第百五三話 早雲の過去
治樹に『ゼイン・シッド』なる人物を知っているかどうか聞いてみたが、結果は空振り。彼でもあの老人の素性を知らず、美味しいお酒の情報だけ入手した。
しかし翌日BMOにログインし、ロロネーの剣術を身に付けるためのトレーニングをしていると、はるるんからメッセージが飛んできた。
昨夜の内に『百家争鳴』のクランチャットで情報を求めた結果、一人だけそれらしき人物の情報をもっていたのだ。
「シルヴァン家のゼイン?」
内容は早雲の道場がある『ラーゼンブル王国』で、剣の名家として知られる『シルヴァン』家。彼はそこの生まれかもしれないというものだった。
内容が不確かなのは、シルヴァン家は彼が死んだと喧伝し、ろくに情報が残されていないから。
実際に数十年ほど前には一時その馬鹿げた強さから有名になるも、突然火を消したようにパッタリと消息を絶ち、彼の話題がその後、世に出ることはなかったという。
だが直剣の二刀流で、大地を切り裂くほどの剣の使い手。さらにゼインという名前の人物は、それくらいしか心当たりがない。
「あれだけ強いNPCなら、絶対にどこぞの国の歴史のどっかに名前が載ってるような人だと思ってたんだけど、なんか複雑そう。
訳ありで情報が隠されてるとか? ますます謎の爺さんだなぁ」
ブラットの魔導学の師であるエルヴィスは家柄も才能も最高峰で、彼の属するアルヒウム王国の歴史書にもしっかりと載っていた。少しあの国で調べれば、彼の大まかな経歴などすぐに知ることができるだろう。
だがラーゼンブル王国では有名な名家に生まれたはずのゼインなる人物は、あれだけの強さを持ちながら国の歴史書に載ることなく消えている。それも死んだとされて。
「いや、そもそも別人っていう線もあるのか」
とにもかくにもここで推理していても、堂々巡りになるだけ。そう考えたブラットはトレーニングを済ませ、英傑たちに連続で殺され、【絶脈の雫】を回収してランランに届けてから、はるるんお勧めの店でお酒を購入し、ようやくゼインのいる『ユフィン』の町へと飛んだ。
「おおまた来たのか、熱心だな。もう門下生になっちまえよ」
「あはは、考えとくよ」
門番のNPCに適当に返事をしながら道場へと続く道を歩いていき、あの離れのある場所までやって来てみれば、昨日と同じ縁側で酒を飲み煙管を咥え、プカプカ煙を輪っかにして遊んでいる老人を発見した。
ゼインはブラットがゆっくり足音を隠し近づいていくと、かなり近い場所まで行ってようやく気が付いたのか「おお?」と眠たげな眼を少しだけ開いた。
試練の間で戦ったゼインならば、ブラットが視線を向ける前に存在に気が付いてきそうなものだが、このゼインはそういった感覚まで鈍っているようだ。
「ブラットじゃねーか。なんだよ、昨日は来ねーって言ってたくせに。また煎餅でも食いに来たか」
「まあ、ちょっと聞きたいことがあってね。ほら手土産も持ってきた」
「へぇ! ガキのくせに気がきくじゃねーの。分かってんなぁ」
酒瓶を出すとニヤッとだらしなく笑い上機嫌にブラットから奪い取ると、栓を開けて香りをまず確かめだす。
「ほうほう、飲んだことはねーが、なかなか良さそうだな。ありがとよ。ほら、オメーは煎餅でも食え」
「じゃあ遠慮なく」
お煎餅が出されたので遠慮なく横に座り一枚口に咥えポリポリと咀嚼しながら、ブラットはチラチラと話を切り出すタイミングをうかがう。
昨日と少しブラットの雰囲気が違うせいか、それとも飲んだことのないプレイヤーが生産したお酒に興味が向いているせいか、向こうも無駄話を振ってくることなく黙った状態がしばし続く。
そのせいで上手い具合に話の流れで切り出すことができず、ブラットはもう一枚ガブリとお煎餅を齧り飲み込むと、単刀直入に聞いてみることにした。
「なあ、あんたの名前ってゼイン・シッドで合ってるか?」
「………………早雲から聞いたのか?」
「いいや、ちょっとたまたま知る機会があってな」
「……たまたまねぇ」
含みがあるような物言いをしながら、ゼインはコンコンと煙管の先に残った燃えカスを灰皿に落とし、また新しい刻み煙草を丸めて詰めていく。
その間ブラットは他に何か言うかと期待して、マッチで火をつけ煙が上がるまで沈黙を保つ。
しかし彼はその後もボーっと空を見上げ煙管を咥え、白煙を口から垂れ流すだけで話す様子はなかったので、ブラットは痺れを切らしてもう一度話をこちらから振っていく。
「ゼイン・シッドって名前で合ってるってことでいいのか?」
「……ああ、合ってるぜ。だからって何だってんだ」
少し不機嫌さを滲ませてきたが、ブラットはここで話を止めたら二度とこの話題を出せそうにないとそのまま続けていく。
「昔のあんたって、今の早雲さんとだって平気でやり合えるくらい強かったよな?」
「ほんとによくもまぁ……どっから調べてきたことやら」
「じゃあシルヴァン家っていう剣の名家の生まっ──」
「おい──俺の前でその名を出すんじゃねーよ」
話している途中で突然ゼインに胸ぐらを掴まれ、今まで見たこともないハッタリではない怒りを滲ませた瞳で凄まれ言葉が止まる。
これが昔のゼインなら首の骨が折れていたであろう勢いだったが、今の彼の老いた細腕ではブラットを驚かすくらいの効果しかない。
けれど彼はそのままギリギリと力一杯、ブラットの服の襟首を捩じり上げていく。
「なあおい。お前なにがしてぇんだよ? どこで聞きかじってきた情報かは知らねーけどよ、テメーにそれが関係あんのか? 俺がそれに答える必要があんのか? どーなんだよ! ええッ!!」
「答える必要があるかどうかと言われればないよ。けどオレには、あんたを知る必要があるんだよ」
「──っわけ分かんねーこと言ってんじゃねぇぞ、コラッ!!
関係ねぇだろーがよっ! 俺が何であろうとお前によぉ!!
お前はこんな老いぼれに構ってる暇があんなら、もっと別のことをしやがれ!!
お前には、もっとできることが沢山あんだろ!? 才能もあって、俺と違って若さもあるくせによぉっ!!!」
最後の方になるとゼインの言葉や瞳には怒り以外に、ブラットに対する明確な〝嫉妬〟を滲ませ、泣き叫ぶように怒鳴り散らかす。
若かりし頃あれだけの力を持っていた男が、ブラットに向かって嫉妬心を向けてくる意味が理解できず、ブラットは胸倉を掴まれたまま何も言うことができなかった。
だがさすがにそんなことをしていれば、周りは何事かとなるわけで……。
「何事だ、二人とも」
「──ッチ」
「早雲さん……」
近くにいた門下生の誰かが知らせに行ったのか、この道場の主──藤崎早雲が直接仲裁にやってきた。
早雲の顔を見たゼインは舌打ちしながらブラットを離し、不機嫌そうに縁側に座りソッポを向くと、乱暴に煙管から煙を吸ってむせていた。
これは喋る気がないなと、早雲はブラットに「何があった?」と聞いてくるが……。
「それは──」
「──なんでもねーよ、お前はすっこんでろ」
とブラットにも喋らせる気はないようだ。早雲はもう一度ゼイン、ブラットと視線を巡らせ長いため息をついた。
「……分かった。だがここで揉め事は困る。ブラットくん、残念だが出て行ってもらえるか?」
「──なっ………………分かりました。さようなら、早雲さん。じゃあな──ゼイン」
ブラットだけに対して突き放すような態度に何故と言いたくなるも、長年の友らしきゼインと最近知り会っただけの子供。どちらを取るかなど考えるまでもない。
ブラットはここでごねたところでどうにもならないと早雲の表情から悟り、縁側から立ち上がると、そのままの足で帰りの門に向かって歩き去った。
(あーあ、こりゃもうこの道場に入れなくなったかもしれないなぁ……失敗したかも。
我ながら、もっと上手く聞く方法はなかったもんかねぇ……)
などと後悔しながら門のところまでやってくると、何故か後方で見送っていたはずの早雲が門のある場所の壁に背を預け立っていた。
「え? 早雲さん? なんで……あっちにいたのに」
「誰にも気が付かれずに先回りするのは得意でね」
「うわぁっ!? 早雲様っ!?」
「驚かせてすまんな」
道場の敷地内へ出入りする門を守っていたはずの、ブラットから見れば早雲の一メートルほど隣で立っていたはずの男性NPCがようやく彼の存在に気が付き驚いていた。
「それよりブラットくん。少し時間をもらってもいいかね?」
「ええ、はい。大丈夫ですけど……」
「ならこっちに来てくれ」
スタスタと道場のある方とは違う方向へ歩きはじめたので、ブラットも慌てて後を追う。ただ歩いているだけにしか見えないのに、異様に速い速度だったからだ。
「ここならいいか」
そう言って早雲が立ち止まったのは、敷地内にある竹林。何本が切断されたような跡があるので、ここで刀の修行なんかもしているのだろう。
そんなことを考えているブラットに対し、背を向けていた早雲が振り返る。
「いったい何をやっていたんだ? 君が来た日には、ゼインは面白いやつを見つけたと笑って私に話していたというのに……」
「えっと、実は──」
ここにはもう止める人物はいない。ブラットはケンカになったいきさつを簡単に説明していった。
「君がどこからその情報を得てきたのかは知らないが……、まあ若かりし頃のゼインの強さを知れば、何故今のようになってしまったのかと気になってしまうだろうな」
「それもありますけど、ただの好奇心ってだけじゃなくて、オレが強くなるためにもゼインを知る必要があるんです」
「そこも私には分からないのだが……まあいいか。嘘を言っているようではないようだしな。
ただそうか……うむ、分かった。そんなに気になるのなら、私が知っていることをブラットくんに話そう」
「いいんですか!?」
「ただし、聞いたからには君にゼインの今の状態を、どうにかする努力をしてもらいたい」
「……えっと、オレがですか?」
「君がだ。私にはそれができないし、それをする資格もない」
「資格がない……?」
「ああ、そうだ。けれど君になら、ゼインがどんな形であれ前を向いて生きて行けるようにさせられるかもしれない」
「そんな期待されても困るんですけど……さっきだって、いきなりキレられちゃったし」
「だからだよ。今のゼインは誰であろうと本当の感情を見せることはなかった。他人から何を言われてもヘラヘラとして、ふざけて誰かに絡んだりしてね。
だというのに、さっきのゼインはブラットくんに素の感情を見せていた。私ですらもうずっと、そんな姿を見たことはないというのにだ。
君に対して元から何か感じるものがあったからこそ、君の言葉に揺れ動かされたんだ。だから頼む──この通りだ」
そう言って早雲は頭を下げた。そこまでされてしまうと、ブラットも断りづらい。
「…………分かりました。努力はしてみようと思います。どっちみち、仲直りする必要はあるだろうし。
けどオレは精神科医でもないし、そういうのの専門家でもない子供だ。絶対にできるとは思わないでくださいね」
「はっは、分かった。存分に期待させてもらうことにしよう」
「分かってないじゃん……」
項垂れるブラットを微笑まし気に見つめてから、早雲は切り替えるように急激にその雰囲気を硬くして口を開いた。
「昔のゼインは本当に強かった。若い頃は天下無双の剣士になる──などと言ってはばからず、他の者ならできっこないと笑い飛ばされるようなことでも、彼ならやってのけてしまうのだろうなと当時の私は思ってしまうほどに」
あれほどの力があるなら大言壮語でもないだろうとブラットは納得していたのだが、次の早雲の言葉で一瞬思考が止まってしまう。
「だが、それを私が全て台無しにしてしまった。彼があんなふうになってしまう切っ掛けを作ってしまったのは、誰あろう私なんだ……」
「──えっ?」
少年の頃の早雲は、今では考えられないほど弱かった。
弱かったと言っても他よりも才能はあったのだろうが、どうも精神的に弱く伸びきれずにいた。
そんな彼の元へ現れたのはゼイン・シッドと名乗る少年。早雲の通う魔伐流の道場に、門下生としてではなく道場破りとしてやってきたのだ。
「結果はゼインの負けだった。だが自分と同じ年頃の少年が、一生届かぬのではないかと思っていた私の師を相手に、曲がりなりにも食らいついていたところを見て強い衝撃と憧れを抱いたのを昨日の事のように覚えている」
敗れたゼインは雑用をするからここで鍛えてくれと師範に頼み込み、魔伐流の剣術を覚える気はなくとも門下生のような形で道場で面倒を見ることになった。破天荒ではあるが、悪い人間ではなさそうだからと。
それからのゼインは師の指導も受け、メキメキとその力を上げていった。
早雲は彼に憧れ、彼に近づきたいと今まで以上に修行に励み、一番格の高い門下生にまで上り詰めることができた。
精神的に弱かった早雲は、それで自信をつけることになる。
「だがそれは同時に、私の心に驕りも植え付けていったのであろうな……」
その頃になると二人は無二の友となっていて、互いに高め合い……といっても早雲の方がずっと弱かったのだが、それでも同じ年頃でそこまでやれる者を知らなかったゼインも刺激を受けていた。
だからだろう。少年時代に敗れた師の実力すらとうに超えても、そのままゼインは道場に居ついていた。
そんなある日のこと。早雲は少し離れた森の中で、危険なモンスターを見たという情報を耳にする。
「師とも戦えるようになってきた私は、ならば倒してみせようと意気揚々とその森へ刀を腰に差し向かった」
「ああ……まさか」
自信を付けた早雲はモンスターごときにと負ける気は一切なく挑んだが、そのモンスターは早雲よりもずっと強かった。
ズタボロにされ、後はそのモンスターの腹の中に収まるだけという状態にまで追い込まれていた。
だがしかし、そこへゼインが現れた。「俺のダチに何しやがるっ!!」と啖呵を切って、早雲が何もできなかったモンスター相手に広い森が消し飛ぶほどの激戦を繰り広げ、見事その首を討ち取ることに成功した。
「良かった。けどそれだと、今のゼインの状況にはならないですよね?」
「ああ、そのモンスターは強さ以外に、恐ろしい特技を持っていたのだ」
ゼインに討ち取られる直前、モンスターは自分の命──魂すら全てを犠牲に彼を呪った。
ゼインも戦闘で弱っていたこともあり、その呪いになすすべもなく侵され──彼の両腕は瞬く間に腐り落ちた。
彼にとって、剣を振るう最も大事な両腕が。
「その呪いはあまりにも強力で、ポーションを使おうとも腕を再生することも叶わなかった。
他にも寺や教会に行き、呪いを解こうとしても誰にもどうにもできなかった」
「──えっ、でも今のゼインは腕がありますよね?」
「ああ、なぜ生えたのかは私にも、よく分かっていない。
何故なら彼はそんな状況だというのに、一番辛いのはゼインだというのにっ、辛そうにする私を見て私の前から去って行ってしまったのだから……。
『こんなもんどうってことねーよ、だから早雲は気にすんな。その代わり次に会うときまでに腕を生やしとくから、ちょっとは俺と戦えるくらいになっとけよ!』──なんて足を使って書いたであろう手紙を残してね」
早雲にとって、それらの出来事はトラウマだったのだろう。あれだけの強者だというのに、顔面を蒼白にし脂汗を流しながらそのときのことを語ってくれた。
「そして次に彼と出会ったのは、それから数十年後のことだった。
ゼインは腕こそ生えていたが、たまたま私が訪れた町で物乞いをして生活していたんだ……。
私は本当に馬鹿だっ! ゼインなら何とかするに決まってるなんて思い込んで、自分の罪から目を逸らし、のうのうと彼がやってくるのを待っていたのだからな!! 本当に愚かで救いようのないクズなんだよ、私はっ!!
堪え切れなかった私はすぐに彼を自分の元に招き入れ、できる限りのことをしてゼインを支えることにした。
けれど彼はもう……前のゼインのように笑うことも怒ることも、泣くこともない。まるで抜け殻のような存在になってしまっていた。
…………それからは君が知っているようなゼインの誕生だ。それでも私は、彼に何かを言う資格はないから、ずっと彼の好きなように生活してもらえるようにすることしかできなかった……」
「えっ……と」
想像していた話の何倍も内容が壮絶すぎて、ブラットはそれ以上喉から言葉が出てこなかった。
そんなブラットに、早雲は自嘲気味に微笑みかけた。
「見損なっただろう。私はこの国では剣聖だの開祖だのと偉そうに言われているがね、その実、薄情にも自分のせいで全てを無くした友を救おうともしなかった愚物でしかないのだ」
「それは……」
「だからこんな私の話が少しでもゼインの役に立つのなら、いかようにも使ってくれ。協力も惜しまない。
話はこれで終わりだ。長々と悪かったね、ブラットくん」
「い、いえ……ありがとうございました……」
「ああ、そうだ。もう一つ。彼は『鬼討ち』という酒を一番好んでいるんだ。それを渡せばご機嫌も取れて口も緩くなるかもしれない。
彼が落ち着いた頃に、また来るといい。ゼインもそんなに長く怒ってはいられない性質だろうからな」
それだけ言うと早雲はゼインが口から吐き出す煙のように、ブラットの目の前から消え去った。
次は土曜日更新です!




