第百六四話 新生Ash red始動
新たな期間限定イベントが決まり、ブラットはそれに向けて零世界での準備も含めて精力的に活動していった。
そのおかげで炎獅子戦でカンスト間近だった種族レベルはカンストし、種族スキルは全て獲得。
職業もそれぞれ新しいスキルを入手したり、さらに上の職業を開放できたりと今できる強化はできる限り済ませておいた。
(零世界のほうでもグリードがもう進化寸前だし、良い調子でこれてる)
さらに期間限定イベント開始日には、NPCにすら変だ変だと言われ続けた体操服姿から、サクラにさらに調整してもらった零世界でいつも着ている一張羅と装備品を持ち帰り、今できる最高の状態に整えておくのを忘れていない。
「持ち込めるのは装備品だけだから、これで準備はいいかな」
BMO内の課金拠点で最後に忘れ物はないか入念にチェックしてから、待ち合わせ場所である三町のポータルに移動した。
HIMAとしゃちたんが既に待機しており、ブラットがそこに合流。今回はランランに合わせて前よりも少し時間を遅くずらしているので、まだまだ時間的には余裕がある。
「パンダさんは、もう少しかかるっぽい?」
「ランランさんは社会人らしいからね」
「オレたちみたいな学生より、時間に融通利かせずらいだろうしな。もともと少し遅くなるかもとは連絡来てたし」
ランランからはログイン時間が少し遅れるかもとは事前にBMOを通して連絡が入っているので、特に気にせず待つこと数分。いつものパンダに魔法少女の服を身にまとった彼女が現れた。
「いや~ごめんねー。早く上がれるように時間調整してたんだけどなぁ」
「別にいいよ、お仕事お疲れ様。それでランランの方は準備オッケー?」
「ばっちりだよ~。昨日のうちに確認も済ませておいたから。持ち込める必要な機材は全部カバンに入ってる」
「それじゃあ出発だー!」
しゃちたんはそう言いながら触手を上に伸ばし、やる気は充分だ。
四人でポータルの近くに立ち、転移一覧の中でいつもは表示枠すらない場所に表示されているイベントマップを確認する。
「「「「せーの!」」」」
既に四人でのパーティで登録しているので、タイミングを合わせる必要などない。そんなことを言ったら先に三人だけでインしていても問題はなかった。
だがそこは気分で同時にマップを選択し、まだ見ぬイベントマップへと四人一緒に飛んだ。
「ここは……どこかの大きな町みたいだね」
辺りを見渡すHIMAに釣られるようにブラットたちも周辺を確認していくと、そこには見慣れぬ街並みが広がっていた。
NPCを含め行き交う人々は多く、完璧に舗装された道に計算されて綺麗に建ち並ぶレンガの家々。非常に栄えた美しい町といえよう。
以前の期間限定イベントでは海の上スタートだっただけに、しゃちたんなどはこんなに違うんだと驚いている。
周りにはブラットたちのように周囲を見て、未知なる世界に胸を膨らませるプレイヤーが大勢いた。
そんな中で明らかにブラットたち四人を目指して駆け寄ってくる、純人種──つまり現実の世界にいる人間と変わらない見た目の爽やかな黒髪の青年を発見する。
「誰だ? 誰かの知り合いか?」
「いやいや、あれNPCだよ」
世界観より効率重視でやっているランランは、NPCとプレイヤーがはっきり一瞬で分かるように主張の激しいマーカーが頭上に表示されるように設定しているため、すぐその青年がNPCだということに気が付いた。
「ほんとだ。遠くてすぐに分からなかったな」
「でもNPCさんが私たちに何の用なんだろ?」
「たぶんチュートリアルキャラじゃないかな? 見た目は違うけど、それっぽいNPCと話してるプレイヤーが他にも見えるよ、しゃちたん」
「なるほどー」
確かにHIMAが言う通り、パーティ一組に対して一人NPCが近くで話していたり向かって来ているのがしゃちたんにも確認できた。
そんなことを話している間に、その青年も四人のいる場所までたどり着く。
「やあ! 君たちが新しく『イージス』に入隊を希望している子たちだね! その佇まいで、すぐに分かったよ!」
「えーと……ごめん。イージスっていうのは何か聞いてもいいか?」
「あれ? 違ったかな。αモンスター──つまり人と共生できるモンスターたちを助けるαモンスターの保護組織、それが『イージス』だ。君たちは、そこに入りたいんじゃないのかい?」
「これは、はじめの選択肢ってやつかもしれないね~」
「え? じゃあ入らないって選択肢もあるってこと?」
「あるんじゃない? 入らずにそのαモンスター?っていうのと関わることだってできるだろうし」
「おや? 入らずに保護活動をする気なのかい? でも正直、それはあまりお勧めできないよ」
「というと、どんなメリットとデメリットがあるんだ? 教えてほしい」
「そうだね。まずイージスに所属することで──」
ゲームに疎いしゃちたんは気づかなかったようだが、ここで入らないという選択肢があることに三人は気が付いた。
そこでそのメリットとデメリットを、ブラットが青年に問いかけてみると以下のことが判明する。
イージスは保護団体として、このイベントマップの世界において広く知れ渡る巨大な組織。
世界中に支部が存在するだけあって、その認知度と信用度は非常に高く正式な隊員になれば全ての町に無条件で入ることができる上に、保護活動を応援している町では買い物時に割引を受けることまでできてしまう。
さらに情報。組織が保有している情報を、各地に点在する支部から閲覧することが可能。また隊員として実績を上げることでランクが上がり、より重要な情報にアクセスできるようにもなったりする。
またアイテムも無料で預けられたり、イージスでしか使えないポータルもあったりと非常にこのイベントを進めるうえでメリットが大きく感じられる。
ただ一方でデメリットとしては、突発的に起きるイージスのイベントがあるようで、近くにいる隊員は原則強制参加することになる。
「ただちゃんとこっちも報酬があるから、タダ働きなんてことはないから安心してくれ」
「内容の難易度や貢献度によって報酬は変わったりするのかな~?」
「当然だね。ろくに貢献しない者は無報酬なんてこともあり得るし、ちゃんと貢献すればしただけ組織から出る報酬も高くなるよ」
「おぉ! それなら強制でも参加する意味があるかもね! 三人とも」
タイミングによっては迷惑になる可能性もあるが、しゃちたんの言う通り、ちゃんと利益が出るなら限られた時間を消費する価値はある。
もしかしたら、そこでしか手に入れられないアイテムもあるかもしれないのだから。
イージスに所属せず無所属で活動する場合も、突発イベントの参加人数が少なすぎた場合は報酬有りで参加できるようだが、当然ながら隊員優先のイベントなので参加できない場合の方が多いと予想される。
他にも信用を得られる身分を手に入れるには、ここでイージスに入るよりも苦労する羽目になったり、信用がなければ町にすら入れてもらえないこともあるという。
ただその代わり、なんの縛りもなく自由に活動できるのが無所属の強み。
イージスの隊員になった場合、ランクが低ければ行ってはいけないと逆に制限される場所もあったりするのだ。
だが自由を得る代わりに組織から得られるものは何もなく、不自由も同時に味わうことになるだろう。
聞かれてもNPCなので適当に受け流してくれるだろうが、念のため四人のパーティ専用のグループ通話でブラットたちは、どちらがいいか話し合っていく。
『たぶんこれアーリークリアを目指すなら、無所属がいいんだろうな』
『たぶんこのイベントで重要な場所は、下っ端隊員のままだといけないんだろうしね。
けどそういう縛りを無視できる代わりに、そっちは相応の実力が求められるんだと思うよ』
『ここは大人しく所属しておいた方がいいと思うな~。私や天ちゃんは弱体化されてるわけだし、ブラットやスラちゃんはまだ二次進化だしね』
イベントがはじまるまでの間、このパーティで何度か連携のチェックをして仲を深めたことで、天使ちゃんが転じてHIMAのことを天ちゃん、スライムちゃんが転じてしゃちたんのことをスラちゃんと、ランランは呼ぶようになっていた。
『でもでも、前みたいに狙えるならそっちのほうが美味しいんだよね?』
『そりゃあな。けど下手に欲を出して空回りしちゃったら、イベントのクリアすらできずに終わる可能性だってある……というか、今のオレたちの実力を考えればそっちの方が可能性は高い。
だからオレも所属するほうがいいと思った』
『うーん、まっさらな状態で進めていくのも楽しそうではあるけど、期間も限られてるわけだしね。私も所属に賛成かな』
『三人が賛成って言うなら、私も賛成でいいよ! そっちはそっちで楽しそうじゃん』
『じゃあ決まりだな』
今回もパーティリーダーはブラットに設定されている。HIMAやランランでもよかったのだが、全員と仲のいいブラットがやった方がいいだろうと押し付けられる形で。
チーム名も別に変える必要はない……というより、考える時間がもったいないと判断され、ランランの希望もあって『Ash red』のまま登録されている。
なのでブラットが代表して、青年NPCに『Ash red』で所属を希望すると伝えた。
「そうかい! それは良かった! ならさっそく入隊試験を受けてもらうよ! こっちに来てくれ!」
「「「「入隊テスト?」」」」
「そりゃそうだよ、無能だったり信頼できない人は、さすがに入れられないからね」
それもそうかと四人が納得している間に、青年はどんどん町の門に向かって進んでいってしまうので、ブラットたちは慌てて後を追っていった。
「おっと名前を言うのを忘れていたね。僕の名前はジム。君たちの試験を担当することになっている。短い付き合いに、ならないよう願っているよ!」
とんとん拍子に自己紹介も済ませ、町の外に出ると自然豊かな平原が目の前に広がる。そんな平原もずんずんとジムが進んでいくので、素直にそれに従って少しばかり歩いていくと、背の高い草むらに身を潜めるように指示された。
大人しく草の中に伏せ身を隠すと、近くに匍匐前進で寄ってきたジムが声を潜めながら一方向を指さした。
「君たち、あそこにいるモンスター──『タヌー』が見えるかい?」
「タヌーって、あの緑色の毛をしたタヌキみたいなモンスターのことか?」
「そうそう、その子たちで合ってるよ」
緑毛タヌキ──『タヌー』たちが群れで集まり、小さな緑色の複数の卵を皆で抱え温めていた。非常に可愛らしい光景だ。
「哺乳類っぽい見た目なのに卵生って違和感あるな」
「何を言ってるんだ! モンスターは皆、卵生に決まってるだろう!」
「へぇ~そうなんだ。けど、そんなことより緑のタヌキってのが気になるなぁ。
なんだか私は、お腹が空いてきちゃったよ~」
「食べちゃダメだよ!? あれは保護対象、αモンスターなんだから!」
「いや、ジムさん……。ランランさんはそういう意味で言ったわけじゃないですから、気にしないでください……」
「うん? まあタヌーを食べないなら別にいいけれど。
君たちには、そろそろ来ると思われる人やαモンスターに危害を加えるβモンスター──ゴブリンたちから、タヌーを守ってほしい。それができたら、入隊を認めるよ」
「分かった。やってみる」
チュートリアルイベントだろうから、そこまで大した内容ではないと思っていたが、やはり簡単なテストだった。
ゴブリン討伐など、一次進化の頃でもできる簡単なお仕事だ。言われた通りブラットたちは身を潜めゴブリンが来るのを持っていると、緑色の毛皮──タヌーのものと思われる腰巻を身にまとったゴブリンが七体駆けてくるのを視界に捉えた。
「あいつらをやればいいんですね? ジムさん」
「ああ、そうだよ。タヌーや君たちが危険になるようなら、僕が出るからね。安心して挑んでほしい」
ゴブリンが来たことにタヌーたちも気が付くも、突然バタバタと倒れていく。それを見て、しゃちたんは動揺してしまう。
「ジ、ジムさん! あれ大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。タヌーたちの得意スキル【死んだふり】だからね。
まあ……ゴブリンにとっては御馳走が転がっているだけなんだけど……」
「意味ないじゃん……、よくこれまで種として生き抜いてこれたな。
──まあ、いい。皆、ゴブリン程度一気に蹴散らすぞ!」
「「おー!」」「はいよ~」
あと少しでゴブリンたちが無防備に転がるタヌーたちにたどりつくというところで、横合いからブラットたちが突っ込んでいく。
「ゲギッ!!」
「くたばれ!」
七体のゴブリンと数の上では負けていたが、戦力差は圧倒的だ。
ブラットがあっという間に三体、HIMAが二体。残りはしゃちたんとランランがサクッと狩り取って見せた。
「いや~ブラットは相変わらず、中身忍者なのかってくらい意味不明な動きするねぇ。むしろ磨きかかってるよね、絶対」
「オレなんかよりも、毒物や毒薬が持ち込めないはずなのに、今さっきゴブリンを毒殺してみせたランランの方が気になるんだが……?」
「そうですよ! いったい、いつ手に入れたんですか?」
ブラットの異常な速度での狩りに感心していたようだが、そんなものは本人もHIMAやしゃちたんたちも見慣れていた。
だが町に飛んですぐにここに連れてこられたというのに、当然のように毒を使って戦っていたランランは、上位層に位置するHIMAですら異常に思えた。
だがブラットが自分に対して驚かないように、ランランもまたなんてことないように肩をすくめる。
「いつって、ここに来るまでに毒薬に使えそうな植物が生えてたでしょ~。だから移動中にパパっと摘んで、簡単な毒を作っておいただけだよ」
「すごいね! パンダさん!」
「ふっふっふ、これくらいどうってことないのさ~。どう? スラちゃん。 次の進化でパンダになってみる気になったかな?」
「ならないよ!! スライムが一番かわいいの!」
しゃちたんは素直に褒めていたが、ブラットとHIMAは知っている。ここまでの道中にあった植物は皆、このイベントマップ特有のものだった。
その中から的確に使える物を選び抜き、ブラットたちが気づくことすらない早業で毒を錬成するという技術。しかも有用な上位スキルが封印された状態でだ。
改めて二人は、なぜ彼女が毒の錬金術師として有名なのか思い知らされた。
「君たち! 凄いじゃないか! これだけの実力があるなら、文句なしに合格だ!」
「あ、ありがとうジム。…………ん? なんだ?」
「あははっ、お礼が言いたいのかな? 可愛い~」
ゴブリンを見ただけで倒れるように【死んだふり】をしていたタヌーたちが起き上がり、トテトテとブラットたちの足元にまでやってきた。
なかなかに可愛らしい見た目をしているため、四人が笑みを浮かべながらその頭を撫でさせてもらっていると、不意にその中の数匹がぴょんと飛び上がってコツン──と軽く頭突きをしてくる。
「なんか、おでこ光ってるよ、ブラット」
「いや、HIMAこそ──っていうか全員か」
四人全員が軽い頭突きをもらうと、それぞれの額にあたる個所に緑色の紋様が浮かび上がった。
「おお! その鮮やかな手並みにタヌーたちも君たちが気に入ったようだね!
それは『加護』。αモンスターたちを完璧な形で助けたりすると授けてくれるんだ」
「どんな効果があるんですか?」
「加護を授けてくれたモンスターたちによって違うんだが、大体は特殊なスキルが使えるようになるよ」
「特殊なスキル!? じゃあ、タヌーの場合はどんなスキルが使えるの!?」
「それはもちろん──」
期待に目を輝かせるしゃちたんの前で、ジムは笑顔でその答えを告げた。
「──【死んだふり】だよ! やったね!! これは幸先がいいぞ~!!」
((((い、いらないっ!!))))
このときイベントがはじまって早々、四人の気持ちが一つになったとか、ならなかったとか……。




