第百六九話 神殿の底に
イビルラプトルが全て倒れ伏し完全に死に消滅すると、そのドロップアイテムが転がるのと同時にブラットたちの手元に白いカードが現れる。
「これ野良の活動でも、イージスの報酬がもらえるってことか」
「そういえば手引書にそんなことが書いてあったかも。でもそうなると入らなかった人は、けっこう収入面で苦労しそう」
「けどバンバン先に進んで強いモンスターを倒してけるなら素材も売り放題だろうし、強いプレイヤー同士のパーティならいけるんじゃないかな~」
「パワーこそ正義な世界だねぇ。私ももっと可愛くて強いスライムにならないと」
「そこはパンダでもいいんだよ~?」
「スライムがいいの!」
ドロップアイテムの種類は【邪盜恐竜の鉤爪】、【邪盜恐竜の頭蓋骨】、【邪盜恐竜の皮】、【邪盜恐竜の瞳石】。それぞれ四人で仲良く分けていく。
ドロップアイテムをしまっていると、落ち着いたのか子ザルをつれて卵を持った母猿が近寄ってきた。
母猿はブラットたちの目の前にまで歩み寄り、ありがとうを示すように一人一人ハグしていく。
今回はそれが加護を授かるきっかけになったようで、おでことおでこを合わせることなくブラットたちの額に加護の紋が浮かび上がった。
「ありがとう。それで加護の内容は……【知の眷属の友】? どんな効果なんだろう」
「知の眷属に属するαモンスターと仲良くなりやすくなり、意思疎通もしやすくなるって説明には書いてあるね」
「知の眷属ってどういう子たちのことを言ってんだろ?」
「少なくともこの子たちは、その知の眷属ってやつなのは間違いなさそうだね~」
ランランが子ザルに手を伸ばせば、子ザルは喜んで彼女の手を握り締めニコッと笑ってくれる。
恩義を感じているからなのだろうが、その子たちが知の眷属の友でなければ、そのような加護を貰えはしないだろう。
内容についてはいまいちよく分からなかったが、『知』と付くくらいなのだから頭のよさそうなモンスターには有効なのかもしれない程度に今はとどめておいた。
「さてそれで……問題事が去ったのはいいとして、この神殿は何なんだろうな」
「あんまり人の手が入っているように……というより、人からはもう忘れられてる神殿なのかも。よく見るとあちこちホコリが溜まってたりするし」
「けど完全放置されてるってほどには、汚れてたりするわけでもない──って、そっか。もしかして、そこのお猿さんたちが、ここに住んでるんじゃないのかな~」
「そうなの? お猿さん」
ランランの言葉を聞いたしゃちたんが猿の親子に問いかければ、加護のおかげもあってか意味が通じたようで、隅の方に草が集められた場所を指さし、ここは寝るところだと実際に子ザルが駆けていき寝転がって見せてくれる。
これまた【知の眷属の友】の影響か、猿の親子の感情がより分かるようになっており、言いたいことをすぐに察することができた。
「じゃあここが何の神殿なのかとかは、知っているか?」
「さすがにそれは知らな──え? 上?」
ブラットの問いかけにHIMAはただここに住んでいるだけだろうと笑っていると、親子はそろって天井を指さした。
外から入ってくる日光で明かりを保っているため、内部はそれなりに見渡せる程度の明るさだが天井までは届かない。
そこでしゃちたんが白色──聖属性に輝き、周囲を照らす明かりとなった。すると天井に描かれているソレが、ブラットたちの目にもはっきり映った。
「あれは…………絵か?」
「絵っていうより、色を付けた彫刻かな~。うーん、あのちっこくてワラワラいるのは人間っぽくない?」
「だとすると、その中心に立っている猿?みたいなのは、とんでもなく大きいことになりますね」
「じゃあここは、お猿さんの神殿ってこと?」
天井に彫られていたのは、一面を使って描かれた巨大な絵。
中央には巨大な猿らしき存在が天に両手を伸ばし、その足元には様々な種の人間が集まり祈りを捧げている。
そしてその大猿の伸ばした手の先にある天には、ウマにドラゴンのような角を生やした四本足の存在が下を見つめていた。
「あの天に描かれているのはもしかして──麒麟か?」
「あははっ、何言ってるの? 違うよブラット。キリンは首がもっとも~~っと長いんだから。映像とかでも見たことないの?」
「「「え?」」」
「え? 私何か変なこと言った?」
「ああ、そっか。しゃちたん、ゲームどころか漫画もアニメも興味なかったんだっけ。なら知らなくても仕方がないのかも」
「オレたちも最初に知ったのはゲームだった気がするしな。
あのな、しゃちたん。このマップで言われてる麒麟てのは、オレたちの世界にいるキリンじゃなくて──」
ファンタジーの世界にはとことん触れてこなかったしゃちたんは、中国神話に登場する空想上の生物の麒麟について一切知らなかった。
ブラットもHIMAも麒麟なんてのはゲームで、ときにはボスなどの強敵として、ときには神のような存在として出てきたことが何度もあったので知っていたにすぎない。
ランランもブラットたちほどではないが、学生のころからゲームをやっていたので、当然ゲームの中に出てくる『きりん』といえば、空想生物の『麒麟』が出てくる。
なのでここまであえて麒麟という存在について詳しく語ることもなく、パーティ内で齟齬が生じていたことにようやく気がついたのだ。
「へぇーそんなキリンもいたんだぁ。なんでキリンなんだろって不思議には思ってたけど、そういうのってなら納得できるね。
ってことはだよ? じゃあブラットの言う通り、あの天の部分にいる一番偉そうなウマみたいなのが、私たちの会いたがってる麒麟の可能性もあるってことだね」
「そういうことだな。いろいろ作品によって微妙な違いはあるけど、どれもウマみたいなフォルムはしてるから」
「だとすると、あの大猿も何となく想像が付いてくるかも。
人々に敬われる存在で、麒麟を主のように仰ぎ見ているってことはつまり──」
「──麒麟に仕えし三体のモンスター、三大天の内の一体かもってことだね~」
「けっこう早くヒントが見つかったのかもしれないな。一応スクショを撮っておこ──ん? あれは……」
「どうしたの? ブラット」
しゃちたんが明かりになってくれる前までは気が付かなかったが、ブラットたちが倒したわけではないからか、ずっとそこに死んだまま消えずに残っているイビルラプトルの二体の死体。その内の一体の口の中に、黒い何かがあることに気が付いた。
明かりがなければ気が付くこともなかっただろうほど、上手く隠されている。明かりがあったとしても、ブラット本人でもよく見つけたなと思えるほどに。
死体に近づき口を開けさせると、三センチほどの黒い珠のような水晶が口に引っかかっていた。
それを取り出し、他の三人にも見えるようブラットはソレを持って元いた神殿の中心に向かって歩いていく。
すると──突然、MPが減ったような感覚と共に立っている床が揺れ出した。
「なになになに!?」
「ねぇっ、これ崩れるかも~!」
「一旦外に出るぞ! 君たちも! 早くっ」
「「キキッ!」」
揺れは収まるどころか強さを増していくばかり。これは不味いと親子猿と一緒に飛び出すように、ブラットたちはその神殿から脱出。
予想していた通り、神殿はほどなくしてガラガラと音を立てて崩壊する。親子猿も「マジか……」と人間のように豊かな表情で目を丸くしていた。
そうしてようやく、神殿を破壊した地震はやんだ。
「えーと、もしかしてコレ。オレのせい?」
「あはは……かもしれないね──って、また地震?」
「違うと思うよ、天ちゃん。たぶん、あの神殿のガレキの中に何かいるっぽい」
「何かって、あの神殿には私たちとお猿さんの親子しかいなかったじゃん。他になに……が……えぇ…………」
ガラガラと瓦礫の山を押しのけながら、巨大なミイラになったモンスターが顔を出す。
「オオオオオォォオオオオオオオオオォオオオ…………」
「どっからこんなのが……」
「地下に穴が空いてるし、そっから出てきたんだろうね……」
そのモンスターが立ち上がりながら瓦礫を吹き飛ばすと、その足元にはぽっかりと大きな穴が空いていた。あの神殿には地下空間が広がっていたのだ。
大きさは約五メートル。がっしりとした人型ではあるが、頭が通常の人と比べると二回りほども大きい奇妙な骨格。かろうじて皮がありミイラではあるが、あと少しでスケルトンと言ってもいいくらいには肉体が風化している。
ミイラではあるが胸部にはところどころ穴が空いた、下半分以上が破れた網目の大きな鎖帷子を身にまとっている。
右手には鈍く鉛色に光る身の丈にぴったりな、刃があちこち欠けた大剣。左手には木製の、半分割れたラウンドシールド。
もとは立派な戦士だったような、そんな装備まで身に着けていた。
「あの骨格からして、BMOの通常マップにいたトロールが一番近いかもしれないね~。それのアンデッドってところかな~。
それで三人に質問なんだけど、あれに勝てると思う? あちらさんは戦う気、満々みたいだけど~」
「めっちゃ強そうじゃんかー! ブラット、HIMA、二人から見てどうなのさ!?」
「どうって言われても、さすがに厳しいと思うよ。
たぶんあれ、寄ってたかって倒したベアコングより強いでしょ絶対」
「オレも同感だ。けどだからと言って──」
「ウガアアアアアアアアアアッ!!」
「逃げることはできなさそうだよね~。私なんか逃げてる途中で後ろからバッサリやられちゃうよ~」
眼球のない眼孔に少しずつ怪しい光が灯り、ブラットたち四人を見定め剣を構えた。モンスターとは思えない、堂にいった構えである。
既に敵と認識され、逃げたところでどこまでも追ってくること請け合いな状況。そうなればもう、取る手は一つしかない。
「全員戦闘準備!! オレのせいで申し訳ないけど、もうやるしかないっ!! ただやられるのだけはゴメンだからな!」
「「うん!」」
「だよね~」
左からブラット、しゃちたん、HIMAと前に立ち、その少し離れた後ろにランランが。
前衛は武器や触手を構え、ランランはアンデッドにも効く毒をこの場で製造するためにカバンから道具を取り出していく。
「今の手持ちと能力でアンデッドに効く毒って厳しいんだけど、使ってくださいってばかりに邪悪属性の混じったイビルラプトルの素材があるんだよね~。
こっちもなんとかやってみるから、そっちは任せたよ」
「ウキキッ!!」
「お猿さんたちはいいから逃げて! 子供だっているんでしょ! 私たちは死んだって大丈夫だから!!」
母猿も恩義を返そうと参戦しようとしてくれるも、HIMAが強い言葉で制して下がらせた。
ブラットたちは最悪死んでも何度でも生き返られるが、この世界のモブである存在は死んだらそれっきり。こんな危ない戦いに巻き込むわけにはいかない。
「来るぞっ!」
まずは小手調べか、体の動きを確かめるためか、緩慢な動きで大きな剣を叩きつけてきた。
前衛の三人はそれを避けながらも、ランランに注意が向かわないよう立ち回る。
「──ぐっ、硬いな! 全然攻撃がきいてない」
「骨ってよりも金属じゃんもう! カキンッって鳴ったよ、今!」
「カルシウムって金属だよ~スラちゃん」
「今そんなことどうでもいいですって! ランランさん!」
ブラットがギリギリで避けながら、ガブリエルによるカウンターで中指の骨を斬りつけてみたのだが……金属音と共にあっさり弾かれてしまう。
盾や鎖帷子の部分でなくともこの耐久力。HPバーも嫌になるほど長く、長期戦になるだろうことは容易に予想できる。
とてもではないが、今のブラットたちが相手取るには分不相応ともいえる相手。
「めんどくさそうな相手だな!」
「そういう割にはブラット笑ってるよ? ちょっと楽しんでるでしょ?」
「ははっ、HIMAにはやっぱりバレちゃうか」
「当たり前でしょ」
だがブラットはそれでも倒すことを諦めない。どころか、この状況が楽しくすらなってきた。
そしてそれはHIMAも同様で、二人で不敵な笑みを浮かべながら横薙ぎに振るわれた剣をジャンプして避ける。
「ああもう、そういうとこ見るとほんとお似合いだよっ、二人とも!」
「ふふっ、ありがと♪ しゃちたん」
そんなじゃれあいをやけっぱちでかますしゃちたんをよそに、ブラットは冷静に相手の動きを見極めていく。
ジャンプして避けたブラットは器用にその大剣の上に乗り、曲芸師のバランス能力をいかんなく発揮しながら、まだ横向きに振っている最中の剣の上を走って相手の顔に飛び込んでいく。
「これなら──どうだっ!!」
次に放ったのは【補助翼・脚】で強化した脚力、英装ガブリエルをオオカミの爪に変化させた刃、それらを合わせた右足でのみで使える【狼爪斬〔聖〕】を、その潰れた鼻っ面に叩き込む。
「オォォオオオッ!」
「っ──《エアクッション》!」
先ほどとは違い、少し反応を見せながらブラットに頭突きで反撃をしようとしてくるトロールミイラ。
だが魔導学で改変した風のクッションで自分を吹き飛ばし、翼を広げながら一気に距離をとってそれを躱す。
「聖属性の攻撃なら、ちょっとだけどダメージが通ったぞ!」
「無茶しないで! 私たちもいるんだから!!」
「そーだよ、ブラット!」
「ごめんごめん、ちょっと気になっちゃってつい」
結果は微妙にHPバーを縮めてくれた。見た目通りアンデッドというのは間違いなく、そのお決まりの弱点である聖属性も効果的だと判明する。
「けど、これなら絶対に倒せないことはないはずだ。しゃちたんも聖属性使えるよな?」
「うん! シャイニングしゃちたんモードだね!」
「そんな名前付けてたの!? まあいいけど……本番は、ここからって感じだよ。動きもまだまだ速くなりそう」
ブラットに掠り傷を負わせられはしたものの、相手は気にした様子もなく首を回し体の調子を確かめている。
ブンッと今、試しに振り下ろした剣速もさっきより二倍以上速い。これから体を動かすたびに動きが最適化され、戦いが長引くほどに相手の動きも素早くなっていきそうだ。
「それでもやるったらやる! 三人の知恵と勇気で、なんやかんやしてどうにかするだけだ!」
「なんやかんやって……ふわっとしてるなぁ」
「ふふっ、そういうところもいいんだよ。ブラットは」
「さいですか」
「三人って、私もいるからね~~」
「もちろん、ランランも忘れてない! ランランの毒、期待してるからな! 一番ダメージ稼げそうな手段だし」
「お~任せといて~~でもまだ時間はかかるからね~~!」
相手はまた悠然と構えに入り、先ほどよりもさらに鋭さの増した猛攻が待ち受けていることがうかがえる。
だがそれでも引くことも、引く気もないブラットたちは臆することなくトロールミイラを睨み返した。
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