第百七一話 知の神殿を後に
ブラットたちがどうしたらいいのかと、合流したランランと一緒に少し距離をとって見守っていると、「アアアアアァァア……」とうめき声をあげながら膝を突き、頭痛でもしているかのようにトロールミイラが両手で頭を押さえ苦しみ出す。
「え? これって……」
「あ、HIMAもそう? ブラットとパンダさんは?」
「私も感じるね~」
「オレもだ。なんだか悲しそう……」
トロールミイラが頭を抱え呻きだした瞬間に、ブラットたちへ深い悲しみや後悔、絶望の念が押し寄せてくる。
まるで、あの猿の親子の感情が伝わってきたときのように。
つまり今ブラットたちは、あのモンスターに対して【知の眷属の友】の加護が働いているということ。
「確か【知の眷属の友】の効果って、知の眷属で、なおかつαモンスターに対して効果が現れるものだったよね」
「そうだったはずだ。つまりはまあ……そう言うことなんだろう」
「ええっ!? あのミイラってαモンスターなの!? あの見た目で!?」
「ん~~というより、αモンスターがミイラ化しただけって気がするかな~」
だが戦っている最中は確実に相手の意志は殺意以外伝わってこず、どう考えてもβモンスターとして存在していた。
もしやあの埋め込まれていた黒い何かが原因かと四人が考察しだしたところで、放ったままだったトロールミイラが四つん這いのまま、こちらへとやってきたので話し合いはそこで強制終了。
敵意は一切なく、ただひたすらに申し訳ないという謝罪の気持ちだけが伝わってくるので逃げることはしなかったが、警戒だけは怠らず静かにその場で来るのを待つ。
「アアアアアァァ……」
ブラットたちの目の前までやって来ると、トロールミイラはできるだけ視線の位置を合わせるように四つん這いのまま、大きな右手を地面から剥がしブラットの額に人差指の先を当てた。
「なんっ──なんだ?」
「おでこが光ってるよ、ブラット。それも今まで見た中で一番──おっと私もだ」
「なら私も私も!」
「この子からも加護がもらえるみたいだね~。こりゃもう戦う必要もなさそうでよかったよ」
αモンスターとなったことで加護が与えられるようになったのかと、ブラットたちがそれを確認してみれば、そこに記載されていたのは【知の大眷属の感恩】というもの。
「大眷属……ってことは、あの猿の親子よりも上の眷属だったってことなのか?」
「そうみたい。それにこれ……加護以外の分類になってるよ」
しかもこれは〝加護〟のカテゴリーではなく、その上のより強力な効果を持つ〝祝福〟のカテゴリーに属していた。
効果は知の大眷属ではなく、その下の知の眷属に属するαモンスター全てから、敬意をもって接してもらえる。これにより見返りもなく、ほぼ確実に頼みごとを聞いてもらえるようにもなった。
また知に属する大眷属も含めた、全ての眷属に対しての意思疎通能力も向上。
あやふやな感情だけが伝わっていたのに対し、今ではハッキリと目の前のトロールミイラが何を言いたいのか理解できるようにまでなっていた。
同様にこちらの言いたいことも、あちらも知の眷属相手なら全て伝えられるようにも。
「これ貰ったばっかりの【知の眷属の友】の完全上位互換だな。それに、もっと気になるのは──」
「──〝知の主への扉を開く権利を得る〟ってのもあるね。
この祝福があって、あとは場所さえ分かれば、もう私たちは三大天の一体に会えるってことなのかも」
「私てきには扉を開く権利って書かれてるのが気になるけどね~。扉は開けるけど、会えるとは言っていない! とか言いださないといいけど~」
「いやいやパンダさん、そんな意地悪なことさすがにない──」
「「あー……ここの運営ならありそう」」
「あるんだ!?」
なんてほのぼのしたやりとりを穏やかな感情でトロールミイラがひとしきり見守ると、深い悲しみや後悔をまた抱えながら立ち上がり、地面に刺さったままの大剣を引っこ抜き手に持った。
そしてその大剣を構え、振り上げる。
この流れで戦うつもりなのかとブラットたちが意図が読めないまま、ランランをすぐ後ろに下がらせ三人で前に出る──が、その剣がこちらに向けられることはなかった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!!」
「ちょっ──お前!」
その大剣はブラットたちではなく、自分自身の胸を貫いた。まだ見えているHPバーが、ごっそり削れるのが四人の視界に映る。
胸の次は腹を刺し、右足左足左腕と切り落とし地面に仰向けに転がる。最後に残った右腕に持った大剣を上に放り投げ、重力に従って落ちてきたそれが頭に突き立てられる。
「ァァァ……」
伝わってくるのは、これでも死ねないのかという感情。頭蓋骨も眉間を大剣が貫き、ほぼ半分に割れている状態だというのに、本当に僅かだけHPが残ってしまっているのだ。
これが生物であれば、そのまま出血ダメージや、そもそも脳へのクリティカルダメージで即死もありえたが、アンデッドであるがために放っておいても死ぬことはない。
「ァ……ァァ…………」
「そうきたか……。けっこうエグイことさせるな」
ならばとブラットたちに眼孔の奥に小さく灯った視線の光を向け、「介錯をしてほしい。解放してほしい」という感情が祝福を通して伝えられる。ようは止めを刺してくれと言っているのだ。
「でもさ……、ここで放って帰る方が可哀そうじゃない?」
「うん……私もそう思う」
「もうそれしか道はないっぽいからね~。やるしかないと思うよ、私も」
「──だな」
ここまでボロボロで、あちこちに亀裂が入り割れやすくなっていれば誰が攻撃しても止めはさせる。
四人で囲むように立ち、それぞれの攻撃手段で瀕死のトロールミイラを破壊する。全身が粉々に砕け散り、データの粒子となって空へと舞い上がるように消え去った。ボス扱いだったのか、ちゃんとドロップアイテムも三つ落ちていた。
止めを刺す瞬間に伝わってきたのは、ブラットたちへの感謝だけ。そして今回は金のカードに、サルの紋様が入ったものが四人の手に握られた。
「キキ……?」
「もう終わったよ。それとゴメン、君たちの住んでる場所を壊しちゃって」
「キッキ、キィー!」
完全に瓦礫の山と化した神殿に申し訳なさそうにするブラットだが、当の本猿たちは「気にすんな!」という感情を向けてブラットの肩を叩くと、そのまま瓦礫の前に親子で立つ。
瓦礫の撤去でもはじめるなら猿たちを手伝おうとブラットが思っていると、卵を大事そうに地面に一度置き、そのまま天に向かって親子でお祈りをしはじめる。
伝わってくるのは、彼女らの主への祈りのみ。
「いったい何をやってるんだろうね。……って、えぇ……そんなあっさり」
そしてお祈りがはじまること数秒ほど。神殿だった瓦礫が光り出したかと思えば、あっという間に元の形に再生。むしろ前よりも綺麗な状態になって目の前に復元された。
「そもそもこの神殿自体、人の手によるものじゃなかったみたいだね~」
「みたいだな……。お祈り一つで直るわけだし。けど良かった、あの変な石をオレが拾ったせいで……あれ? そう言えばアレどこいった?」
「どったの? ブラット」
「手持ちのスロットにしまったはずの、あの黒水晶っぽい珠がなくなってる……」
「手持ちじゃなくて、カバンの方にあるとかはないの?」
「あの状況で呑気にカバンにアクセスする余裕なんてなかっただろ? 確かに入れたはずなんだけど……あれぇ?」
「となると今回のイベントのどこかで、消失する条件を満たしたのかもしれないね~。
そう例えば、あのミイラの体に埋め込まれた何かを破壊したから──とか」
「それはありえるかもしれない。トロールミイラ側のは少ししか見えなかったけど、それでも似たような質感だったし、双方でリンクしたものだったのかもしれない」
「そうなるとあのイビルラプトルたちは、あのトロールミイラを呼び出すために来てたとかかも?」
「えーそれじゃあ、まるで人間みたいじゃん。そんな頭良さそうには感じなかったよ? あの恐竜たち」
「呪いのアイテムで、本能的にここに来たがるよう珠に仕向けられてたなんてのはありそうだけどね~。
ねぇ、お猿さんたち。あのラプトルたちは、よくここに来たりする~?」
「キキキキッ」
ランランの問いに返ってきた感情は、あんなモンスターは一度も見たことがないという強い否定。この辺りに生息してすらいなかったモンスターだったようだ。
これは今後何かに関わってくるかもしれないと、ブラットたちはあの黒水晶の珠のことを気に留めておくことにした。
「またねー!」
「「キッキキィーー♪」」
せめてもと神殿内にベッドとなる草を運ぶ作業だけは手伝い、ブラットたちは一度町に戻ることにする。
もちろん安全な場所での休憩、今回得た情報を踏まえた情報収集という意味合いもあるが、それ以上に報酬を貰う際に使うカードはアイテム扱いだからだ。
もしこれを受付に提出する前に死んでしまった場合、運が悪ければそのカードが消えてしまう可能性もある。ただのアイテムが一つ消える場合の比ではない損害が出るだろう。
そういう思惑もあって神殿の天井彫刻のスクショを撮ってから猿の親子と別れ、ブラットたちは来た道を寄り道せず真っすぐ帰った。けっきょく【お宝発見】の効果も一度も発揮することのないまま。
カンパネラの町のイージス支部に行き、さっそくカードを受付の男性に提出すると非常に驚かれることとなる。
「これは知の紋様のカード!? もしやあなた方、知の神殿に入られたのですか!?」
「え? あーうん、たぶんそれっぽいところには行ってきたけど何か問題があったのか?」
「そこに住まい守っているαモンスターと揉めない限りは、入ること自体問題ではありません」
「じゃーなにをそんなに驚いてるのさ、お兄さんは」
「現在はどこの三大天由来の神殿も、入るどころか場所すらも特定できない状態になっているんですよ」
この発言から、ブラットたちは知の主こそが三大天だと確信を持つ。
「特定できないって割と近場にあったんだけど?」
「近くに……? いやいや、今は何故かどこの神殿も部外者を招かないようになっていると調査結果が出ているはずです。これは…………本部に知らせても、よろしいでしょうか?」
「はあ、まあ別にこっちはかまわないけど」
「では少々お待ちを! あちらのソファが空いてますので、お寛ぎください!」
報酬は後でちゃんと貰えるとのことなので、ブラットたちはロビーでまったりと軽食を取りながら待っていると、先ほどの男性NPCが血相を変えて走ってきた。
「あああああ、あのっ。今お時間大丈夫ですかっ?」
「オレはいいけど、三人も大丈夫か?」
HIMAたちもすぐにやっておきたいこともないようなので、大丈夫だと返答する。
「それでいったい何をそんなに慌ててるんだ?」
「お、お会いになりたいそうですっ」
「…………えーと、誰が?」
「イージスの総代と副総代が揃っておいでになるとのことですっ。なにやら直接聞きたいことがあるようでして……」
「んんん? 総代と副総代ってあのキンキラキンのライオンさんと、ちっこいおじいさんで合ってる?」
「その言い方はどうなんでしょう……。けれど、そのお二方で合っています」
ただ森の中で神殿を見つけた程度の認識だったのだが、どうやらイージスにとってはトップがわざわざ話を聞きたがるほどの出来事だったらしい。
ここで総代たちと繋ぎが持てるのは、この先の行動もしやすくなるかもしれない。それに少なくともイージスに組しているのだから、断って心証を悪くする必要もない。
ブラットたちはすぐに男性に案内され、カンパネラの支部で一番上等な客室に通された。
人型ライオンの獣人の男性と小人の老人が、少し古くはなっているが高そうな椅子に腰かけ既に待っていた。
案内してくれた男性は、その二人に礼を取ってからすぐに出ていき、この空間にはブラットたち四人と総代たち二人だけとなった。
挨拶もそこそこに、ブラットたちは対面の席を勧められ腰かけると総代自ら口を開く。
ブラットは偉い人なのでロールプレイを少し捨ててでも、敬語に切り替えておこうと言葉遣いにも心に留めておく。
「君たちが知の神殿に入れたという者たちで合っているかな?」
「はい、そうです。それでオレたちに聞きたいことというのはいったい?」
「実は今現在、三大天たちは何かに警戒しているようで、全ての所縁ある神殿を閉ざしているようなのだ。
けれど君たちは何故か入ることができた。その理由を聞かせてもらいたい。
今どうなっているのか知りたいというのもあるが、このイージスには麒麟さまにお会いすることを夢見ている者も大勢いる。
だが三大天所縁の神殿に行けなければ、三大天たちに会うための資格すら得られない。他の夢見る隊員たちのためにも是非に話してもらいたい」
「特別なことをした覚えもないんですけど。というか三大天に会うには、やはりその神殿を見つけることがカギなんですね」
「うむ。私もそうやって各地の神殿を巡り、三大天の眷属たちに認められ扉を開く権利をいただいたものだ」
「なるほど……そうやればいいのか」
ちゃっかり情報を収集しているブラットに、再度総代から声がかけられる。
「それで? 特別なことをしていないと言うが、何もせずには現状入れないはずだ。
原因が分からないというのなら、そこに至るまでの経緯を聞かせてもらいたい」
「分かりました。えっと、まずは森の中を歩いていて──」
隠すのもよくないだろうと、できるだけ端的に分かりやすく状況を語って聞かせた。
猿の親子と出会うところから、あのトロールミイラとの戦闘になったところまでも含めて。
中でもトロールミイラの話が出た辺りで、もっと言えばブラットが黒水晶の珠を拾ったと言ったあたりで総代も副総代も表情が明らかに強張っていた。
「では今は、そのトロールのミイラはいないのだな?」
「ええ、自害してしまったので……」
「そうか…………。この件、他の誰かに話したか?」
「いいえ、真っすぐここに帰ってきたので、誰にも話してないです」
「そうか、良かった。ならばこの件は一切の口外を禁ずる。破られた場合、イージスの隊員としての資格も剥奪し、指名手配犯として全世界に告知する」
「えっ!? ちょっといきなり何をっ」
「まあまあ落ち着いてくれ、二人とも。オーギュストも、いきなりそんなことを言えば驚かれるのも無理はないだろう」
いきなりのとんでもないパワハラ発言にブラットが思わず椅子から腰を浮かせるも、隣で聞いていた副総代は冷静で、双方を宥めながら会話の流れを持っていく。
「まず聞いてほしいのだがね。おそらくそのトロールは、過去人類が犯した大罪の残滓だろう。
我々はそれを広め、再び世界にその大罪が広まってしまうのを防がねばならないのだ」
「大罪……?」
「ああ、密猟者たちや内部にいる危険人物たちには特に知られたくない」
「危険人物って言うと、やっぱりあのガストンとかいう鬼人とかですか?」
「そうだ。それを知り、その方法を探り、悪用されてしまえば、我々は本当に麒麟さまに見捨てられてしまう。そうなればこの世界もお終いだ」
「今回の件が世界の危機にも繋がりかねないと?」
ブラットがそう確認すると、ギラリと総代の瞳が光を帯びた。
「その通りだ。だから君たちが黙っていられないというのなら──ここで死んでもらうことになる」
「「「──なっ」」」「それは困るな~」
一人緊張感の欠ける間の抜けた声をあげている中、剣呑な雰囲気の総代を抑えながら副総代が話を続ける。
「私たちも若い命を好き好んで摘みたくはない。それは本心だ。
だからどうか黙っていてもらえないだろうか。黙っていてくれるなら、私たちも君たちにある程度の便宜を図る用意もある」
ここで断れば二人に殺され、イージスには二度と戻れない。報酬だって貰えない。それはさすがに悪手だろう。
その一方で受け入れれば、何かと優遇してくれそうな雰囲気を出してもいる。そこで四人で通話をし、話し合ってから要求を受け入れることに決めた。
「分かりました。この件についてオレたちは誰にも口外しません。
ただ……その代わりと言っては何ですが、話せる範囲でかまいません。オレたちに説明してくれませんか。その大罪というのも含めて」
「…………話せる範囲でいいのなら、よかろう。ただし、もし口外すれば──覚悟するのだぞ?」
再びぎらつく総代のおっかない視線に耐えながら、ブラットたちは彼に頷き返した。
次話は火曜日更新予定です!




