第五〇九話 白木の龍
優に二〇メートルはあろうかという、蛇のように長い巨体をうねらせだけで床が揺れ、その体が触れた場所からは植物が生えてくる。
その植物はどんどんリングの床や柱、壁や天井へと広がっていき、一〇秒とたたずに樹海と化した。
植物に近づけばブラットの邪魔をしようと絡まってくるため、常に全身から雷撃を放ちながら木々や草花を焼き尽くし移動することを余儀なくされる。そうしたところで植物は常に広がり続けているため、焼け石に水でしかないのだが。
「ジブンすばしっこいな。なかなか攻撃が当たらんし」
「そっちも図体がデカいわりに、動きがなめらかすぎだろ」
「意外と素早いやろ? この体に慣れるのに往生したで」
周囲は密林のように木々が生い茂っているため、巨体は動きづらいだろうと思いきや、彼の体だけは植物をすり抜け一切動きを阻害されていない。
とはいえ相手は巨体だ。攻撃が簡単に当たると斬りかかっても、器用に体を波打たせ避けたりと、意外に回避性能も高いときている。
「まだまだいくで」
ヤシノキの周囲に巨大な魔法陣が発生し、そこから巨人の手のような形をした巨木が現われ、ブラットに何本も叩き潰そうとばかりに突っ込んでくる。
だがブラットはその魔法陣を一瞬で読み解き、大よそどんな魔法が来るのかを理解。それに対抗する効率のいい魔法を、即席で作り出し起動させる。
上から降ってくる巨木の手にたいし、下から貫くような雷が天に登って焼き焦がす。さらにそれらが天井で合流し、下にいるヤシノキに向かって大きな雷を落としてダメージを与えた。
「あれ~? おかしいな。今ワイが撃つ前から、今の魔法作ってへんかった? 一応先バレせんように、暗号化してあるはずなんやけどなぁ」
「かなり特殊な暗号化だったな。魔導学というより、勝手にそう進化していったみたいな、自然な形でかなり読み取りづらかった」
雷と木の魔法があちこちでぶつかり合う派手な映像を観客に届けている中で、二人は呑気そうに会話をしていた。
ふざけているわけではなく、手を抜いているわけでも、余裕がたっぷりあるわけでもないのだが、お互いに魔法を極めんとする者同士気になってしまうのだ。
「そらそうや。ワイの師匠は魔導学に手は出してへんからな。代々一人の弟子に受け継がれた、古代から続く魔法や」
「学問でなく、技術として磨かれ続けた相伝魔法の類か。そういうのを聞くと、ちょっと興味を惹かれるな。そういう魔法の極め方も」
「せやな。ワイも魔導学とかなんかチマチマやって弱そう思てたんやけど、考えを改めなあかんわ。おもろいやん、魔導学」
同じ魔法を扱う者同士ではあるが、二人の進む道は大きく違う。
ブラットは知識を師と共有し学問として魔法へアプローチしていくのに対し、ヤシノキは感覚を師と共有し技術として魔法へアプローチしている。
前者はその知識によって状況に合わせた〝応用力〟が強みであり、後者はその技術によって積み重ねられた一つの魔法体形に特化した〝深さ〟が強みとなる。
動物学で例えるなら哺乳類全体を対象として広く情報を集め研究する者と、哺乳類の中でもゴリラだけに絞って実地調査でジャングルに籠り研究する者。それくらいの違いがある。
「ならこれはどうや──?」
らちが明かないと、ヤシノキは新たな動きに打って出る。
ブラットから森で隠れるように魔法陣を展開すると、白い巨木が壁や柱のおあちこちから横向きに伸びていき、複雑に入り組んだジャングルジムのようなフィールドに作り替えられてしまう。
相手は大小関係なく全ての植物をすり抜けられるため機動力に影響はないが、他プレイヤーは真っすぐ走ることすら難しい状況。
とはいえブラットは曲芸師の上位職までは、もう全てレベルを上げ切っている。むしろこういう場所の方が、捉えづらくなるとすらいえる。相手の動きを制限するという意味では、ことブラットに対しては悪手ともいえよう。
(でも向こうの狙いはそうじゃない。ちゃんと見えてたからね)
ブラットは宇宙の期間限定イベントの報酬の中にあった『白紙のスキルブック』を使用し、【アンカーアイ】という魔法スキルを入手していた。
これは千里眼のように遠くを見渡せるようなスキルではないが、魔法的なアンカーを刺した場所に魔法の瞳を開き、遠く離れた場所からでもその目を通して周囲を見渡せるというもの。千里眼よりも敵の妨害にもつよく、ノイズも混じりづらいと使い勝手がいい。
それを編纂し、ブラットはさらに発動中やアンカーの存在もバレづらくなるよう書き換えてもいる。
それをこのフィールドの死角になりそうな位置に四つ仕込んでおり、ヤシノキが魔法陣から情報を読まれまいと隠していたものもしっかりと見えていた。
【霊譜解読者】と膨大な魔導学の知識のおかげで、一瞬見えただけでも何を目的にしているのか、相手の思考を読むことができた。
その目的とはずばり──部位の同化にある。ブラットは自分ならこのタイミングでやるという瞬間に、決めうちで横向きに好き放題伸びている巨木に向かって、ゼイン流奥義【双刃災断】を放つ。
「なんやてっ!?」
まさにドンピシャでブラット剣技を放った場所から、ヤシノキの左の龍の後脚が飛び出してきた。
不意打ちでブラットをその太い爪で串刺しにしようと企んでいたようだが、完全に裏をかかれた形だ。
脚を伝うようにX字の斬撃が通り抜け、ヤシノキの左脚に大きな傷をつけた。彼はこの横向きの白い巨木のどこからでも、触れた自分の身体を飛びださせることができる。
左脚が絶妙に死角で隠されていたが、それも【アンカーアイ】で確認済み。巨木に呑み込まれるように、左脚だけが消えていたのだ。
「やるやん」
「それで回復もできるのか。厄介だな」
「そっちもこっちの魔法の意図を読んでくるさかい、やりにくくてしゃあないわ」
巨木以外のあちこちに生え散らかしている植物を取り込むことで、一瞬にして傷が消えてしまった。取り込んだ分の植物は、また周りの植物が浸食するように伸び、すぐに元に戻る。
つまりこのフィールドにいる限り、ヤシノキは無限に回復できるのだ。ただでさえ【双刃災断】でも期待したほどのダメージを与えられほど頑丈な体をしているくせに、そんな回復手段まであるのだから堪ったものではない。ブラットが言えたことではないのだが……。
ヤシノキはバレているのならと、開き直ってあちこちの巨木から自分の前後の脚や尻尾。さらには口を出してきて──。
「ガァアアッ!!」
突如真上から出てきた龍の大口から、イバラの息吹をお見舞いされる。
呑み込まれれば濁流のように流れる鋭くとがったイバラの棘が体中に突き刺さり、やすり掛けされるように揉まれ、ゲームなので大ダメージを負うだけだが、零世界ならミキサーにかけられたミンチ肉のようにされてもおかしくない攻撃だ。
さらに避けても広範囲に棘が散らばり、マキビシのようにブラットの行動を阻害するだけなので、その全てを消し飛ばすことにした。
ブラットは真上に両手を構え、【銀光波動竜砲】で迎撃する。雷魔法で威力も底上げしているため、銀色と紫電の波動がイバラを焼き尽くしそのまま口の中へと入っていく。
「うそやん」
舌先を黒く焦がしながら、龍の口は引っ込み逃げられた。その傷も、周りの植物を吸収し癒してしまう。
さらにその間にも容赦なく放たれる巨木の手による叩き潰し魔法が止まっていないことから、それでMPも回復しているようだ。
彼のHPが全回復した後にも、あちこちの植物がこっそり吸収されるのを確認できた。
(プレイヤーには絡みついて邪魔をして、本人は回復薬になる植物が勝手に増殖する魔法。まさにここは、ヤシノキのための世界って感じだね。
確かにこれをどうにかできなきゃ、勝つのは難しいかも。なら──その世界を侵食するしかないか)
現状完全に相手のテリトリー内で、不利な戦いを強いられている。相手は好き放題できて、ブラットの魔法も白木のジャングルジムができてから防波堤になって当てづらい。剣で伐採しようにもやたらと硬く、効率が悪いのでやってられない。
ブラットは相手の魔法や攻撃から逃げまどいながら、これに対抗するための魔法を作り上げていく。
「何コソコソしとんねん、分かってんやで! ちょこまかとっ!!」
「ならよかったな。ちょうどこれで──完成だ」
精霊剣を突き立てるように緑生い茂る床に突き刺すと、部屋のあちこちに魔法陣が浮かび上がり、導火線に火が着いたかのように魔力の線が走って全てが結合していく。
それを阻止しようと魔力のこもった爪で引っ掻いて邪魔をしようとしたが、止まらない。
「なんでやっ」
「目に見えてるのは、ワザと見せてる偽物だから意味ないぞ。魔導学者がそんな分かりやすい魔法陣を描くわけないだろ」
「うっざ! ちゅうか、なにをするつもりや!」
「見てれば分かる──ほら、起動した」
見せかけだけの魔法陣で時間を稼いでいる間に、本当の魔法陣同士が全て結合し、床天井壁、全ての面に風と電流が流れはじめる。風は伸びた植物を吹き飛ばし、電流は風が千切ったものや倒したもの、再生しようとする植物を根から焼いて成長を阻害する。
見る見るうちに緑は浸食されていき、焦げ臭い香りが煙と共に立ち込めだす。
「こんなもんっ────アカンか。魔導学とかいうんは厄介やな、ほんまに。これも計算尽くかい」
強引にブラットが張り巡らせた魔法を突破して、生やそうと思えば生やすことはできた。だがそうした場合、植物での回復込みでもMPがマイナスになるよう絶妙に威力が調整されていた。
龍化の魔法も維持するだけでMPが減ってしまうため、ここで効率的な回復方法を失うのは痛かった。
また横から生えている白木も、根ざしている部分が焼かれ続けているためかなり不安定に。なんとかかき消せないかとやってはみたが、それらは全部ブラットに対処されて望んだ効果は得られなかった。
「せっかく作ったワイの世界をよくもこんな……。しゃあない、切り替えるか。こうなったら一気に決めたるわ──【万樹八悪龍】」
長期戦でジワジワ追い詰めるのが、ブラット相手には最も安全な立ち回りと思っていた。しかしブラットの計算し尽くされた魔法が見事に嵌まり、そうも言ってられなくなった。
なのでそうなったときの、最終決戦魔法を発動させる。周囲の残っていた今にも根元が外れ崩れ落ちそうだった白木も全て取り込み、その姿を変えていく。
ブラットはそれを止めようとするも、ヤシノキが全力で使った植物の壁に阻まれ邪魔することができなかった。
「白いヤマタノオロチってところか……」
『せや。もう話しとる暇ないから、一気に終わらせんで』
白い大樹でできた、八つ首の巨大龍。日本神話に出てくるヤマタノオロチにそっくりな見た目をしていた。
短時間しかこの姿は保っていられないが、現状ヤシノキが使える超位職の魔法スキルの中で最大火力にして最強の形態だ。
一回り大きくなった八つの龍の口が開き、イバラのブレスが八方から大量に放たれる。環境を変えていた植物がなくなり動きやすくはなったが、そんなものは関係ないほどに広範囲にイバラの波が迫ってきた。
(あんな形態長くは続かないんだろうけど、だからってひよって守りに入れば押し潰されるだけ。ならこっちからも攻めるしかない!!)
ブラットは守りよりも、攻めが得意なプレイヤー。中途半端な守りなど、今のヤシキノキに対しては意味がない。攻撃こそ最大の防御とばかりに、ブラットは果敢にイバラのブレスに突っ込んだ。
もう迷っている暇はないと、隠していた雷人化も使用。全身から大量の紫電を放出しながら、さらに眼前に嵐を巻き起こし、風雷まとう五本の剣で切り払う。
それでも異様に頑丈なイバラがいくつか届くが、装甲値に任せて突き進む。尻尾による薙ぎ払いは素早く飛んで躱し、逆にその力を利用して斬りつける。
周囲に広がっていくイバラから枝分かれするように新しいイバラが芽を出し、それらが襲い掛かってきても振り払う。
装甲値をほぼ全て使いきりながら、ようやく一定の距離まで近づけた。幽機鉱殻の腕に持った二本のナマクラを向け、【リントヴルムファング】を発動。
龍の顎骨のような形状になって伸びていき、ナマクラが手前の二つの首に食いついた。
「調子に乗るなぁあああ!!」
「ちょっ──まっ────────どない馬鹿力やねんっ!?」
ナマクラに食いつかせたままアンセストルデータまで使ってパワーを底上げし、横に払うように振って超巨大なヤシノキの体を壁に向かって叩きつける。
叩きつけられた衝撃でブレスが止み、その一瞬の隙にさらに首元まで到達。ロロネー流を使う解放ナマクラには渦巻く風雷の刃がチェーンソーのように回転しており、さらにそこにはブラットの尻尾の鱗を砕いた粒子まで混ぜ込み刃の中を高速で巡っている。
「伐採!!」
目にもとまらぬ神速の三連剣【刃威六徳】で切り込みを入れ、ゼイン流剣術【轟嵐断ち】で首を一本切り飛ばす。
だがまだ七本も残っていて、もう一本切らせてくれるほど相手も甘くない。
ブラットは吹き飛ばされ、装甲値が零になってダメージを受ける。だがそれと引き換えに、首が一本減ってくれた。
ヤシノキがそれを回復しようとすれば、形態維持の時間が大きく縮まるだけ。落ちた首が回収できれば省エネで回復できるが、そんな余裕をブラットは絶対に与えてはやらない。
無残に切り株のようになった一つの首はそのままに、ヤシノキは再度攻撃を仕掛けていく。
ブラットも負けじと立ち向かい、ダメージ覚悟で首を伐採しに挑み続けた。
一本減ったことで少しは楽になったとはいえ、まだまだヤシノキの攻撃は苛烈極まりない。そんな中でも諦めずに刃を届かせ、ときに瀕死になってでも首を伐採し続けた。
二本、三本と減っていく首に内心焦りを感じつつも、ヤシノキは冷静に対処し続けた。だが首の数が減るほど不利になっていき、どんどんその天秤はブラットへと傾いていく。
「最後!!」
「あかん──これは無理やわ……」
八本の首を討ち取られたときに発動する、カウンター魔法も仕込んであったのだが、ブラットはそれも予期して事前に潰していた。
ヤシノキの師匠であれば、ブラットが魔法陣を見ても内容を錯覚するような完璧な魔法を使えるし、分かっていようと押し切れるだけの力があったが、まだ彼にそこまでの技術も力もなかったのだ。
無残にも最後の一本の首が飛び、元のゆるキャラのような手足の生えた白樺がリングに倒れ伏した。
「またやろう」
「──しばらくは勘弁やわ」
ブラットの剣が次々とヤシノキに突き刺さり、MPもなく立ち上がることすらできなかった彼のHPを削り切る。
勝利のアナウンスを聞き流しながら、ふと思い出したようにブラットが試合時間を見てみれば、残り時間は一分も残ってはいなかった。
(集中しすぎて時間を忘れてたよ。にしても、ヤシノキも強かったな。みんな凄いや)
ブラットは戦闘の熱を冷ますように剣をしまい、自分に割り振られた個室へと転送で戻された。
「さて、決勝の相手は誰かな」
五連勝を決め、グループ6で全勝しているプレイヤーはブラットだけになり決勝進出が決まった。
最終トーナメントに進むには、そこで勝たなければならない。負ければベスト16位内で終わってしまう。
それでも参加人数を考えればもの凄い成績だが、あくまで目指しているのはプレイヤー最強の座のみ。中途半端な順位に興味はない。
中間ラウンドの仕組み的に敗者側のマッチの方が試合数はどうしても多くなるため、ブラットは暫く暇な時間ができた。
戦いたくてうずうずして落ち着かず、はやく決勝相手が決まらないかなとモニターをつけて同グループの状況を覗き見ることに。
アカサンにまさかの敗北をきしたダンガムだが、ブラットの予想通り順調に勝ち進んでいた。
一方でアカサンはブラットが試合をしている間に、二敗してトーナメントから消えていた。
(まぁさすがにね。私がヒントも大々的に見せちゃったし、そりゃ弱点をそのままにしてたら負けるでしょ)
それは順当な結果なので、アカサンのことはすっぱり忘れて敗者マッチ最後の戦いを見守っていく。
相手はダンガムとYuitaso。ヤシノキはダンガムに敗北し、敗退していた。
そして二人の戦いがはじまり、Yuitasoも健闘したが最後はダンガムに押し切られ敗北。
「やっぱりダンガムが来たか。相手にとって不足なし」
このトーナメントに残ったのは、ブラットとダンガムのみ。他の同グループのプレイヤーは二敗して全員敗退。ここでブラットは一回、ダンガムは二回勝てば、グループ6の覇者となれる。
二度同じ相手と戦ってもよかったが、それよりも新しい相手。友達でもあるダンガムとやはり戦いたかったブラットは、勢いよく立ち上がると剣を構え素振りをはじめた。
そうしているとブラットにグループ6決勝の開始時間が通知され、あと一〇分でダンガムとの戦いがはじまるようだ。
「絶対に勝つ。一敗できるなんて甘い考えで、挑んでいい相手じゃない」
現にYuitasoとの戦いでも、何か切り札を隠しているようにブラットには感じられた。
前回大会七位。その実力を見せてもらおうかと、ブラットは獰猛な笑みを浮かべ時間が過ぎるのを持った。
年末年始はほとんど家にいられないため、次回の更新は1月7日(火)とさせていだきます!
よいお年を!




