第百五二話 ゼイン・シッド
こうなったらとしこたま高級お煎餅を食らい、その間ひたすら老人ではなくブラットの話をさせられた。
そのくせ老人は一切自分のことを語らず、選定勇者ということを隠し、適当にBMOの世界観に合わせただけのブラットの話に耳を傾け、何が面白いのかと言いたくなるほど馬鹿笑いし続けるだけ。
最終的にブラットは自分でも何をしているんだろうと、ただ座って話しているだけなのに疲労感がズッシリと全身に圧し掛かっていった。
「おーブラット! 煎餅ならいくらでも食わせてやるからなー!」
「あんたのじゃないだろーが!」
「がっはっは! また来いよー」
「来るもんか!」
おそらく早雲との縁は結ばれたので、もうしばらくはここに来ないぞと心に誓い、さっさと自分の課金拠点に戻っていくブラット。
「はぁ……やっぱここが一番落ち着くわぁ。さてと──」
拠点内にある部屋の課金購入した豪華な椅子にぐったりと座り、少し心を休めるとさっそく英傑召喚のリストを開いて、早雲の名前がちゃんと狙い通り載っているか確認していく。
「藤崎だから風精霊のホルスさんの上に──お! あったあった! 良かった、あれでちゃんと縁は結べたってことだ。
ふぅ~、これで早雲さんとも毎日ここにいながら戦え………………ん? ゼイン・シッド? 誰これ?」
五十音順で並んでいるリストに早雲が載ったことに喜びながら、なんとなく視線を上のほうに滑らせてみると、早雲の道場に行く前に英傑と戦ったときにはなかった名前が追加されていた。
「え~? 道場に行って帰ってくるまでに、英傑なんて言われるくらいのNPCと縁を結んでたってこと?
こっから真っすぐ道場のある町に飛んだわけだし、そんな人がいるわけ……」
ふとあの不良老人が頭をよぎるが「いやいやそんなわけ……」と否定するのと同時に、思えばあれだけ無駄に話していたというのに、彼の名前を一度も聞いていないことに気が付いた。
「他に思い当たらないんだよなぁ……。よし、とりあえずそっちはお楽しみに取っておいて、まずは早雲さんと戦ってみよう。
今でもあれだけ動けるんだから、若い頃の早雲さんとかどんだけ強かったんだろ」
そちらも気にはなるが、早雲の最強時代の強さも気になる。強者なら誰でも大歓迎なので、ゼイン・シッドなる人物はひとまずおいておくことにした。
「よし──【英傑召喚】、選択──藤崎早雲!」
【英傑召喚】で出てきた扉をくぐり、即座に早雲を選択。
場所は彼に相応しい広い剣術道場。そしてブラットの視線の先に生まれた光が早雲の形を取っていき──その姿を現した。
「ん? はていったい…………なるほど、私が若き選定勇者殿のお相手を──とは光栄だ。いくらでも、この老骨を使ってくだされ」
「……あれ? おじいちゃんのままだ」
「む? いかがされた?」
ここで出てくるのは、いつの時代に縁を結ぼうと問答無用で最盛期の一番強い時代の姿で現れる。
だというのに早雲は今日、出会った姿とまるで変らない白髪で狼耳を生やした老人のままだった。
(つまり老いた今が、この人の全盛期ってこと……? それはそれで凄いな)
あのエルヴィスですら老いに勝てなかったというのに、早雲は老いた今こそが強さの最盛期。こんな人もいるのかと、ブラットは感心してしまう。
「いや、大丈夫。お相手お願いします」
「心得た──」
早雲がスラリと鞘から抜き放ち正眼に構えるのは、『ユフィン』の町にあった道場では一度も見たことがない、見惚れるほど美しい芸術作品のような日本刀。
木刀では味わえない彼の全身全霊の空気と相まって、寒くもないのに腕をさすりたい気分になってくるが、ぐっとこらえて両手に精霊剣と英装剣を握りしめる。
「…………」
こちらから行っても瞬殺されるだけだろうとブラットが待ちの姿勢を見せると、散歩でもするかのような気軽さで早雲が構えを解き歩いて近寄って来る。
だが纏うのは殺気。手合わせなどという生温い雰囲気は一切ない。
(せめて最初の一撃くらいはどうにかしたいっ)
のんびりと目の前に来た早雲を、瞬きもせずに観察し続けたというのに、次の瞬間──体中のあちこちから冷たい物が一瞬通過したようなヒヤッとした感覚がし、何が起きたのかもわからず一瞬でHPがゼロになった。
「なっ」
「まだまだ精進が足りませんな。次からは、もう少し手加減いたしましょう」
カチンッという早雲の刀が鞘にしまわれる甲高い音を耳に覚えながら、ブラットは課金拠点の自室にリスポーンした。
「何されたの!?」
急いでダメージログの詳細を確認してみれば首、両肩、両手首、両腿、両足首をまず両断され、次に頭から股にかけて一閃、腰へ真横に一閃。
初撃を見逃さないようにしていたというに、相手は早い動きをしたように感じることすらなかったのに、あの一瞬の間で全身をバラバラにされていた。
「はっ、ははっ──意味わかんない。でもそうじゃなきゃ!」
これまでの十一人の英傑たちは、もっと動的な攻撃でブラットを殺しに来ていた。人によっては世界を滅ぼそうとしているのかと言いたくなるほど、ドカンと大きな一撃を。
だが早雲はどこまでも静か。例えブラットを殺すときでも物音一つ立てず、ただそこに常態で立っているだけのようだった。
「なんというか、ただ斬るという動作だけをどこまでも突き詰めていった先にある極致? みたいなものを感じた気がする。さすが自分で流派を開けるくらいの人だね。
けど難点は……何してるのかもっと協力してもらわないと、まったく分からないってところだけど」
分からないなりに感じたことはあったようで、ブラットはせめて何かを次に繋げてみせようと、新たに早雲攻略メモの項目を付け足し漠然とでも感じたことを書き連ねていく。
最近はこれを全ての英傑に対して取っている。そこから学んだこと、学べたことをできうる限り全部。
とはいえ癖の強いメンバーなので、まったく学びを得られぬまま殺されるなんてこともよくあるのだが。
「よーし、それじゃあ謎の人物『ゼイン・シッド』にいってみよう」
課金アイテム【デスペナリムーバー】を消費してバッドステータスを元に戻すと、すぐに【英傑召喚】を再使用し『ゼイン・シッド』を選択。
地形は草一つない荒野の大地。オレンジの地面がどこまでも広がっていた。
そんな場所に現れたのは、年の頃は二〇代後半の男性。簡素な洋服に皮鎧を身に着け、二本の直剣を背負うという格好。
キツネ色の短い髪にキツネの耳を生やし、額の辺りからヘラクレスオオカブトのような昆虫の角を生やしている人に近い狐獣人ベースに蟲人が混ざった混合種。
あの不良老人と同じ種の特徴を持ち、同じような……けれど全く熱量の違う燃えるような力強さを瞳に宿していた。それが示すところはつまり──。
「やっぱりあの爺さんが、この人ってことで間違いなさそう」
「ああ? テメー何言って──ほぉ? 選定勇者か。相手にとっては不足は…………弱そうだな、オイ」
「ほっとけ! これから強くなるんだよ。だから、そのためにも協力してくれ」
「なんで?」
「なんでって、そのために呼んだわけだし」
「嫌だね。勇者様には悪いがよ、俺には人の世話を焼いてる余裕なんかねーんだよ。
一分一秒でも早く、天下にとどろく最強の剣豪にならなくちゃなんねーんだからな」
「いや、あのさ。ここにいるあなた──ゼインさんは」
「さんはよせ。背中が痒くなる」
「……ゼインはいわゆる本当の人物を再現した存在であって、本来の自分じゃないんだ。
だからここにいるゼインが、どれだけ頑張っても今以上にはなれないんだぞ?
っていうか、そういうのはそっちで理解できるようになってるんじゃないの?」
「よく分からんから知らん! とにかく俺は俺で強くなるから、お前も勝手にやってろ」
「えぇ……なにそれ」
今までは自分は仮想の存在で、ブラットはここで殺しても厳密には死なないという法則を理解してくれた上で接してくれていた。
けれどこのゼインは、あまりにも脳筋すぎて正しく現状を理解してくれていないようだ。
だがその身から溢れる威圧感は、どう考えても本物。若かりし頃のエルヴィスと比べても遜色ないように思えた。
つまりあの老人は、あのくらいの時分には最盛期のエルヴィスにすら匹敵する強さを持った英傑だったということ。
今ではその片鱗すら見る影のない、不良老人だというのに。
「……つっても、ここは何もねーな。早く俺を元の場所に戻してくれ」
「いや、戻してくれって言われても終わらなきゃ、ずっとこのままだぞ」
「終わるってのはつまり…………ああ、そうか、お前を殺せばいいのか。
人間は余程のことがない限り斬るつもりはなかったんだが、どうやらオメーは死なねーみたいだし別にいいか──」
おもむろに背負っていた二本の直剣を抜き放ち、ブラット目掛けて襲い掛かってきた。
「くたばれっ勇者!!!」
「──まっ」
二つの剣閃はどこまでも苛烈で、どこまでも豪快。型など無いようでいて、しっかりと形になった無双の剣術。
一撃でブラットの体ごと大地を文字通り切り裂き、【生への渇望】で繋いだ命も二撃目で儚く消える。
「くたばれ勇者って、あいつ魔王かよ……。てか強かったんじゃん、あの爺さん!!」
拠点にリスポーンしてすぐに先ほどの録画映像をチェックしてみれば、ブラットが消え去った直後の大地は二か所で地割れが起きたかのように大きく割られていた。子供一人に対してオーバーキルもいいところである。
「……にしてもあの技、凄かったなぁ」
いきなりであっても、脳に焼き付くほど衝撃的な剣技だった。
一見粗野にも見えるが、彼の中で積み重ねられた技術が、あの一瞬に全て乗せられて完璧なまでに剣技として昇華されていた。
こんな衝撃は、ロロネーの剣技を見て以来かもしれない。
「いいなぁ……あの剣術。教えてくんないかなぁ……。ああ、けどロロネーの剣術を覚えたいし……。ん? ならいっそのこと二兎追ってみちゃおうか」
一人一つの流派しか学んではいけないなんて制限は、このゲームにはない。
流派や師範によっては他流派を学んでいるとお断りされることもあるようだが、ロロネーはそういうタイプではないように思えた。
「まあそっちは、明日にでもロロネーに直接聞いてみればいいか。
もしダメって言うなら、ロロネーの剣術だけに集中すればいい。どっちがいいかって言われれば、そっちの方がいいし。けど……」
流れゆく水のような美しさを持つロロネーの剣術は、ブラットに強い憧れを抱かせてくれた。
だがあの噴火している火山のような、どこまでも力強く燃え盛るような剣。あれはあれで違った美しさと憧れを感じさせてくれた。
「状況によって柔の三刀流、豪の二刀流って使い分けてもいいし、なんなら幽機鉱の翼を使って同時に二つの流派を混ぜ合わせた五刀流なんて奥の手があっても面白そう。
今後も魔導学をやっていけば、もっと複雑に別のことを同時に考えられるようにだってなれるわけだし、絶対にできないってことはないはず」
だがもしそんなことをしようとするなら、単純計算で二倍にその苦労は跳ね上がる。下手をすれば、それ以上ということもあり得るだろう。
形にすれば圧倒的な強さを身に付けられるかもしれないが、できなければ全て中途半端に終わる可能性だって充分あるのだ。
「でも挑戦したいって思っちゃうくらい、魅せられちゃったんだからしかたないよね。
けどそのためにはまず、あの老人──ゼインについて知らないとダメだ。今のままじゃ絶対に、あの脳筋は何も教えてくれようとはしないだろうし」
ろくに状況も理解しないまま、ブラットを殺せば元の場所に戻れると勘違いしている若きゼインは、次に同じように呼んだとしても何もできず殺しに来るだけだろう。それではこっちの実にならない。
ならば現実にいる、あれだけの力を夢幻だったかのように失った老人から教わる、もしくは説得できるような材料を手に入れることができれば、あの剣術について学ぶことにも希望が見えてきそうに思えた。
「けど今日はもうタイムオーバーか……。あそこで長話に付き合わなきゃ、もっと他にもできたのに。
けどまあ、それ以上にあの長話のおかげで、あの爺さんの過去と剣術を垣間見れたわけだし、お釣りがくるか。あそこで帰ってたら、縁なんて結べてなかっただろうし。
しばらく行くのを控えようかと思ってたけど、さっそく明日またゼインに会いに行ってみよう。
向こうからまた来いって言ったんだから手土産の一つも持ってけば、悪いようにはされないでしょ」
あの様子を見るに手土産というなら、お酒がいいだろう。
ログアウトしたら兄にBMOにある良いお酒を紹介してもらおうと、次の予定を組み立てながらブラットはその日のゲームを終えた。




