謎のモフモフとパンケーキ 後編
「なんだこりゃ……」
俺たちの視線の先には何とも言い難いフォルムの謎生物が立っている。
立派な角が生えているから恐らくは鹿……なのだろうか。
だが全体的にモフモフでずんぐりむっくりしていて、コロコロの柴犬を思わせる。生き物と言うよりは最早ゆるキャラの類だな。
そして心なしかドヤ顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
「か……」
押し黙っていたルルフゥが震えながら呟く。
「か?」
「可愛いっ!!!!」
言うが早いがルルフゥはその謎生物に駆け寄ると、止める暇もなく抱き上げた。
かと思えば、凄まじい勢いで頬をすり寄せてモフモフしている。まさかルルフゥにこんな趣味があったとはな。
野生動物はみんな食べ物と思っていそうだったから意外、なんて言ったら怒られてしまうだろうからそっと胸にしまっておこう。
「触ったりして平気なのか?噛みつくかもしれんぞ」
「平気だよ、だって全然敵意を感じないし。ねー?」
「メェー!」
同意するようにその謎生物が鳴き声を上げる。
確かに満更でもなさそうな表情をしているが……。
「鹿ってそんな鳴き声だったっけ……?」
鹿と柴犬のハーフみたいな姿の癖にややこしい鳴き方をしやがる。
「こんな生き物、ボク初めて見たよ。可愛いねぇ、ふわふわだねえぇ、あったかいねぇ」
いかん、ルルフゥが懐柔されてしまった。
確かに危険な魔物とかではなさそうなのだが、それにしたって怪しすぎる生き物だ。
「ねえセージ、この子飼ってもいい?」
「駄目です」
即答した。
目をウルウル潤ませておねだりするルルフゥだがここは心を鬼にする。
謎生物も「ガーン!」とでも言いたげな顔をしているが無視だ無視。というか人語を理解しているとはますます怪しい奴め。
「ええっ、なんで!?ちゃんとボクがお世話するからー!お願いお願い!」
「うちにそんな余裕はありません!」
「なんで敬語なの!?ねえ、セージったらー!」
どんなに駄々を捏ねようとも駄目なものは駄目だ。
卵を産んでくれるコルック鳥や他の家畜は大歓迎だが、うちにはこんな不審なゆるキャラを養う余裕なんてない。
ルルフゥだけじゃなくロウシ達ドワーフだってかなりの量を食べるから、備蓄の在庫と睨めっこしながら毎日必死こいてやりくりしてるんだぞ。
「ほれ、行くぞ。野生動物は野生で生きるのが一番幸せなんだ」
「あーん、ボクの可愛いメメちゃんがー!」
「名付けたりしたら愛着が付くだろうが」
樹液を汲んだ容器を拾い上げると、俺は半ベソのルルフゥを引きずるようにして帰路についた。
……筈だったのだが。
「メェ!」
「付いてきてるな……」
いつの間に先回りをしていたのか、拠点に戻ると謎生物のドヤ顔の出迎えを受けた。
「いい子いい子、やっぱりメメちゃんはボクと離れたくなかったんだよねぇ」
ルルフゥはというと、謎生物を改めてモフモフしながら猫なで声で話しかけている。
ううん、どうしたものかな。このままだと本当に飼う羽目になりそうだ。
と、ここで俺たちに声がかかる。
「おお、帰ったか領主さんよ!俺たちゃ少しばかり休憩させてもらうぜ!」
建築現場の方でガジム達がこちらに向かって手を振っている。
すごいな、もう骨組みがほとんど終わっている。さすが、ドワーフの力は伊達じゃないな。
そうか、休憩となると小腹も減る頃合いだろうか。
「とりあえず、おやつの用意でもしながら考えるか」
イチャイチャしているルルフゥとメメちゃんなる謎生物から逃げるように俺はキッチンへと向かうのだった。
※
さて、鍋の中には先ほどのシラップの樹液が入っている。
ルルフゥ曰く、これをじっくり煮立てるうちにトロリとした甘味料になるそうだ。
樹液を採る際に混入した木の皮などの不純物は既に除いているので、このまま焦がさないように気を付けながらコトコトとやっていこう。
さて、並行してメインのおやつ作りといきますか。
まずはじめに卵を卵黄と卵白に分ける。卵はコルック鳥が今朝産んだ新鮮なものだ。鶏卵よりもサイズは小ぶりだが、こいつの黄身が驚くほどに濃いんだ。
卵黄は水と混ぜ合わせ、卵白は泡立てながら砂糖を加えていく。卵白の角が立ったら先ほど水と合わせた卵黄と一緒に混ぜる。
そこに小麦粉を加えて全体をヘラでざっくりと混ぜ合わせたらパンケーキ生地の完成だ。
後はこいつをラードを敷いたフライパンでじっくり焼き上げていく。
焦げ付かないように火の加減には充分に注意だ。
ちなみにラードは菓子作りにも使えるんだ。
沖縄のちんすこうやサーターアンダギー、中国の蒸しパンであるマーラーカオなんかもそうだな。
この拠点ではミルクやバターは手に入らないから、今日は代わりにこいつでコクを出してやるって言う寸法だ。
さてさて、パンケーキ生地の周りが固まりふつふつと気泡が出てくるころには、ふわっとした香りが辺りに立ち込めて鼻孔をくすぐる。
バニラエッセンスなんて使っていないからあくまで素朴な香りだが、これもこれで良いものだ。
タイミングを見計らってひっくり返し、串を刺して生地がくっ付かないくらいまで焼き上げればパンケーキの完成だ。
こんがりきつね色に付いた焼き色がなんとも美味そうだ。
そうこうしてる間に、別鍋で煮ていたシラップの樹液もすっかりトロトロの飴色になっている。
先ほどよりも甘みが増し、ほんのり芳ばしい風味も付いていてますます美味だ。
こいつを焼きたてのパンケーキにたっぷりとかけて、外の連中に持って行ってやろうじゃないか。
※
「こいつぁありがてぇ!疲れた身体にゃ甘味じゃな!ガハハ!!」
「ちょうど腹が減っていたからな!こういうのが欲しかった所よ!!」
パンケーキを齧りながらガジムとギジムが笑う。
髭のおっさんとスイーツという組み合わせが何とも言えずにシュールだが、喜んでもらえて嬉しい。
「精霊共の分までありがたいのぅ。ほれ見ぃ、皆大喜びじゃ」
のんびりと口を動かしながらロウシが笑う。
地の精霊達もそれぞれがパンケーキを手に取り美味そうに頬張っていた。
多目に焼いておいて良かった。みんなこの場所の為に頑張ってくれているからな、ささやかなお礼だ。
「はぁ……」
一方のルルフゥはというと、目を閉じてため息をついている。
普段ならニコニコしながら美味しい美味しいと喜ぶのに不思議だな。
嬉しい時は犬の尻尾のようにブンブン動く羽耳も、今は小さくピコピコと控えめに揺れるだけだ。
「大丈夫か?もしかして口に合わなかったか」
その問いに、ルルフゥがふるふると首を横に振る。
「ううん……甘くて……フワフワで……ものすごく美味しい……
でも……喋ったら口から美味しいのが逃げて行っちゃいそうで勿体なくて……」
なんだそりゃ、と思わず笑ってしまう。
とにかく喜んでいるならよかった。これからもたまに作ってやろう。
「で、お前だ」
視線を落とすと、足元で謎生物がちょこんとお座りをしている。
目を輝かせて、口の端からはたらーんとヨダレが垂れている。こうして見るとものすごいアホ面だな。
「食いたいか?」
「メェッ!!!」
早くしろと言わんばかりに、足を角でぐいぐいと突いてくる。地味に痛い。
まぁ仕方ない、こいつだけ仲間外れっていうのも可哀想だからな。
「これ食ったら住処に帰るんだぞ」
皿に乗せたパンケーキを目の前に置くと、謎生物はすぐさまガツガツと食らいつく。
「メッ♪メッ♪メッー♪」
「そうか、美味いか」
動物に味の濃い食べ物をあげていいのかな……いや、そもそもこいつを動物にカウントすべきなのだろうか。
なんとも複雑な思いを抱きながら見つめていると、謎生物は顔を上げて「メェ」とひと鳴きした。
多分お礼を言っているのかな、そう思うと少しだけ可愛く見えてきた。
「さて、俺はのんびりしてる暇はないな」
日が傾きつつある事に気が付き、慌ててパンケーキを口に押し込む。
森の夕暮れは早いからな、今から夕飯の支度をしないと間に合わない。
楽し気にパンケーキを頬張るみんなの姿に心癒されつつ、俺はキッチンへと戻るのだった。
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