第百一話 はじめての昇進
念願の二度目の進化を遂げたブラットは、ガンツたちと一緒に隊の一員として国に戻ってきた。
だがそれも国に戻った瞬間に終わりを告げる。
無事に門をくぐると岩石地帯への偵察任務のとき、ヌイの補佐として一緒にいた闇妖精の二級戦士──バルトが近くで待ち構えていた。
「ブラット。今後の君の所属について上から話があるそうだ。
疲れているなら明日でもいいと言われているが、どうする?」
「──今でいいよ、バルトさん。進化したおかげか体の方は、まったく疲れてないから」
ブラットは精神的には疲れているし、今の自分の体を知るためにもBMOに早く帰りたいという気持ちもあったが、こちらでの今後の自分の扱いについて知ってからの方がいいだろうと頷いた。
「ははっ、ますます立派になったなブラット。
君のような存在が我らの国にいて心強く思う。では付いてきてくれ」
「わかった。じゃあ……ガンツ、これで」
「ああ、行ってこい。ガンツ隊を離れても次の進化までに、お前のはじめのお相手は俺たちがしっかりと見つけておいてやるからな」
「そんなもん頼んでないって言ってるだろ! 最後までそれかよ!」
最後の最後で何なんだとブラットはツッコミを入れるが、ガンツたちは気にした様子もなく、いつものように笑っていた。
もう何を言っても無駄だと悟り、ブラットは待ってくれているバルトと一緒に町の中央に向かって進みだす。
「はっはっ、若いなブラットは。だがいずれ、ガンツたちに感謝するときが来るはずだ。そう邪険にしないほうがいい」
「バルトさんまで、そんなこと言うのか……」
「言うとも。私自身、兄貴分たちがちゃんとそのときのためにと手を回してくれていたことを、今でも感謝している。
ブラットも大人になったとき、きっと同じ気持ちになるはずだ」
「はぁ」
この人もやっぱり男なんだなぁくらいの生返事をし、中身が箱入り娘のブラットはこれ関係の話はもう嫌だと強引に話題を変えることにした。
「そういえばバルトさんは、オレが次にどんなことをするかとか聞いてる?」
「いいや、特に聞かされていない。私はブラットの知り合いで、ちょうど手が空いていたから案内役に抜擢されただけだからな。ほら、私は闇妖精だから」
「あー……、なんかごめん」
「謝る必要はない。人類のためとあらば、これくらいなんというものでもないのだから」
バルトは完全に邪悪属性系の種族というわけではないが、そちらに寄った種族──闇妖精。
アンデッド対策を町の中や外に色々と施しているせいで、バルトはずっと軽度のデバフ状態になっている上に、一部のスキルが弱体化している。
彼の場合は貴重な二級戦士ということもあり、今回は予備戦力として後方で待機を命じられていた。
そんな事情もあって決着がついたと言っていい今、暇を持て余していたというわけだ。
他愛のない話を続けながら彼の案内でやってきたのは、以前ガンツも来た戦士たちの総本部。
アデルを含めた国の戦士たちのトップ層が集まる場所。
「では私はここまでだ。あとは中でお待ちの方が説明してくださることになっている」
「うん、ありがとう。バルトさん」
バルトと別れブラットが扉をノックすると男性の声で入ってくるよう言われたので、遠慮なく扉を開いて中へと足を踏み入れた。
「そこに座ってくれ」
「あ、うん」
中にいたのはこの国のナンバー2、天使の翼にトカゲの手足と尻尾をもつ耽美な顔立ちの男性──ルーカスただ一人。
アデルほどではないが、それでも零世界では中々お目にかかれない実力者。ブラットはお~と内心感心しながら、促された椅子に腰かけた。
「君と会うのは、はじめてになるな。私はルーカスだ。
戦士部門統括長補佐の一人……まあ、戦士たちの中で二番目に偉いやつくらいに思ってくれればいい」
「オレはブラットだ。よろしく、ルーカスさん」
「ああよろしく、ブラット。まずは……そうだな、二次進化おめでとう。君のような有望な人材が、戦士として来てくれたことを心から歓迎しよう」
「ありがとう。そう言ってもらえてオレも嬉しいよ」
「なら、よかった。にしても二次進化でそれか……、これは将来が楽しみだ」
「そりゃどうも?」
見た目は若いくせにおじさんのような動作で感心するルーカスに、ブラットはどう返していいか迷いながらそう返事をした。
「おっと、話が脱線してしまった。君も疲れているだろうし手短にいこう。
それで早速本題なのだが、今日来てもらったのは進化した君の今後について話をしたかったからだ。
ガンツ特五級戦士から、なんとなく話は聞いているか?」
「軽くだけど、確か特にこれという役職に就くんじゃなくて、自由に動く権利がもらえる?とかなんとか」
「そうだな。概ね、それで間違っていない。
君には無条件で毎日一定の配給券が支給されることになっているから、それだけでも衣食住に困ることはないだろうから、そこも心配しなくていい」
「え? なんの功績もというか、例えば一日寝て過ごしても貰えるってことなのか?」
「その通りだ。だがそうすることが人類の役に立つと信じているから、ということは忘れないでもらいたい。
なんでもこれまで神の恵み箱を授かった者は、最終的に英雄や賢者になれなかった者たちも含め、必死で現状を打破しようと人類の未来のために動いてくれていたそうだ」
(そりゃあ、その人たちはEW社に叶えてほしい望みがあったんだろうしね。
ことを急いて失敗しちゃった人もいそうだけど……)
自分はそうならないよう今後はできるだけ無茶は控えようと、今回のことを棚に置いてブラットが心に誓っている中、ルーカスはそのまま話を続けていく。
「だから君もそうだと我々は信じている。その思いを裏切らないでほしい」
「まあ、そもそも楽しようとは思ってない。今ここで、その思いを無下にしないと誓うよ」
この世界でダラダラ過ごしたところで、ブラットの一番の願いである最強の存在へはいつまで経ってもなれやしない。
もちろんこの世界の人たちがより良い方へ向かうなら手を差し伸べたいという気持ちもあるが、零世界に来た当初の目的を忘れたわけでもないのだ。
ブラットのその嘘のない言葉を聞いて、ルーカスは美術館に飾っていてもおかしくないほど絵になる微笑みを浮かべた。
「その言葉を聞けて大変嬉しく思う。君が人類の未来を切り開いてくれることを切に願うばかりだ。
だが、まずはやってほしいことがある。ブラットに足りていないもの、それは人を率いる経験だ。
そのためにも特五級戦士たちに混ざって、さまざまな五級や六級、力はあるが戦い慣れしていない新米の戦士たちと組み、研修期間……とでもいえばいいか、上に立つものとしての経験をそこで少しばかり積んでもらいたい」
「と言うと、特定の隊を組むって感じではないと」
「戦士の階級が上がるほど、有事の際は下の者たちを率いる機会も増えていく。
様々な種族、特性を持つ戦士たちを、即興でまとめ作戦を立案、実行することだってあり得るのだ。
だからこそ君に積んでほしいのは特定の相手との連携ではなく、あらゆる種族を率いる経験をしてほしい」
「なるほど。組む人たちは、その都度そっちから指定があると思っても?」
「ああ、今の君なら五級戦士以下の戦場においては苦戦しないだろうし、いろいろとフォローしてやってほしい」
要するにブラットには指揮官としての経験を、ブラットと組む者たちはある程度失敗できる環境で戦場の経験を──と、それぞれに積ませようという目論見だ。
ブラットとしてもBMO以外のゲームでパーティやクラン、ギルドなんかを率いていた経験がないわけではないが、実際の肉体を持つ世界でそれをしたことはない。
これも今後の役に立つだろうと、ブラットは隊長の任を快く受けることを決めた。
「そうか、よかった。神の導きに反するなら無理はさせられないと思っていたが、杞憂だったようだな。
ではこれよりブラットは特三級戦士の階級に任ずる。
そして指揮官として最低限の経験を積んだ後に、そのまま二級戦士への昇進とする。問題はあるか?」
「ない──けど、そんなすぐに二級に?」
「長くやっていれば上の階級になれるというわけではない。戦士部門に限らず、階級とはその実力があるかどうかを示すもの。
まだ本当の実力を見れたわけではないが、対面しただけでも最低でも二級に相応しい力は秘めていると私は判断したのだ。
その階級が君の、ブラットの重荷にしかならないというのなら下げることもできるが、何かこの国でやりたいことがあるというのなら、階級が高いにこしたことはないぞ」
階級が欲しいかどうかと言われれば、それは欲しいに決まっている。
この人類最後の国はどこまでも階級社会。下の者を悪戯に傷つけるなどという愚行はしないが、上からの命令は基本的に絶対だ。
ブラットはアデルという繋がりがあったからこそ今回はスムーズに動けていたが、毎回頼むのは忍びないし、自分でできるなら自分でやったほうがいい。
戦士たちのトップという役職柄、彼女が暇を持て余しているということはありえないのだから。
そもそも暇なら、今ここにも彼女はいただろう。
そこまで考えて、ブラットはありがたくその階級を賜ることを選択した。
するとルーカスが一枚のメダルを投げてきたので、反射的にブラットは右手でつかんだ。
「それが階級章だ、受け取ってくれ」
「階級章なんてあったのか。ガンツたちのも見たことないけど」
「基本的に顔なじみばかりだからな。戦士たちの中でしかやり取りしないなら、見せる機会もそうないだろう。
他の部門の相手に身分を証明するときが主な使い時だ。とはいえ君の場合は既に国の有名人。あまり必要になる機会はないかもしれないな。
ただそれも元をたどれば資源の一つ、そうそう無くしてはくれるなよ」
「わかった。大事に持っておくよ」
ブラットの場合は特殊だが本来、二級相当の実力はないが他の三級よりも人類に大きな貢献をしている戦士を示す特三級戦士の階級章メダルは、銀色で剣と盾と杖の紋章の中央に金の星が描かれていた。
ただの三級戦士では、この星の色が銀色。二級だと星の数が二つ。一級になれば星の数が三つになる。
四級は星がなく、五級は盾がなく、六級は杖がなく、七級はただの銀色のメダルとなっている。
八級は見習いでそもそも正式な戦士として扱われていないので、階級章はもらえない。
そのことから三級以上の戦士を、星付きなどと言う者もこの国にはいるとブラットは説明された。
「上の階級になれば本来なら、それに見合った義務も発生するが、君は君に託された試練があることを知っている。
二級に昇進してからは、全てそのための行動を優先してくれて構わない。倒すのだろう? あのベグ・カウを」
「ああ、今すぐは無理でも、いつか必ず倒して、その地を人類の元へ取り戻す」
「アンテバルンという人類史上最も栄えた国があったのも、その神に愛された大地があってこそという話だ。
その地が再び人類の元に返ってくるのなら、他のどの地を得るより人類の未来は明るく照らされることになるのだろう。
だが最初聞いたときはそんなことができるわけはない、いくら神とはいえ無茶が過ぎる……とも思ったものだが、ブラットは実際に一次進化という幼少の身で岩石地帯の主──ナイトメアを討伐してみせてくれた。
正直その報を聞いたとき期待してしまったよ。君ならばできるのではないかとね。
だから信じよう。ブラットのその言葉を。今後の君の活躍に期待する」
「ああ、このブラットという存在全てをかけてやり切ってみせると、ルーカスさんにも誓うよ」
ブラットの嘘偽りのない力強い視線を真正面から受け、ルーカスは気持ちのいい笑みを浮かべた。
「ならば私も誓おう。今後も君の助けになると。存分にその力を振るってくれ。
これで私からの話は以上だ。後は部屋の外で待っている者から、今後の簡単な説明を道中にでも聞いておいてほしい。
では、君から私に聞いておきたいことはあるか?」
「んー、今のところはないかな。今後とも、よろしくということで一つ」
「ああ、よろしくブラット。君が人類の象徴となる日を心待ちにしているよ」
ルーカスとの話をあっさり終えて部屋から出ると、コーギー犬のような可愛らしい頭部を持つ獣人に、蝶々のような翅を付けた小柄な少年が待っていた。
「待ってたぞ、ブラット特三級戦士。おいらも同じ特三級戦士のボックスだ。よろしくな!」
「ああ、よろしくボックス。それで後のことは外にいる者からって言われたけど、ボックスがその説明役ということでいいのか?」
「ああ、そうだぞ。どうせすぐ引っ越しになるかもしんないが、とりあえずは三級戦士の宿舎に引っ越すように言われてるぞ。
手伝いがいるなら、おいらも手伝うけどどうする?」
「いや、一人で大丈夫だよ。場所だけ案内してもらってもいいか?」
「任せとけ。おいらもこれで仕事が終わりだからな、一石二鳥だ」
道中話を聞くところによれば、ボックスは少年ではなく立派な成人男性で、特殊技能も相まって二級にはなれずとも特三級にまで上り詰めた実力者とのこと。
「明後日は、あそこの第三部署に顔を出すんだぞ。
そこでブラットと組む予定の者たちが紹介されるからな」
「あそこの部署ね」
宿舎の途中にある主に三級から四級戦士たちが呼び出されたり命令を受けたり、上への間接的な報告をするときに行く建物を紹介された。
五級以下の隊長たちがよく行く第四部署よりも小さいが、そこよりも頑丈で作りの良い建物だ。
ちなみに明後日からというのは、ブラットは報酬の一つとして一日完全なお休みを貰えたからである。
そこから少しばかり行ったところに、三級戦士たちが詰めている宿舎があった。
相変わらず年季が入っていそうな姿は前にいた場所と変わらないが、よりがっしりとした岩のような素材を用いて作られた五階建て。
中に入ると基本的な構造はまったく前と変わらないが、ドアの間隔が圧倒的に長かった。つまり部屋も階級が上がったように、広さも数段上がったということだ。
ブラットが通されたのはやはり飛行ができる種族ということもあって五階の一室。
ボックスはそのお隣さんで、今回は初回だからと階段を使ってわざわざ一緒にここまで足で来てくれた。
カギをボックスから受け取って、扉を開いた。
「短い間だろうけどお隣さん同士よろしくだぞ、ブラット。何かわからないことがあったら、おいらに聞いてくれてもいいからな!
おいらがいないなら管理人に聞けば、だいたいわかると思うぞ」
「ありがとう、ボックス。何かあったら頼りにさせてもらうよ、よろしくな」
小さな肉球のある五本指の手と握手を交わしたブラットは、さっそく与えられた自室へと入っていく。
「おお、めっちゃ広く感じる」
ベッドに半分を占拠され、さらに棚を置けばほとんど空いたスペースのなかった三畳程度の部屋から、広々とした十畳程度の部屋へとグレードアップ。
前のベッドよりも一回り大きく、ちゃんとした物が置かれ、薄くてやや硬いが最初からマットレスも敷かれていた。
大きくなったベッドがあっても部屋は充分ゆとりがあり、大き目の収納棚が二つ置かれているが他にもソファやテーブルを置いてもまだスペースが余るだろう。
頭の中でいろいろとレイアウトを考えながら、ブラットはアデルがより入って来やすくなった大きな木の窓を開け放ち、夜が明け白みはじめた空へと飛び立った。
神の恵み箱──という名のアイテムスロットと、【エービトンのトランクケース】を使えば引っ越しなど大した苦もない。
数度元の部屋と今の部屋を行き来して、あっという間に引っ越し作業は終了だ。
前の部屋で使っていた棚を三つ目の収納として置き、マットレスやシーツも既に持っている物の方が質が良いので取り替える。
「うーん、まだ殺風景だなぁ。明日……というか、もう今日か。今日はお休みでいいらしいし、一回寝てから余ってる配給券持って家具と交換しに行こうかな。
二級に昇格しても、部屋が狭くなることはないだろうし」
四級以上は自分で配給券を貰いに行かなくても、宿舎の管理人たちが部屋まで持ってきてくれる。
だが今回はいつも以上の大戦だったこともあり、査定も時間がかかるからその分は数日後になるだろうと説明されていたので、ひとまずは手持ちの券を使う他ない。
「それでも、まだ余ってるからいいけどね。
どうせ今回のでもっと手に入るだろうし、今ある分はある程度使ってもいいかもしれない」
貯金ならぬ貯券は、今後この世界で行動するために必要だろう。
とはいえこれからは生きているだけで毎日配給券が支給されるらしいので、そこまで気を張る必要もないのかもしれないが。
「さて……と、もう寝ちゃおうかな。アデルは、まだ忙しいだろうし」
寝てBMOにひとまず戻りたい。それが今のブラットの心境だ。
というのもこの零世界では今のブラットの肉体の情報を、詳しく見ることができない。
BMOであればステータス一覧を開き、新たなスキルや特性をすぐさま調べられるというのにだ。
実際に体を動かし本能で今の体の情報を引き出し自分のできること、得意なことを探っていく。それが零世界の住民たちの常識だ。
けれどそれは、ある程度時間がかかる。こういうことができるとあらかじめ知っておいたほうが、早く今の自分の戦い方を確立することができるというもの。
これもBMOというゲームのプレイヤーである特権だろう。
そうとなれば話は早い。ブラットは今の自分のデータを調べるため、ワクワクしながらベッドに寝ころんだ。




