第百四六話 取引
生産畑のプレイヤーからすればとんでもないものでも、戦闘畑のプレイヤーからすれば大したことのないものもある。
その一つが、まさに今回ブラットが手にした【絶脈の雫】だろう。
【命脈の雫】は本職がその力をいかんなく発揮させようとすれば、それ相応の技術と知識を要求される素材ではある。
しかし素人でもポーションに垂らすだけで回復効果を少しながらプラスにしたり、未熟な錬金術師や薬師であろうと、お手軽に普段以上の効果を持つ回復ポーションを作れたりと扱いは簡単な部類に入っている。
そのため需要も高く、ブラットのような戦闘畑の人間でもその価値は分かりやすい。
だが【絶脈の雫】はそもそも実験できるほど数がプレイヤー間に出回っていないというのもあるが、かなり扱いが難しい上級者向けの素材。
強力な毒薬はもちろんのこと、使い方次第では特殊な回復薬の素材にもなったりするのだが、それを成すには高い技術が必要となってくるのだ。
そのためランランのような使いこなす自信があるプレイヤーや、いずれ使いこなせるようになったときのためにと入手手段を模索する者はいても、戦闘畑の人間からすれば縁遠く存在すら知らない者も多い。
なのでブラットもご多分に漏れず、稀少な素材の確実な入手手段が手に入ったという自覚はあれど、ラッキー程度の認識で他の正常な【ピュアブロッサム】たちに水をやってから、呑気に明日ランランに教えてあげようとログアウトした。
今日はこの後も、はるるんの動画のことでやることもあるので忙しい。
炎獅子討伐後のインタビューと選定勇者についての説明動画を夕食後に撮り終り、ようやく解放された頃。
色葉は疲れたしすぐに寝られそうだと、自室の零世界のものよりずっと寝心地の良いベッドの上でゴロゴロしながら微睡んでいると、メッセージが一件届いたことを知らせるマークが視界の隅で点滅をはじめた。
(誰だろ?)
またぞろ鈴木小太郎が何か言い忘れたことでもあったのかと思ったが、開いてみればそこに記載されていた名前は親友──飛鷹葵のもの。
内容は今連絡しても大丈夫かという短い文章だけ。
彼女には炎獅子討伐後に、課金拠点に籠る前に一通だけ勝ったことを知らせる短文を送りつけただけで、その後はあちこちと忙しくしていたせいで「おめでとう」の言葉に返事をするのを忘れていた。
「えーと、大丈夫だよーっと。きたきた」
大丈夫の返事をするとすぐに通話が来たので、色葉はそれを受け入れた。
「こんばんはー」
『こんばんは。なんか声がもにょもにょしてるけど、もう寝るところだった?』
「うん、そーだよー。炎獅子討伐やら、その後のイベントだとか、治兄の動画づくりの手伝いとかいろいろやって疲れちゃったからね。すっかり葵に返事するの忘れてたよ」
『ふふっ、だと思った。けど、その後のイベント? 何かあったの?』
「あったあった。詳しい話は治兄の今夜……中に出せるかどうかは分かんないけど、そっちの動画でいろいろと喋ってるんだけどね──」
葵にならば先に話してもいいだろうと選定勇者について、炎獅子戦後も録画していた映像も共有しながら語って聞かせていった。
『はぁ~~そんなことになってたんだ。っていうか色葉がトリガー引いたんだね、魔王イベントの。
私たちのクランでも、魔王とかいたんだ!? って大騒ぎになってたよ』
「あははっ、そーなんだ。葵は魔王とか倒しに行くの?」
『そんな強そうなボスがいるなら挑んでみたくない?』
「みたいみたい」
通話先で笑う葵と一緒に、色葉もクスクスと小さな笑い声をあげる。
『だよね。うちのクランはもう捜索がはじまってるから、近いうちに何かしらの情報はつかめると思う。どれくらい強いんだろうね』
「分かんないけど、簡単に攻略できるレベルのイベントではなさそうじゃない? なんたって魔王なわけだし」
『だと思う。ふふっ、今から楽しみ』
さすがは色葉の友。彼女も立派な戦闘狂だった。
まだ見ぬ強敵を胸に、二人して今度は「ふっふっふ」と不気味に笑い合う。
『ああ、そうだ。すっかり忘れてた。今日連絡した理由なんだけど』
「うん? なになに?」
『次の休み、一緒に遊びに行かない?』
「次の休みに? 別にいいけどどこいく? 面白そうな狩り場とかある?」
『あははっ、いやいや違うよ色葉。BMOじゃなくて、現実の方で遊びに行こって話だよ』
色葉の頭の中ではすっかりBMOでどこに行くかという話になっていたのだが、どうやら違ったようだ。
『実は、お父さんが会社の人から遊園地のチケット貰ったらしくてね。
さっきゲームにばっかり潜ってないで、たまにはこういうところでも遊んだらどうだって渡されたの』
「へぇ~遊園地かぁ。しかもリアルの方でとか、私行ったことないかも」
『だよね。私もないよ。だから、この機会に一度でいいから行ってみようかなって。
いつまで残ってるかも分からないでしょ? こういう施設って』
「あーね」
現実とかけ離れた物でなければ、既に色葉たちの時代では仮想現実にダイブするという技術は世界中に広く普及していた。
なので当然のように遊園地などのレジャー施設も、バーチャル内で楽しむ人がどんどん増え、現実にある建築物は次第にすたれてきていた。
なにせバーチャル内なら、あらゆる事故が起こりえない。遊園地などではマシントラブルで怪我をすることもなく、プールなどで溺れてしまうこともない。
さらに安全なのはもちろんのこと、他人を非表示にすることもできるため混雑とも無縁。
仲間たちと貸し切り気分で、他人の目を気にすることもなく、並ぶことすらなく時間が許す限り遊びつくせる。
そんな事情もあって、あちこちでレジャー施設は閉鎖に追い込まれているという暗い現実があるため、色葉たちの子供の世代にはリアルに現存する遊園地など存在していないかもしれないのだ。
これから先はさらにBMOのようにEW社の技術を使った、ぶっ飛んだ仮想現実があちこちに産み出されるようになっていくのは、BMOの盛況さを見れば明らかなのだから、その流れが止まることはないだろう。
(いろいろやりたいこともあるけど、炎獅子戦で一区切りついたわけだし、たまには葵とそういう珍しいところで遊ぶのも楽しいかもなぁ)
BMOというゲームに出会ってからというもの、日常生活を送るために必要な時間以外のほぼ全てをそこで費やしてきていた。
ここは一度、完全なリアルな世界で一息つくというのもいいのかもしれない。
「うん、分かった。次の休みに一緒に行こっか」
『ほんと? やった! 絶対だよ?』
「うん、絶対。約束約束」
何時に出かけるのか。どんな格好で行くのか。そんな話をしながら、その日は寝落ちするまで二人で他愛のない会話を楽しんだ。
翌日も学校から帰れば、すぐにBMOの世界へダイブ。
日課のロロネー直伝?トレーニングもこなし、ひと汗かいたところで、今日やろうと決めていたことにさっそく着手していく。
「さてと、インピュアブロッサムくんから、花びらを回収していきましょうかね」
昨日は時間が惜しかったため、さっさとログアウトしてしまったが、今日はしっかりと【オシリスの灰】によって変貌した、桜のような美しい花を咲かせる数本の木の中で、禍々しい邪悪な風貌を振りまき、これでもかと目立ちまくっている成木へと歩み寄っていく。
ピュアブロッサムのときは空を飛んで花弁をむしり取っていたのだが、これは見た目からして素手で触って良さそうには思えない。
そこで昨日と同じく『スタートレント』探しで、『トレント』を狩りまくって何本もある丈夫な木の棒を使って花弁を落としていく。
ある程度落とした後は、箒と塵取りで一枚も逃さず集めて袋に詰めた。
「これ、やっぱ素手で触ったらやばいのかな?」
拠点にある物の性質を知らないというのも駄目だろうと、物は試しに袋から一枚取り出し触ってみた。
「あれ? 意外と何ともない。なら──はむっ。────ぐぇっ、こえ、ためら……ペッ」
触ったくらいでは何のバッドステータスもつかなかったので、いっそのこととばかりに一枚口に放り込んだ。
すると苦味と植物の生臭さが口いっぱいに広がり、さらに口の周りがピリピリと麻痺して上手く喋れなくなった。
HPバーもジワジワと微量ながら減っていき、軽いめまいと吐き気に襲われ座り込む。
しばらくそんな状態をさまよって、ようやく復調した頃にはHPバーが一割ほど減っていた。たった一枚の花弁で、この効果である。
(うーん……零世界で試さなくてよかった。どこまで現実に即して再現されてたのかは知らないけど、向こうだったらほんとに吐いちゃってたかも)
あちらに持っていくなら弟妹たちが食べてしまわないよう細心の注意を払わなければと、しっかり脳に刻み込む。
ゲームだからこその、マイルドな表現になってコレである。現実となった世界で口にすれば、もっと悲惨なことになっていたのは間違いない。
自分でやる実験はこれくらいで止めておき、あとは専門家の意見を聞こうと一部の花弁を残して、ほぼ全てを絞ってガラス瓶の中に黒紫色の液体──【絶脈の雫】を注ぎ込んでいく。
「これでよしっと」
数本のガラス瓶を【絶脈の雫】で満たし終わったところで、この素材を欲している人物へとコンタクトを取ってみた。
「欲しがってたのが手に入ったぞーっと。あとは連絡がくるまでの間に、誰かに鍛えて──」
炎獅子のときとは違い、課金拠点に籠っていれば【英傑召喚】で死んだときに使うデスペナリムーバーの使用が外部に漏れることはない。
なので身内のことも気にせず、ばんばん課金アイテムを使えるので、目的のプレイヤー──ランランからの反応があるまで、そちらで遊んでいようと考えていたのだが……送ってから一〇秒も経たずに返信が来た。
『もしかして【絶脈の雫】!?』という端的な。
ブラットは思っていた以上の反応に笑ってしまいながらも、これは待たせるのは良くないなとすぐに肯定し、これから会うことが決まる。
ランランの工房の場所は分かりづらい場所に設置されているが、既に何度か通って完璧に覚えているのでブラットは迷うことなく辿り着く。
ノックをして名乗ると、向こうから工房の扉を開いて引っ張り込むように中へと招き入れられた。
毎度の如くちゃんとした椅子などなく、ブラットとランランは薬箱の上にドカリと座り向かい合う。
「あれ? ランランなんか変わった?」
「え? ああ、よく分かったね。そんなに変わってないのに。つい最近進化したんだよ」
かなりリアル寄りなパンダな風体はそのままだが、体がワンサイズ縮み、目の色が茶色から紫色に。
あとは犬歯や爪が薄く紫色になっていたりと、微妙な違いが散見された。
これは本人が言った通り、進化した影響。より自分の望む形態──毒の錬金術に補正がかかり、毒物に対しての優れた嗅覚を有するようになっていた。
「ほら、もういいでしょ! それよりも早く見せてよ~!」
「ああ、ごめんごめん」
進化したんだぁ~とでも言いたげに見つめていたら、痺れを切らしたランランにせっつかれてしまう。
ブラットは謝りながら、一本の小瓶をアイテムスロットから取り出し机の上に置いた。
「これがランランの言ってた【絶脈の雫】で間違いないよな?」
「──っ!!!!」
ランランは目を皿のようにして、小瓶の中身の液体を見つめ、種族スキルによってそれが【絶脈の雫】で間違いないことがすぐに理解できた。
「すごいっすごいっ! これ本物だよ!!
これってやっぱり、前の期間限定イベントで手に入れたピュアブロッサムから取れたの!?」
「あー……それなんだけど、ちょっと他にも見てほしいものがあるんだ」
「なになに!? ──おっと」
【絶脈の雫】関連の情報なら何でも欲しいとばかりに、ランランが顔をブラットの顔に近づけてくるが、BMOの基本仕様である接触制限に引っかかり透明な壁に阻まれるように途中で止まる。
HIMAやしゃちたんくらいの親しい人物でない限り、接触制限を解除することはないのでこれが普通。
ランランは自分が近づきすぎていたことに気が付き、冷静さを少しだけ取り戻す。
そうして彼女が元の姿勢に戻ったところで、ブラットは【インピュアブロッサムの花弁】の入った小袋を小瓶の横に置いて広げた。
「この花弁は……? 何だか私の嗅覚が凄い物って告げてるんだけど……」
「それな、インピュアブロッサムっていう木の花弁なんだ。そこの【絶脈の雫】は、それを絞れば確実に手に入れられる」
「──っ!!?!? ──っ!? ──っ!?!」
マジで!? とでも言いたいのだろうが、驚きすぎて声すら出せず、ランランは何度も花弁、雫、ブラットと視線が行き来し百面相を披露する。
あまりの驚きように、ブラットもそちらのほうに驚いてしまう。
「どどどど、どぴょっ──どこにあったのっ!!?!?」
「どこにあったのって言われてもな。今その木は、オレの課金拠点に一本生えてる」
「売って!! いくらでも!! 借金してでも払うから私に売って~~~~~っ!!!!」
「いや、それはちょっと……」
「なんで!? ブラットが持ってても使いこなせないでしょ!?」
「それはそうなんだけど、こっちはこっちで使いたいことがあるんで」
ブラットは別に、いじわるで言っているわけではない。ブラットが普通のプレイヤーであれば、快く彼女にならと売っていたかもしれない。
ブラットが持っていたところで、宝の持ち腐れなのは間違いないのだから。
けれど【命脈の雫】同様に、零世界の資源として現地の人たちへ【絶脈の雫】も有効活用してもらえないかと考えているので、その木は自分で保管しておきたかった。
まだ【オシリスの灰】は半分ほど残っているが、また別の何かに使えるかもしれないので、ここで全部使いたくもない。
そういった事情もあって、ブラットは誰にも渡す気は今のところなかった。
ブラットにも事情があるのだと理解し、ランランは断腸の思いでそれを飲み込み納得してくれた。
あまりにもしょんぼりするので、彼女のパンダという外見も相まってブラットの罪悪感はうなぎ上り状態だ。
「うぅ……分かったよぉ……。でも、どうやって手に入れたとかは教えてほしいなぁ~……」
「もちろん。実は──」
そこで【オシリスの灰】について説明していった。
「そんなの持ってないし、期間限定のイベント産アイテムじゃ、もう手に入れられるか分かったもんじゃない……。
灰にするにも、そのよく分かんない炎で燃やさないとダメだろうし……。はぁ……。
この世界のどっかにはたぶん存在してるんだろうけど、今のところたぶん持ってるのはブラットだけだね。
…………これって、私以外にも誰かに見せたり話したりした?」
「いいや、まだ誰にも。兄弟や親友にも、まだ話してないくらいだし」
それ自体は、すっかり話すのを忘れていただけなのだが。
「そっか。ならブラット、私と取引しましょう。
今後その内容は極秘にして、【絶脈の雫】は私が他の安定した入手手段を確保できるようになるまで、私にだけ優先的に流してほしい」
「取引ってことは、当然こっちにも見返りはあるんだよね?」
「もちろん。その間はブラットの依頼を最優先で、どんなときでも受けてあげる。お金もいらない。
時間も惜しまず、最上級の毒をブラットに提供する。どう? これじゃダメ? まだ足りない?」
不安そうに見つめてくるランランに、ブラットは笑顔で手を差し出した。
「願ってもない取引だ。ランランは間違いなく、このBMOでトップレベルの毒薬のエキスパートだ。そんな人に、いつでも毒が作ってもらえるなら言うことないよ。
それならこっちも、【絶脈の雫】に対して金銭は求めない。タダでこっちに定期的に流すと約束する」
「ほんと!? 助かるよーーー!! 余裕はある方だけど、無限にお金を用意できるわけじゃないからね! ふひひっ、これでいっぱい実験できるぞーー!!」
「こっちも助かるよ。ちょっとまた零世界サバに厄介なのが出てきたから、近いうちに製作依頼を出そうと思ってたところだし」
「それなら私に任せておいて。腕によりをかけて、最高の毒を作ってみせるよ!
この前のナイトメアとかいう未知のモンスターのレポートも、けっこうためになったしね。またレポートも出してくれると嬉しいな」
「分かってるよ。それがランランの腕の向上に繋がるんだろうし」
互いにがっしりと固い握手を交わし、ここに同じくらい硬い約束が結ばれた。




