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はじまりは勇者召喚


 首都から馬車を走らせること一週間。

 賑やかな街をいくつも通り過ぎ、美しく舗装された街道を抜け、いつしか入り込んだ旧街道沿いの鬱蒼と茂る森の中にそこはあった。


 「ここが領地の中心にして、勇者殿のお住まいでございます」


 城からここまで同行した、大臣の側近であるという男の言葉に、俺は思わず呆気に取られてしまう。

 森の中の拓けた場所に建てられた古びた家。かつては鮮やかな赤だったであろう屋根瓦はくすんで所々剥がれ落ち、倉庫の土壁には蔦が這っている。

 庭を囲う柵のいくつかはすっかり倒れているし、古井戸と畑らしき場所は生い茂った雑草に呑み込まれつつあった。


 「ええっと、場所を間違っているんじゃ?だってここ、森のど真ん中ですよ?人だって全然いないし……」


 「いえいえ、此処こそが間違いなくコノースの森。王命により、セージ殿が領主となる土地にございます」


 呆然としたままの俺に、男がしれっと告げる。


 「荷は全て中に運ばせました。では、我々はこれにて」


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!こんな場所に俺ひとり?冗談でしょう!お手伝いさんとかは?」


 出発しようとする馬車を慌てて静止する。男はやれやれと首を横に振りながら面倒そうに答えた。


 「メイドにコック、それに人夫を用意したのですが、行き先が森の中と知るや否や皆逃げ出しましてな。見たところ、使用人を置く余地もない小屋……コホン、少々手狭な屋敷。後々どうしても必要という事であれば、セージ殿が直接雇えばよろしいでしょう」


 「雇うったってどこで?この辺りに街なんてないし、第一そんなお金……」


 側近の男は苦虫を噛み潰したような表情で首を竦めたかと思うと、すっと真顔になりぐいっと顔を近づける。


 「もはや用済みの異世界人に土地を与えたのは、他でもない王の御慈悲ですぞ。私としては、武官共の言うように口封じに首を刎ねても良かったのですがな」


 男の目はもはや全然笑っておらず、俺は続けようとした言葉をどうにか飲み込む。どうやらこれは冗談ではなさそうだ。


 「理解できたのならばよろしい。寛大なる王は税も免除するとのこと。ゆめゆめ王への感謝を忘れず励むように」


 馬の嘶きと共にあっという間に小さくなっていく馬車の影を見送りながら、俺は膝から崩れ落ちた。



 俺の名前は宇野誠司(うのせいじ)。26歳のしがないフリーターである。

 いつものようにアルバイトを終えスーパーに立ち寄った帰り道、突如謎の光に包まれて気が付けば謎の神殿に立ち尽くしていたのだ。

 神官長と名乗った老人曰く、なんでも俺は勇者として異世界に召喚されたらしい。

 正直に言うとめちゃくちゃ興奮した。だって異世界召喚って言ったら、チートスキルを授かって大活躍が約束されているようなものじゃないか。

 つまらないフリーター生活から一発逆転、剣と魔法の世界で繰り広げられるめくるめく冒険の予感。これで落ち着いていられる訳がない。


 だが、現実はそう甘くはなかった。


 「勇者よ、此度の働きは実に大義であった。褒めて遣わす」


 召喚されたてホヤホヤの俺に向けられた王様の第一声は、身に覚えのない労いの言葉。

 事情が呑み込めずにポカンとしている俺に、王様は無情な事実を告げた。


 曰く、

 この国には異世界人を呼び出す技術があること。

 召喚に応え、異世界からやって来た勇ある者を讃え「勇者」と呼ぶこと。

 百年に一度行われる勇者召喚の儀式で生じる莫大な魔力がこの国を支えていること。


 勇者なんて言葉で上手く飾り立てているが、要は俺は燃料素材として拉致されたようなものだ。

 ちなみにこの召喚技術は一方通行で、俺を元の世界に帰すことは出来ないのだという。なんたる仕打ちだ。


 「其方には褒美として領地を与える」


 ショックを受ける俺をよそに、話は勝手に進んでいった。

 一方的に始まって終わった理不尽な勇者召喚だったが、一応アフターケアは用意されているらしい。しがないフリーターだった俺が、なんと領主様に任命されたのである。

 なんとも勝手な話だったが、縁もゆかりもない異世界で生きていくにはこの決定に従うしかない。裸一貫で放り出されるよりは余程マシというものだ。


 と思ったのだが、結果は冒頭の通りだ。

 首都から馬車に揺られて一週間、たどり着いた領地はほとんど手付かずの深い森。領民なし、特産物もなし。あるのはボロ家と俺ひとり。


 「こ、こんなのってないだろー!」


 鬱蒼と生い茂る木々の中に、俺の悲鳴が木霊した。





お読みいただきありがとうございました。

森の奥でゆるく領地作りをしながら料理したりするお話です。

どうぞよろしくお願いします。

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