第百五一話 早雲と不良老人
しゃちたんたちと別れた後、ブラットはエルヴィスの授業を受け、その次に今度は不動石の洞窟のあった山脈のさらに向こう側、一町があるメントラン王国の西の隣国──『ラーゼンブル』にやってきていた。
さらに詳しく言えば、そのラーゼンブル王国とメントラン王国の国境横にある町『ユフィン』のポータルだ。
ユフィンの町は山岳部にあり、空気は薄いが澄み切っている。
自然豊かで建物も木造建築が中心の、長閑な風景が広がる牧歌的な美しい町並みが広がる場所だ。
さて、わざわざブラットがここに来たのは、とあるNPCと縁を結ぶためである。
(会える手順は全部終わらせられたけど、さすがにちょっと手合わせしてもらった程度じゃ縁を結んだことになってなかったんだよねぇ)
ここに来るのは今回も合わせて三回目。目的の人物は標高の高い町の中でも、一番高い場所に剣術道場を構える男性NPC──藤崎早雲。
このゲームでは少し珍しい純和風の名前を持つ日本刀を使った剣術の達人であり、BMOにおいて古流剣術にあたる魔伐流から派生した──『魔伐早雲流』の開祖でもある人物だ。
(まあロロネーみたいな三刀流じゃなくて一本の刀で戦うタイプだし、その流派を本格的に学ぶ気はないんだけど、いろんな経験を積んでおいた方がいいだろうしね)
今ブラットが使いたいと思っているのはロロネーの流派。
しかし彼の魔刃は日本刀にかなり近い形をした斬るための剣なので、刀の流派を齧っているだけで潰しはききそうだ。
そんな打算もあって、ブラットは英傑リストに名前を乗せるNPCとして彼をまず選んだというわけである。
「おお、また来たのか。入っていいぞ」
「どもどもー」
ここの道場に出入りするには、魔伐早雲流の師範代にまで上がれたNPC五人から紹介状を書いてもらう必要がある。
ただしNPCの大よその場所はネットに情報が載っているが、勝手に移動するので見つけにくい。さらに見つけてから、紹介状を書いてもらえる程度の信用を得る必要まであった。
それがなかなかに面倒で、最近のブラットはその紹介状集めに奔走していた。
けれど道場に一度でも入れてしまえば、その後は問題を中で起こさない限り顔パスで入れてくれるようになる。
そのためブラットは門を守っているNPCたちに挨拶をして、あっさりと入っていく。
(ふぅ、なんか炎獅子討伐の動画が出てからさらに見学者が増えたけど、さすがに制限ある場所じゃそうそう入ってこれないから落ち着くね)
もう慣れてきたが、やはり遠くから見られているのは少し落ち着かない。
彼ら彼女らはブラットが拠点から出るとすぐに、どこからか嗅ぎつけて現れるので、もはや振り切るのは不可能だった。
遠巻きに見学しているのは、今やそのほとんどがブラットの戦いに魅了されたファンたち。
『BFC』や『B見守り組』などという、いくつかの新クランまでも設立されてしまったレベルで、その層は日ごと厚みを増していることも振り切れなくなった原因の一つだろう。
しかし何も、それは悪いことばかりではない。
炎獅子討伐の動画や選定勇者のことをネットに公開したことで、一気にファンが増加したのとともに、ブラットが嫌いな俗にいうアンチも増加している。
中にはアカウントを停止されない程度の嫌がらせを考えたり、邪魔をするために交代で戦い──PKを仕掛けようとする厄介プレイヤーまで現れだしていた。
しかしブラットはアンチがいること自体はなんとなく知っていながらも、PKを仕掛けられることもなく、地味な嫌がらせを受けることもなく、今もいつも通り普通にプレイできている。
その理由こそが、そのファンたちでもあるのだ。
見学者たちはできるだけブラットの自然なプレイスタイルを見たいということで一致しており、その邪魔をしようとするプレイヤーを妨害したり始末したりと、影ながらブラットの〝普通〟を守ろうと活動し目を光らせているのだから。
アンチの数よりファンの数の方が圧倒的に多いからこそできる手段だ。
そんな大それた組織へと自分のファンを名乗るプレイヤーたちが膨れ上がっていることに気づかぬまま、ブラットは気負うことなく開祖である藤崎早雲に声をかけた。
「こんにちはー。また手合わせしてもらっていいですかー」
「うん? また君か。熱心な割には、なかなか正式な門下生になろうとしないし変わった子だな。
だがよかろう。強くなりたいと願う若者を指導するのも、年寄りの務めなのだから」
早雲は、七〇は過ぎているだろう見た目の老人剣士。種族は人をベースにした黒狼の獣人なのだが、とうに黒髪は全て真っ白だ。
だが和服を優雅に着流し木刀を構える姿は、一本の大木のようにどっしりとしていた。
「では、まいられよ」
「はぁっ!!」
一応は門下生候補という体で手合わせしてもらえているので、精霊剣一本で挑んでいく。こちらは真剣でもいいと言われているので遠慮なく。
早雲はブラットの猛攻に対し、静かにその力量に合わせ適当にさばいていき、しばらく打ち合ったところで簡単に木刀でブラットの頭を強く叩いた。
「いでっ!?」
早雲が真剣だったのなら、その頭は綺麗に縦に割れていたことだろう。
「…………ふむ。前のときも思ったのだが……君は普段そんな戦い方はしていないな?」
「え? あー……はい。まあ、いちおう門下生候補てきなあれで手合わせしてもらってるんでその……ね?」
さすがは剣の達人というべきか。ブラットがそもそも、この流派を真剣に学ぼうという気がないことまでお見通しだったようだ。
だが別段それでも、早雲は気にした様子もなく優しい笑みを浮かべていた。
「はっはっはっ、若いものはそんなことを気にしなくていい。
例え門下生になる気がなくとも、私と手合わせすることが君が強くなるのに必要だというのなら、喜んで相手をしようではないか」
「え? それでいいんですか?」
「うむ、問題ない。私は一人でも多く誰かを守りモンスターを屠れるよう、若者が成長してくれることだけを考えて生きているのだからな。
だから好きなように、かかってくるといい。好きなように、この老骨を使え。遠慮はするな。ほれ、もう一本だ」
「わかりました──」
ブラットは右手に【シルヴァーナ】、左手に【ガブリエル】の剣を持ち、二刀流で挑んでいく。
ロロネーの実際の剣を見て学び、前より形になってきた彼の剣術の真似事を披露する。
「ふむふむ。ようやく君という者が見えてきた気がする。だが、そんなものではないだろう?」
「当り前──だ!」
死神のリッカルドから学び、よりえげつなくなった死角を突いた不意打ち。
【ジャグリング】で、いつの間にか尻尾に持ち替えていた【ガブリエル】で早雲の首を狙う。
その間、空いた手からも魔刃を出し、両手は早雲の一本の刀を全力で抑えにかかった状態で。
しかし不気味なほど静かに彼は二刀を受け流し、不意打ちをスッと移動してあっさり躱してしまう。
「だろうね!」
「はっはっ、なかなか愉快だ。いいぞ、もっと君を見せてみなさい」
避けられることを見越したうえで魔刃を投擲していたのだが、それも読まれて躱される。
今度は幽機鉱の翼を拳に変えて、迅雷の体術を模倣したパンチを放つ。
「む? 君から、いろいろな人物の息吹を感じるのだが気のせいか?」
「──っ!」
「とはいえ全て付け焼刃、真に己の物にはまるでできていないようだが。ただ最初の剣術は、少し形になってはいた気がするな」
「ほんと!? ──っうわ!?」
「ほれ、戦いの最中に集中を切らすな」
ロロネーの剣術が曲がりなりにも形になってきていると達人に言われ、少し気が緩んだところへ容赦のない木刀での突きが胸元へ迫ってくる。
けれどトート三兄弟がふざけたようでいて、大真面目に味方を突き飛ばすようにして回避や移動していたことを思い出し、幽機鉱の翼で自分を殴って無理やり避けた。
「今のはっ──いいな、実にいい。君からは貪欲に強さを求める、純粋なまでの渇望が感じられる。まるで昔のアイツを思い出すようだ……」
「おりゃぁっ!」
余裕綽綽と何かを呟いているようだったが無視してロロネーの剣術に戻し、今度は幽機鉱の翼を腕に融合させ、腕力を増強した状態で三刀流を再現していく。
だがその全てが空振り、早雲は汗一つ息一つ切らせることなく、最後に小枝でも持っているかのように軽く木刀を振った。
「は?」
「これで一本だな」
自分の攻撃を風のようにユラユラ避けていただけだと思っていたのに、気が付けば彼の木刀はブラットの喉元に当てられていた。
やられた本人であるブラットは、まるで狐に摘ままれたかのように口を大きく開ける。
「いやはや、なかなか面白かったぞ。また相手をしてもらいたくなったら、いつでも来るといい。君のような若者は大歓迎だ。そうだ、君の名は何と言ったか?」
「ブ、ブラットです」
「ブブラットくんか。覚えておこう」
「いや、ブラットです」
「イヤブラットくん?」
「ブラット!」
「はっは、冗談だ。ブラットくんだな。では、次の相手も待っていることだし今日はこれまでだ」
「は、はぁ……ありがとうございました」
「うむ」
そうして彼はあっさりと去って行ってしまう。けれどブラットは一回目と二回目とは違う、ちゃんとした縁が早雲と結ばれたように感じた。
思えば二回目までの彼はブラットと戦っていても、物腰は柔らかだったが機械的に相手をしていただけだったように今なら思える。
今回のアレこそが、本当の彼の実力の一端でもあったのだろう。
(私が素の私を出さずに手合わせしていたから、あっちも素の自分を隠したまま相手をしてたってことなのかも。
そもそも名前だって最初に言ってたのに、全く覚えてなかったっぽいし。そりゃあ縁なんか結ばれないよね)
ただ接するだけでは縁は結ばれないという貴重な実体験も得られたところで、ブラットは上機嫌に道場の門をくぐり、帰りの門に続く道を歩いていく。
(あ、あの人。またいるな)
あの人とはブラットの追っかけではなく、道場から少しだけ離れた場所にある離れの家の縁側に、だらしなく和服を着崩し寝ころんで、まだ日も高いうちから右手に酒瓶、左手に煙管を持つ老人のこと。
あの老人は毎回そこで同じように寝ころび、同じように酔っ払い、同じように煙を吹かしている。
種族は人ベースのキツネ獣人に、ヘラクレスオオカブトのような角が生えた蟲人の特徴を持つ老人。
こちらも早雲と同じく老化により、キツネ色だった髪は真っ白になっている。
(あの真面目そうな早雲さんの性格からして、あんな老人すぐに追い出しちゃいそうだけど、なんでいるんだろ? 門下生の子たちの教育にも悪いでしょうに)
早雲と同世代であり、なおかつ種族も違うので親兄弟という線もないだろう。
あの静かにたたずむ大木のような頼りがいのある老人と、まるで接点があるようには思えない。
それなのに早雲の道場の敷地内で我が物顔で酒を飲み、煙を吹かすことを良しとされている。意味が分からないNPCだ。
──と、そんなことを考え見ていたからか、酔っ払い老人と視線が合ってしまう。
すると「ああん?」とチンピラのようにメンチを切られ、足の指で地面に敷き詰められていた砂利石を摘まむと、それを蹴るようにしてブラット目掛けて飛ばしてきた。
「うわっ──なんだいきなり!」
無遠慮に見ていた自分も悪いが、そんなことをしなくてもいいだろう。
ブラットは半ば反射的に魔刃の回転だけで、砂利石をそっくりそのまま老人に向かって弾き返した。
「おおっ? いだっ!?」
「やばっ、老人だってこと忘れてたっ」
砂利は精確に老人の顔面にヒットした。しかしチンピラ老人とはいえ、お年寄りはいたわらなければと素の性格が顔を出して心配そうに駆け寄っていく。
「大丈夫か!? 爺さん!」
「くくくっ」
「やばいっ、頭いかれちゃった!」
「誰がいかれただ!」
「おわあっ、なんだ元気じゃん」
砂利石を顔面にぶつけられたというのに笑っていたので、これはやばいと早雲か誰か家の人を呼びに行こうとしたのだが、そんな心配はいらないようだ。
老人は赤くなった顔をさすりながら縁側に座り直した。
「たくっ、変なガキが見てきやがると思ってちょっかい出したらこれだよ。ほれ、お前も飲むか?」
「いや、未成年なんで」
「真面目な坊ちゃんだねぇ。まあこんな上等な酒、頼まれても人にやるつもりなんかなかったがな」
「性格の悪い爺さんだなぁ」
「がっはっは、何とでも言え。ほれ、これならやるよ。まあ座れ」
「え?」
お煎餅の入った皿を出され、ブラットは腕を老人に掴まれた。
「いーからいーから! ほら座れって。どうせこんな道場に手合わせしに来るだけなんて、お前も暇なんだろ? 付き合えよ」
「えー……」
強引に隣に座らされ、お煎餅を勧められるがままに齧りつけば、上品な醤油の香りが口一杯に広がっていく。硬さもちょうどよく、小気味よい音を立てながら口の中で砕けていく。
「これ美味しいっ」
「だろ。それも酒と同じで、早雲のお気に入りだからな」
「これ早雲さんのかよ。勝手に食べていいのか? 爺さん」
「いーんだよ。あいつと俺はマブダチだからよ」
「友達にしたって限度はあると思うけど……モグモグ」
「そー言いながら食うとか、お前も良い性格してるぜ」
「そのお酒も早雲さんのなのか?」
「そうだ。こんな酒買う金を、俺が持ってるわけねーだろ。ングッングッ────かぁーーーうめぇ!! ほら、お前も食え食え!」
「もーなんなんだよ。一人で飲んでろよ、なんで俺を誘うんだよー」
「俺が暇で、お前が面白そうだったからだ。
今まで石を投げた奴であんなにキレーに隙なく弾き返した上に、怒るわけでもなく心配して近寄ってきたやつもはじめてだぞ?
お前さては変なやつだなー? がはははははっ!!」
「もう帰りたい……なんなのこの爺さん……」
「がははっ、ぎゃはは、ぐはははっ!!」
くだを巻く酔っ払い老人に絡まれたブラット。だがそれでも相手は老人。それもはだけた和服から見える上半身は痩せ衰え、鍛えている様子も一切ない老人だ。
腕を掴んで離さないその手を乱暴に払うこともできず、ため息をつきながら煎餅を齧り老人の話し相手になることにした。
「お煎餅が無くなるまでだからな、そしたら帰るからな。──モグモグ」
「おっそうか? ならお代わりだ! たっぷり食ってけー? がはははははっ」
「………………はぁ、めんどくさい爺さんに掴まっちゃったよ……ホント」
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