第四八七話 成長のための準備
期間限定イベントも最高の結果で終え、いつものBMOでの日常が戻ってきた。
昨日は兄の治樹と一緒にBMO内で撮影した動画もアップロードされ、さっそく醜いアヒルの子実験にも着手しはじめている。
「昨日の動画、私も見たよ。よくできるし、かなり好評みたいだね」
「うん。これからどんな影響が出てくるのか楽しみだよ」
色葉と葵は現在、学校から帰宅中。もはや誰はばかることなく指を絡ませあうように手を繋ぎ、密着した距離で話しているのは甘い恋人同士の語り合い……ではなく、相も変わらずBMOのことばかり。
動画内では一切なんの文献にも口伝にも残っていないことをいいことに、ブラットの世刻奇剣〝ナマクラ〟を登場させ、好き勝手に都合のいい脚色をして設定を盛り、それっぽい伝説の剣────かもしれない物として演出しておいた。
「まぁでも、言った通りそのままの伝承が付くとは思えないけどね。伝言ゲームみたいに、人を介するほどに中身も変わりそうだしさ。だからこそゴシップ記事並みに、話を盛ったわけだけど」
「でも絶妙なラインだったと思うよ。胡散臭そうだけど、あり得るかも? みたいなところを上手くついてたと思う」
「その辺は、治兄が上手くやってくれたんだよ。ああいうメディアの使い方のセンスはやっぱ敵わないね」
「それ系の大学に行ってるらしいし、そこはさすがにね。もちろん元々そういうセンスもあったんだろうけど。何か変化があったら教えてね。私も気になってるから」
「うん、いいよ。はてさてどうなるか、私も楽しみ」
第三者の想像の余地も残しておいたため、都市伝説的に勝手にネット上では既にBMO世界の○○時代の○○じゃないか。あの作りはおそらく──といった具体的な肉付けや、それと似たような剣で○○な能力がある魔剣があったはず──のような嘘か本当か分からない噂まで飛び交いだしている。
ブラットという注目度は高いのに、あまり世に自分から出てこないというレア感も相まって初動の再生数もすさまじく、プレイヤーだけでも相当な人数の中に『ナマクラ』と呼ばれる未知の剣の存在が刻まれた。
中にはそんな大層な武器ではなく、ゴキブリを召喚するだけのゴミ武器などと、ネタなのかアンチなのか分からないようなことを主張する者も出てきてはいるが、ノイジーマイノリティにすらなりきれずに他のまともな意見に上書きされている状況。
この調子ならプレイヤーがBMOというゲームの中の住民と認識されていた場合、かなりブラットの利となる成果が得られそうな感触が得られている。
「あ、そうだ。いうの忘れてたんだけど、実は私の方で蛇に関係してそうなイベントを一個見つけたよ。
とあるカルト集団がいて、そいつらが崇めてる祭壇? みたいなところに【血紅禍蛇封結晶】っぽいのがあるみたい」
「え? そうなの? それはちょっと行ってみたいかも」
葵と同じクランのプレイヤーが教えてくれた情報らしく、聞いた特徴からブラットたちが探している浄血祓禍白蛇毘売の封じられた体の一部である可能性が高い。
ブラットやしゃちたんが目指す〝黒〟とは相対する〝白〟の力を、HIMAが覚える切っ掛けになるであろう、今もどこかにいる白蛇毘売の本体を見つけるためにも、【血紅禍蛇封結晶】は積極的に見つけて浄化していきたい。
「じゃあ近いうちに一緒に行ってみよ。今日とか明日は私、クランでやることがあったり、灼零山の巫女長に会わないといけないから無理だけど」
「うん、別にそこまで急いでないし、私も他にやることあるから後日にでも予定を合わせて行けばいいよ。
けど巫女長? イベントのときに見たっていう、偉そうな女の人についてとか?」
「そうそう。やっぱり巫女長は知ってたんだよ。それで私が繭糸が作れるって教えて、お山の神様について質問したら繋ぎを付けるための準備をしてくれるって言ってくれてね」
「へぇ、なんか凄い山の神様が葵の師匠になるかもってこと?」
「そうなるのかも。もっと精進してからって、今だと言われるかもしれないけど。
なんか聞いてる感じだとブラットが言ってた三大精霊とかと、同格レベルのNPCみたいだよ」
「精霊ってこと?」
「ううん。そうじゃなくて、その神様?はたぶん植物系の全ての根源の〝彩雲樹〟と、関わりがあるんだと思う」
「あぁ、そっち系なのね」
灼零山という太古からある強力な霊山の神など、並大抵の存在では務まらない。
それでいて三大精霊と同格で彩雲樹と関わりがあるとくれば、その正体はおのずと見えてくる。
精霊王が自ら生み出した『三大精霊──スイ、ニア、ハオ』。死生鳥が自ら生み出した白翼の『イース』、黒翼の『イシス』。大賢人が自ら生み出した『ノイマン』。白銀狼が自ら生み出した、ゼインが負けたというライカンスロープ『マリク・ルーフェン』。
そんな零世界では導師と呼ばれ、BMOでは根源の御子などと呼ばれている存在たちの彩雲樹版が、葵が戦巫女として仕えている山の主ということなのだろうと色葉はすぐに察した。
それならば神様と言われても、化け物みたいに強くても、はたまた強大な霊山の主でも不思議ではないなと。
「じゃあ蛇関係は、お互い予定を見ながら決めていこうってことで決まり。
期間限定イベントの報酬で手に入れたアイテムなんかで、装備も調えてるところだからその使い心地もそこで試してみたいな」
「カルト集団が大人しく渡してくれるわけないだろうからね」
「ブラットの方は、イベントで手に入れた装備とかはいい感じに使えそう?」
「うーん、そっちはおいおいって感じかな。イベント参加時の装備で私の種族的にはかなり上限一杯って感じだったし。
それでも今の内から、慣らしておきたいなってのはあるけどね。今度一緒に遊ぶときに、見せてあげるよ。楽しみにしてて」
「ふふっ、分かった。っと、家に着いちゃった。それじゃあ──またね、色葉」
「うん、またね。葵」
灰咲家の玄関前で抱きしめ合って口づけを交わすと、そのまま二人は分かれそれぞれの家へと入っていった。
制服をすぽぽんと脱ぎ散らかして家政ロボットのイヨさんに丸投げし、ラフな格好に着替えお茶を一杯を飲んで一息ついてから、BMOへとログインしブラットへと思考を切り替える。
軽く体を動かして感覚を慣らしてから、さっそく先の期間限定イベントの報酬として手に入れた新アイテムを一つ取り出した。
それはアンティークな鍵型のUSBメモリーといった見た目をしており、『アンセストルデータ』という名称がつけられているアイテムだ。
「強力すぎて逆に使いこなせないんだけど、なんとか最初のコードだけは使ってもちゃんと動けるようになりたいな。アクセス──ファーストコード」
課金拠点の要塞の闘技場にログインしてすぐやってきたフリーを撫でながら、ブラットは『アンセストルデータ』を起動させる。
これは根源を深め活性化させる九つのコードが入っており、ブラットはその最初のコードを選択。鍵が宙に浮かび、USBの挿入口のような部分から青白い謎の文字の羅列が飛び出しブラットに巻き付くように吸い込まれて消えていく。
「まさにオレと相性抜群のアイテムなんだろうけど……」
これは根源を活性化させることで、肉体の強化はもちろんのこと種族特性を強化できるという珍しいアイテムだ。
だがそもそも素の状態で強力な肉体に特性をいくつも抱えているせいで、現状の上位帯プレイヤーであればサードコード辺りまでなら受け入れられるところを、ブラットはファーストだけでそれを超えるほどの恩恵を肉体に受けてしまう。
それはいいことでもあるのだが、逆に強化され過ぎて肉体がパンクしそうになり、気を抜くと体が壊れそうになる。
「セカンドコードに試しにアクセスしたら普通に死んだしね……」
「フリィ…………」
いきなりブラットが爆散するようにして死んでいった姿を目撃しているフリーも、そのことを思い出して苦い表情を取っていた。
それほどにこれはブラットに大きな影響を及ぼせるが故に、取り扱いも要注意な代物となっている。
ただファーストであれば、慣れれば実戦にも使えそうだとブラットはイベントが終わってから維持できるように訓練を続けていた。
「進化したらしたで、また肉体も特性も強力になるだろうし……ナインスコードなんて一生使えないまま終わりそう」
全ての根源を有しているからこそ、余すことなく全ての恩恵が得られてしまうが故の葛藤だが、そうはいっても効果はかなり魅力的だ。
これを使うだけで肉体は馬鹿みたいに強化され、ただでさえ壊れかけていた特性によるHPやMP、STの回復速度も更に尋常じゃなくなる。
【世刻奇剣複製師】の使用でさえ、こちらを使えばより耐えられるようになるのだから、まさに使い得といっていい。
途中でコードの効果を一時停止などもできるため、セットしておいてここぞというときに発動させるなんていう事もできる。零世界で失敗しないように、今の内からしっかりBMOで感覚をつかんでおくべきだろう。
他にも魅力的なアイテムをいくつか手に入れてはいるが、今はこれを使うことで精いっぱいで、そちらをメイン装備に追加している余裕もない。
これから段階を踏んで、今回の期間限定イベントで手にした報酬を使っていくことになりそうだ。
「ぷはっ──もう無理。休憩して、日課に取り掛かろっと。また英傑の数が増えたから大変なんだよね、毎日」
次に英傑たちとの訓練に移っていく。さっそく扉を開け、新たに加わったメンバーたちと戦っていく。
先のイベントでヴァルンにエルザ、エアロという、あの戦いを共に駆け抜けたメンバーは当然のようにラインナップに入っていたため、ブラットも驚きはない。宇宙戦闘用の装備は無しで、出会った時と同じ最盛期の状態で出てくれた。また他にも──。
「今回は前より本気でいきますからね──」
「どんとこい!」
。
まずは六賢人最強の重力魔法の使い手──ルビア・ローゼ・フィンドラ。イベント期間中はほとんど別行動で、まともに一緒にいなかったが、攻略後にブラットから何度も接触して仲良くなったことで縁が結ばれた。
戦うところもそれほど見れていなかったのだが、タイマンで戦うとその力の凄さを体で実感できた。
単体での強さでいえば、ヴァルンよりも上。エルザと同等程度とブラットは見ている。
強力な重力魔法で近付くことすらできず、ブラットはなんとか食らいついては行こうとするものの、まだまだ勝てそうにないままに負けてしまった。
他にもトリナたち経由で親しくなった、六賢人のガラド・ヴァン・ユエンジもちゃっかり追加されており、彼は肉体強化と鎧の生成による近接戦闘型の魔法使いで、ブラットとしても中々に戦っていて参考にもなるし面白い人物だ。
「オレたちは毎週日曜日に行けるし、それで他の六賢人たちもコンプリートしておきたいな」
そしてさらに、予想外な人物その一。ポチが人形化した女騎士イリス。
彼女はイベント期間中にポチに頼んで、何度も戦わせてもらったことで縁ができたのだとブラットは考えている。
(まさか人形化した後でも、縁ができるとは思ってなかったなぁ)
「私の剣の前で気を抜くとは──それでは勇者は務まりませんよ。今日はこれで終わりにしましょうか?」
少し気が緩んだ瞬間を見逃さず、彼女の大剣が首に突きつけられた。
「ご、ごめん。もう一度お願いします」
「よろしい」
彼女はもとより高潔な人間であり、こちらの世界で選定勇者などという存在であるブラットに対して「別世界とはいえ、世界を守る勇者の手伝いができるとは身に余る光栄だ。私でよければ、いくらでも相手になろう」と出会うなり最初から協力的だった。
あの世界で最強の剣士と謳われる歴史上の英雄というだけあり、生前のイリスはエルザよりも強いのではないかと思わせる闘気を身にまとい、ロロネーやゼインと出会っていなければ師と仰ぎたくなるほど見事な剣術でブラットを魅了する。
トート三兄弟のように、倒したらアルゴル強化バージョンのアンデッドイリスになるのではないかと疑っているが、そもそも生前の彼女にすらまだ勝てそうにないため、目の前のことに集中ししばらくイリス相手に立ち回った。
最後は八分割されて終わり、強制的に課金拠点へ戻される。
「んじゃあ次は、一番意外だったこいつと戦おうか」
「また貴様か。ゴミ虫が。仮想とはいえ、虫けら風情が我を利用しようなど万死に値する──」
名前を見つけたときは声を上げて驚いた、狂夢人の冥主ゼーダ。ラスボスとして出てきたときは、仮初の肉体で惑星丸ごと呑み込んでいたこともあって馬鹿げたサイズをしていたが、本来の彼は四メートルほどの 八つ目の黒い怪人だった。
確かに追加メンバーの中では、ぶっちきりで強い。ニア=エレたちと同じような、今のブラットでも瞬殺される強者だ。
「そう言うなって。オレだってつまんないのに、わざわざ来てあげてるんだからさ」
「キサマッ!!」
最初から仮想の存在と理解しても、選定勇者を強くするための試練として利用されるのが気に入らないようで、ずっと激おこモード全開。
ブラットがやれやれと煽れば、回避不能なフィールド全体を呑み込む攻撃で終わらされる。
だがそれはそれで別にいい。海の王シャカルも本人は協力しようとはしてくれているが、似たようなものなのだから。
しかしブラットは、それでもシャカルとの戦いを楽しいと思えていた。けれどゼーダだけはどうしようもなく「つまらない」と感じた。
「もったいないよなぁ。あれだけの力があるのに、猿と一緒だ。いやむしろ、猿と戦った方が面白いまであるんじゃないか?」
死んでリスポーンさせられ、開口一番そうブラットは口にする。
ゼーダの攻撃はブラットからすれば、本当にただ子供が腕を振り回して暴れているだけ。ただ生まれ持った才能と力を行使しているだけで、なんの技術も学びもない。
シャカルでさえ、ちゃんとブラットという彼からすれば小さな存在を相手にするときでも、その力の使い方は極限まで洗練され、一瞬の死の間際に見せるその極致が見られるだけでブラットはまた戦いたいと思えた。
だがゼーダにはそれがない。その戦いには、なんの魅力もない。ただ強いだけの人形とすら、ブラットには思えた。
「いつかもっと戦えるようになって、あいつをぶん殴れるようになったら、戦い方を考えてくれるようになるのかな」
仮想の存在なため、試練として出てくる英傑たちは、本来実在した最強の自分を超えることはない可能性も高い。
だが英傑たちの記憶はちゃんと、蓄積されていっている。それであの力をもう少しちゃんと使えるよう考えてくれたなら、ブラットにとってきっともっと楽しい戦いになる。
「とりあえずはそれを楽しみに、ゼーダとは付き合っていこうか。よし、次」
ブラットは残りの勝手知ったる英傑たちたちの戦いも、順番にこなしていった。それら全てを終えると、今度は外出の準備をはじめていく。
「今日は【世刻奇剣複製師】にかかりきりで、先延ばしになってたことも片付けていこう」
先延ばしになっていたのは主に、スイ=エレへ捕獲した別世界産クラゲの引き渡し、アネモネへの繭を作れたという報告。エルヴィスへ課題の論文の提出。この三点。
だがそれらを先送りにしてでも敢行したことで、得られたものも大きい。ブラットは【銀葉羽根】化した翼から、何本か羽根をむしり取って手に持つ。
「《クロノソード》──《セレクション》──《〝風切刃根〟》」
ナマクラに続いて、二本目の具現化の過程を魔導学でパッケージ化できた『風切刃根』と名付けた、風の属性を有した小さな投げナイフが羽根と入れ替わるように一本、ブラットの手に納まっていた。
それを課金で入手した非常に硬い的を出して軽く投げつければ、空気を切り裂くように異常な速度で飛んでいき中央を貫通。そのまま向こう側の要塞の壁まで突き抜け、どこかへ飛んで行ってしまう。
「あの投げ方で、この威力は反則だよなぁ。今のプレイヤーで、風切刃根を初見で躱せるのがどれだけいるか。ちょっと試してみたいなぁ」
投げれば、ただただ真っすぐ飛んでいくだけの投げナイフ。ただし力をほとんど込めずとも、ありえない推進力が勝手に加わり飛んでいく。
伝承はないが、それでも強力すぎる威力と速度で遠距離から狙撃できる優れものだ。これを生み出すために、ブラットはイベント後も頑張っていた。
「これ投げた後どっか行っちゃうから無名だったんじゃ……。まぁそれはいいとして、あとはもう一本。それはできるだけ優先して作りたいな。
【仙霊鍛冶師】【刃霊感応師】【ファントムウィーバー】の三つの上位職を取ったおかげで、前より楽になってるし時間はそうかからないはず」
風切刃根の魔導学でのパッケージ化作業までは自力でやったが、さすがにもうこのまま続けるのは効率が悪いだろうと、他の職業のRPを安くするための作業はここで切り上げ、五つある上位職取得権限で三つの特殊な上位職を新たに取得した。
どれも特殊なルートで職業を選択し鍛えなければ、上位職の中では特に取得が面倒な職業ばかり。だからこそブラットも、取得すべきと踏み切ったのだ。
残り二つの取得権限はまだ考え中だが、そちらも近いうちに使う予定でもある。
重要なブラットの戦闘の柱の一つとなってくるであろう、【世刻奇剣複製師】をより使いこなすためにもと。
「その三本目さえあれば、きっとやれるはず……。
やっとだ。やっとその方法が見えてきた。待ってろよ────ヨルムン・フォン・シルヴァン」
ブラットの剣の師の一人──ゼインの母を殺し、彼の力まで奪った男の名を口にすると、ブラットは課金拠点を後にした。




