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「このクソ野郎が!」


「もうやめてってば!これ以上やったら警察呼ぶわよ!」


 ドス!?


「うっ!?」


「ふん。お前ら2度と俺の前に顔を見せんじゃねーぞ!」


「……」


 顔には1発ももらってないけどさすがに痛い。

 これくらいのパンチでケガする俺じゃないけど。


 それに……これでボーナスゲットできるなら御の字だ。


 数発のパンチを喰らわしてきた男は足早に部屋を去って行った。

 きっと彼女の口から出た『警察を呼ぶ』に敏感に反応したのだろう。

 まあ実際のところこちらも簡単には警察に連絡出来ない事情があるので助かる。


「京介さん大丈夫ですか!」


「ああ問題ないよ。これで暴力をふるう彼氏とはきれいサッパリ別れられるね」


「あ、ありがとうございました。だけど……わたしのせいで暴力を振るわれてしまって……ほんとごめんなさい……」


「これが俺の仕事ですから気にしないでください。細かい報告と事務手続きについては、また後日事務所で行います。あ、今日の出来事だけは事務所に電話連絡を入れておいてください」


 これ以上彼女に心配させるわけにはいかないので、マニュアル通りの言葉を述べ、ひとまず彼女の家を出て事務所に戻ることにした。



 * * * *



 事務所のソファーに腰をかけちょうど報告書を書き終えた時だった。

 サングラスをかけたガタイのいい屈強な肉体を持つ男が二人と、それを従えるようにとても美人な女性が奥の部屋から出てくる。


 美女の名前は新井美咲(あらいみさき)


 腰まである長い黒髪をなびかせ皴一つないスーツにタイトなスカートを着こなす姿は、一見すると仕事が出来そうな20代のOL。

 しかし、その正体は特殊な人材派遣会社『ハピネス』を20代という若さで経営するやり手の社長であり、俺のボスである。


 人材派遣会社といっても会社や企業に社員を派遣するわけではない。

 個人から依頼をうけ特殊な任務をこなす代行業者、いわゆる『別れさせ屋』ってやつだ。


三峰京介(みつみねきょうすけ)、またもこの短期間で解決するとはさすがね。そうそうさっき依頼人から連絡がきたわよ。『京介さんが暴力を振るわれた!』って泣きながらね。あの取り乱し方は、依頼人って感じじゃなかったけどまさかあなた―――」


「……それだけは絶対にないですよ。つまらない事情ですがすべてご存じだと思いますが?」


「そうだったわね。ちょっとからかってみたくなっただけよ。悪かったわ」


「……いいえ構いません。また次の依頼が入りましたら連絡をください。それでは失礼します」


 昔の話を思い出してしまった俺は、どこかで動揺していたのだろう。

 せっかく美咲社長が気軽に声をかけてくれたのに、逃げるように事務所を後にした。


 あの忌々しい昔の話を……


 ―――あれは1年前頃の出来事だ。


「な、なんだこれ?なんでうちの実家に知らない奴らが住んでるんだ?」


 大学生として都内で独り暮らしをしていた俺は、冬休みを利用して2年ぶりに実家へと帰省していた。

 実家は隣の県にあることもあり、いつでも帰れるからとまったく顔を出していなかったのだ。

 

 うちの両親は若い時からコツコツと町の不動産屋として働き、持ち前の人当たりの良さと善良な心で事業を大きくしていた。そしてこの地域でも有名な建設事業会社にまで成長させたのだ。

 それがいったいどうして……


「あ、京ちゃん?京ちゃんよね?」


「お、おばちゃん!ここは俺の家なはずだよね?な、なんで表札が変わってるんだよ!」


 両親が共働きでいつも家の中でひとりぼっちだった為、心配した隣の家のおばちゃんが、小さな頃からいろいろ面倒を見てくれていたのだ。

 おばちゃんには子供がいなかったので、それこそ本当の子供のように可愛がってくれた。


「それがね……詳しいことは分からないんだけど、噂では三峰さんのところに大きな取引きがきたらしくて、その土地一帯を購入したら、後で詐欺だったことが判明したらしくて多額の借金を負って会社も乗っ取られたとかなんとかで……それで……」


 ここでおばちゃんが気不味そうに俯いて止まってしまった。

 俺にショックを与えたくないと思ってくれているのだろう。しかし少しでも情報があるのなら……


「なっ!?なんでそんなことに……そ、それで……?」


「家も差し押さえられて競売に出されちゃったらしいの。競売の話が近所でも出てたからいまの話を噂で少し聞いただけなんだけど……。それで三峰さんたちは、その……夜中にいなくなってしまったみたい。久しぶりに京ちゃんと会えたのにこんな話でごめんなさい……」


 なんてことだ……

 親の会社が奪われ、実家も奪われ、両親は夜逃げして携帯もつながらなくて行方不明。


 なにが善良な心だよ……

 騙されて何も残らなきゃ意味ないじゃんか。

 だからあれほど()()()()()()()()って言ったじゃないか。

 大学の学費も出してもらっていたし一人暮らしをしているマンションの家賃も親が出してくれていた。なにより借金の取り立てが俺のところに来るかもしれない。頭がパンクしてしまいそうだった。

 

「いえ……おばちゃんが謝ることじゃないから。いろいろ教えてくれてありがとうございました」


「困ったことがあったらいつでもうちにおいで」


「はい、ありがとうございます。それではまた」


 ……なんだよこれ。

 家族が消えたって俺は一人じゃない……はずだ。

 おばちゃんだってああ言ってくれたし、俺には相談する彼女だっている。

 俺が帰省するから年越しのイベントは断ってしまったけど、とにかく早く会いたい。いますぐにでも会いたい。

 すぐにスマホを取り出し電話をかける。


 『トゥルルルル トゥルルルル……』


 大晦日はデートが流れてなにも予定がないってぼやいていたはずだけど携帯に出る気配がない。

 ラインを送ってみたものの、やはり既読にならない。

 今日は夜中も電車が動いているしダメ元で彼女の家に行ってみることにした。

 電車の中ではカウントダウンパーティーに参加していたのか浮かれてお酒に酔っているグループも多い。

 カップル達は年越しを一緒に過ごす喜びから、これでもかと体を寄せ合いイチャついていた。

 みんな幸せそうな顔してるのになんで俺がこんな目に……


 なんとか気持ちを落ち着かせ、ようやく電車が彼女の住む最寄り駅へと到着した。

 電車のドアが開きホームに立っていたカップルの女性と目があう。


「えっ!?」


「あっ!?え?な、なんで?これは……ち、違うの!」


 ……なにが違うんだよ。

 そこにいたのは知らない男と手を繋いでいる俺の彼女だった。



 俺の人生はこの日を境にいろいろと変わってしまったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()特技を利用して、独りで生きていくと心に誓ったのだ。



 * * * *



 もうあれから1年か。


 もともと他人の嘘には敏感だった。しかし嘘は分かっていても気持ちのいいものではない。

 気付いていても相手とトラブルにならなければ黙っていることだって多かった。

 それがこのざまだ。

 

 直接話を聞かなくてはさすがに嘘は見抜けない。

 彼女に裏切られたのだって会わずに内緒にされていたのでは分からなくて当然だ。

 俺が実家に帰ることが決まった後に予定を変更したのだろう。

 いまとなっては間抜けな話だ。


 予想通りあの日を境に俺の人生の転落ぶりは見事なまでに悲惨なものだった。

 彼女とは当然別れ大学の方は学費が払えず休学。生活費を稼ぐためにアルバイトを増やしたものの親の借金取りが俺の存在を嗅ぎつけやってきた。


 お金が回収出来ないとわかると、取り立て業者の紹介で賃金が高い『別れさせ屋』の仕事をするようになったのだ。

 紹介とは名ばかりでほとんど脅しだった気がする。

 

 しかしここには嬉しい誤算もあった。

 社長の美咲さんと出会えたこと。

 そして、この仕事が天職だったこと。

 

 この仕事は依頼人からの情報も別れる相手の情報も大切だ。俺には嘘を見抜く力がある。言ってみれば天然の嘘発見器なのだ。

 依頼人だって自分の都合の良いように話を誤魔化す人も少なくない。

 しかし俺にはそんなことは通用しないのでより多くの情報を掴み早く依頼を解決出来るのだ。

 本来であれば平均3ヵ月はかかる依頼を1ヶ月で解決しすでにエースなどともてはやされている。

 すべてはお金のために全力を尽くしている結果に過ぎない。



 自宅に戻りビールを飲んでいるとスマホに着信音を知らせるアラームが鳴っている。どうやら事務所からのようだ。


『はい、三峰です』


『ひと仕事終わったばかりで悪いけどあなたに依頼よ』


 スマホからは美咲社長の透き通った声が聞こえてくるけどどうやら悪いとなんて思っていないようだ。


『さすがに今日の今日で早すぎじゃないですか?』


『それがあなたじゃなきゃダメなのよ。今日別れさせた依頼人からなの』


『はっ!?仕事が失敗したって事ですか?』


 驚きのあまり自分でもわかるくらい間抜けな声が出てしまった。別れさせ屋の成功率は意外と低く30%前後だと言われているので失敗したのかと不安でいっぱいになる。


『仕事は成功よ。ただ……今回は()()()()()()としてあなたを指名してきたのよ』


『……』


 『別れさせ屋』の俺が『レンタル彼氏』だと?

 

 スマホから放たれた美咲社長の予想外の言葉に呆然とただただスマホを見つめて黙りこんでしまった。



  


読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] これはまさに斬新な話題ですね。 更新を楽します。
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