第百六八話 猿も木から落ちる
ガストンの件を少し気に留めながらも、いつ何が起こるかもわからないイベントのためにのんびり一か所に居続けるのはさすがにできない。このマップは期間限定、時が来れば二度と訪れることができなくなる場所。
本来二次進化がいるパーティが目指すものではないが、ブラットたちは真剣にエンディングまでの攻略を考えているのだから、無駄に時間を消費するわけにはいかないのだ。
イージス本部のある大国の王都で隊員割引を使いながら、NPCたちから食料などの最低限必要な物資を買いあさっていく。
ここでも買い物班と情報収集班に分かれて、時間を上手く使って。
しゃちたんとランランが買い物を終え、資料室で情報を集めていたブラットとHIMAと合流すると、四人は本部の地下にあるイージス専用のポータル施設に赴いた。
そこには虹色を除き隊員バッジの色と同じ種類の色をした、イージスのシンボルの形をしたポータルがいくつも設置されている。
「このポータルの色以上の階級にならないと、そのポータルは使えないぞってことらしい。分かりやすくていいな」
「ってことはジムさんの赤ともなると、ほとんど使えるようになるっぽいね」
しゃちたんが赤色のポータルがかなりあることを、触手を複数広げて指し示す。
「これを見る限りでも、とりあえず赤になるのを急いだほうがよさそうだね。そうすれば一気に行動圏が広がるみたいだし」
「そうだね。どっかで二階級特進とかできないかな~」
「殉職するみたいに聞こえるから止めてくれ……ランラン。まあ飛び級ができるならやってみたいところではあるけど。
それでえーと……次の目的地『カンパネラ』は──あそこか」
ブラットが指さした青色のポータルの下に、『カンパネラ』と記載された鉄の札が下げられているのを発見し、そちらへと歩み寄ってみれば、ちゃんと行ったこともない町へ飛べるようになっていた。
「じゃあ行こう」
四人は『カンパネラ』を選択し転移する。転移した先は似たような転移ポータルが多く設置された場所。景色だけなら、本当にさっきの場所から移動したのかと不安になるほど瓜二つ。
けれどそのポータル部屋から出れば、施設全体が本部よりもこじんまりしているのが分かる。
清掃は行き届いているが、建物自体も少し古いようにも感じた。
「無事に来れたみたいだな」
「とりあえず普通のポータルでも来られるように、町のポータルも解放しておこうよ」
イージスのポータルがあれば必要ないのかもしれないが、大した手間でもないのでHIMAの意見に賛同しカンパネラ支部を出て町のポータルを解放しに向かう。
街並みは近代的で整った王都とは打って変わり、全体的に古びた建物が区画整理もそれほど考えず建てられた煩雑さを感じる。人通りもまばらで、お世辞にも栄えた町とは言い難い。
ただそれでも人々の表情からも、長閑で平和な日常が流れるいい町に思えた。
ポータルを開放した後は、その足で町の外へと繰り出していく。
町の外は本当に少し歩けば森といった、森の中に町を作ったかのような景色が広がっていた。
その森には友好的なαモンスターたちが溢れ、敵意はなく興味深げな視線だけがブラットたちにあちこちから向けられる。
「お~このキノコって毒キノコ? ラッキ~♪ あ、こっちのはMPポーションに使えそうじゃ~ん」
「この辺は安全そうだね。危ないのはもっと奥に行った場所かも」
「この森に化石の欠片が眠ってたりしないかなぁ」
「今のところ反応はないけど、あってほしいところではあるよな。もう少し奥に進んでみよう」
王都付近の森と違い、あまり整備も管理もされていないのか人が通っているであろう道以外は、かなり歩きづらい場所となっていた。
それほど強くはないが、お宝探しに道からそれればβモンスターに襲われたりと緊張感が増してくる中、ガサガサと頭上の木の上から何かが落ちてくる。
また敵かと、しゃちたんが文字通り目を光らせビームを構えた。
「また敵!?」
「待った! 敵じゃないみたいだ。ランラン、この子頼めるか?」
「うん、任せて~」
「酷い怪我……大丈夫そうですか?」
「手持ちで何とかなるよ、天ちゃん。この子自体は、そうでもないからね~」
「「「え?」」」
落ちてきたのはボロボロになった、血まみれの子ザル。何かと争った形跡があり、事故や不注意でこうなったわけではないと素人目にも分かる。
しかしランランから見れば、それほどひどい状態でないとすぐに察することができた。その子自身の血もあるが、そのほとんどは返り血なのだから。
言った通りランランお手製のポーションを飲ませれば、すぐに傷はいえ動けるようになった。
周囲を警戒していたランラン以外の三人も、良かったと胸をなでおろす。
「キキッキーー」
「おっと──どしたの? 怪我は治ったけど安静にしときなよ~」
しかし治ってすぐにランランの腕の中から飛び出そうとし、子ザルは森の奥へ手を伸ばす。
「キーキーーッ」
「どこかに行きたいのかもしれない。それも緊急で」
「これだけ必死ってことは、仲間や家族が怪我を負った原因とかまだいるのかもしれないね……。どうする? 行ってみる?」
「行ってあげようよ! 可哀そうじゃん」
「でも今回はチュートリアルでも何でもないし、負ける可能性だってあるからね~。相手の情報も少ないし~」
「といいつつ、ランランも準備しだしてるじゃないか」
「そりゃあ、パーティのリーダーがもう行く気満々みたいだしね~」
「ふふっ、ランランさんも分かってきたみたいですね」
ここで死ねば長時間のデスペナルティに、期間限定イベント中で得た報酬アイテムがいくつかランダムで消失。お金もランダムで一割から五割消失。
時間が限られた世界でそれは辛いし、資金や有用なアイテムが消えてしまう可能性もある。
しかしここで得られるものもあるかもしれないし、何より未知への冒険はブラットもHIMAも大好きだ。
どうすると聞いていたが、HIMAだって行きたくてウズウズしていた。
そんな気持ちをランランは読み取って、やれやれと肩をすくめながら大事そうに子ザルを抱っこし、手を伸ばす方へと歩き出す。
ブラットたち三人は、そんなランランを囲んで守るように三方向について進んでいった。
襲い掛かってくる雑魚を蹴散らしながら子ザルの手が指す方へ進んでいくと、突如森の中に古びた石造りの神殿が現れた。
大きさは一階建ての家程度と、そこまで大きくはない。
「もしかして、あの中か?」
「キキッ」
ブラットがそう問いかけると、子ザルは声を潜めて強く頷いた。かなり賢いモンスターだ。
その子ザルには静かにしているように言い含めランランに任せると、ブラットを先頭にして足音を立てないよう静かに扉もない入り口に近づいていく。すると中から戦闘音が耳に届いた。
入り口手前で隠れ、こっそりと顔を半分出して中をうかがってみれば、子ザルと同じ種であろう一メートル半はある猿モンスターと、口が大きく裂けたラプトルといった見た目の黒い恐竜型モンスター五体が戦っていた。
その状況を見つめながらすぐに飛び出さず、通話で確認していく。
『あのラプトルは資料室の情報にあったよ。たしかβモンスターの『イビルラプトル』、素早くて噛み付き攻撃より、前足の鉤爪が危険だったはず』
『猿の方は母猿か? 卵を抱えてるから上手く戦えてないみたいだ』
『それでも二体はやったみたいだから、卵さえなかったら普通に倒せてたのかもしれないね~』
奮闘する母猿の足元には、既に事切れたイビルラプトルの死体が二体転がっていた。
だが母猿の方もかなり傷を負っていて、今すぐどうこうなることはなさそうだが、それでもこのままでは確実に死が待っているであろう。
『オレとHIMAが先行して敵を引き付けるから、ランランはその間に母猿の治療を頼む。しゃちたんは治療が終わるまでガードをお願い』
『がってん! パンダさんも、お母さん猿も傷一つ負わせないよ!』
『じゃあ──いくよ!!』
ギリギリまでイビルラプトルにバレないよう、足音を立てずにブラットとHIMAが同時に飛び出し、その後に二人が続く。
母猿は敵の増援かと絶望の声をあげるも、ブラットたちが子ザルを抱きかかえ、イージスのバッジをつけていることを瞬時に把握し、その瞳に希望が宿る。
「はあっ!! 加勢する! 一旦後ろに下がるんだ!」
「キキ……」
「はっ!! ここは大丈夫だから!! ね?」
ブラットとHIMAが剣と槍をそれぞれ両手に構え、素早い身のこなしで初撃を避けるイビルラプトルを牽制し母猿を下がらせた。
母猿は申し訳なさそうに一度頭を下げ、子ザルを抱き抱えるランランの元へと片足を引きずりながら向かっていく。
「「「「「ギャゥ!!」」」」」
三位一体ならぬ五位一体。イビルラプトルは一つのモンスターのように同時に動き、逃げようとする母猿に追撃を仕掛けようとする。
「させないっ!!」
しかしHIMAが両手に持った長い槍を広範囲に渡って振り回し、相手を行かせないことに専念し壁となって押しとどめる。
そしてその隙間がないように見える槍の嵐の中を、HIMAがどう動くのか完璧に読み切っていたブラットが平然と動き回り、さらにこちらからイビルラプトルへ追撃を行っていった。
「ギャァ!?」
「まず一匹!」
まさかその槍に背を向けながら躱し移動し攻撃してくる人間がいるとは思っておらず、イビルラプトルは無防備にシルヴァーナで首を切られ、ダメージでのけぞった隙にガブリエルの切っ先が胸に突き刺さり絶命する。
「「「「ギャアッ! ──ギッ」」」」
「どうした? 来いよ」
一体を仕留めている間に、他の四体がブラットに襲いかかってくるも、すぐにHIMAの槍の嵐の中に戻って挑発する。
さすがに当たると分かっている振り回される槍の中を行くことはできず、悔しそうに二の足を踏むイビルラプトルたち。彼らは速度と攻撃特化で、防御はそれほど高くないのだ。
そもそもHIMAと息を合わせ、見ることすらなくその槍を全て躱せるブラットのほうがおかしいのだが。
「お母さん猿いっちょあがり!」
「いやスラちゃん、ラーメンじゃないんだから……。こっちは治療終ったよ~」
「じゃあ二人とも参戦するかー?」
「そのままでもいけそうじゃな~い?」
「キキッ!!」
「お母さん猿はここにいて、この子と卵守ってて!! ほら行こっ、パンダさん!」
「はいよ~」
「キキィ……」
私はやるぞと気勢を上げる母猿だったが、しゃちたんに強くたしなめれしょんぼりする。
その間にしゃちたんは、HIMAの後ろに回り込み参戦していく。ランランも守りは母猿だけで充分だと、子ザルも任せ手持ちのスロットから毒のビンを取り出した。
「HIMAいくよー! ──キラッ♪」
「ギィッ!」
HIMAに合図しながら、しゃちたんの目からビームが放たれる。しゃちたんの射線に槍をいれないようにHIMAが気を付け、ビームが槍の嵐を抜けていく。
しかしビームは直線だ。ある程度距離もあり、敏捷なイビルラプトルなら掛け声までして放たれたビームくらい躱せてしまう。
けれどしゃちたんは、自分のビームを当てることを目的に撃ったわけではない。反射的にビームを避けてもらうために撃ったのだ。
「──ギャァッ!?」
「二匹目っと」
横に飛んで避けたイビルラプトルに合わせ、ブラットが飛び出し一体目と同じように首を斬って胸を突き刺し始末する。
あと三体と数を減らすが、まだこんなものは序の口だ。
「マスクじゅんび~~。いくよ~~ぽいっと」
「……ギャァァ? ギゥィイッ──」
ブラットたちが一斉にランランの声に従い、彼女が作ってくれた簡易的な平型マスクをすると、毒のビンが後方に投げ込まれ床にぶつかり割れる。
割れて飛び散る液体はすぐに気化していき、うっすらと紫色の霧を作り出し毒ガスとなって周囲に広がっていく。
ブラットたちもギリギリ効果範囲内だが、マスクには解毒フィルターが入っているので数分間は問題ない。
今回使ったのは吸い込むと軽度の毒とマヒ、ダブルの状態異常にかかる毒。威力は抑え目で、それで殺すのは難しい。
しかし今回は、その動きが鈍ってくれればそれでいい。何故なら今のランランは一人ではないのだから。
「「「はぁああっ!!」」」
まんまと毒にかかり動きが鈍って苦しそうにする残り三体に、それぞれ一人一殺の構えで突っ込んでいく。
ブラットは両手の剣を振って薙ぎ払い、HIMAは槍で刺し貫く。しゃちたんは二メートルサイズまで巨大化しながら床を滑り突進し、轢き殺しながら捕食した。
動けないわけではないが、鈍った体でそれらを躱しきることもできず、三体はあっという間に絶命した。
「思ったよりも楽だったな」
「警戒しすぎだったかもね」
「楽勝楽勝! 大勝利ー!」
「うーん、普通の二次進化種なら苦戦するような相手だったと思うんだけどな~。まあ、この三人なら当然か~」
そう言うランランも弱体化されながら、あれだけ高度な液体から気体への状態変化を起こせる毒を、慣れない素材の中であっさり作ってのけるのだから大概だ。
母猿は脅威が去ったことに安堵しながら子を抱きしめ、子ザルも嬉しそうにその体を母にゆだねた。




