第百七〇話 トロールミイラ
最初よりも速度の増した馬鹿でかい剣がブンブンと振り回され、ブラットたち三人に襲いかかってくる。
基本的には三人で三角形を描くようにトロールミイラを囲み、一人に偏らないようランランに注意が向かわないよう気を付け、攻撃を受けていない二人がチクチクと攻撃をしていくスタイル。
ただここで問題なのは、HIMAにダメージソースがないということ。
彼女は天使からはじまった種族であり、一次進化の頃には聖属性の攻撃手段もちゃんと所持していた。
けれどそこから進化していく過程で、派手で威力もある爆炎に魅了され、そちらに全力投入。
神聖な力も全て犠牲にして、爆炎に全振りしたため今では聖属性の攻撃手段を失っていた。
確かに爆炎属性は威力が高い。クランでは切り込み隊長としての役割が多いHIMAにとっても、非常に有用なスキルだ。
だがこのトロールミイラ。ほぼ骨の体は異様に硬く、熱や衝撃に対して高い耐性まで所持している様子。
HIMAの最大の攻撃手段である爆炎の攻撃では、一ミリたりとも相手のHPバーを削ることができないでいた。
「普段なら上級のスキルで、そういう耐性持ちもゴリ押しでブチ抜けるのにっ!」
「こればっかりはしょうがない! オレとしゃちたんでダメージを与えていくから、弾きで隙を作ってくれ!」
「うん、分かってる! はぁっ!!」
「ォォォオオッ」
ダメージが入らなくとも、できることはある。それは爆炎のスキルが持つノックバック効果。
今の力ではジャストでやらなければ、トロール側のごり押しでノックバックさせることなく斬り殺されるが、精確なタイミングで爆炎スキルを使った弾き──いわゆるパリィをすることで一瞬だけ硬直してくれるのだ。
その一瞬を狙いブラットとしゃちたんで聖属性の攻撃をしかければ、かなり安全にダメージを稼ぐことができるというわけである。
ただ連続で何度もそんなことをすればHIMAのSTが切れてしまうので、ちゃんとブラットもしゃちたんもヘイトをかって彼女を休ませることを忘れてはならない。
「ダメージを与えられてはいるけどこれ……」
「ブラットー! これほんと、どんだけ時間かかるの!?」
「知らん! けどやってればいつか終わる!」
「うちのリーダーは根性タイプかな~?」
確かに減らせてはいるのだが、まさに氷山を舐めて溶かすような途方もなさで、HPバー全体で見れば微々たるもの。
ブラットはモドキの幼年期時代、ゲーム内時間で数時間同じ個体と戦った上で負け、何も得られなかったなんてこともよくあった。
それでもモドキを諦めようとすることなく、鋼の精神をそこで手に入れたブラットにとっては、安定して減っているのだから問題ないじゃないか──ですんでしまう。
だが常人は違う。比較的ブラットに近い考えの人間であるHIMAでさえ、これを倒すのはもはや現実的ではないと考えはじめてしまっている。
「うひゃぁ!? あっぶな」
「しゃちたん、どんどん動きが速くなってきてるから気を付けるんだ」
「そんなこと言ったってさー!」
さらに追い打ちをかけるように相手の動きも鋭さを増し、黒いオーラを剣に乗せるスキルまで使ってくるようになってきていた。
これは威力だけでなく、ダメージ判定のある刀身やその厚みが増すのも厄介なところ。攻撃範囲が地味に広がるのだ。
そろそろしゃちたんは避けるので手いっぱいになり、攻撃する余裕がなくなりつつある。
今でもこんな調子なのに、ダメージソースがブラット一人になるのはさすがに不味いだろう。
「毒の効果次第にもなるけど……他に何かないか」
「ただやられるのは嫌だけど、もう少し態勢を調えて再戦ってのもありなんじゃないかな?」
「うーん……オレ一人の考えのために三人を巻き込むのもアレだ──なんっ」
「きゃっ」「わぁああっ」
大きな半分に割れているラウンドシールドをつけた左手を思い切り振り、うちわであおぐかのように風を発生させる吹き飛ばし。いきなりの強い突風に、三角形の陣形を大きく崩された。
そして驚いている間に、吹き飛ばされ体勢を崩していたしゃちたんに一足飛びに肉薄し、その大剣に黒いオーラをまとわせ振り下ろす。
ブラットは《エアクッション》で風が来る前に一人耐え抜き体勢を崩しておらず、HIMAはそれならとあえて風に乗って飛び大きく距離を取ったので、しゃちたんが一番手ごろな位置にいたのだ。
「しゃちたんっ、糸!」
「──っ!! よっ!!」
しかしこういうときのために、ちゃんと対策は行っていた。
よく見ればしゃちたんの体からは常にニア=エレにもらった【アリアドネ】の糸が伸びていた。
それは近くの木に巻き付いており、糸を巻き取るような形で無理やり体を引き寄せ剣の範囲から脱出を果たす。
今回の期間限定イベントがはじまるまでの間に、この巻き取り回避方法だけはきっちり履修してきていた。おかげで糸を巻き取る速度だけは、最低限実戦でも使えるレベルに扱えるようになっている。
「オレが相手をしている間に陣形を戻そう! ゆっくりでいいからな!」
「「わかった!」」
あとはブラットからトロールミイラに強引に接近していき、相手の攻撃を避けながら引き付ける。
その間に離れたHIMAもしゃちたんも、態勢を整えながら慎重に近寄って来る。
「アァアアアアッ」
「おまっ、そっちはやめろ!」
そんなやや混乱した状態の中、何気なくトロールミイラが向けた視線の先にランランが偶然入り込み、あいつも獲物だとブラットから彼女の方へ走り出そうとする。
それだけはダメだとブラットは、さらにヘイトを自分に向けさせるべく、ベアコングのときのように相手の体を駆け上がり、上半身の鎖帷子の網目を足場にさらに加速し顎に向かう。
そこまでやると気になったのかトロールミイラは足を止め、ブラットを叩き潰そうと剣を地面に突き立て空いた右手で叩いてくる。
ちゃんとブラットの速さを考慮し、その行先を予測した手の動きを躱すのは中々に難しい。ベアコングより、かなり精確だ。
「ならっ!」
「アァ?」
ブラットは手の平が届きそうになったところで、選定勇者のスキル【勇心霊気】を発動。MPとSTを消費し、全ステータスが上昇したブラットの速度が大幅に上がり相手の予測がズレ、その手の平は自身の右胸辺りを叩くだけに終わる
だがブラットはそれでも止まらず顎に向かって走り抜き、手に入れたばかりの指輪の効果も用いた全力の【狼爪斬〔聖〕】を叩き込んだ。
「アアアアアァ」
「これでもあんま効かないか──っと」
生きているモンスターならば格上でも軽い脳震盪を起こさせ怯む完璧な顎への一撃だったのだが、既に脳もないミイラ相手にそれは望めない。
【勇心霊気】まで使った一撃ならと希望もあったが、それも今までよりはマシ程度の効果しか発揮しなかった。とにかく固すぎるのだ。
ランランへの興味は完全になくしてくれたことだけでも良しとして、ブラットはそのままヘイトをかうべく上半身の鎖帷子をアスレチックのように利用し動き回る。
その間もバンバンとゴリラのドラミングのように連続で右手と左手がブラットに迫るが、最初に比べ雑になった動きも相まって読みやすくなり、それら全てを躱し切りHIMAたちが態勢を整える時間を稼ぐ。
「──ん? 今なんで……」
「ブラット! もういいよ!」
「私も大丈夫だよ!」
「ちょっと待ってくれ! 確かめたいことがある!!」
「「え?」」
がむしゃらに叩きつけられていた手の平での攻撃のさなか、一度だけ叩きつけずにブラットを摘まむような動作をした。
まるでそこに衝撃を加えたくないとでも言うかのように。
(どこだった? ここ──は違う。それじゃあここ……も違う。ってことはここ? ──ビンゴ)
体でいうと鳩尾からやや左斜め上あたり。ここにブラットがいるときは、なぜか手の平を叩きつけてこず、指でそっと摘まもうとすることが発覚した。
何度やってもそこだけそうなるのだから、何かあるのは間違いない。
(けど見た感じ何もないけど……)
大よその場所は分かったが、別段他と変わったところはない。
そこでHIMAたちにも協力してもらい、ブラット以外にも注意が向くように動いてもらう。
体にくっついている状態のブラットが一番ヘイトをかっているが、それでもチクチクと外から攻撃をされれば注意もそがれる。
その間に目を皿のようにして、ブラットはその部位を確かめていく。だがぱっと見では何もわからなかったので、今度は鎖帷子を手で強引に少し持ち上げ、その鎖部分に隠された内側もリスク覚悟で確認した。
「アアアアアッ!!」
「うおっ!?」
だがその瞬間、急に前のめりに倒れ込み、そのまま自重でブラットを押し潰そうとしてくる。
これはさすがに不味いと、ブラットは急いで横に飛んでトロールミイラから離れた。
「隙だらけだね!! キラッ──キラッ──キラキラッ」
「その掛け声はいるのかなぁ……。それでブラット、何か分かったの?」
「ちょっと待ってくれ。咄嗟だったけど、スクショ撮れたから確認してみる」
『よくあの状況でそんなことできるね~』
少し離れた場所でも三人と通話で繋がっているランランから、呆れたような感心したような声がかけられるが、ブラットは気にせず画像データを呼び出し鎖帷子の内側の肉体が映された映像を確認していく。
「もしかしてこれか? いや分からないだろこれは」
鎖帷子の裏側の皮膚の一か所に、五ミリ程度という本当に小さく奇妙な部分を発見した。
それは黒い水晶のようなものが、乾いた皮膚を突き破って一部その表面を晒しているというもの。つまり、そこに黒い何かが体に埋め込まれていたのだ。
該当箇所にマーカーで印をつけ、他三人と情報を共有していく。
トロールミイラはしゃちたんのビームを浴びながらも、ゆっくりと立ち上がり剣を再び手にして体に取りつかれぬよう警戒していた。
ブラットに注意が向かっている間に、他の三人も巨大な体の中から五ミリ程度しかない謎の部位を確認し、よくこれを見つけられたなと唖然とする。
「あの嫌がりようから見て、エクセプショナルダメージが入るかもしれない」
「えくせぷしょなるだめーじ……? ああ、あのなんかすっごいダメージが入ったりするアレね」
「それなら狙ってみる方がいいかもしれないね。このままじゃ、いつまで経っても倒せそうにないし」
『けど鎖帷子が邪魔じゃな~い? さっきより警戒されてるし、そう簡単にはできなさそ~』
件の部位は完全に鎖帷子に守られ、ただ狙っただけではそれに弾かれてしまうのは目に見えている。
ブラットはHIMAとしゃちたんと一緒に、トロールミイラをあしらいながら頭を働かせていく。
「ランラン、毒はどんな感じだ?」
『もう少しでできるかな~。あんまり弱い毒じゃしょうがないし、今できる最強のミイラにも効く毒って考えてたら、思ったより時間かかっちゃった』
「…………ならもう一品、作ってもらいたいものがあるんだけどいいか?」
『え? そりゃまあ今、作れる物なら別にいいけど。それで何を作ってほしいの~?』
「それは──」
ブラットはランランにある物の製作を依頼し、今思いついた作戦を四人で共有。トロールミイラを何とか三人であしらいながらHIMAたちの意見も取り入れ、より確実性の高い作戦へと仕上げていった。
ランランの毒も完成し、頼んだものもちゃんとできあがる。
『手持ちの素材でやっつけ作業だったから、ちょっと強度に不安があるけど数回使う分には問題ないはずだよ~』
作戦の内容も全て四人の頭に叩き込まれているので、後は決めたとおりに皆が動くだけ。
「なら充分だ。じゃあ行くぞ、作戦開始だ」
まずはブラットが動き出し、相手の連続斬りをかわしながら近づいていく。
体に取りつかれたことが若干トラウマになっているからか、トロールミイラはこれでもかと正面から来るブラットを最も警戒し、遅れて後ろから近寄って来るHIMAへの意識がややそぞろに。
『場所は、このまま三歩進んだところで合ってるよね?』
『ああ、それで合ってる』
その状況下でブラットとHIMAは通話をしながらタイミングを見計らい、同時にさらに接近を試みる。
トロールミイラはブラットには大剣を振りかざし、HIMAにはラウンドシールドによる突風をお見舞いしてきた。
ブラットに吹き飛ばしは効かず、HIMAには距離を開けるのに有効だと学んでいたからだ。
これでHIMAの対処は終わったと、ろくに結果も見ずに大剣を避けたブラットに注視するトロールミイラ。
「はぁっ!!」
「ォォォォオオオッ?」
しかし──なぜか吹き飛ばされず、その場に残っていたHIMAがトロールミイラに槍を突きたて、盛大にその先端につけられた毒のビンごと爆炎を散らす。
なんということはない。HIMAのいた場所に、ブラットが遅延させた《エアクッション》の魔法をセットしていたというだけ。
だから彼女はブラットのように、風のクッションで相殺し耐えられた。まさに読み通りの展開だ。
「──ガァガグガッ!? グゥォ──ォォ──オォォオォッ」
『狙い通り効いてくれてるねぇ~』
「効き目ばっちりですね!」
爆炎と共にビンが割れ、中身が蒸発しながら気体となってトロールミイラを燻すように包み込み、死した身のはずの肉体を毒が侵していく。
この毒は熱を与えられ気体となることで、より毒性を増す性質まで付け足されているのでかなり強力だ。
本来ならアンデッドにありえない体調不良の感覚に抗えず、膝をつきながらそれでもブラットやHIMAがさらに何かしてくるかと、ややぼやける意識の中警戒は怠らない。
この状態ではあんな小さな的を、狙うことなど到底不可能。けれどまだ作戦は終わっていない。
『とりゃーーー!』
「ォォオ?」
ブラットとHIMA、前後を気にしていたトロールミイラの上からミッションインポッシブルよろしく、糸を束ねたワイヤーに吊るされたしゃちたんが近くの木の上から降ってくる。
毒に侵されていたこととブラットとHIMAを警戒していたせいで、上からの奇襲にまったく気が付けず接近を容易く許してしまう。
『ピタッとな。いいよーー!!』
『はいよ~~!!』
しゃちたんは体の一部に吸盤を作り出しており、鎖帷子にがっちりと張り付いた。
それを見計らって離れた場所で待機していたランランが、しゃちたんに繋がっているワイヤーを思い切り引っ張った。
ガラガラガラとあちこちから滑車の滑る音を響かせながら、しゃちたんと一緒に重いはずの鎖帷子も一緒に上に引っ張られ、ベロンと大きくめくれトロールミイラの上半身が露わとなる。
ブラットがランランに追加で依頼していたのは、この滑車のこと。
そういう物は専門外だが、それでも錬金術として最低限のことはできるランランが頑張って作ってくれた。
それを複数設置し繋げることで、しゃちたんの糸を巻き上げる力とランランの非力な力だけでも簡単に持ち上げられるように工夫したというわけである。
「オォォォオオッ」
「させないよ」
慌ててトロールミイラが黒水晶を埋め込まれた場所に手を当て守ろうとするが、それを絶妙なタイミングでHIMAが爆炎の槍で弾き飛ばす。そして──。
「《ペネトレーター》」
あとは一瞬の隙さえあれば、ブラットが最大火力の貫通攻撃でしめてくれる。
炎獅子戦から更に魔導式が改良されたオリジナル魔法《ペネトレーター》。既に待機状態だったそれを発動させ、英装ガブリエルと共にそこへ投げ込んだ。
的は小さかろうと、これだけ近くにいてブラットが外すはずもなく、その肉体に埋め込まれていた黒い水晶をあっさりと砕き割った。
「オォオオオオオオオオオオォオォォオオオオオオッ──オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッォォッォッォオッォゴォォオッ」
その瞬間トロールミイラは、毒のときとは比較にならないほど苦しみ藻掻きだす。
「なんかめっちゃ効いてるじゃん!!」
「これはやったかっ!?」
「ふぅ……、これでこいつとの戦いも終わりだね」
『あ~君たち? 勝利気分に水を差して悪いんだけどさ~。そいつのHPさっきと比べて一ミリも減ってなくない?』
「「「え?」」」
「オオオオオオォ…………」
耳が痛くなりそうな絶叫もやみ、トロールミイラは消え去ることなくピンピンした状態で立ち上がりだす。
「あの痛がってるような演出は何だったんだよっ!! 喜びを返せ!」
「ほんとだよっ! 紛らわしいったらないよ!! もーもーもー!!」
「ブラットもしゃちたんも、そんなこと言ってないで早く下がっ…………て? なんかこいつ変じゃない?」
『なんというか雰囲気が、さっきと全然違うよね~』
立ち上がったトロールミイラからは先ほどまで、あれほど振りまかれていた敵意が一切消え去り、呆然と立ったまま空や周りの風景を見つめるばかり。
意味が分からないまま戦闘続行かと思っていたのにそんな状態で、ブラットたちは攻撃していいのかどうか分からず思わず顔を見合わせた。




