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謎のモフモフとパンケーキ 前編


 「……うん?何ぞ入り込んだか」


 森全体に張り巡らせた魔力が捕らえた違和感に、少女が目をこすりながら身を起こす。

 腰まで伸びた緩やかなウェーブの金髪と、牡鹿を思わせる見事な枝角を持つこの少女の名はシルフィーネ。

 この世界を司る神の1柱である、森の女神シルフィーネその人である。

 

 自らの聖域であるコノースの森の最奥に引き籠り、数百年もの微睡みを楽しんでいたのだが、近頃どうにも騒がしい。

 たまらずに気配を探ってみればすぐにその原因が見つかった。


 森の中心部にある空き家だった場所に人の子が1人。

 妙な気配はそいつが発していた。


 「加護無しの人の子じゃと?むぅ、一体どういう事じゃ」


 この世界に生きるあらゆる種族には必ずそれを守護する神が付いている。

 例えばシルフィーネが守護するのは森と共に暮らす獣人族やエルフ族。彼らがこの世界に生れ落ちると同時にシルフィーネは祝福と加護を与えるのだ。

 それは例え微睡みの中にあっても欠かしたことはない。神にとってそれは、生き物が呼吸をするのと同じくらい当たり前の事なのだ。

 当然それは他の神々も同じ事。だと言うのに、この人の子からは他の神々の気配が全く感じられない。

 

 「人族ということはフレイヤ(火の女神)の怠慢か?にしても、加護無しでここまで育つとは何ともいじらしいのぅ。くふふっ」


 加護を持たないという事は、神の力を借り受けることが出来ないという事。

 神々が魔王からこの世界を奪い返すこと三千年。大地は随分と浄化されたが、それでも魔王の影響は残っている。人を害する魔物の存在がその代表である。

 それらに抗うために、神々は魔法という形で己の眷属に力のほんの一部を貸し与えていたのだが、まさかそこから漏れる者があろうとは。


 シルフィーネは少しだけ興味を持つ。

 魔法を持たない非力な人の子が、こんな森の奥深くで一体何をするつもりなのか。

 それはちょっとした退屈しのぎ、神の戯れであった。


 シルフィーネが両手を広げて目を閉じると、たちまちその身体は光に包まれる。

 光はぐにぐにと粘土のように形を変えやがて霧散すると、そこにはシルフィーネの代わりに鹿を模したような珍妙な生き物が立っていた。

 自身の姿をさして疑問に思う様子もなく、珍妙な……もといシルフィーネはブルブルと身震いした。 


 「変身なぞ随分久しいな。どれ、ちょっかいでもかけてみるか」


 悪戯っぽく笑うと、シルフィーネはその人の子の気配がする方向へと駆け出すのだった。




 「すごい!すごいすごい!一体どうなってるの、これ?」


 ルルフゥが羽耳をパタパタと動かして興奮している。

 少しは落ち着けと言いたいが、かく言う俺も口がポカンと開いたままだ。


 「ほうれ、領主さんもルルフゥも、危ねぇからもうちょいと離れとけよ」


 遥か頭上に、ドワーフのガジムの声が聞こえる。

 普段は見下ろすくらい小柄な彼なのに、今は首が痛くなるほど見上げなくては顔が見えない。


 それもその筈で、ガジムは今巨大なゴーレムの肩に乗っているのだ。


 「ガッハッハ、見事だろう!これこそ我らが土神、ドゥハ様のお力よ!」


 地面に描いた設計図面から顔を上げて、ギジムが豪快に笑う。

 彼の周りにはドワーフの半分ほどの背丈の小人達がいて、木材を担いで忙しく動き回っている。

 その小さな見た目からは想像がつかないほどに力持ちだ。


 たった二日で家を完成させてみせると豪語したドワーフ達。

 正直言って半信半疑ではあったのだが、この見事な魔法を見せられたら納得だった。


 それにしてもかなり驚いたな。

 大鍋を囲んでドワーフ達が賑やかに歌って踊り出したら、地面からゴーレムや小人達が次々と現れたんだから。

 地の精霊達は賑やかな宴が大好きらしく、こうして捧げ物をすることでドワーフ族に力を貸してくれるのだそうだ。


 「精霊共も領主殿の事が気に入ったのじゃろう。皆いつもより張り切っておる」

 

 空の鍋を見せながらロウシが目を細めて笑った。

 俺が彼らの為に作った大鍋いっぱいのミネストローネは一滴も残さず完食されていた。

 これは今朝、ロウシに作って欲しいと頼まれて急遽作ったなんちゃってミネストローネだ。

 急に何故そんなものをと疑問に思ったが、儀式に使うためだったんだな。


 「ところでこんなに沢山の建材、一体どこから調達したんだ?」


 「前の居住地で作っておいた物を運ばせたのさ。すごいだろ、こいつらはどんな量でも軽々運んでくれるんだぜ」


 なるほど、凄まじい能力だ。

 建材は前の居住地にまだまだ残っているそうだし、後々この森の木も新たに加工してくれるとの事だったので家を増やすには困らなそうだ。

 彼らのおかげで村作りが現実味を帯びてきて嬉しい限りだな。


 建築はドワーフ達に全て任せるとして、俺は別な作業でもするとしよう。



 「ルルフゥ、木があるというのはこっち?」


 「そうそう!この間は入れ物がなかったから諦めていたんだ」


 ルルフゥの案内で俺達は沢方面へと歩いていた。

 前にルルフゥが野草の採集をしていた時に、シラップの木と言うものを見つけたらしい。

 木に傷をつけると甘い樹液が取れるらしく、それを煮詰めればトロトロの甘味料になるそうだ。

 砂糖の量は有限だから森の中で甘味料が取れるのはありがたい。


 「あ、ほらほらこの木だよ!見ていて、こうするの」


 ルルフゥが一本の木を指す。樹皮がすべすべした、白く中太の木だ。

 ナイフで木に傷をつけると、たちまちサラサラとした透明な樹液が流れだす。

 勿体ないので慌てて容器へと移し替えつつ、指に付いたものをぺろりと味見をする。このままでも充分甘く、なんとなく花のような風味もする。

 メープルシロップのようなものかと思っていたが、やはり異世界独自の植物はまた一味違うな。


 「一度樹液を取った木はしばらく休ませてあげてね。そうすればまた取れるようになるから……

  って、あれ?」


 何かの気配を察知したようにルルフゥが顔を上げる。

 つられて視線を向けて、そして俺は思わず首を傾けた。


 「えっと……なんだこれ?」



 視線の先には何とも言い難い珍妙な生き物が立っていた。 

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