死に戻り令嬢は従者と駆け落ちする
2021/09/09 本文を編集しました。
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→マリー編の追加
「ありがとう、ルシェス…信じてくれて」
「もちろんですお嬢様。では今のうちにお逃げください、早くしないと兵につかまります!!」
「えぇ、わかったわ。本当に……ありがとう」
今回は、今回こそは…絶対に生き残る。
「ワンワンッ!! ガゥヴヴヴ」
ば、番犬⁉
そんなの聞いてない!!
「ガウウウ」
あ、どうしよう……
そうか、私死ぬのね。
また、死ぬのね……
「お嬢様!!」
ああ、今回もダメだったわ。
ふふ、犬に殺されるなんてきっと痛いでしょうね。
「さようなら、そしてありがとう」
ガブ
痛い、痛いわ。
犬にかみつかれるのってこんなにも痛いのね。
ぶち、ブチブチ
「痛いッ!! あ゛あ゛ぁ」
肉が切れる音、かみ砕かれる音。
嫌、嫌…
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ
ぐちゃ、ぶちぶち、べちゃぐちゃ
――ー助けて
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ………はぁ、はぁ…生き、てる?」
ふかふかなベッド、綺麗なシーツ、傷一つない自分の体。
また、まただ
また、戻ってきた。
また、戻ってきてしまった。
「ひ、ひゃあああああああああーーーー!!」
もうヤダ、もう嫌だ、何もしたくない。
なんで、何で私だけ……
◇◇◇
私、レルシャ・ホワイトが初めて命を落としたのは、五回前の人生のことだった。
私はこの国の王太子、レオナルド・ジークフリート・マリーナ・レストリア様の婚約者として円満な日々を送っていた。
妹には優しく自分には厳しい両親、私のものをよく欲しがる我儘な妹。これだけ聞くとあまり仲が良くなく見えるが私はなんやかんやいって両親や妹のことが大好きだったし、少しそっけない婚約者のことも愛していた。
十四歳の時、王立魔法学園に入学し王太子の婚約者としてふさわしいよう振る舞い、いい友人もでき、つらい時もたくさんあったけど楽しい日々。
卒業し、この学園で有名な大掛かりな卒業パーティ―、私はなぜか断罪された。
『今日、この日をもってお前の婚約を破棄する』
めまいがした。
倒れそうだった。
それでも何とか立ち上がって『なぜ、ですか』と言葉を絞り出した。
すると、そんなの決まっているだろうと言わんばかりに…
『お前が嫉妬に狂い妹であるマリーをいじめたから』
『暗殺をしようとしたから』
と、訳の分からない言葉を並べられた。
もちろん無実だと何度も訴えた。
でも殿下はあほらしい理由を述べるだけで話にならず、両親にも見放され、絶望する暇もなく処刑された。
十字架につるされ、くぎを打たれ、そして燃やされ…
肌が焼ける匂いとあまりの激痛に何度も叫び、意識がもうろうとし『あ、死ぬんだな』って思った時、いつの間にか自室にいた。
最初は混乱した、そして一年ほど時が巻き戻ったんだと理解したときは喜んだ、やり直せるんだって。
こうして残り四回、死を迎えた。
二度目の人生では反逆しようと少し手荒ながらも妹に歯向かった、すると殿下から剣を向けられ殺された。
三度目の人生では冷静さを取り戻し、やっていないという証拠を用意した。すると思い通りにいかず怒った妹に殺された。
四度目の人生では両親の助けを求めようと正直に話し、結果『悪魔に取りつかれたんだ』と幽閉され…死んだ。
五度目の人生では心も折れかけ、ポロリと従者に話してしまった。従者は私の話を信じてくれ、逃げれるよう色々と手伝ってくれた。結果、番犬に食い殺された。それがさっきの出来事だ。
こうしてまた自室で目覚め、私は悲鳴を上げた。
「もう、もういやだぁ。なんで、なんで…」
死にたくない死にたくない死にたくない。
なぜ、私なのだろうか?
私、頑張ったわ。
マリーに殿下を取られないように努力したり、せめてふさわしくあろうと勉強したり。
たくさん頑張ったわ……
でも、でも、何度頑張っても死んでしまう。
どの死に方も痛かった。
処刑されたときは痛くて暑くて苦しくて、刺されたときは一瞬だけど痛かった。妹に殺されたときは何度も何度も刺されて、うまく急所が外れていたのかなかなか死ねなくて。
幽閉されたときは苦しくて、悲しくて、おなかがすいても誰も助けに来てくれなかった。一度だけ、従者のルシェスが助けようとしてくれたけど、結局餓死してしまった。
五回目も、痛かった…
肉をかみちぎられて、ちぎられてちぎられて、それでも少し心が温かかったのはきっとルシェスのおかげなのだろう。
「もう、生きたくないなぁ」
ふとつぶやいた言葉はストンと胸に落ちた。
そうだ、生きなければいいじゃん。頑張らなければいいじゃん。
もう私は十分頑張った、もう私は十分努力した。
これ以上頑張ってもきっとまた死ぬだけ。
「ふふふ、あはははは」
そうだ、死ねばいいじゃん。
頑張らなければいいじゃん。
何で今までわからなかったのかしら、こんなにも簡単なことなのに。
ふふ、なぜだろう、笑いがこみあげてくるわ。
そんな時…
「お嬢様!! 叫び声が聞こえましたが大丈…夫…でしたか?」
突然、扉が開きルシェスが中に入ってくる。
「私は大丈夫、ちょっと怖い夢を見ただけよ」
「そう、でしたか。では失礼しました」
ガチャ
ふふ、とても焦っていたわね。
それもそうか、主人の部屋から叫び声が聞こえたもんね。
でも、今はこうしていられないわ。ちゃっちゃと着替えて、学園に行きましょう。
それから私はルシェスと共に学園まで向かった。ちなみに、学園には一人だけ使用人を連れてくることが可能だ。
……さて、今日は初めて授業をさぼったわね。
でも死ぬなら学園がいいわ。
屋上は丁度いい高さだし、落下すれば確実に死ねる。
そういえば転落死ってやっぱり痛いのかしら。
首吊りは痛くないってどっかで聞いたことあるし、ロープを用意したほうがいいかしら。
まぁでも、火あぶりよりかは痛くないはずよ。
即死であれば一瞬の痛みを感じるだけだし。自殺でループするかはわからないけど、もしループしなければもうすべてが終わるんだから、痛みのことなんて気にしなくていいわよね。
っと、色々考えていたらもう屋上か…
授業時間中に屋上ってさぼっているみたいだわ。初めてだから少しウキウキする。
私は屋上につながる扉を開く。
ガシャン、と音を立てて開くと涼しい風が吹き、銀色の髪を揺らす。
私は迷うことなく柵のほうまで向かいよじ登った。
(ここから落下すれば、死ねるのね)
死ねる、そう思うと何となく気持ちが軽くなった気がする。
でも、思った以上に高いわ。
やっぱり自殺って怖いものね、足がすくんじゃう。
もう死になれたはずなのにどうして今更怖がっちゃうのかしら。
でもなぜかしら、怖いけど嫌じゃないわ。
痛みや絶望からくる恐怖じゃなくて一歩を踏み出すための恐怖、この恐怖を踏み越えればきっと私は勇気を得られるのよ。
そう思うと今まで感じてきた恐怖とは全然違うわね。
「……さてと、死にますか――ー」
ガチャン!!
「っ!! 誰⁉」
「お姉さま、何しているんですか⁉ やめてください!!」
「レルシャ、授業を抜け出したかと思えばこんなところでなにしている!!」
殿下と、マリー⁉
「お前、そんな場所にいたら危ないだろうか!! そもそも何をしているんだ」
あぁうるさい。
全部、貴方達のせいなのに……っ!
「見ての通り、死のうと思ってるの」
「そんなっ!! お姉さま、死なないでください!! 命を大切にしてください…もしつらいのならば相談してくださればよかったのに……うぅ」
(心にも思っていないことを…)
「ねぇ、マリー。誰のせいだと思っているの? もちろん、心当たりはあるわよね。 それに心にも思っていないことを言わないでくださる? 本当は死んでほしいのでしょうに、虫唾が走るわ」
「うぅ、そんな…私はそんなつもりじゃ……ひっぐ」
「おいレルシャ!! またマリーを泣かせやがって!!」
こんな茶番、もう付き合ってられない。
そもそも、何でここに彼らがいるの。私はもう疲れて、全て諦めようとしてここにきたのに、貴方達はいつもそうやっては邪魔する。
「まぁ、茶番なんてほっとけばいいか……ふふ、それではサヨウナラ!!」
「ま、まて」
「まって!!」
私はふわりと宙に浮く。
声と共に伸ばされた二つの手は空を切った。
あぁ、私はようやく死ねるのね。
もしまたループしたらどうしようかしら? まあ、その時はまた考えるとしましょう。
逃げるでも引きこもるでも、何でもいいわ。
とりあえず、今は死ぬことを考えないと。
ふふ、風が気持ちいいわ。
落ちるってこんなにも素晴らしいのね。
今までは努力してきたけど、今日からやめよう。
もう努力しない。もしループしたとしても自殺したことに後悔はないわ。
だってこうやって新しい一歩を踏み込んだことによって努力しない道ができたもの。
そもそも、今までの私は頑張りすぎたのよ。
あんなくそ王子、どうでもいいじゃない。
婚約者がいながら妹に手を出すような男のためになんて頑張らなくていいわ、
どうせ死ぬなら無駄死にじゃなくて意味のある死を迎えたいもの。
例えば家出して家出先で死んだとするわ。そうしたら、次のループでは失敗しないよう回避することができるもの。
そう思うと今までの死が全部無駄に見えてきたわ。
でも、五回目の人生でルシェスと一緒にいた時、あの時だけは無駄とは思えない。いや、思いたくない。
そういえば今までの人生でもルシェスが私を一番に優先してくれていたわ。
最後に感謝しとけばよかったわね。
……そろそろ地面じゃないかしら?
落ちている瞬間、長かったようで短かったわ。
今回の人生へ、サヨウナラ――ー
私が死を覚悟したとき、ふわりと風が吹き私を包む。
とても暖かい風は落下の勢いを止めるように吹き荒れると、私をそっと地面におろしてくれた。
(この魔力。知っている。これは――ー…)
「お嬢様!!」
(ルシェスの魔力だ……)
「……結局、死ねなかったのね」
私はさっと立ち上がり、風で舞い上がった土をとんとんとはたいた。
「お嬢様!! なぜ空から⁉」
「安心してルシェス、私が自分で落ちたのよ」
「そんな、なんで……」
私はさっと振り返り、再び自殺するため校舎のほうへと歩きだす。
けれど、ルシェスの手によって止められた。
「失敗したのならもう一度試さないとね、だからルシェス、その手を放しなさい」
「……」
私を止めるように腕をつかんでいた手に、より力が入る。
「命令よ」
「…嫌です」
「放しなさい!!」
「嫌ですっ!!」
「……っ」
はぁ~、なんだかんだ私は従者に甘いのかもしれない。
そんな悲しそうな目をされたら振りほどけないじゃない。
……。
「私ね、五回死んだの」
「?」
私は自分のことについて話し始める。
どうせ離してくれないのだ、最後の説得のようなものよ…
「一回目は冤罪かけられて、火あぶりにされたわ。熱くて痛かった」
「……」
「二回目は殿下に刺されたの。マリーを害すると思われたのでしょうね。
……三回目はマリーに刺されたわ。何度も何度も、とても痛かった。
四回目はね、両親にこのことを話したの。すると幽閉されたわ」
「っ……!」
「五回目はね、貴方に話したの。あなたは逃がそうと頑張ってくれたわ。でもパーティーの途中だったから兵が追いかけてきてね、何とか逃げても結局番犬に食べられた」
「……私は、私はお嬢様を助けられなかったのですか?」
「いえ、そんなことはないわ。信じてくれて、助けようとしてくれて、それだけで助けになったもの」
「だからね、もう嫌なの。全部、全部嫌なの。死にたいの。……離してくれるかしら?」
「……嫌です」
ああ、結局離してくれなかったわね。
でも、信じてくれた。今回も……
やっぱり、貴方のそばが一番心地いいわ。
「お嬢様、駆け落ちしましょう」
「へ?」
うぅん? なんで??
どこからそうなった???
「お嬢様はもう殿下を好きじゃないんですよね」
「えぇ、まぁ」
「お嬢様はここにいたくないんですよね」
「そうね」
「私…いや、俺はお嬢様のことが好きでした。拾われたあの日から…ずっと……。だから駆け落ちしましょう、安心してください! 完璧にエスコートして見せますから」
「え、ええええええ!!」
なんでだろう、胸がドキドキする。
いや、違う。
わかっている。
この恥ずかしさ、胸がキュッと締め付けられる感じ。
本当は、知っている。
理由はわかっている。
だってルシェスは、私のひとめぼれで初恋なのだもの。
もう割り切ったと思っていた。でも、でも、ルシェスはいつも優しくて、私のことを信じてくれて……
気付かないふりしていた、自分は王太子の婚約者だからって。
考えないようにしていた、きっと気のせいだからって。
でも、こんなこと言われたら、断れないじゃないっ……
いつの間にか、自分の瞳から涙がぽろぽろと溢れていた。
「うん、そうする…私、あなたが好きよ。ずっとずっと好きだった。だから、私をエスコートしてくださるかしら?」
私がとぎれとぎれにそういうと、ルシェスはニヤリと笑い、こう言った。
「えぇ、もちろん。俺だけのお嬢様」
この日、二人は夜の中姿を消した。
そして三十年後、無事、子を産んだレルシャは今も笑っている。ルシェスと共に――ー…
あの日、すべてをあきらめて自殺しようとした日。ぽっくりと折れた私を救ってくれたのがルシェスでよかったと思う。
駆け落ちした後は移動をたくさんして色々大変だったけど、今はとても幸せです。
◇◇◇
俺がお嬢様に拾われたのは俺が十歳、お嬢様が七歳だった時。
とある国の内乱により死んだとされる王族の生き残りだった。
元王族だったおれにとって平民の生活とは慣れないもので、食べていくことでやっとだった。
そんな時、彼女に拾ってもらったのだ。
俺はもともと持っていたマナーを評価してもらい、お嬢様の従者となった。
とても可愛い俺のお嬢様、だけどお嬢様には婚約者がいる、だからこの恋はかなわないのだと諦めていた。
そして時が過ぎ、学園に入ったころ、婚約者であるレオナルド殿下がマリーお嬢様とお戯れになるようになった。
ただ婚約者の妹として仲良くしているのであればいい、だがあれは確実に違うのだろう。
そして入学から三年、卒業まで一年となったある日、使用人は授業を受けれないので外をぶらぶらしていたところ空から気配を感じ、見上げるとお嬢様が降ってきていた。
王族だった時に習った魔法を使いなんとか着地させたはいいもののさすがに焦った。
それから知ったのは衝撃的な事実、お嬢様が五回おなじ時をループしているというものだった。
あの王子を恨んだよ、お嬢様に何しやがるんだって。
そして俺自身も恨んだ、何で助けられなかったのかって。
お嬢様は五回死んだ、つまり俺が五回殺させてしまったということ。従者として失格だ。
……もう、死なせない。
この話を聞いて俺は決意した。
お嬢様を苦しめない、と。
俺は自分自身を恨んでいる。これはいわば、償いのようなものなのかもしれない。
そしてこれは前回の失敗を償う機会と思ったのと同時にチャンスだとも感じた。
とっくの昔に諦めていた淡い恋、そして執着。
お嬢様はもう王子のことを気にかけていないらしいし……
だから俺はお嬢様を奪う。どうせ王子はこんなにもかわいいお嬢様を捨てるんだ、奪ってもいいだろう?
俺はお嬢様に手を差し出した、そしてお嬢様は笑顔で受け取った。
お嬢様、今度は絶対苦しませない、何があっても傷つけさせない、だから俺から離れないでね。
俺はお嬢様を連れ去った――ー…
◇◇◇
~王子のその後~
レルシャが消えた後、俺はあわただしかった。
父上は忙しそうにしており、俺はすることがなく暇を持て余していた。
それから数週間、ようやくほとぼりが冷めたころ……
『お前は……なんてことしたんだっ!! レルシャ嬢が駆け落ち⁉ ふざけるな!! 私はお前がレルシャ嬢と婚約するならと思って王位を継がせようとしたのに……っ。レオナルド!! お前の王位継承権をはく奪する。反省するまで部屋から出るんじゃないぞ』
怒りに任せて父から告げられた言葉。
それは俺を絶望させるには十分だった。
その後、風の噂でマリーが平民に落ちたと聞き、俺はただ、誰もいない部屋で黙々と考えていた。
どこから間違えたのか。何を間違えたのか。
俺はただ、真実の愛を見つけただけなのに……
いつも小言を言うレルシャ。
『王子としての自覚をちゃんと持ってくださいな!!』
『王子というだけでどれだけの影響があるのか、ちゃんとわかっているのですか?』
『この国の王になるのですから、そのような考え方はやめたほうがいいと思いますわ』
口を開けばあーだこーだ。
いつもいつも、おれよりも上になったように接して……
それと比べ、マリーはいつも俺を肯定してくれた。
すごいって言ってもらえるだけで満たされた気がしたのだ。
それに、レルシャはマリーをいじめていたそうじゃないか。
そんな奴が王妃にならなくて、逆に感謝しなければいけないのに……!!
何度考えてもわからない、何度訊いてもわからない。
だが、長い時間一つの部屋に入れられ、わかったことがあった。きっと俺は間違っていたのだろうと……
ただし理由がわからなければ意味がない。
反省したと嘘をつくこともできるが、レオナルドは良くも悪くも馬鹿正直なのだ。
もう、きっとこの部屋から出られることはないだろう。
出れたとしても、それはすべてが終わった後。
王位も、取り返す暇もなくどこかに婿入りさせられることになる。
そうわかっていてもどうにもできなかった。
なぜなら彼は、自分の正義を疑わないから……
~マリーのその後~
私はいつも、姉が羨ましかった。
美貌も、成績も、さらには素敵な婚約者まで。
これだけ恵まれているのにいつも詰まらなさそうな姉が大っ嫌いだった。
だから奪ってやった。
姉が大切にしていたものを。
宝石を、アクセサリーを、ドレスを。
だから奪ってやった。
素敵な婚約者を、いじめられたと嘘までついて。
たくさん根回しして、出来るだけ隙が無いよう頑張ったのに、私はすべてを失った。
「なんで、何で私が平民に……っ!!」
叫んでも、もがいても、誰にも伝わることはない。
姉はすべてを持っていた。姉は何でもできていた。
そうだ、これも全部姉のせいだ。
あいつのせいだ。
あいつのせいで、あいつのせいで……っ!!
殺してやる殺してやる殺してやるコロシテヤル…
それからどうなったかはわからない。
でも、気付いたときには奴隷落ちしていた。
汚い服にまずい飯。
それでもいつか、白馬の王子様が助けてくれるのを待って。
これは、ある意味マリーのいいところともいえるだろう。
どんなに絶望的な状況でも、自分が救われると信じているのだから。
自分が素敵な日々を送れると信じているのだから。
たとえ、その過程でたくさんの犠牲があったとしても。
そしてそれが、自分が恨んでいる姉だとしても……
結局、マリーが想像していたような素敵な人は迎えに来なかった。代わりに、お金を持った60歳ほどの貴族がマリーを買った。
マリーは逆らうことができない。奴隷には特別な呪術が施されるからだ。
ただ犯される日々。そしていつかは捨てられる身。
もう、なにもわからない。
何も考えたくない。
なぜ、自分がこのような目に合わなければいけないのか。
何もわからない。
でも、きっとこれも姉のせい。
いつか姉は報いを受けるのだ。そしてその光景を私が王子様と共に優雅にお茶を飲みながら高みの見物をするのだ。
そう、信じて疑わなかった。
いや、信じなければならなかった……たとえ、真実は全く別の形であるとしても。
評価、ブクマ、誤字報告お願いします。