獲ってきた小柄なデスファングのものだな。小さいが脂が甘くて美味いんだ。
さて、灰汁を取り除いたら山のような玉ねぎをドサッと入れて、後は蓋を閉めてじっくりコトコト煮込むだけ。
ううむ、この時点では水分がかなり少ないように見えるが果たして大丈夫なのだろうか。
普段の豚汁作りとは手順も材料も何もかも違うから不思議な気分だ。
ひとまず煮えるのを待つとするか。ああ、それにしてもいい匂いだ。
思わず欲しくなるのはそう……
「豚汁と言ったら白米……なんだがなぁ」
慣れ親しんだ味を思い出し、ぼんやりと遠い目になる。
日本人の心、それはふっくら炊き上がった白米。だがこの世界に来てからは当然口にしていない。
一応和食欲はうどんで誤魔化してはいるが、やはりツヤツヤモチモチのあの味が恋しくなるな。
「メェッ!!」
トリップしかけていた俺の意識を、謎生物のひと鳴きが現実に引き戻す。
気が付くと、謎生物が家の中に入り込んでいた。
「こらっ、メメ公。勝手に入って来るなよ」
「メェメェ、メゥン?」
謎生物ことメメ公は、クイッと首を傾げてこちらの様子を見つめている。
一体何をそんなに悩んでいるのかと聞きたげに見えるのは気のせいだろうか。
その緊張感のない顔になんだか妙に気が抜けてしまい、俺はずんぐりむっくりしたメメ公を揉み揉みしながら思わず愚痴る。
「何を悩んでいるかって?そりゃお前、米だよ米。なんで今この場所に米がないのかねえ」
「メメ?」
「あ、米ってのは俺の故郷の主食でさ。これがまた美味いのなんの。
おかずにしても汁物にしても、和食って米を食べる為だけに作られたと言っても過言じゃないよなぁ。
そんでもって今作ってるこの豚汁がさ、炊き立てのご飯に合うのなんのって。ああ、恋しいなぁ……」
里芋に大根に白菜、ゴボウに人参にコンニャクに豆腐。
クツクツ煮込まれてよーく味が染みたそれらの具を摘まんでご飯を一口、熱々の豚汁を啜ったら、追いかけるように残りのご飯をワシワシとかき込む。
ちょっと行儀は悪いが、豚汁はご飯を入れて食べても美味いんだよなぁ。七味をパッパッと振って味を変えるのもいい。
ああ、想像するだけでよだれが垂れそうになるな。
「メッ!」
「あいた!?」
熱い思いを語っていたら、メメ公から頭突きを喰らった。
そのままメメ公は俺に額をくっつけ、何やら身体に金色のオーラを纏い始める。
「メメメメメメメメ……!」
「なに!?なになになに!?」
不穏な気配に及び腰になるが、メメ公はじっとしていろと言いたげにこちらを睨みつける。
そうこうしている内にオーラはどんどん濃く大きくなり、メメ公が目も眩むような光を帯び始める。
「メェッ!!!!」
そうしてメメ公がひと際鋭く鳴いた途端、信じられないことが起こった。
「ポポポポポポポポポポン!!」という軽快な音と共に、メメ公の角から重そうに頭を垂らした稲穂が生えたのだ。
「は……?」
ドヤァと言わんばかりの顔をしながら、メメ公は稲穂が茂りに茂った角を見せつけてくる。
思わず触れると、稲穂の束がワサッと抵抗なく取れた。うん、どこからどう見ても本物の米の稲穂だ。
まさかこいつが生やしてくれたというのか?
「す、すごいじゃないか!お前、ただのちんちくりんじゃなかったんだな!!でかしたぞ!!」」
「メフゥン!!」
胸を張っているメメ公をわしゃわしゃと撫でまわす。
ちんちくりん呼ばわりに腑に落ちない顔をしつつも、メメ公はふんぞり返ってされるがままだ。
それにしても今の季節は春、なのに稲穂が生えるなんて一体どういう理屈なんだ?それも謎のゆるキャラの角からだ。
しかもこれ、収穫したての物じゃなくてしっかり稲干しされて乾燥しているものだし。
もう何が何だかサッパリだ。サッパリだが、今は米が手に入った喜びが大きい。
「おっ米♪おっ米♪」
我ながら浮かれすぎだと思いつつ、俺は鼻歌交じりに支度を始めるのだった。
※
「この香り、懐かしいのう」
ほわほわを湯気を立てる白米を前に、ロウシが懐かしそうに目を細める。
稲穂の取り扱いに自信がなかったのでな、駄目元でロウシに相談してみたら即席の道具と地の精霊の力を借りてあっという間に精米してくれたんだ。
なんでもロウシは元々海の向こうにあるヒズール大陸という場所の出身で、そこでは米を常食していたらしい。
「半人前の頃は毎日飯炊きをしておってな。ほっほっほ、こやつらにはよう助けられたわい」
そう言って笑いながら、地の精霊の小人達の頭をポンポンと撫でた。
誇らしげに胸を張る精霊達の仕草が微笑ましい。ロウシと彼らの間には深い信頼関係があるんだな。
「おかげで俺も助かったよ。うん、火加減が少し心配だったが、うまく炊けているな」
濡らした手でまだ熱々の白米を握りながら思わずにやけてしまう。
このツヤツヤの輝き、一粒一粒がピンと立った見事な米だ。新米じゃなければこうはいかない。
「あちちち、この感覚も久しぶりだな」
米が手の中にぎゅっと収まるこの感触。
湯気を立てる米を握るこの熱ささえも心地よいと思ってしまう俺はもしかしたらおかしいのかな。
さてさて、握り飯は全部で三種類だ。
まずは定番のシンプルな塩握り、それから山ワサビの味噌和えを入れたもの、最後は肉味噌入りだ。
更にそいつに程よく浸かったクレソンの漬物も添えてやる。
「はーい、豚汁ももう出来てるよー!」
配膳を手伝ってくれているルルフゥが、豚汁を盛り付けた椀を置く。
よしよし、豚汁もいい出来だ。少ししか出汁を入れなかったのに、玉ねぎから出る水分でひたひただ。
キュウリやキャベツと違って水分たっぷり!と言うイメージがあまりないだけに妙に感動してしまう。
さて、握り飯、豚汁、漬物の三つが揃ったところで「豚汁定食」の完成だ。
陽はとっくに落ちていて、パチパチと音を立てる焚火が外の明かり代わりだ。
ガジムとギジムが作業の合間に作ってくれた庭の大テーブルを囲んでちょっとしたキャンプ気分である。精霊達もめいめいに地べたに寛いでいるな。
全員に食事が行き渡ったのを確認したところで、両手を合わせて声を上げる。
「それでは皆さん、手を合わせて」
「いただきます!」と全員で声を合わせ、そしてルルフゥとドワーフ達は各々の神への祈りを続ける。
祈る神はいない俺はお先に塩握りをパクリと一口。
「うん……本当に美味いな」
口の中に広がるのは米の甘みだ。噛めば噛むほどにじんわりと染み出てくる。
そしてモチっとした食感と程よい粘り気、慣れ親しんだ日本の味に涙がでそうだ。
続いて豚汁をすする。
玉ねぎの濃い甘味と風味が、染み込んだ味噌味と混然一体となって口中に広がる。ああ、いいなぁこの味。
デスファングの脂身も汁によく溶け込んでいて、飲むたびに旨味が後から後から追いかけてくる。
根菜や芋が入った具だくさんな豚汁も美味いが、極限までシンプルにしたこの味わいはそれに勝るとも劣らない。
「ブハー、うめぇな!そんでこの、ニギリメシとやらの中身の辛味がまた良い。
甘ぇスープを飲んだ口がヒリッと引き締まって、またスープが飲みたくなるってもんだ」
ガツガツと山ワサビの味噌和え入りの握り飯を頬張り、豚汁をずずっと啜るガジム。
食欲旺盛な働く男と言うだけあり、惚れ惚れするほどの食いっぷりだ。
「しかし何につけても、このライスの美味い事よ。具や漬物の塩気もスープの甘味も、全部受け止めてくれるってんだからいくらでも食えちまう」
肉味噌の握り飯を片手にギジムが頷く。
握り飯とスープを交互に忙しなく食べるガジムとは対照的に、こっちはクレソンの漬物もこまめに摘まんではうんうんと頷いている。
ルルフゥに至ってはもはや無言だ。ただ無心に椀を抱え、一心不乱に豚汁を流し込んでいた。
「ああ、やはりライスは美味いのぅ。美味いが……ふぅむ、驚きじゃ。
これは儂が知る以上に美味すぎる」
塩握りをちょびりちょびりと口に運びながら、ロウシが感心したように唸る。
それは確かに俺も気になっていた。
この世界独自の食材は確かに美味いのだが、それは鮮度であったり元の味わいの濃さからくるもの。
例えばこの世界の野菜であるマメロは、旨味が強いが生で食べるには皮の硬さや酸味が気になる。
玉ねぎも見た目と味は俺の知るそれと酷似しているが、それでもサイズは幾分小ぶりだしスーパーで買えるものとは違い生食するには辛味が強い。
元の世界で何気なく口にするものの大半が、病気に強くなるよう、または収穫量が増えるよう、そしてなにより食べやすくなるように何代にも渡り多種多様の品種を掛け合わせて作られたものだ。
この米は味わいしかり、粘り気しかり、どう考えても俺の世界で食べ慣れたブランド米。
日本人の口に合うように農家の皆さんのたゆまぬ努力で改良された米だということだ。
それがあの謎生物の角から生えるとは、どういう理屈なのか。
「一体どこからどうやってこんな米を……っと、そういえばあいつは?」
米を出してくれた当の本人ならぬ本獣、メメ公を探す。
さっきまでは近くにいたんだが今は影も形もない。満足して住処にでも帰ったのだろうか。
気まぐれな奴だが、おかげで美味い飯にありつけたので感謝するとしよう。
メメ公の存在は不思議だったが、まぁそんな奴もいるだろうという気持ちもある。
何せここは異世界、不思議と言うならばここに来てからの出来事は全部不思議ばかりだからな。
「今度会った時は、お礼にまたパンケーキでも焼いてやろうかねぇ」
豚汁を啜りながら握り飯をまた齧る。
頭上には満天の星空が広がっていて、目を閉じれば精霊達の楽し気な歌声と椀を鳴らす音が聞こえる。
ガジムかギジムのどちらかとお代わりを取り合うルルフゥの声や、ロウシの笑い声が聞こえる。
「いい一日だったな、うん」
誰に言うでもなく、俺は満足げに呟くのだった。
※
森の最奥にある聖域で、見事な枝角を持つ金髪の少女が星を眺めている。
彼女の名はシルフィーネ。メメ公と呼ばれた獣に化けてセージたちに接触を図った森の女神である。
そして彼女がその手に持っているのは、豚汁が入った椀と握り飯。
先ほど宴のテーブルから拝借してきたものだ。
「クフ、面白かった。実に面白かったぞあの人の子は」
神である自分が化けた聖なる神獣の姿に臆さぬどころか、手製の菓子を捧げるなど。
あれは実に美味かった。美味かったから、少しばかり褒美をやることにしたのだ。
あの人の子は果報者じゃの、とシルフィーネは目を細めた。
森の女神であるシルフィーネは植物の生命をも司る。
ああも熱弁する米と言う植物に聞き覚えはなかったが、セージの頭の中を少しばかり覗いて一から創造したのだ。
それはまさに人智を超えた神の御業であった。
「おかげですっかり消耗したがの。どれ、腹も減ったし馳走になるとするかの」
まずは「ニギリメシ」なる白い塊を一口。
すっかり冷めてはいるが、粒のツヤとハリは失われず、むしろホカホカの状態よりも甘みと食感を強く感じる。
炊き立てとはまた異なる美味さを持つそれにシルフィーネは思わず目を見開いた。
具はない、味付けは塩のみ。だというのに、なんと贅沢な味わいなのか。
「あむっ、んむ!素朴だがこれは良い。どれ、このスープはどうじゃ」
椀に盛られたトンジルなる茶色いスープを一口、そのまま続けて二口、三口。
勢いが止まらずコクコクと、シルフィーネは椀を両手に抱えてそれを一気に飲み干す。
そしてほぅっと満足げなため息をつきながら余韻に浸るように目を閉じた。
どれだけそうしていただろう。
ゆっくりと目を開けたシルフィーネは、嬉しさが隠せないと言った様子でクフフと笑い声を漏らした。
「ああ、楽しい。実に楽しくて、そして美味い」
定命の人の子が、神から見ればあまりにも短い寿命しか持たない人の子が、その僅かな時間をふんだんに使って料理を作る。
なんとも愛おしいではないか、いじらしいではないか。
そうしてシルフィーネは決める。
あの加護無き人間を少しばかり、ほんの少しばかり見守ってやろうと。
森の神は基本的に人の子を眷属に取らないから、これは祝福でも加護でもない。だから力の一端を貸し付ける訳ではない。
けれど神獣に姿を変え、時々は自ら様子を見に行ってやろうと決めた。
決してパンケーキをはじめとした美味い料理目当てではない。これは女神としての責務とか慈愛とかそういうやつだ、多分。
「それにしても、不思議じゃのう」
シルフィーネがふと首を傾げる。
あの人の子の反応の中で、どうにも気になることがあったのだ。
「ちんちくりんだのメメ公だの、一体あの人間は何を言っていたのだろうな」
変身後の己の姿の珍妙さに、シルフィーネはついぞ気づく事はなかったのであった。




