第六一話 今のドレーク
前金をきっちりと渡し、まずは船まで案内して直接見てもらう。
外から船体を確認していき、コンコンと軽く叩いて音を確かめたりなどした後、親方は船の中に入って筆記具片手にあちこち見て回った。
それが終わると渋い顔をしながら、ブラットたちが待つ船の下に降りてきた。
「なんつーか、だいぶ古い型の船を使っているんだな。
今後も海賊どもとの戦いに使っていくつもりなら、大々的に改修したほうがいいんじゃないか?」
「え? これって古い船だったのか?」
「ああ、シップコアの守りが隠すだけってのも原始的すぎるし、船の構造もシンプルすぎる。
強化しているから何とかなってんだろうが、これ一番最初はまともに動きもしなかったんじゃないか?
今どきの船じゃありえんぞ、どこでこんな骨董品を拾ってきたのやら」
「いや貰いものだから、よくわからずに乗ってだけなんだけどそんなにか」
一切強化していなかった頃の速度を思い返せば、確かに酷かった。
親方のこの反応を見るに今回のイベントで支給される船は、骨董品呼ばわりされてしまうほど昔の船なのは間違いない。
モーターボートの時代に、手漕ぎボートを使っているようなものだったのかもしれない。
「これだと今できる強化は、こんなもんだがどうする?」
「えーと、どれどれ……」
今できる強化が書かれた紙を渡され、ブラットたちはどんなことができるのかと確認していく。
色々と書かれているが、まず重要そうなのは船自体のバージョンアップ。
現代の技術を取り入れることで、船自体の基礎能力値が上昇。主に速度、強度、操舵性がアップする。
猫たちの大型船が中途半端にブラットたちのものより速かったのは、向こうは最新技術を使った船を使っていたからなのかもしれない。
そんな船が複数あったことからも、親方の友人以外にも船を強奪された被害者もいたのだろう。
あとは船の大きさはそのままに、収納領域の拡張。大きな船だと三人では不便なこともあるので、これも魅力的だ。
他にも魔力装填式の艤装や魚雷の設置なんていう、物々しい強化まで取り揃えらえれていた。
だが艤装系の設置は馬鹿みたいに工賃が高く、最優先である船の最新化だけでも懸賞金が吹っ飛ぶというのに、そこまでは手が出せない。
「最新化は一度基礎をしっかりとやっておけば、次からはもっと安くなっていくはずだ。
金がある今のうちに投資しといたほうがいいぞ」
「え? 一度で最新鋭の船に──って感じじゃないの? おっちゃん」
この紙に書かれているバージョンアップのための費用を出せば、いっぺんに最新鋭の船に様変わり!……と思っていたしゃちたんは思わずそう口にしていた。
「そんなわけあるか。こういう古い船は段階を踏んでやらなきゃなんねぇし、馴染ませもしねーでいっぺんに船を変えたらシップコアがぶっ壊れるぞ」
ブラットやHIMAも今回やっておけば、最新化は終わりだと思っていただけに、今後の懐事情が心配になってきた。
けれど今後を思えばしないわけにもいくまい。
船体のバージョンアップと収納拡張だけで、前金も合わせてトータル『三五〇〇万b』で仕事を請け負ってもらうことにした。
「やばい。念のためにとっておいた換金アイテム、また売りに行かないと手持ちがないよ」
「それでも結構ぎりぎりだな。ここに来るまでは、しばらく金策する必要はないなって高をくくってたのに」
「でも船の強化でもっと行動できるようになると思えば、取り戻せる額…………なのかなぁ」
「がっはっは! あのクソ猫を倒せるんだ、俺の改造した船さえあれば数千万くれーあっという間に稼げるだろうぜ!」
あの猫クラスがまた出てきたとき、無策で戦いに挑めば今度こそ死んで船も沈められるだろう。
簡単に言ってくれるもんだと、三人の口からため息がこぼれ出た。
「ちなみに船の改造が終わったら、お前らはどこに向かうつもりなんだ?
ずっとこの辺で海賊狩りをするつもりか?」
「いや、もっと西を目指して進むつもりだ。
そっちにいけばなんか速度を〝6〟以上にしないと、海流で戻される場所があるんだろ? その先に言ってみたい」
「……西に行ったところで速度を〝6〟以上? …………あぁ、リバース海域のことか。
なんというか船もそうだが知識も古いな、お前たち。
今どきの船なら速度〝3〟以下にしなければ普通に通れるぞ。
お前たちの船も改造後なら操舵性も上がって海流に抗えるようになるし、それくらいを維持できれば行けるはずだ」
「えっと……私たちの知識って古いんですか?
ドレーク冒険記って本から知識を得てたんですけど」
「ドレークだぁ? それってあの『ほら吹きドレーク』のことか?
お前らほんとに、いつの時代の人間だよ」
「「「ほら吹き!?」」」
このイベントマップにおいて『ドレーク』は英雄的存在だと考えていた三人は、あまりにもかけ離れた呼ばれ様に思わず大声が飛び出してしまう。
親方もまさかそんなに驚かれるとは思っておらず、目を丸くしていた。
「お、おう……。昔はすげー偉人のように語られてたが、今はもっぱらそう呼ばれてるぜ」
「ほら吹きって、嘘つきとか大げさに物事を言う人とか、そういう意味でのほら吹きってことか? ほら貝をよく吹いてたからとか、そんな落ちでもなく?」
「ほら貝をよく吹いてたってなんだよ……、そんな変な意味はない。
ドレークは今じゃ嘘つきだって意味でそう呼ばれてる」
「「「えぇ…………」」」
親方を見るにこのイベントマップで暮らすNPCたちの間では、ドレークという人物はそういう認識になっているのは間違いなさそうだ。
それではドレーク冒険記の情報を、信じていいかわからなくなってくる。
だがプレイヤーに誤情報を流すためだけに運営が、こんないかにも重要そうな内容の本をアイテムとして出すとも考えにくい。
「ちょっと聞きたいんだけど、なんでほら吹きドレークなんて呼ばれてるんだ?
具体的に嘘だって言う情報があるなら教えてほしいんだけど」
「あぁん? そうだなぁ……やっぱり一番の理由はエルドラードに行ったっていう話だろうな」
「「「エルドラード?」」」
「なんだよ、知らねーのか。まぁ御伽噺みたいなもんで、『楽園の島』とも呼ばれている場所の事だ。
金銀財宝に満ち溢れ、うまい食材もそこら中でとり放題、無限に湧き出る最高の美酒の湖もある、そんな一度そこに行けば一生遊んで暮らせる楽園って話だったはずだ。あとは──」
親方の話によれば実際にドレークはエルドラードで手に入れたという、とんでもないお宝を持って帰ってきた。
それを見た当時の人々は誰もがそんな島がこの世にあったなんてと信じてしまい、お金持ちから貧乏人まで、誰もがその楽園を夢見てモンスター海賊がはびこる危険な海に乗り出した。
だがドレークも没し、それから何年経っても楽園の島なんて見つからない。
冒険記に書かれている内容も食い違うところ、大げさに言っているような箇所がいくつかあるのではと歴史家たちが指摘しはじめる。
ザラタンに立ち向かい、ルサルカを罠に嵌めて、リーサル海賊団と大立ち回り──などなど、いくつ命があってもおかしくないような内容が沢山あったせいもあったのだろう。
それからもエルドラードなんていう島は影も形も、その小さな手掛かりすら発見されずじまい。
だからだろう。誰もがこう思うようになっていく。
この世にエルドラードなど存在しない。
ドレークが目立ちたいがために、たまたま手に入れた宝をそんな夢幻な場所で手に入れたとほらを吹いた──と。
次第にその説が定着していき、人々は危険な海に夢を見るのをやめた。
そしてそれまでの間に何人もの冒険家たちが、ドレークの嘘に振り回されて死んでいったと人々は好き勝手に非難するようになった。
その結果、現代の人々は彼のことを『ほら吹きドレーク』と呼ぶようになる。
「ざっとこんな話だな。もしもお前らがそんな夢を見て海に行こうってんなら、お勧めはしねぇぞ。
そこそこ力があるなら、普通にその辺の海賊を倒していたほうがいいだろうさ」
「なるほど……ありがとう、親方。参考になったよ。
でもやっぱりオレたちはこの海を冒険したい。そんでもって、エルドラードなんていう島も見つけてみせる」
親方がHIMAやしゃちたんに、こいつはそう言っているがお前らも同じなのかという視線を投げかけてくるが、二人とも満面の笑みでブラットと同じだと肯定する。
「はぁ……若いねぇ。だがそういうのも嫌いじゃねぇ!
若い頃はいくらでも夢を見たほうがいいんだ。それで死んじまうこともあるかもしれねーが、それも自分で選んだ人生よ。好きに生きな!」
「当然だ。そのためにも親方、船の改造は任せるよ」
「おう、任せときな。その間、お前らはどーする?」
ブラットは、つまんねーこと聞くんじゃねぇよとばかりに不敵に笑い──。
「そんなの決まってるだろ……。
お金をかき集めてくるのさ! こちとら、かっつかつだぜ!」
「なんだか締まらないなぁ」
「けど実際問題そうだから、仕方ないんだけどね」
「がっはっは、そーかそーか!
一文も負けねーっていったのは俺だしな、きっちり集めてこい。
俺はそれ以上の成果で船を返してやるからよ。
あ、そうだ。そういえば、お前らの──」
最後に一つされた親方の質問に手短に答えてから、ブラットたちは船に残していた換金用のアイテムも全てカバンにつめこんで、船の改造を親方に任せ資金調達のために町中へと繰り出した。
なんとか役場で借金を組むことなく目標額まで搔き集めてきたブラットたちは、自分たちの船と親方がいるところへと戻って来る。
そこそこ時間が経ってはいるが、現実世界で船を大規模改修しようなどと思えば一日二日でも足りないはずだ。
けれどそこはゲームの世界。帰ってくる頃にはすっかりと作業を終えた親方が、満足そうに腕を組んでブラットたちの船を見上げていた。
「親方、もうできたのか?」
「おう。俺の腕ならこれくらい、ちょちょいのちょいよ」
「あっ! 帆に色とロゴが入ってるよ! かっこいい!」
「ほんとだ! 凄い!」
「おーめっちゃいいじゃん! さすが親方、いいセンスしてる」
「ふっ、そこはサービスでやっといてやったぜ」
先ほどの別れ際にさらっと聞かれた質問は、ブラットたちのパーティ名だった。
そして綺麗に広げられた船の帆には灰色がかった赤色に塗られ、『Ash red』の英文字が絶妙にお洒落な感じにロゴに落とし込まれ描かれていた。
ゲーム的にこの船の帆はほぼ飾りでしかないが、それでもこうしてしっかりとデザインをつけてもらうと恰好がよく、自分たちの船という実感が前以上に湧いてくるのだから不思議なものである。
「形もちょっと変わってるな」
「より水面を進みやすいようになったぜ」
船体が全体的に後方に向かって少し捩じれるような流線形を描いており、大きさは変わっていないはずだが、こちらの方がスマートに見えた。
「操舵性も上がってるし、収納もきっちりと増やしておいた。
シップコアもより船体との繋がりを強化して反応も良くしといたぜ。
他にも少しずつ変わった点はあるが、そういうのも含めて操船してればすぐ慣れるだろう。
──ってことで、今できんのはこんくらいだ。
これ以上の本体の最新鋭化を進めるんなら、可能になったかどうかシップコアで確認できっから、そのときにでも俺か他の船大工に頼むといい」
「他の船大工だとぉ!? とかは言わないの? おっちゃん」
「けっ、これが一から自分で作り上げた船だってんなら複雑な気持ちも多少あるだろうが、船なんてのは傷ついたり壊れたりもする。
そのときそのとき、ちゃんと船の事を考えて専門家に任せるのが一番なんだよ。
もちろん改修するときこの近くにいたんなら、また俺のとこに来いよな」
「そのときは今回の猫の首領の件みたいに、またお願いとか聞く必要はあるんですか?」
「それは人にもよるんだが……お前らはなかなか面白いやつらだったからな、次は金さえ払ってくれんなら引き受けてやるよ」
次にここでやるかどうかはイベントの進み方次第だが、こういう言質が取れたのはありがたい。
なにせ親方ガチャがハズレばかりだった場合の、最終的な逃げ道としてここに帰ってくるという選択肢を選ぶことができるようになったのだから。
ブラットはゲームシステムからお金を表示し、前金を抜いた今回の工賃『三〇〇〇万b』ピッタリを引き出した。
「じゃあ、これが約束の代金だ。受け取ってくれ」
「おう。…………よし、確かにちょうど受け取ったぜ。
んじゃあ、後はこの船でどこまでも海を突き進んでこい」
「うん! そのままエルドラードだって見つけちゃうんだから!」
「がっはっはっ、そうかそうか」
夢物語を語る小さな子を見るような目でしゃちたんを見下ろし、そしてすぐに何かを思いついたかのように親方はニヤリと笑った。
「ふーむ、ならそうだな……。もしエルドラードに行ったってわかるようなお宝を見つけて、それを俺に見せに来ることができたなら…………」
「「「……できたなら?」」」
「俺のとっておきのお宝をお前ら三人分、用意してくれてやる」
「見せるだけでいいんですか?」
「おう。そんなスゲー宝なら見るだけで価値があるってもんだ。──楽しみに待ってるぜ」
大きなごつごつとした、職人の右拳を突き出してくる親方。
それにブラットとHIMAは同じように右拳を、しゃちたんは触手を一本出して、その大きな拳にコツンと押し当てた。
「凄いお宝を見せに来るからな、親方」
「驚いて腰を抜かさないようにしてくださいね」
「絶対に見つけて、おっちゃんを驚かせてやるんだから!」
「ああ──行ってこいっ!」
「おうっ!」「はいっ!」「うん!」
こうしてブラットたちは期待に胸を膨らませ、新たな約束に心躍らせ、新天地を目指し船に乗り込んだ。
次は火曜日更新です!




