第五七二話 カラスから得られたもの
予定外の大物たちとの戦いに疲労をにじませながらも、ブラットたちは速やかに撤退の準備を取っていく。
まだこの場所はバレていないだろうが、向こうももう何かが起きていると気づき動き出しているかもしれない。
「確認完了でス。痕跡は綺麗に消せマした」
「ありがとう、アイゼン。とりあえず家に帰ってから考えよう」
貴重なS級の素材もすべて回収が終わり、羽根一本痕跡を残さずブラットたちは人類国へ帰還した。
「いやぁ、今回の戦いは面白かったぜ。久々にヒヤヒヤしてさぁ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。情報は持ち帰らせなかったとはいえ、八つ目の勢力がいるとカラスたちに確信を持たれたかもしれないんだぞ」
全力での戦闘を終え未だ興奮気味のイグニスを、グリードがたしなめる。
「それもS級五体にA級、B級の混成部隊を一匹も逃がさず殺し切れる特殊な勢力って情報もね。
ちょっとキナ臭くなってきちゃったかも。情報課の子たちにも探るときは特に気を付けるよう言っておかないと」
「でも勢力間のバランスが、どうなったかも確認しておきたいよね。僕たちがやったあのカラスたちだって、貴重な戦力だったんだろうし。
もう僕たちに構ってる余裕はなくなっちゃったとかないかな?」
「かもしれないが……、楽観視はできない状況だとオレは思ってる。
でもそのおかげで、オレたちはまた大量の糧を得ることもできたっていうのは大きい。今回の分でスフィアたちの糧は足りてるんじゃないか?」
「うん、A級とかも結構いたし、上手く配分しておいたから劣等種組は皆いっぱいになったと思うよ」
久々に回復役としてファフニールがフル稼働したりと、なかなかにヘビーな戦闘だったが、その分ブラットたちにもちゃんと見返りはあった。
モドキ組はさすがに各々進化したばかりというのもあって、まだまだ次の進化までの糧は溜まっていない。
けれどグリードやスフィアたち劣等種組、当たり種であるヌイは大量の糧を一気に稼いだことにより、充分に進化できるようになっていた。
「ここからどうなっていくのかも分からないし、グリードたちがまた強くなってくれるのはありがたいな。
それぞれの素材はもう持ってきて倉庫に入れてあるし、それを使って進化していってほしい」
「向こうもまさか人類だとはまだ思ってないだろうけど、万が一バレたときのためにも、私たちは進化しておいて損はないもんね。けどその前に……」
「導師の核か。まさかここで五つも手に入るとはな……」
スフィアの言葉に、ブラットが後を継ぐように口ずさむ。
大量の糧以外にも、カラス陣営はブラットたちへ恵みをもたらしてくれた。
それは五人分もの導師の核。それもS級からは一つだけで、他はA級やB級から落ちたもの。
「なんだか逆に不気味……」
二三体の内の五体が体内に保有していたという事実は嬉しくもあったが、マリンがいうように不気味でもあった。
数は多かったが、たった一度の戦闘で偶然得られるような数字じゃない。カラスたちは意図的に核を集めていたのではないかと考えてしまう。
「カラスは光ものを集める習性があるなんて聞いたことはあるけど、こっちのカラスは核を集める習性でもあったのか?
そうじゃないにしても脳や心臓に近い場所に定着しなければほぼ影響はないとはいえ、なにか良い効果があるもの──くらいには理解してしまっているの可能性は高いか」
「もしかして私が他の導師の位置を読みづらいのも、一つの勢力に偏ってるから混線している……というのもあり得るのかも」
「んじゃあ何か? カラスのとこにいきゃ、もっとゴロゴロあるってことか?」
「全員は核になれていない、というのがブラット兄ちゃんが神様から聞いた話らしいし、それでいくと総数はそもそも多くはないはずだ。ゴロゴロはさすがにあり得ないだろう」
今回手に入れたものを除いて魂を解放できたのは、スイ=エレ(スフィア)/ニア=エレ(マリン)/ハオ=エレ(ブラット)/ヴルム・シルクィン(グリード)/ノクテール・シルクィン(ヌイ)/シエラ・ルーフェン(イグニス)/破山巴(アデル)/ノイマン・ミラー(ルイン)の計八人。
そこから所在が分かっているのは、彩雲樹の三姫が三つ。
そして今回の五つを入れれば、もう分かっているだけでも一六人分だ。
根源は九つ。それぞれが生み出した導師は二~四。平均三だとしも、総数は二七。
欠員が確定でいるのなら、それ以下だと思っていい。
「そう考えると、分かってない核はもうほとんどないのかもしれないわね」
「それでも半数以上は核化してるみたいだし、ちょっとオレは驚いたかな」
『あ、ああ……私もだ。私ももっと少ないかと思っていたよ。そんなに核になってくれていたのか……』
(鈴木さん…………管理者なんだから、もうちょっと把握しておいてほしかったなぁ)
『す、すまない……』
ポンコツ時代の見通しとはいえ、最近頼りになるようになってきた小太郎からはあまり聞きたくなかったと、少しだけブラットはがっかりしながらも、核をアイテムスロットから取り出し誰に適しているのか確認することにした。
(早く解放してあげたいからね)
スフィア診断によると、大賢人の導師が一。黄金竜の導師が一。覇天鬼の導師が一。輝星核の導師が二。という内訳だった。
「厚かまシいかもしレませんが…………この二つ、私に譲ってハくれませンか?」
「そうだな。もうここまできたら誰かに偏り過ぎたしても、一番引き合う者が受け取るのが一番だろ。オレはいいと思う。
それにそもそもアイゼンは、まだ一つも核を貰ってないしな」
アイゼンが申し出てきたのは、大賢人のものと輝星核のもの。
ブラットたちも随分と成長し、進化でも容姿の変化はほとんど見られないため、ここから関係の薄い根源を取り込んでも大した効果は見込めそうにない。
なので一番適した人物にとブラットが真っ先に賛成を示し、皆もそれでいいとアイゼンが二つの導師の格を取り込んでいった。
核が割れ見えたシルエットは、帽子をかぶった男性と明らかに人型じゃない丸い物体。ブラットたちにそれぞれ手や手らしきものをふり、BMOのある色葉の世界へと消えていった。
「じゃ、じゃあ僕もいいかな? この黄金竜様の導師の核が欲しいな……って。他の人はどう思う?」
「しいて言えば俺が少しだけ惹かれているが、俺ではない気もしている」
「私も適性がありそうだけど、ファフくんほどじゃないかなぁ」
グリードとヌイにも適性はあったようだが、やはりドラゴンはドラゴンか。その核に最も適性があったのはファフニールだった。
彼がその核を取り込むと、禍々しい角を生やした竜のシルエットが翼を広げ、そのまま消えていった。
これで残りは二つとなったところで、グリードとスフィアがそれぞれ別の核を指さした。
「俺はこの核が欲しい。これはきっと俺の力になってくれる気がするんだ」
「私はこれかな。なんというか……星の力が凄いから、たぶん私以外には適合しないだろうし」
グリードは覇天鬼の導師を。スフィアは輝星核の導師を選択。
覇天鬼の方はアデルも惹かれるものが少しあったようだが、それは巴の核を取り入れたことによるものが強そうだからと辞退する。
イグニスも覇天鬼の方に何か気になるものは感じたが、グリードほど運命的な力は感じなかったため兄に快く譲った。
「確かにこっちはスフィア以外には惹かれないか」
「うん。属性が特殊だから」
スフィアが選んだ導師の格からは、星属性をもっていないブラットたちでも分かるほど星の力が宿っていた。
輝星核という根源にはもともと星の力が籠っていたため、その力を色濃く受け継ぎ生み出されたのがその導師。
導師の中で唯一、スイ=エレ以外に星の力を使いこなしていた存在だ。
ブラットなら星属性も受け入れる余地はなくもないが、貴重な星の力を微妙な効果しか得られそうにない者に与えてももったいない。
こちらはスフィア以外誰も反応せず、あっさりと彼女の手に渡った。
グリードの方はお坊さんのようなシルエットが、ゆっくりとお辞儀して消えていく。
スフィアの方はなんだか土星のような特徴的なシルエットを見せると、その輪をシルエット越しでも分かるよう回転させ消えていった。
「輝星核様のところだけは、どちらもどんな姿か想像もできなかったわね……」
「ま、まぁご本尊も人型とか獣型とか、そういう形ではなかったしな」
BMOに戻ればどうせ分かるだろうが、ブラットもどんな姿をしているのか少し気になった。
そうして五つの核がそれぞれに渡った後は、いろいろと先行きが不安なことも起きているが、今後何が起きてもいいようにとグリードたちの進化を進めていく。
これで劣等種、当たり種は全員が十次進化まで上り詰めたことになる。
モドキ組の進化に加えて、努力目標だったグリードたちの進化まで終えられれば、トライデント討伐は充分に安全を保って実行できるラインに入ったといっていい。
全員無事に進化できたところで、皆で一か所に集まりそれぞれの進化を確認していく。
「うん、いい感じだ。でもまた導師の核を取り込んだからか、ちょっとこれまでの俺とも違う気はするな」
「見た目だけだとそのあたりは分からないな。けどすっかり大悪魔の中の大悪魔って感じでカッコよくなったと思うぞ、グリード」
「ははっ、兄ちゃんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいな」
グリードは悪魔としての階級こそ侯爵級のままであり、見た目の変化もほぼ皆無と言っていいほどなかった。
しかし以前を新米悪魔侯爵だとするなら、今は数多の戦を潜り抜けた歴戦の悪魔侯爵とでもいったところか。
まとっている悪魔としての圧が数段上昇しており、いつもは体の内部に取り込まれているが、進化の際に出ていた眷属悪魔たちは、主の成長ぶりに感動し涙まで流していた。
「あれ? グリ兄。手の平にそんなのあった?」
「え? いや、無かった……。兄ちゃんはこれが何か分かるか?」
「……うーん、何かの文字みたいではあるが正確には分からないな。BMOに行ったら、ちょっと調べてみるよ」
グリードの手の平には漢字にも似た、特徴的な紋様が白く浮かび上がっていた。
しかも左右どちらにもあるが、どちらも違う紋様。特に誰が触れても何もなく、とりあえずその件は、BMOに持ち帰りということになった。
(はるるんなら知ってるかも。メモして持っていこう。
けどいよいよ比較的入手しやすかったBMOでのグリードの素材集めも、きつくなってきたな)
スフィアはいつも特殊な属性ということもあって探すのに苦労していたが、ついにオーソドックスな種族であるグリードでさえ、素材探しが難航しはじめていた。
今回はまだ気軽に手に入れられる範囲内だったが、これから更に進化していくとなると、もっと良い素材を、もっと力のある素材を用意しなければならない。
BMOの方がずっと強さ的に進んでいた頃では考えられない、逆転現象が起ころうとしていた。
「考えられないくらいの速さで、私たちって進化してるよね。私はどうかな? お兄ちゃん」
「ああ、見た目はそれほど変わってないけど、強くなったのは伝わってくるよ」
スフィアの素材は、前回のPVP大会優勝特典のカタログギフトで強引に用意した。
だが彼女の場合はBMOのスイ=エレとの縁によって、星属性の精霊たちとも仲良くなりやすい環境でもある。
逆に今後は彼女の方が、素材を集めやすいかもしれないという疑惑が出てきはじめていた。
「でしょでしょ。けどなんか、頭の上に出てきたけど」
「ああ、なんか出てるな」
そんなスフィアも見た目には九次進化の頃と、ほぼほぼ変わっていない。
変わっていたとしても誤差の範囲であり、相変わらずアデルにも負けず劣らずの美貌を振りまいている。
だが一点。気になるものがあった。スフィアの頭上には天使の輪のように、宇宙をリング状に成形したような輪っかが浮かんでいたのだ。
スフィアが動くと輪っかも当然のようについてきて、触ろうとしても実体はなくすり抜ける。
「うーん、これお兄ちゃんでいう腕みたいなものなのかも。星属性に強い魔法触媒になってるみたい」
「ああ、そういう系のやつなのか。ならもうスフィアに杖とかはいらないか?」
「ううん。あったら嬉しいかも。例えばこんな風にして──」
スフィアは以前ブラットにもらった杖を取り出すと、触れられなかった頭のリングを掴んで杖の上に設置した。
すると杖の性能が格段に上がり、魔法がより効率的に使えるようになっていた。
「既存のものと組み合わせることもできるのね。便利そうだわ」
「自分の頭の上にあると、自分自身にその効果をかけてるって感じかな」
「なるほど。でもそれなら魔法触媒はあったほうがいいな」
劣等種&当たり種組がまた進化したことで、またその装備品の調整も必要になってくる。つまり必要経費が飛んでいく。
もしやスフィアの分は用意しなくてもいいのでは一瞬考えたブラットだったが、生憎とそういうことではないらしい。
お金に余裕はできたが、節約できるところは節約したかったのだからガッカリするのも仕方がない。決して表には出さなかったが……。
だがそんなブラットの気持ちを吹き飛ばすように、今度は元気一杯のファフニールがアピールしてきた。
「ブラット兄ちゃん! 僕も見て! 強そうでしょ!!」
「ああ、凄いなファフ。また立派になって、兄ちゃんも嬉しいぞ」
「へへっ。ありがと!」
褒めてほしそうなに尻尾を振る姿は、強そうというより人懐っこい大型犬に似た愛らしさを覚えてしまう。
だがその雰囲気とは裏腹に、ファフニールの強さは実際大幅に増していた。
四災竜の誰かの核を受け継いだこともあってか、さらにドラゴンとして凛々しい顔立ちになったようにも思える。
しいて言えば素のドラゴンフォームの肘や頭部から、鋭利な角のようなものが生えていたところが変わった点か。
(そろそろBMOのファフニール素材も、受け入れられそうな感じになってきてるね。そっちも進めないとだなぁ)
他にもやりたいことはいっぱいあるが、ファフニールにももっと強くなってもらいたいため頑張ろうと決め、次はヌイに視線を移していく。
今回彼女は導師の核はなく、先の戦闘で得られたダークの精霊核の破片を取り込んだり、BMO産の素材アイテムを取り込んだりして進化した形だ。
こちらも見た目に目立った変化はなかったが、ダークの影響なのか気を抜くと闇のオーラが体から漏れるようになっていた。
そのまま闇のオーラをまとった状態で立っていると、そこにいると分かっていても恐ろしいほど存在感が薄れていき、彼女のことを見失いそうになる。
「うーん、このオーラ他にも使い道がある気がするなぁ。もうちょっと研究してみるね」
「ああ、オレもBMOにいったら、何かそれっぽい資料がないか探してみるよ」
「うん、ありがと。ブラットくん」
そして最後はアイゼン。二つの導師の核を一気に取り込み進化した彼は…………。
「正直違いが分からないな……」
「普段はクモボディしか見てねぇしなぁ……」
「ご安心ヲ! 中身は随分とアップデートされてイますからっ!
こレは凄い、これは凄いですヨ! 革命ダ! 私の想像力と創作意欲が爆発しソうです!
あの古き体はアそこで滅ぶ運命だったノですね! 今の私からスれば、あれはオモチャでした……ふふ、フフフフッ……これは面白くナってきマした。
ブラット、皆さん、私はこれで失礼しマす。新しい体を作ラなけれバいけませんのデ」
「うん。アイゼン、いってらっしゃい」
「はい、マリン。行ってきマす!」
今回もエルダリオンことエルダを進化素材にせずに、まだ後生大事に抱えたまま、簡易的なスペアクモボディを操り自分の工房に走り去っていった。
外見の違いはまったく分からなかったが、それでもあの様子ならアイゼンが満足いく進化ができたのだろうと、ブラットたちは納得した。
次は土曜日更新予定です!




