第百五四話 勇者の証
早雲に持っていくといいと気軽に勧められた『鬼討ち』というお酒は、道場のあるユフィンの町の酒屋を覗けばすぐに見つけられた。
ただそのお値段はまったく気軽に手が出せる物でなく、ブラットは顔を引きつらせながら購入する羽目になる。
(期間限定イベントで稼いどいてよかったぁ、じゃなきゃ絶対買えなかったよ)
お金やアイテムを入れることでランダムに別のアイテムに変換してくれる『変換箱』でのガチャの誘惑にも耐え、未来の自分のためにとっておいたおかげだろう。
(メタな言い方になっちゃうけど、わざわざ教えてくれるってことは、必要なアイテムってことなんだろうしね。
これでなんとか、あの剣術習得の希望は残ったはず。あのゼインじゃ、まともに話も聞いてくれないし……修行にならないんだよねぇ)
二回目の召喚でも説得を試みようとしたが、こちらを見るなり邪魔な虫を潰すかのように一瞬で殺されてしまった。
しかも前のときだけで実力のほどを完全に知られたのか、手加減した剣術ともいえない適当な技で。
せめてあの剣術の技を使ってくれと、殺された後ブラットが叫んでしまったくらいやる気のない。
あの海の王──シャカルですら面白がって強くしてくれようという努力だけはしてくれているし、ルサルカも気まぐれに瞬殺されることもあるが、気まぐれで戦い方を教えてくれることもあるというのにだ。
「さて、お酒はしまってと」
無事にゼインとのイベントに必要そうなキーアイテムを入手したブラットは、ひとまず拠点へ戻ってきた。
無くして二本目を買うなんて自体は絶対に避けたかったので、必要になるときまで課金拠点の倉庫に収納しておく。
「さてと、これからどう動こうか。まだ零世界の方は時間を進めたくないから、こっちでやれることをやっておきたいところだけど」
まだプレデター対策の情報が不足している今、相手に強くなられては困るので、そちらに行くにしても、はるるんからの情報を得てからだ。
かといって今ゼインの所に行っても、まだ彼も頭が冷えていないだろうから、持っていったお酒だけ失うなんてことになってしまうだろう。
となると次にやるのは──。
「グリードの進化素材集めをしときたいかな。悪魔系で手ごろな奴いないかなぁ」
ネット上の攻略サイトを開いて、敵の大まかな分布マップを確認していった。
グリードに向いていそうな進化素材を落とす敵のリストを作っている間に、ゲーム内の日付が変わっていることに気が付いた。
そこでブラットは再度【英傑召喚】でのトレーニングの開始だとリストを開いたとき、その異変に気が付いた。
「うそっ、ゼインの名前が消えてる」
十一人に加えて早雲たち二人が加わっていたリストの中から、ゼイン・シッドの名前だけが抹消されていたのだ。
「一度結ばれた縁でも、こっちの行動次第でリストから消えるってことか……。つまり今のゼインとは縁が切れた状態と思って間違いなさそう。
今後はその可能性も考慮して、縁作りをしていったほうがいいっぽいね。気を付けないと」
喧嘩するほど仲がいい──などという言葉もあるが、そもそもその仲が深まっていない状態での喧嘩はBMOでは縁切り判定を食らうらしい。
「なんにしても早雲さんのおかげで話に進展はあったし、完全に一歩下がったわけじゃない。さっさとゼインと仲直りできるようにしないとね」
そのためにもゼインの頭が冷えるまで黙って待っているわけにはいかないと判断したブラットは、新たな行動に出られるよう布石を打ってから今いる英傑たちへと修行を挑んでいった。
数日後、ブラットはある場所へとやってきた。ここへ来るために、その数日間を費やしたと言っていい。
その場所とは──。
「ここがシルヴァン家がある町か」
道場のあったユフィンの町から南西に向かった場所にある『シルヴァン』。都会という言葉が似合う、朴訥なユフィンとは正反対の非常に栄えた町。
そこにはゼインの生家である、剣の名家シルヴァンの本家があった。
今のブラットでは、ここまでエリア解放するのにかなりの苦労があったのだが、なんとかこじ開け無事に本日たどり着けたというわけである。
「さて、いきなり行って会えるかな? アポだけでも取れればいいんだけど」
あれほどゼインが怒りを滲ませたシルヴァン家、それがどんなものかブラットは直接確かめようと思ったのだ。
そのためにゼインのことを知っていた、百家争鳴のクランメンバーの一人にシルヴァン家の情報をより詳しく教えてもらっていた。
とはいえ知れたのは表に出ている、聞こえの良い情報ばかりではあったのだが。
(勇猛果敢な剣術を得意とする、古来から続く由緒正しい貴族の血族。これまで重税を課すようなこともなく、治世も安定。
他国からの侵略も歴史上何度も退け、民からの評判も良好と。これだけ聞くと、かなり有能で善良な貴族様って感じだけど)
さてそのシルヴァン家だが、貴族というだけあってプレイヤーが気軽に行ったところで普通は「ようこそ」と歓迎はしてくれない。
特定の国家に所属したりなどして、その地位を自力で上げればその限りではないが、そうでなければ大抵のプレイヤーはタダの一般人扱いなのだから。
(けど今の私なら使える手がある)
ブラットはどこの国家に属することなく、国家的な地位は無位無官。だが他のプレイヤーにはない、この世界で通じる特別な身分──【選定勇者】の称号をつい最近手にしたばかりだ。
ブラットは、そのことを知った時のことを思い出す──。
時は戻り【選定勇者】の称号を得て間もない頃のこと。ブラットは相変わらず鬼のような内容の授業を受けきり、疲労した頭を抱えながらも何となく気になって、魔導学の師であるエルヴィスにBMOの世界観における、一般的な【選定勇者】の意味を知りたく思い彼に打ち明けてみた。
「【選定勇者】に!? はぁ~大精霊様から加護を貰ったときに将来の英雄なんて冗談めかして言ったけれど、本当にその道を行くとはね。我が教え子ながら、本当に将来が楽しみだ」
「ふふん! 私の目は正しかったということね! ブラットも感謝しなさい。そうなれたのだって、私がエルを紹介してあげたからでもあるんだから!」
「はいはい、リーズありがとう。先生を紹介してもらえて、本当に助かったよ。
けどエルヴィス先生、この選定勇者ってのは具体的にどれだけ凄いことなんですか?」
「本人はまるで自覚がないところが凄いな……。そうだね、とりあえず身分をばらせば国家単位でほしがられる人材ではあるはずだ。
だから目立ってちやほやされたい──っていう願望でもない限り、むやみに自分が選定勇者ですと言いふらさないほうがいいだろうね。
いつの間にか囲い込まれ、既成事実を積み重ねられ、抜け出せなくなっていた──なんてこともあるかもしれない」
「なにそれこわっ。あれ? でもですよ? 『オレが選定勇者だー』なんて言って回ったところで、本当にそうなのかって証明できるものなんですか?
いちおう英装は持ってますけど、それを見せたところでそういう魔道具の仕掛けがされた武器って思われちゃう可能性だってあるわけですし」
「それなら簡単だよ。英装は念じた形に変わるのだろう?
伝え聞くところによれば『勇者の証』と念じて転換させれば、その証明ができるらしい」
「そんな機能もあったのか……」
さっそくブラットがそこで英装を取り出し、【英装転換】のスキルで『勇者の証』と念じてみた。
するとぐるりと円を描くように九つ全ての根源である存在たちの姿が刻まれ、その中央に赤い宝石が嵌まった、リンゴほどの大きさをしたメダルに変化した。
「こっ──これが勇者の証……。いやはや、まさか実物にお目にかかれる日が来ようとは。人生何があるか分からないものだ」
「なんだか不思議と引き付けられるような魅力があるわ。
それに見たこともないのに、これが勇者の証だってことも私に流れる根源が教えてくれてるみたいにハッキリと分かっちゃう。これは偽物なんかじゃないって。
あぁ……それにしても精霊王様の御姿……なんて麗しいのかしら……」
「ああ、私も精霊王様のお姿を見ているだけで、胸が熱くなってくるよ」
「オレにはなんか凄そうなメダルにしか思えないんだけど、二人にはそう見えるのか」
いわゆるゲーム的仕様であり、NPCにはこれで間違いなくブラットが選定勇者だと知らしめることができるのだろう。
しばらく二人に見せていたが、ずっと見たままで話が進みそうになかったので、強制的に英装は指輪に戻しておいた。
「おっと……残念だ。けどまあ、今ので分かったと思うけど、そうすれば誰にでも証明ができるし、例えば普通は身分がなければ会えないような貴族相手にも、それをチラつかせればほぼ間違いなく会えると思うよ。
世界に選ばれた勇者が訪ねてきた、会話をしたってだけでも箔がつくと思う者も多いし、話の種としても面白いからね」
「貴族ねぇ。今のところ会いたい貴族はいませんね。自然界にいる精霊たちはどうなんだ? リーズ」
「警戒心は抱かれにくくなるでしょうから、臆病な子でも顔を見せてくれたりなんてこともあるかもね」
「おおっ、そっちのほうが嬉しいかも」
それからも二人にいくつか質問して分かったのは、『勇者の証』を見せることで【選定勇者】の称号効果の一つである『友好NPCの好感度上昇率増加』の効果をさらに押し上げることができそうだということ。
ただし効果がありすぎて、面倒なことに巻きまれる可能性もあるので、あまり見せびらかす物でもないようだが。
「とはいえ必要だと思ったのなら、使えばいいと私は思うよ。
それでもし貴族関連で困ったことがあるなら、私に相談してくれればいい。可愛い教え子のために一肌脱ごうじゃないか。
アルヒウム国内の貴族ならどうとでもできるし、他国の貴族でもあっても──ふふっ、どうにかしてみせよう。私は外交も得意なんだ」
「そ、そのときは素直に頼ることにします……」
エルヴィスの身分が高く王族とも親密な間柄なのは知っていたので、国内の問題はまだ分かった。しかし外国の貴族相手にもどうにかしてみせると自信満々な笑みを浮かべられる彼は、心強い半面ちょっとした恐怖すら感じてしまった。
(どんだけハイスペックなんだ、この人は。もう結構な、おじいちゃんだってのに)
ただ彼が凄いというのは間違いないのだが、アルヒウム王国自体、プレイヤーが最初に訪れる町のある国というだけあって非常に情勢の安定した、BMO内でも有数の大国とされている。
ここがちょっと睨みを利かせれば引く国は多いので、エルヴィスが本気を出して外交しなくても大抵は事が済むという理由もある。
そんなエルヴィスとリーズとのやり取りを思い出しながら歩いていると、ようやくシルヴァン家の本宅が見えてきた。
貴族の名に恥じぬ石造りの豪邸で、庭には噴水なんてものまである。ただ豪邸であっても成金というわけではなく、品の良いデザインでまとまっていた。
「そこの君、ここはシルヴァン家の邸宅だ。何をじろじろと見ている」
「あ、すいません。凄い家だなーって」
「そう言いたくなるのも分からなくもないが、不審な行動は慎むように。ほら行った行った」
いいお屋敷だなぁとスクショを撮りながらぽけーとしていたら、屋敷の警備をしている衛兵に怒られてしまった。
ただ子供が大きな家に圧倒されていただけだと思われ、しっしと手で追い払われそうになってしまう。
「ああ、いやいや、待ってよ。ここに用があってきたんだ。今、御当主様はいる?」
「部外者には答えられない。約束はしているのか?」
「してないよ。けどその約束だけでも、取り付けておきたいんだけど。無理かな?」
「まったく、お前のような妙な格好をした子供に、御当主様がお会いになるはずが──」
「──実はこういう者でして」
「……………………え? こ、これはまさかっ」
『勇者の証』とすら伝えていないのに、目の前で指輪をそれに転換させると、それだけで衛兵はブラットが何者なのか理解してくれた。
その効果に苦笑がこぼれそうになるが我慢して、ブラットはもっともらしい面会の理由を口にしていく。
「剣で知られる名家と名高いシルヴァン家、若輩ながら同じ剣を使う者として是非お話をと思いまして。それじゃあダメかな?
忙しいなら今日じゃなくても全く問題ないし、都合のいい日だけでも教えてもらえないかなーって」
「い、今すぐ伝えてまいりますっ!!」
豹変した衛兵が屋敷に走っていけば、すぐに面会の許可が下りた。
執事らしき下半身がムカデの男性に連れられて、豪華な応接室に通される。
そこに待っていたのは、ヘラクレスオオカブトを人型にしたような完全なる昆虫人間。硬そうな甲殻に覆われた、ニメートル半はありそうな巨大で屈強な男性だった。
頭に生えている角も非常に立派で、ゼインの頭に生えているものよりずっと大きい。
年の頃は見た目が昆虫なのでよく分からないが、ゼインと同年代ということはなさそうで、それなりに若そうな印象を受けた。
(全然、見た目似てないなぁ……。ほんとに血縁者なのか疑いなくなってきた。
けど一致する特徴はあるし、たぶん合ってるのかな?)
などとブラットが考えている間に、シルヴァン家の当主の方から挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかる、選定勇者殿。私はヨルムン・フォン・シルヴァン。現シルヴァン家の当主をしている者だ」
声質は低く、ところどころに小さなキィキィした音が混じったような独特なものだった。ただ発音もしっかりしており、聞き取り辛くはない喋り方だ。
「これはご丁寧にありがとうございます。オレ──私はブラット。少し前に選定勇者に選ばれました」
「そう聞いているのだが……できれば、証拠を見せてはもらえないだろうか?」
「あっ、そうですよね。これがその証拠です」
「──おっ、おおぉっ!! なんと美しいっ。特にその翠麗蜂様の御姿! ああっ、なんて素晴らしいのだ……」
やはり自分の根源たる存在が一番美しく見えるようで、リーズやエルヴィスが特に精霊王に見惚れていたように、ヨルムンは蟲の根源──翠麗蜂を見て声を感動で震わせていた。
職業柄あからさまにはしていないが、執事である男性もそちらに視線が釘付けだ。
印象をよくするためにもと長めに見せてから、ブラットは「もういいですか?」と声をかける。
「──はっ。おお……これは申し訳ない! 私としたことが、選定勇者殿を立たせたまま放置していたとは。ささっ、こちらに座ってほしい」
「ありがとうございます。ヨルムンさん──あ、ヨルムン様」
「なになに、気軽にさんと呼んでくれてかまわないよ。あまりこういう場にも慣れていないように見受けられますしな」
「は、はあ」
いわゆる悪徳貴族という面は一切なく、ここまで接した限りではかなり好印象な人物だ。
選定勇者とはいえ、こんな珍妙な格好をした子供に対しても気さくに接して、多少無礼な態度でも笑って許してくれている。
(悪い人には見えないけど……何かゼインとの間に行き違いでもあったとか? それとも確執がありそうなのは、この人の前の当主とか?
とりあえずどちらの肩も持たず、先入観も抜きで接しつつ探りを入れてみよう)




