第一話 運命が変わる日
サービス開始の前評判もあって『Become Monster Online』──BMOというゲームは順調に舵を取り出し、半年経った今でもプレイヤーは日増しに増加し賑わいをみせている。
半年も経てば上位プレイヤーと呼ばれるものたちも固定されてきて、次のゲーム内イベントにおいては誰がトップに立つのかなど専用の掲示板で語られるようにもなっていた。
さてそんな中でベータテストにも見事当選し、サービス初日からプレイをはじめた女子高生──『灰咲色葉』。総プレイ時間は全サーバーでみても上の方と言っていい。
同じくらいの時間をかけてやりこんでいるプレイヤーたちの多くは、今や戦闘や生産どちらかにおいて上位層にくいこんでいる有名プレイヤーばかりなのだが……、彼女はなんと最下位クラスに位置していた。
現在のBMOにおける最下位クラスといえば〝初心者〟を意味する言葉である。
つまり彼女はそれだけの時間をかけてプレイしておきながら、未だに初期地点をウロウロとうろついている状態なのだ。
「ねー、いろはー。もういい加減諦めて、劣等種からはじめなおそうよー。
色葉なら今からでも上位に入れるよ、きっと」
身長は約一六五センチ、日本人にしては明るい髪色をしたショートボブ。
活発そうな大きな目に非常によく整った顔は男女問わず魅了し、スカートから覗く長い脚や程よく突き出た胸元はしばしば男性の視線を引き寄せる。
そんな容姿の色葉の横から腕を取って揺らしながら今まさに話しかけてきたのは、彼女の一番の親友とも呼べる存在にして同級生の──『飛鷹葵』。
彼女の容姿も色葉に負けず劣らず整っており、身長は一七〇センチ近くあり体型はスラリと全体的に細長いモデル体型。
肩と腰の間ぐらいまでスッと伸びた黒髪も、しっかりと手入れが行き届き枝毛など一つもなく輝いているようで、迫力のある美人である。
男女問わず行き交う人々は、そんなうら若き美少女と呼んでいい二人が下校の最中に、どんな麗しい会話をしているのだろうかと妄想に花を咲かせたりもしているが……実際に話しているのは互いに熱中しているゲーム──BMOのこと。
この二人をよく知らない人物からは意外に思われることが多いが、どちらも幼少期からかなりのゲーマーなのだ。
葵に至っては色葉とは正反対に、BMOの全サーバーの中でも上位プレイヤーとして有名な猛者でもある。
そしてそんな底辺と上辺が話しているBMOの内容は、これまで色葉の耳にタコができるほど聞いてきたセリフだ。
なんなら色葉の兄や別の友人たち、ゲーム仲間たち、果ては話したこともない通りすがりのプレイヤーにすら言われたことがあるセリフだ。
『いい加減、諦めたらどうだ?』──と。
ここでいつもの色葉ならば、頑固おやじのように両腕を組んで「絶対に諦めない!」とプイッと顔を背け突っぱねていたのだが、今日の彼女は一味違う。
「ふっふっふっ──甘いね、葵」
得意げな顔で人差し指を立てて、葵の綺麗な鼻先をツンとつついた。
「はむっ」
「ぎゃー!? 私の指を食べるなー!」
けれどその指先を葵の前歯で食いつかれ、慌てふためく色葉。先ほどの得意げな顔など吹き飛んでいる。
色葉は若干涙目になりながら食いつかれた指をスポッと親友の口から引っ張り抜くと、綺麗な歯形がついていた。
「それで? いったい私の何が甘いの?」
「いや、噛んだことに対して何もなしかい……まぁ、いいけどさぁ。
じゃあ、葵には一番最初に教えてあげよう。光栄に思うように」
「ははー」
ちっともありがたがっていない棒読み感満載の「ははー」だったが、色葉は機嫌がいいので気にしない。
「あのね。実は後一匹、最弱四天王のうちどれかを倒せば最終レベルに到達するんだ」
「え!? まさかそれって、進化条件を満たせたってことっ!?」
「まっあね~。ぶい!」
「すごいというか、あきれたというか……ほんとにやり切ったんだ」
「まだやり切ってないけどね。でも今日中に進化させるつもり」
色葉がBMOの世界で選択した種族は『悪魔』、性別は『男』、そして血統は──『モドキ』。
運営側でさえ選ぶな、後悔するぞと言わしめ、プレイヤーたちの間でもその血統でやるのは現実的ではない。
なによりゲームとは楽しむものであるのに苦行を味わう意味が分からないと、早々に見切りをつけられた最強になれるという〝設定〟の最弱血統。
サービスから半年を経た今、時間帯に限らずゲームの世界は常に人で溢れかえっているほど大人気MMOにもかかわらず、全サーバーにおいて未だに『モドキ』を一週間以上続けられたものはごくわずか。その中で一か月以上続けられたものは、たった一人だけ。
そしてそのたった一人は、来る日も来る日も最弱四天王と呼ばれるBMO内で最も弱いとされる四種のモンスターと、一度のミスも許されない死闘を何度も何度も繰り返し、最難関と言われる最初の進化を目指してひた走った。
けれど今、そのたった一人──灰咲色葉はBMOにおける偉業を成し遂げられるところまで足を踏み入れたのだ。もはやそれは執念と言ってもいいレベルである。
楽しいだとかそういうプラスの感情は全て置き去り、本人ももはや意地になってやっているだけだと分かっていたほどに。
「ってことは、そのうち今の変動しなくなってきたランキング表が塗り替えられる日も近いのかもしれないね。私もうかうかしてられない」
「まだ幼年期から一次進化するだけだし、トップ層に追いつくにはまだまだ時間がかかりそうだけどね。いつかは葵も追い抜いちゃうから」
「ふふっ、期待しとく」
最近は色葉がゲームを心から楽しんでいるように思えなかったからこそ諦めてほしいと言っていたのだが、その心配はもう必要なさそうだと分かり葵は優しく微笑んだ。
別に追い抜かれたってかまわない、彼女は大好きな色葉と大好きなゲームができれば順位などどうでもいいのだ。
「進化したら経験値を吸い取っちゃうこともないだろうし、どっか遊びに行こうね」
「そうだね! あっ、でもまだストーリーイベントのネタバレになるようなところはダメだよ?」
「分かってるよ。色葉はネタバレとか嫌いだもんね」
「そゆこと~♪」
モドキは他血統のプレイヤーとパーティを組んでいると、経験値からドロップアイテムまで根こそぎそちらに取られてしまう。
ただでさえ上げにくいレベリングに忙しいうえに、モドキの幼年体はあまりにも貧弱すぎるということもあって、今まで色葉と葵で満足にBMOを楽しめないでいた。
こんなことは、これまでやってきたゲームの中ではじめてのことである。
しかしそれも今日で終わりだと、二人は互いにBMOのことで盛り上がりながら帰路についたのだった。
色葉が住んでいるのは、父母兄と四人家族で住むにしては大きな家屋。それだけで裕福な家庭なのだと察することができる。
ちなみに葵の家はこの左隣、灰咲家と比べても遜色ない家が建っている。
彼女たちの父親同士は大学時代の友人であり、職場も同じとあって家族同士の仲もいい。
「じゃあ、進化するときは教えてね。私もBMOにインしてるから」
「うん。たぶん治兄とか小春さんも見に来るかもだけど」
治兄こと灰咲治樹は色葉の実の兄であり、ゲームの検証系動画投稿者、配信者として日本のBMOプレイヤーたちならばほぼ全員が知っているレベルの有名プレイヤーだ。
初期は検証もかねて色葉と一緒に『モドキ』の血統でプレイをはじめたが、モドキでは他の検証ができないと早々に諦め『劣等種』からやり直している。
そして今は『スプリガン』と呼ばれる小人モードと巨人モードを状況によって使い分けられる種族に進化しており、戦闘においても上位層に引けを取らない実力者だったりもする。
また小春さんこと荒巻小春は、治樹と同じ大学に通う恋人であり、度々彼氏の検証に付き合ったりする程度には知識欲の深い女性だ。
小春自身は今BMO内では『アラクネ』と呼ばれる蜘蛛に女性の上半身が生えたキャラクターに進化しており、服飾系の装備を取り扱う生産職において屈指のプレイヤーとして知られている。
「治樹さんたちなら、間違いなく見に来たがるだろうしね。動画も撮るのかな?」
「そうなんじゃない? なんたってBMO初のモドキの進化シーンが見られるわけだしね。再生数も凄いことになるでしょ。
くくくっ、なにを報酬として要求してやろうか」
「ふふっ、あんまり無茶言っちゃだめだよ」
悪い笑みを浮かべる色葉と葵は互いの家の前で手を振り別れ、それぞれの家の中へと入っていった。
広い庭を通り家の扉の近くにやってくると、色葉の左耳についていたイヤーカフ型拡張デバイスについたイミテーションダイヤが緑に点滅し、彼女がちょうど入るタイミングで自動で開く。
そして彼女が扉を通り過ぎれば、自動で閉まり施錠された。
「ただいま、イヨさん」
「おかえりなさい、いろは」
玄関の先で色葉のスリッパを用意しながら出迎えてくれたのは、空飛ぶ円柱に人間の腕を模したアームを複数生やした家政ロボットのイヨさん。
このイヨさんは灰咲家の掃除ロボットや洗濯ロボット、調理ロボットなどから照明器具に至るまで、あらゆる電化製品を管理統括、家人のお世話など多岐に亘って活躍してくれている。
ちなみに『イヨさん』という名前はこのロボットの商品名ではなく、灰咲家がつけた名前。
機体に刻まれている製造番号の下三桁が『一四三』だったことが由来している。
靴をぽぽんと行儀悪く脱ぎ捨て片付けはイヨさんに任せ、色葉は自分用のスリッパを足にひっかけ廊下を真っすぐ抜けた先にあるミニエレベーターに乗って素早く三階へ。
葉っぱのドアプレートが付いた自室の扉がスッと自動で横へスライドするのを目に止めながら、色葉はぱたぱたスリッパを鳴らし入っていく。
「ふふふふ~~ん♪」
上機嫌に鼻歌をこぼしながら、学校の制服をすぽぽんと脱いで自室のカーペットの上へと遠慮なしに落としていく。
そのまま放っておいても後でイヨさんが綺麗に整え、指定の場所にハンガーにかけておいてくれるので気にしない。
下着姿のままクローゼットに近づき、勝手に開いた扉の前で白く無地のハーフパンツを履き、同じく白無地のTシャツに袖を通す。
質感はシルクとまではいかないがツルツルとして滑らかで、光が当たると微妙に虹色に発色する特殊な素材が用いられている。
「今の気分は~~」
色葉の左耳についているイヤーカフがピカピカと点滅する。
すると色葉の体内を巡っているナノマシンが脳へ働きかけ、彼女の瞳にだけ見えるモニターを一瞬で表示させた。
現在表示されているのは、彼女が保有している服のホログラムデータの3Dモデル一覧。さすが女の子というべきか、その種類は非常に多い。
思考で上下左右自由に仮想モニターを操作しながら、今の気分に合わせたコーデを完成させる。
「これかな」
するとただの白無地のTシャツは薄いピンクのシフォンブラウスに、白無地のハーフパンツはひざ丈の黒のプリーツスカートに上書きされた。
こちらはTシャツやハーフパンツに特殊な技術が用いられており、色葉以外の人が見てもちゃんとブラウスにスカートをはいているよう見えるようになっている。
「うちの学校の制服もホロにしちゃえば楽なのになぁ。
デバイスだってほんとはピアス型で可愛いのあったのに、ピアス禁止とかいうし。まぁ、これも嫌いではないけど」
他と比べるとやや古風な風潮のある自身が通う学校に文句を垂れながら、そっと入学祝いにと両親が新調してくれた左耳のイヤーカフ型拡張デバイスに触れた。
着替えが済むと色葉は「すぐ飲める温度のお茶が飲みたい」と、イヨさんを意識して思考する。
するとすぐにイヨさんから了承の音声通信が脳内に響いたので、お茶が来るのを待ちながら黒に白の模様が入った一人掛けのソファにのんびりと腰を落ち着かせた。
ちなみにこのソファーも、そしてベッドや机、椅子などの家具からはじまり、壁紙に至るまでホログラムがかぶせられている。
そのためデータさえ用意できれば、いつでも好きなイメージに模様替えができるようになっていた。
今の色葉の部屋は全体的に黒や白が多く落ち着いた雰囲気をしており、男性が住む部屋のような印象を受けるが、これはなかなか進まないゲームへの苛立ちを鎮めるために無意識的にやっていたことであり、本来はもっと華やかなデザインを彼女は好む。
だからか、この時になってふと今の部屋のイメージが気になりはじめたので、こちらも壁紙をクリーム色にカーテンを白地に薄ピンクのレースのものに、家具もそれに合わせて明るい物へと変更していった。
そんなことをしていると、イヨさんがお茶をもって部屋へ入ってきた。
「ありがと、イヨさん」
「どういたしまして、いろは」
礼を言いながらグイっとお茶を飲み干す。頼んでおいた通り熱すぎない適温だ。
お代わりを聞かれたので頼んでみれば、既に用意されていたものと交換するように渡された。
そちらは舐めるようにちびちびと口を付けていく。
そこでもう用はないと判断したのか、イヨさんは色葉が脱ぎ散らかした制服を回収し去っていった。
「さてと、しょうがないから治兄にも教えてやるかぁ」
口調とは裏腹に、自慢してやりたいという気持ちが隠しきれていないご機嫌さで、治樹へとチャットを送るべく脳内で念じる。
色葉の脳波を耳に着いた拡張デバイスが読み取って体内のナノマシンに命令。彼女の瞳にだけ映るモニターを表示し、そこへ治樹とのこれまでのチャットのやり取りがのった画面が表示される。
(BMOの特ダネがあるんだけど知りたいかね?)
口に出してもいない考えただけの文章がチャット一覧に記載され、色葉の思考によるGOサインを受け取ってから相手に送信される。
五分待って返信が来ないようなら、BMOに入って進化のための最後の一匹を討伐に出かけようと思っていたのだが、一〇秒も経たない間に音声通信が入ってきた。
「はやっ」
色葉の視界の右上に映る『Call:治樹』という文字に意識を向けると、彼との通話がはじまった。
『色葉が持ってくる特ダネとは興味深い。どんなネタなんだ?』
「それを教えるのなら、YURAの新作ホロコス五着で教えよう」
ホロコスとは『Hologram costume』の略称。
さきほど色葉が着替えるときに使ったホログラムデータのことも指すが、指輪やネックレスなどの装飾品も含めての総称である。
そして今回の場合で言えば、色葉お気に入りのファッションブランド──『YURA』が配信している服を五着買ってくれたら情報を教えると言っているのだ。
余談ではあるが『YURA』は学生向けのブランドではあるが、その中ではそれなりにお高いことでも知られている。
動画配信業でそれなりに利益は得ているが、それを加味しても治樹のサイフには地味に痛い出費となるだろう。
『ぐっ、だがそれだけの情報だと思っていいんだな? 妹よ』
「毎度あり~♪ まぁでも動画も撮っていいから、それで充分プラスになると思うよ、治兄」
なにせ今ゲーム界隈でトップの座を欲しいままにしているBMOで、初のモドキ進化だ。
プレイしていなくても動画を見るという人たちも多くいるので、下世話な話になるが再生数は間違いなく治樹のこれまでの動画内でもトップに躍り出る特ダネだろう。それに比例して得られる収益も。
『ほんとかぁ? んでその特ダ……待て、動画も撮っていい?』
「うん、なにせ私自身が特ダネだから。当然その許可を出せるのは私だけだよ」
『ってことは、やっぱり──!!』
「今日中に進化できそうなんだ。私の『ブラット』が」
『ブラット』。それは色葉がゲームをする際に、決まって自分の名として使うアカウントネーム。
由来はドイツ語の『Blatt:葉』、つまり色葉の"葉"からもじって幼少期に考えたものをそのまま今も使っている。
『──っ! ──っ!!』
「いや、落ち着きなって」
あまりの驚きからか、それとも興奮しすぎているだけなのか、声にならない声が脳に響き色葉は呆れながらも苦笑する。
そんな色葉の感情が声音から伝わったのか、治樹は深呼吸して少しだけ調子を取り戻した。
『これが落ち着いていられるか。今や世界中の人間が注目しているBMOにおいて、初の快挙だぞ!
お前ニュースに取り上げられるんじゃないか!?』
「んな、大げさな……。んで? 撮りに来るんでしょ?」
『ああ! いいというのなら、どこにいたとしても撮りに行こう! 愛してるぞ、妹よ!!』
「はいはい、わたしもあいしてるよー」
『その後の性能検証とかも、お兄ちゃん頑張って手伝ってやるからな?』
「ただ治兄が検証したいだけでしょ、もう。はいはい、そのときはお願いね」
『そっちも撮っていいか!?』
「はぁ……、うん、いいよ。じゃないと興味持ってる人に付きまとわれそうだし、動画にしてある程度情報公開しておいた方が結果的に楽そうだしね」
『おおっ! そうだな! なぁに、ホロコスも五着と言わず一〇着でも二〇着でも買ってやるから!』
「マジで!? 治兄大好き♪」
『俺が言えた義理じゃないが、お前も大概現金なやつだよなぁ』
似た者兄妹である。
その後、進化ができるタイミングで連絡すると告げて通信を切った。
「んじゃあラスト一匹、狩りに行くとしましょうかね。と、その前に一応ね──」
ソファから立ち上がると、一度トイレに寄ってからもう一度自室へと戻ってくる。
そして今度はベッドの方へと近づいていき、その上の枕をどける。
するとその下に白色の布のような質感の、三〇センチ四方の枕カバーのような袋が敷かれていた。
その袋を掴んでベッドの中央に綺麗に伸ばして敷きなおし、そこに右手のひらを押し付けるように置いてみれば、『Welcome』とインクで書かれたような字が指先の上に表示される。
それを確認してから色葉は手を放し、少し後ろに下がった。
するとその袋が棺のような長方形の箱型へと風船のように膨らんでいき、色葉の身の丈より二回りほどの大きさになって固定される。
その棺型のものに大型のクッションに乗るような動作で、色葉はもちもちとしたスライムのような触感のするそれの上に仰向けになってゴロンと寝ころんだ。
「ふぃ~。これ気持ちいいんだよねぇ」
寝ころぶと色葉の体がゆっくりと沈みこんでいく。
その体積に押し出されるように端の部分がせり上がっていき、最終的にドーム状に端同士が繋がって色葉の全身を覆い隠した。
一瞬の暗転の後、薄明かりが点灯する。
その中は仰向けからうつ伏せになるくらいならば問題ない程度の広さで、もちもちと接地面が気持ちよく体にフィットして寝心地がいい。
さらにこの中は空気の循環から温度、湿度の管理まで完ぺきにこなされている。
これの正体は『Human Cocoon』──略称『HC』。
電脳世界へ旅立つ肉体を守る繭であり、人間の体という蛹から精神を電子の体に移り変わらせ変態させる。
そんなイメージから、そう名づけられた仮想世界へ人がダイブするための装置である。
色葉の視界に『Go or No-go』という文字が表示され、彼女は迷うことなく『Go』へと意識を向ける。
(さぁ、行こう。今日で終わらせるんだ!)
スゥ──と薄明かりが消えていき、色葉の意識も眠りにつくように落ちていった。