第六六七話 勇者と魔王
翌日。はるるんは自分のチャンネルで、魔王クロミアのダンジョンとしてPVを公開した。
すぐにPVは世界中のプレイヤーに再生され、魔王クロミアという存在が多くの人に認知されることとなった。
元々あったしょぼいダンジョンにガッカリしていたプレイヤーたちも、これには大歓喜して、翌日のクロミアダンジョンには大勢の挑戦者たちが訪れることになる。
PVにダンジョンの女王として登場したクロミアの人気は凄まじく、絶対に会いに行くんだと張り切って挑むプレイヤーも大勢いた。
そんな情報をはるるん経由で知り、はえ~なんか凄いなぁと他人事のような感想を抱きながら日課を済ませていく。
と、そこまでは良かったのだが、日増しに強くなっていく勝ったはずの英傑たちや、未だに勝てない英傑たちとのバトルを楽しみ終えた後、新たに加わった夢の訓練に入ったときのことだった。
もはや夢に入った瞬間にクロミアの姿になるよう習慣づいたブラットだったが、何か違和感を覚えるようになっていた。
それは夢の力がどうこうではなく、より身近な違和感だ。
「ちょっ、え、えぇ……? なんか……反発されてる?」
指輪にしていた英装魔剣が、夢に入りクロミアになった瞬間、スポンっと指から抜けて黒い空間の床に落ちた。
もしや桃色真君がまたちょっかいを掛けに来たかと警戒したが、彼が出てくる気配はない。
首を傾げながら落ちた指輪を拾おうと指を伸ばすと、同極の磁石のようにスススッと指先から離れていく。
こんな反応は初めてでブラットも戸惑いの声を上げるが、今度はゆっくりではなく反発を押しのけるように素早く拾い上げた。
今度はちゃんと手の中に取り戻せたが、ぎゅっと握りしめると手の中でやはり反発を感じる。
どういうことだと、一度確認のために夢から出てブラットに戻ると何事もなかったように反応が止まった。
特に反発もなく、指にも簡単に嵌められる。
「えーと……?」
まさかと一つの説が浮かんできた。ブラットは指輪が勝手に逃げていかないよう、もう一度手でしっかりと握りしめた状態で、夢の世界へ移動する。
当然こちらの姿はクロミアだ。するとまた手の中でブラット……というより、クロミアから離れようと反発力が生まれた。
それはそれほど強い反発ではない。少し力を込めれば、無理やり抑え込める程度でしかない。
「変われ────────────────おっそ」
いつもなら念じただけでラグなく、いつもの英装魔剣に形を変えてくれるのだが、たっぷり五秒くらいの間ずっと、ブラットが「変われ変われ変われ」と念じ続けてやっといつもの英装魔剣の形に変化した。
「でもなんか、やる気ない? 力強さがない気が……」
七次進化したブラットに合わせるように、精霊剣シルヴァーナと英装魔剣ガブリエルは、共にまたその力を解放してくれていた。
今のブラットに最適化して、まさに頼れる相棒といった感じだった。
なのに普段の状態を新鮮な瑞々しさの残る花だとすれば、今は水気の無いパサパサの萎びた花のよう。持っていて頼りないと感じてしまう。
「ふっ!」
試しに蛇腹剣モードに切り替えようと剣を振ってみたが、なんの反応も示さない。
力強さのないしなしなの剣のままで、どれだけ念じようと形状が変わる気配すら見せてくれなかった。
今度は夢から帰ってブラットの状態で振ってみれば、簡単に蛇腹剣モードに切り替わりいつも通りに使うことができた。
また夢に戻り、しなしなに戻った剣をクロミアとなった状態で見つめる。
心なしか「こっち見んな」と、言われているような気すらする。はっきり言って、嫌われていると言っていい。
「大量のプレイヤーがクロミアを魔王と認識したから……?」
各国が認定したわけでもなく、クロミアとして誰にも迷惑なんてかけていない。
だというのにクロミアになっている間は、選定勇者とは真逆の魔王であるとでも思っているような反応だ。
念のため取得している職業一覧から確認してみたが、選定勇者が消えていたりするわけではなかった。だがよくよく見てみると──。
「なんか表記が若干、薄くなってる……ような気がしなくもないような……?
これもっとクロミアの存在が浸透したら、クロミア状態のときは勇者でなくなるかも? でも逆を言えば、クロミアのときは魔王としての何かが使えるようになったりして」
夢と現実を何度も行き来して確かめてみたが、現実のブラットとしては何の影響も受けていない。
ただクロミアという存在が変化しはじめているだけだった。つまりクロミアがどうなったところで、ブラットという存在には影響がないということ。
それは、たとえクロミアが本物の魔王となってしまっても、ブラットの選定勇者という職業にはなんら傷はつかないということでもある。
「クロミアをもっと上手く使えば選定勇者でありながら、魔王の職業も覚えられたりするのかもしれない……これは楽しくなってきたな。
名付けて『夢だから! ほなええかぁ』作戦としよう」
ブラットは、もし『ブラット』が魔王判定を貰ったら、確実に選定勇者の職業や称号は消えるだろうという予感があった。
ただの民衆が認めた勇者とは、その成り立ちから違うのだ。世界に認められた勇者は伊達ではない。
だから周りに魔王魔王とふざけて言われても、本人としてはなる気はさらさらなかった。
しかし、ここに来て流れが変わってきた。夢というある意味非現実的な存在を使うことで、選定勇者でありながら魔王という、相反する職業を両方保持することができるのではないかと。
魔王がどんな職業かはよく分かっていないし、超位職ほどの効果はないだろうが、魔王になることで選べる選択肢は増えるかもしれない。
「問題は夢の中でしか魔王でいられないって話になるけど、ちゃんと使いこなせば夢の自分を現実に引っ張り出すこともできるっぽいんだよなぁ」
ブラットは桃色真君のことを思い出す。現実で会話し、本物だと思っていた彼自身がそもそも夢の産物だったことを。
現実の自分は安全な夢の奥底に隠し、ただの夢でしかない空想を使って現実に干渉している。
あれがどれほどの難易度なのかは、今のブラットでは想像もできない。
もう少し進めばできるかもしれないし、奥底まで辿り着かなければできないかもしれない。
「別にあの爺さんほどに完璧にやる必要はないんだ。オレは別に、あの爺さんになりたいわけじゃないんだし。
例えば灰天使とか……矛盾を司るってくらいだし、何かイカサマができるかもしれない。夢も鍛えつつ、自分なりの方法を模索していこう。なんか恐いし……あの爺さん」
未だにあの頭部を挿げ替えられたのは、少しだけトラウマになっているブラットである。
利用できるところは利用しようとは思っているが、地雷原を直感だけで進まされるような危うさを、わざわざ何度も味わいたいとも思わない。
なのでブラットとしては珍しく、本人が必ず出しゃばってくる英傑召喚の『桃色真君』だけは、必要な時以外挑まないようにしていた。
そんなこともあって、自分で考えられるところまではできるだけ自己完結させようというのが、ブラットの方針であった。
「切羽詰まったら、そんなこと言ってられないんだろうけど。
あと問題になりそうなのは、魔王だと英装が使えなくなる可能性が高いってところか。
けどそれも世刻奇剣で代用しようと思えばできなくもないわけだし……普段は普通に使えるから、そこまでデメリットに繋がることもなさそうか。
使い慣れてる獲物だし、常に使ってあげたい気持ちはあるんだけどな」
今は現実側の世界でブラットになっているため、いつものように元気いっぱいにブラットの手に収まってくれている。
しかしそんな英装魔剣を見ていると、ふと閃くものがあった。
「いや……待てよ? 選定勇者が魔王になれるくらい、無茶が通るのが夢だっていうなら……ねぇ、ガブリエル君。君もオレと一緒に、女の子になってみないか?」
ブルッと一瞬震えた気がしたが、おそらく気のせいだろうとブラットは今の閃きが消えないように言葉にしてまとめていく。
「いや、違う。女の子は比喩だ。勇者しか受け付けないって言うなら、ガブリエルも一緒に魔王しか受けつけない体に──なんか嫌らしいな。受け付けない剣になったりできないか?」
剣が答えてくれるわけでもないが、何となく戸惑っているような雰囲気を感じ取ることができた。
ゼインの力も宿っているため、普通の剣よりは人間寄りの感情のような何かを持っていてもおかしくはないだろう。
「そもそも『英装バルバトス』なんていう悪魔の名前を冠した英装があるわけだし、英装自体に形を変える仕組みだってもともとある。だから夢の世界でなら、意外といけるのでは?」
ガブリエルは有名すぎるほど名の知れた、純天使系の名前だ。だから余計に潔癖症で、ちょっと魔王の気配を感じただけで嫌がったという可能性もある。
試しにまた夢の世界でクロミアになり、英装バルバトスを複製して手に持ってみれば──むしろブラットのときより手に馴染む気すらした。
「たださすがに完全に魔王になったら、英装の時点で無理になりそうだし英装ではない反転したものって意味の方が、オレもイメージしやすいか。
こういうの形からってことで、名称を考えてみよう。BMOの世界って、名前はかなり重要みたいだし。
となると……なんだろ。夢の姿で魔王っぽいってなると魘装とか? 悪夢みたいな意味で。ガブリエルの方は……」
なかなか思い浮かばなかったため、ネットに繋いでいい感じにガブリエルの反転した悪魔的ネームはないかと探していき──。
「魘装リリスとかどうだろう──ありゃ。いやいや、そうケチケチしないでさぁ。一緒に女子になろうよ~」
クロミアの状態で無理やり握っていたが、魔王の剣としての名前を口にした途端、より反発力が強まった。
しかしブラットは諦めない。刷り込むように、魘装リリスになれと【夢遊自在】も使って念じてみる。
ここはブラット自身の夢の中。ある程度の無茶は、どうとでもできるはずと信じて。
「お……おお?」
じんわりと勇者の剣とは思えない黒いオーラが滲みだしたのだが、すぐにまた引っ込んでしまった。
だがここで得られた感触としては、無理ではないとなんとなく分かってしまった。
少なくとも夢の世界でなら、英装を真逆の存在に入れ替えることもできそうだと本能レベルで理解できた。
「できない理由は、そもそも私が本当の意味で魔王じゃないから?
ならやっちゃうか。たぶん、私っていうかブラットの方でならできるはず……うん、ここでグダグダしててもしかたない。
ちゃんとした形で、クロミアを魔王に仕立て上げようじゃないの」
ニヤリと美しい顔で悪い笑顔を浮かべると、すぐに現実に戻って出掛ける準備をして、すぐさまハイエルン領に飛んだ。
ハイエルン領では、いつにも増してプレイヤーたちの姿が見受けられた。ダンジョンが盛況なようだ。
それはなによりとプレイヤーたちの注目を集めながらも、さっさと城へ入ってハイエルン領で内政を担当してくれている元賊たちを呼び出した。
「なんでしょうか、陛下」
「神様が用意してくれたうちのダンジョンに、試練の相手として魔王がいる」
「ま、魔王ですか? それは大丈夫なのでしょうか」
ダンジョンがあることはNPCたちも、ちゃんと認識している。そこでブラットはダンジョンからは決して出てこないから、挑まない限り会うことはなく、安全だと伝えておく。
そうして簡単に理解が得られたところで、ブラットは内政担当にかしこまった書状を複数枚書いてもらい、慌ただしくハイエルン城のポータルから次の行き先を選んでいく。
「やっぱり最初はレイオスだな」
ハイエルン領のある『アルフォジオ大陸』において、最も大きな国土を持つ隣国『レイオス王国』の町へやってきた。
その足で急いでレイオスの王がいる城へ突撃し、選定勇者でございと権威をかざし、アポもなく国王との謁見を取りつけた。
(こういうとき選定勇者って便利だよなぁ)
などと応接室でメイドさんたちから歓待を受けること数分、向こうも急いで準備してくれたようで、お茶を飲み切る前に謁見の間へと通された。
レイオス王はいったい何を言われるんだろうと、顔をこわばらせながらも、なんとか笑顔を浮かべている。
選定魔王からの干渉を受けるようになってから、明らかに距離を置かれてるなとは思いつつも、今回の件とは関係ないため置いておく。
「突然押しかけて申し訳ないです」
「い、いや、良いのですよ。世界のために戦っておられるあなたは、とても忙しいでしょう。ささっ、ご用件をおっしゃってください」
ブラットもハイエルンの王ではあるが、レイオスと国土で比べれば弱小国家だ。それが普通の隣国であれば、ここまでこの王が謙る必要はない。
ただしその内側の戦力がとんでもないことは、領土割譲の際に行かせた使者経由で理解していた。
それでなくても世界のために戦っている相手に対して、関わり合いたくないと間接的に告げてしまった後ろめたさもあって、大陸の覇者であるはずのレイオス王の腰はかなり低かった。
「いや、そんなに大したことではないんですよ。正式な書状も用意してきたんで、これをとりあえず読んでみてください」
「は、はぁ……」
配下に目配せして、ブラットから書状を受け取る。配下からそれを受け取ると、その内容を読み込んでいく。
「魔王クロミアの魔王認定……ですか?」
「そうです。うちのダンジョンに魔王が出ちゃったんで、魔王認定しておこうかなと」
「どこの国も認定していないのに魔王ということ……、そっ、それは選定魔王ということでしょうか…………?」
「え? いやいや、そんな大した者じゃないですよ」
さすがに選定魔王を名乗るのは、今のブラットでは重すぎる。
世界の崩壊につながるようなことなどしていないのだから、世界から認定されることはないが、そういう認識が世に出るのも不味い気がしてならない。
それほどに選定魔王という称号は危ういもののような気がして、ブラットははっきりと否定する。
「書状にも書いてあるでしょう? ただ神様が狂夢人対策で、オレたちを強くするために生み出した試練相手だって。
ダンジョンから出てくることもないから、安心してください」
「は、はぁ。であれば、わざわざ認定する必要もないのでは?」
「いやいや、それでもザファーンなんか目じゃないくらい強いですからね。あれは間違いなく魔王だと、オレも確信しているんですよ」
「はぁ」
「だからどちらかというと倒してくださいって言うよりは、そこには魔王がいるからねっていう警告みたいなものですよ。
どこかで魔王クロミアという噂を聞いて、知らなかったら恐くないですか?
でも知ってたら、なんだダンジョンにいる魔王なんだってなるじゃないですか。
これは周りの国の人たちを、恐がらせないための認定ですよ。ほら、認定すればすぐに世間に広まるでしょう?
オレも皆さんに隠し事なんてしたくありませんからね。公明正大な選定勇者でやらせてもらってるんで」
「な、なるほど!」
レイオスからすれば誠実な笑顔に見えているのだが、ここにHIMAやはるるんがいたら間違いなく、「胡散臭い顔してる……」と思っていたことだろう。
そのまま口八丁で丸め込んでいき、レイオス王にクロミアの魔王認定を支持させた。これで大国の一票をいただきである。
こういうのは力ある国が賛同すればするほど、他の国は断りづらくなっていく。
少しくらいブラットの理論に疑問を持っても、レイオス王も認めているならいいかとなるものなのだ。
レイオスが賛同したことを示す書状も受け取り、ブラットは最後に彼の顔を真っすぐ見つめる。
王はなんだと少し身構えるが、ブラットは一部の人には胡散臭く見え、大抵の人には誠実そうに見える笑顔を向けて安心させる。勇者称号も相まって効果は抜群だ。
「レイオスだけでなく、他の国々もオレたちの今の状況を恐がってることは知ってます」
「そ、それは……その……」
「でもそれでいいんです。気にしないでください。むしろ皆さんが離れてくれたおかげで、巻き込まなくて済みそうだから。これで全力で戦えるってもんですよ。
決して皆さんのことを悪く思ったりなんてしてないですから、安心してください。オレがちゃんと、決着をつけてみせますから。では──」
「選定勇者様……っ」
レイオス王の瞳から一滴の涙が零れ落ちる。周りの重臣たちも、目元を押さえ、その高潔な勇者の在り方に感動していた。
(計画通り──。ここで友好度を稼いで、また今度、宝物庫の剣とか見せてもらおっと)
そのままブラットは他の国々もポータルを使って行脚していき、あっという間に『アルフォジオ大陸』におけるクロミアの魔王認定をもぎ取った。




