第九九話 ナイトメア
まずはブラットが用意した戦場に、ナイトメアをおびき寄せてから戦いたい。
そう考え、狙った一体だけを自分だけに強く引き付けるアイテム──【惑溺の偽瞳】を使用する……までもなく、勝手に他を置き去りにしてブラットへと一目散に向かってきた。
(なんでアイツもこんなに執着してんの!?
もしかして、まだあのときのこと根に持ってるとか?)
思えばファントム・ストーンバードマンも自分を見つけたら、まっすぐ襲い掛かってきていた。
自分は一部のゴースト系モンスターを引き寄せる何かでも発しているのかとブラットの脳裏によぎるが、予定通り進んでいるならいいかと、既に全力で走り出していたガンツたちの後を追うよう人気のない方へと走り出す。
ナイトメアの近くには取り巻きもいて、主の後を追おうともしてきたが、それらは見事にブラットが授けておいたアイテムを使って、それぞれの担当の対策部隊が釣り上げ別方向に引き離してくれた。
他に雑魚が何体かくっついてきてしまってはいるが、最悪取り巻きが数体付いてきてしまっても大丈夫なように作戦を組んでいたので、その程度なんの問題にもならないとブラットは気にせず目的地を目指す。
「ゲケケケケッ!!」
「ファイブ・ダークレイか──ガンツ、狙いはオレっぽいから近づかないように!」
「わかってる!」
まだ距離がある中で、こちらを追いながらナイトメアは黒い球体を五つ周囲に展開し、そこから黒い光線を連続でブラット目がけて発射する。
だが予習していたモンスターも同じことができたので、かわし方も勉強済みだ。
(あれは発射時に球体が一瞬だけ膨らむから、そのときその直線上から移動すれば──)
後ろを確認しながら走り続け、攻撃の予兆に合わせてステップで体の位置をずらし黒い光線を次々とかわしてみせる。
その光線は回復阻害の呪いもついているので、当たるわけにはいかない。
避けた先にあった地面や草木は、その部分だけが抉られたように消滅していた。
光線は球体が膨らんだ後からは方向を変えられない。真っすぐしか飛ばせない。光線の当たり判定は直径約一〇センチ。
最初の数発は誤差や零世界特有の違いの可能性も警戒して大きく移動してかわしていたが、それも直ぐに最適化され最小限の動きでかわせるようになっていく。
「ゲケーーーッ!」
「ほいよっ!」
「ケッ!?」
光線を撃ちながら一気に加速し、鋭く伸ばした黒い爪に邪気をまとい振りかぶる。
しかしその前にブラットはナイトメアの顔に向かって、聖なる光を発するだけの【聖光玉】を放り投げた。
通常種からすれば一瞬眩しいだけで、他に効果は何もない。
けれどアンデッドや邪悪系の種族は、その光を見ただけで目に火傷のダメージを負う。
ただし何度も同じ個体に使っていると効かなくなるので、ずっと使えるわけでもない程度のアイテムだ。
ナイトメアは振り上げた腕を下ろすことなく、目を押さえながらその場に着地する。
ブラットにとって当たれば即死級の【イビルクロウ】を強制的に解除させることに成功し、【聖水】の入ったビンを追加でナイトメアに向かって投げつける。
「ゲグゲケェーーッ!!」
聖水を頭からかぶり、ジュウジュウと煙をあげながら未だ展開中だった【ファイブ・ダークレイ】の光線を周囲にまき散らす。
しかしそんな適当に撃った光線は誰にもあたらず、回復した頃にはまたブラットとの距離が広がっていた。
「こっちだ! まぬけ!」
「────ッ──ッ!!」
ナイトメアはギチギチと金属でできたようなクチバシを鳴らし、怒りの形相で再びブラットを追いかけだした。
それからも手を変え品を変え、のらりくらりと似たような攻防を繰り返しながら、いよいよ誰にも迷惑のかからない、それでいて別勢力の邪魔も入りにくい開けた場所まで誘導することができた。
まったく興味を持たれていないガンツたちは、既に自分たちの配置について待機している。
ブラットはこの場所のすぐ手前で事前にデンが置いておいてくれた布袋を拾い、ここまでの攻防で消費し空いたアイテムスロットに、今これから必要になるアイテムを入れて補充していく。
「これで準備は完了だ。さぁ──来いっ」
「ケィィイイイルァアアアアーーーッ!!」
さんざん攻撃をすかしてきた上に、今度は挑発するように待ち構えて手招きするブラット。
ナイトメアは血管があれば全て切れてしまっていそうなほど怒り狂った咆哮をあげ、ブラットたちとはじめて邂逅したときよりも立派になった、ヒビ一つないメタリックな金属の翼を輝かせ、【ファスターフライ】で一気に飛行速度を上げて急降下。
【ヘルフレイム】と【イビルスマッシュ】の複合攻撃──漆黒の炎をまとった拳を、空から墜落するような勢いでブラットの脳天目掛けて叩き込んできた。
それは攻撃前後の隙も非常に少なく、威力、速度も申し分ない一撃。
それ一発でブラットなど、十回は楽に死ねる威力が込められている。アデルとて、まともに食らえば大ダメージは免れない。
けれどそんな一撃に対して、ブラットは自ら突っ込んでいく。「馬鹿めっ」と言いたげに、ナイトメアの瞳に喜びの色が浮かび上がる。
「【邪悪無効】──」
「──ケ?」
だが、すぐに驚きに飲み込まれることになる。
ブラットが【邪悪無効】と呟いた瞬間、左の小指に嵌められていた指輪が白く輝き、邪悪属性が乗った攻撃なら一度だけ全て無効化する効果を発動した。
指輪はナイトメアの地獄の炎も邪悪属性も、体や拳に乗っていた運動エネルギーまでも全て吸い込み砕け散った。
ナイトメアは急激に全身に満ちていた力が消え去り、呆けたまま自由落下にまかせストンとブラットの前に着地する。
ここまで来る間にも妙なことは何度もあったが、こればかりは起きた結果を脳が受け止め切れなかったのだ。
「【聖域珠】展開!」
「──ケケ?」
だがそれは、あまりにも間抜けというもの。
ブラットは左手に持っていた大きなビー玉ほどの白い珠を、ナイトメアの目の前で発動させた。
すると珠が砕け散りながらブラットとナイトメアのいる場所を中心に、周囲に聖なる領域をドーム状に展開していく。
ナイトメアにくっついてきていたモンスターたちは聖域の力で消し去られるか、そうでなくても聖域の壁に押し出されるように遠くへと追いやられてしまう。
「ゲッ────ゲケィィィィァアアアアーーッ!?」
「それじゃあ、正々堂々戦おうか」
【聖域珠】は事前に大量の魔力を補充しておくことで起動できるようになるアイテムで、効果はアンデッドや邪悪属性に偏った種族が入ってこれないフィールド──聖域を展開するというもの。
これを張られると効果が続く限り、中にいる者にアンデッドたちは一切手を出せなくなる。
さらに条件を満たせば外敵の侵入を阻む柵ではなく、閉じ込める檻にすることもできる。
その条件は発動時、【聖域珠】の半径一.五メートル以内に閉じ込めたい対象がいる場合、そのアンデッドは外へ弾かれることなく中に残され、完全に聖域内に幽閉される。
聖域の壁はアンデッドなどは出入りできないようになっているので、外から援軍も来れないし、外へ出ることもできなくなるのだ。
聖域の中はアンデッドにとっては、まさに地獄。
常にダメージを負い続け、全能力が低下し、少し強い程度のアンデッドなら一分と待たず消滅してしまう。
またアンデッドや邪悪系統のスキルも大幅に弱体化され、呪い系のスキルなどは全て無効。
逆にそれ以外の種にとっては、スキルからアイテムまで全ての神聖属性の効果増強、常時自動回復付与、回復速度上昇と圧倒的有利な状況を作り出せるようになる。
「ゲゲケッ──」
だがここまでやっても、ブラットとナイトメアの強さは逆転していない。まだまだナイトメアの方が全能力で上回っている状況。
けれど相手の能力を下げたことで、攻撃はかわしやすくも、通りやすくもなっている。
確殺の一撃も聖域内なら、一度は耐えられるようになったと思っていい。
さらにこの場所には聖水の入ったビンを決められた位置に埋めており、聖域の効果時間を大幅に延長もしている。
勝率はこれだけで大幅に上がったと言っていいだろう。
凄まじい倦怠感と肌を焼く痛みに耐えながら、ナイトメアは感覚でこの領域内がどういう空間なのか理解した。
手足の爪を伸ばし鳥の鉤爪のように変化させると、弱体化しない純粋な攻撃スキル【鳥爪斬】を発動させながらブラットに襲い掛かってくる。
「でも残念──そこにはトラップが仕掛けてあるんだよ」
「ケッ──!?」
後ろに下がろうとするブラットを追って一歩踏み出した瞬間、下からヘビのように【ホーリーチェーン】が飛び出て両足に巻き付いてくる。
さらにその隙をついてブラットからも【ホーリーチェーン】が飛んできて、上半身も拘束される。
「あれのどこが正々堂々なんだろうな」
「ナイトメアが死んでくれんなら、どんな手だろうと構やしねーよ」
「はっ、違いねぇ」
正々堂々の欠片もない戦い方にボンド、ガンツ、ワーリーが聖域に弾かれた雑魚たちを討伐しながらそんなことを話しているが、ブラットの耳には全く届いていない。
「【根源なる捕食】!」
「ゲッ──ケケッ──ゲケッ──」
鎖にグルグル巻きにされ地面に転がるナイトメアに、ブラットは【根源なる捕食】でバフを盛ってから、さらに一切容赦なくアイテムを使いまくり追加で重ねたバフの乗った攻撃を何度も叩きこんでいく。
本来のナイトメアは【ホーリチェーン】を二つかけられても、数秒で引きちぎることができる実力を持っている。
しかしそれも聖域の効果でナイトメアは弱体化しアイテムは強化された今、その圧倒的な力を発揮することもできず、ブラットにされるがままに攻撃を受ける他なかった。
見ようによっては、浦島太郎のカメをいじめている子供のよう。どちらが非道な存在か、わからなくなりそうな光景だ。
けれどやられる側も、ただ為すがままにされるのはプライドが許さない。
アンデッドや邪悪系とは関係のない、聖域の弱体化を受けない強い音波を口から発し、相手の脳や三半規管にダメージを与える【強音波】を発動しようと口を開いた。
「待ってた──ぞっ」
「──ッボゲ────────────ッァ────────!?──!?───ェェ──ッァ───ッガァッァ!?」
ブラットが他の人の動画で戦い方を研究していたとき、仮想ナイトメアとして見ていたモンスターもこの状態になったとき、同じ手を使おうとしていた。
動画の投稿主はここで【強聖水】を口の中に注ぎ入れて黙らせていたが、ブラットはここでランランから授かった三つの毒の内の一つをナイトメアの口の中へと叩き込んだ。
【強音波】を上げるために息を大きく吸っていたこともあり、思い切り異物という名の毒を体内に注ぎ入れてしまう。
結果は悲惨そのもの。
本来毒とは無縁なはずのゴースト系のモンスターが、まるで内臓を熱した火かき棒でかき回されているかのような激痛が内部から沸き起こり、ナイトメアは尋常ならざる苦痛に藻掻き苦しみだす。
ここまでの痛みとなると、生者ならば耐え切れず気絶してくれたはず。
だがナイトメアは生憎ゴーストだ。気絶すらできず、声にならない叫びを上げるしかない。
そしてその様子をレポートのために冷静に観察しながらも、ブラットは攻撃の手を緩めない。
HPバーが零世界にもあったのなら、これで四分一程度は削れたかというところで、そろそろ動きを封じていた【ホーリチェーン】が砕け散りそうになってくる。
そこでブラットは、一回目の締めへと入っていく。
今できるスキルやアイテムの中で、最も効果の高い攻撃上昇アイテム──【攻破の指輪[3]】を発動させ、【蓄電】が乗った【雷刃】に【魔刃断頭】の効果を乗せ、【強聖水】を垂らして霧をあげならナイトメアの首にそれを叩き込んだ。
「──ゲッ」
「かったいな! これでデバフ効いた状態とか嘘だろっ」
聖域と鎖、両方のデバフが乗っていたこともあり、ちゃんとそれなりのダメージは入ったが、それでも〝それなり〟でしかない。
今この瞬間できる最大火力でこれなのだから、やはり実力で勝つなど夢物語な相手だと改めて実感する。
「二つ目を!」
「受け取れ!」
聖域の外からワーリーによって、アイテムの入った袋がブラットへと投げ込まれる。
相手の拘束がまだ残っているうちにそれをキャッチし、中身に手を突っ込んで失ったアイテムスロットの中身をここで補充し直す。
ポーションで魔力を回復しておくのも忘れない。
参考にした動画の投稿者の戦いと違って、ナイトメアの防御能力は仮想モンスターより高い。
なのでブラットの場合は全てアイテムでかさましした攻撃をしなければ、聖域が切れるまでに倒し切れないのは確実。
だからこうしてガンツ隊の仲間を頼り、補充する機会を設けていた。
「ゲッ──ケ!!」
「──よっ」
鎖が砕け散った瞬間、最速でナイトメアが【鳥爪斬】で引っ掻いてきた。
だがそれも予想済みな上に軌道も簡単に読めたので、ここは素の力で避けながら距離を取る。
(追撃か──それとも……来たね)
「ケェェェーーー……」
ナイトメアはブラットと距離を取ったまま、これまで見せてこなかったスキル【メタルアーマー・コーティング】を発動。
全身から溶けた鉄のようなものが湧き出し、体中がそれで覆われていき、まるで全身鎧を着こんだリビングアーマーのような姿へと変化した。
「ケケッケケケッ──」
この状態になると機動力が著しく落ちる代わりに、物理魔法双方の防御能力が跳ね上がる。
しかもそれだけでなく、この鎧を身にまとっている間は、あらゆる外部の神聖効果を内部に通さない。
つまりこの状態のナイトメアに【強聖水】をかけても、中身には届かないのでダメージを負わない。
聖域の効果も鎧に弾かれ、その中身であるナイトメアには効果を及ぼさなくなる。
機動力が落ちればブラットに攻撃が当てられないと本能的に理解していたので、今までは無視して強引に押し切ろうとしていたが、ここでナイトメアは考え方を変えた。
聖域の効果は無限ではない。そのことも本能的に理解し、鎧をまとい聖域の効果が切れるのをゆっくり待ってから、ブラットを殺そうと我慢することを覚えたのだ。
そしてこの状態のナイトメアに、攻撃を通す術をブラットは持っていない。
そうなれば聖域が消え、それ頼りに戦っているブラットの勝算はゼロに限りなく近くなってしまう。
これは本来仮想ナイトメアとして参考にしていた、『ファントム・バードマン』は使わないスキル。当然、動画にもその攻略法は映されていない。
だがブラットは、ちゃんとこれをしてくることを予想していた。
何故なら、はるるんに特性が近いと言われていた『ナイトメア・ロックウィングバード』が、まったく同じようなスキルを使ってくることで有名だったからだ。
「ガンツ!! 打ち上げてくれ!」
「あいよっ!!」
聖域の外にいたガンツは近くに隠し置いていた大きな花火の筒を空に向け、導火線に火をつける。
すると花火玉のようなものが夜空に向かって射出され、爆ぜると同時に雲が聖域の上を覆っていく。
そしてすぐに雨が聖域を中心にして降り注ぎ、ガンツたちはその雨に当たらないように少し距離を取った。
「ケケ? ──ゲケケッ?」
「時間稼ぎなんてさせるか──」
降り注ぐ雨にナイトメアは首を傾げ、なんだと空を見上げるとドロドロと全身の鎧が溶けて体から勝手にボトボト剥がれていく。
背中の金属翼とクチバシもジュウジュウと焼ける音を立て、ダメージを受けはじめる。
そして鎧が溶かされたということは、聖域の効果も再び受け、さらにダメージを負う。
なんだこれはとブラットの方を見れば、ブラットからも肌が露出した部分から小さな煙を立てダメージを負っていた。
ガンツが打ち上げたのは【強酸雲の種】。爆ぜたところを中心に強酸の雨を降らせるという危険な代物だ。
当然ブラットもその効果対象になりダメージを負ってしまうが、それは自前の回復能力と聖域の回復効果が上回り、ダメージはゼロ。衣装もサクラお手製で、簡単には溶けないようになっている上に自動修復もついているので安心だ。
こちらは常時受ける回復量が減った程度のデメリットしかない。
一方でこの雨はゴーレムや金属を使ったものに強い特効効果を持ち、その対象はナイトメアがまとった鎧や、クチバシと翼の金属にも及ぶ。
スキルで作った急造の鎧などあっという間に溶けてしまい、強引に剥がすことができたというわけである。
「ほらお代わりだ。次行くぞ」
「ケケッ!」
聖域の効果が続くのなら、こちらの攻撃だって通る。
雨の効果に驚いている間に鎖を投げた。しかしこれは簡単にかわされてしまうが──。
「それは偽物だ」
「ゲケッ!?」
鎖は【ホーリーチェーン】ではなく、ただの安い鉄の鎖。
よけた先を見越した位置にブラットは、ペイントボールのようなものを投げてナイトメアに命中させる。
今度は何が起きるのかとナイトメアは体を硬くするが、黒色の粘着液が体に付着しただけで何も起きる気配はなかった。
「トッド!」
聖域の外にいる仲間にそうブラットが声をかけた瞬間、急激に外へと向かってナイトメアが引っ張られだす。
ブラットが投げたのは、対となる粘着液同士で強く引き合う【強力磁液】。外でトッドが対となる粘液が入った玉を割ったので、そちらにナイトメアが引っ張られたというわけだ。
体は聖域の壁にぶつかっても外へと向かおうと引っ張られるが、アンデッドは一度この中に入れば聖域が解けるまで出られない。
最も神聖な力が強い壁に押し付けられ、ナイトメアはより聖域の効果を一身に受けることになる。
この雨はただの【ホーリーチェーン】も溶かしてしまうので、BMOの職人に特殊コーティングしてもらった【ホーリーチェーン(非溶解)】を使用して相手を拘束し、またタコ殴りタイムがはじまる。
今度は学習したのか口を開けようとしてくれないので、【セイクリッド・インパクト】のスクロールを出して魔法を発動。
魔法でできた神聖属性のハンマーが飛んでいき、聖域の壁とサンドするように腹部に直撃。
「──ゲハァッ!?」
この魔法はMP消費が少なめなこともあり威力はそこそこしかないが、強いノックバック効果を持っている。
だが壁に押し付けられて下がれないナイトメアは、後ろに吹き飛ぶ分の衝撃まで一心に腹部に受け、えずきながら口を大きく開けてしまう。
「二つ目!」
「ゴゲゲッ────ッ──────ッェ────ェ──…………ゲェェ…………」
今度のランラン特製毒は痛みこそ薄いが、全身の感覚がマヒしていき痙攣を引き起こす。
もともと血の通っていない体だが、体の芯から冷えていくような初めて味わう不気味な感覚に恐怖心が沸き起こってくる。
このまま二度と体が動かなくなるのではないかと。
(こっちは毒の効果が一つ目より少し薄めだけど、霊体の精神力を削る効果があるっぽいね)
冷静に観察をしながらブラットは【ホーリーチェーン(非溶解)】の効果が切れる寸前までダメージと【コンボ】を稼ぎ、終わり際に【攻破の指輪[2]】を使った特大バフを乗せた一撃をお見舞いして削っていった。
ブラットがアイテム補充と回復をしている間に、【強力磁液】も【ホーリーチェーン(非溶解)】の効果も切れて、またナイトメアは聖域内には変わりないが動きを取り戻す。
「ケケェッ!」
「──おっと」
慎重に、罠がないかも確認しながら、ナイトメアはブラットに近接物理攻撃で攻めていく。
雨は既に止んでいるが、どうせ鎧を着ても同じことをされるだけだと学び、何が何でも聖域が切れるまで生き残るためだけに動き続ける。
動きを止めればまた不可思議な方法で拘束されるかもしれないし、攻撃の手を休めれば得体のしれないこの不気味な人間が何をしてくるかわからない。
ここに来てようやくナイトメアは、自分の死を意識するようになったのだ。さすがにもう一度拘束されたら、危ないかもしれないと。
(やっぱり二回も拘束すると、三回目はそう簡単にやらせてくれないよね)
「ケッ! ケッ! ケケッ!!」
相手も警戒しながらなこともあり、ナイトメアの攻撃をかわすのはそう難しくなかった。
だがこちらが何か行動に移そうとすると、聖域による弱体化を受けてなお超絶的な反応をみせ隙がない。
さらに厄介なことに、聖域の終了時間が近づいてきていた。
使える【聖域珠】はまだ持っているが、このナイトメアがもう一度閉じ込められてくれるとは考えにくい。
だというのに効果時間内に拘束できるのは、精々あと一回程度だろう。
またもう一度これまでのように拘束できたとしても、あと一歩ナイトメアを仕留めるには火力が足りないとブラットは考えていた。
(動画だともう一回拘束できれば毒も使わないで三回目で仕留めてたけど、こいつはソッチより絶対に強いし、今のこいつは警戒心も高くて罠に嵌めにくい。
やっぱり普通の手段じゃ無理だよね……。となると────)
これは念のためにと用意しておいた最後の策を使うしかないかと考えていると、聖域の外からガンツたちがこぞって中に入ってきた。
「おーい! 雑魚は全滅させた! そっちの援護にまわるぞー!」
「──────バカッ! 何で入ってきたっ!!」
ブラットは慌てた様子で、聖域の中に自ら入ってきたガンツたちに向かってそう叫んだ。
「アァァァ……♪」
その慌てようにナイトメアは、今入ってきた五人の人間は、この人間にとって大切な存在なのだと確信を持つ。
さらに命を奪うことで、ナイトメアは回復する技能を持っている。
あいつらを殺してブラットの心にダメージを与えつつ、このボロボロになった体も回復してやろう。
そんな黒い感情を爆発させ、ナイトメアはあらゆる速度上昇のスキルを聖域の効果で弱体化しようと構わず使い、全力でブラットではなくガンツたちの方へと突っ込んでいく。
「やめろっ!」
「ケケケケッ♪」
「「「「「────っ!」」」」」
後ろからはブラットの慌てた声。前で武器を構える人間たちは、ブラットほどの得体の知れなさもない、ただの人間にしか感じない。
一人でもやれれば、回復して圧倒的有利になれる。ナイトメアはここにきて満面の笑みを浮かべ、ガンツたちにその爪を振り上げた。
「お前がそういう奴で、本当によかったよ」
ナイトメアはガンツたちを殺すことで頭がいっぱいだ。
だからだろう。ブラットが後ろで笑みを浮かべ、そう言っていたことに気が付くことはなかった──。




