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小雨の降る中を歩いていると、後ろからパシャパシャと足音を鳴らして女性が小走りに走ってきた。
「ユウリ」と彼の名前を呼んで隣に並んで歩き出す。
雨の匂いに彼女の甘い香りが混ざり、ユウリは小さくくしゃみをした。
「風邪でもひいた?」
御陵伊野はユウリの顔を下から覗きこみながら聞いた。スマートな猫のような女の子である。
「いや、いつものくしゃみ」
ただぶっきらぼうに返すユウリの顔を、イノは眉間に皺を寄せて見つめた。
「わたしの匂い?」
「そう」
「そんなにわたしって臭いのかなぁ。そこそこ綺麗にしてるつもりだし、朝にもしっかりシャワー浴びてるよ」彼女は自分の体をクンクンと嗅ぎまわす。本当に小動物のようだ。
「いや、そういう問題じゃないんだ。何回も言うけれど」
「じゃあどういう問題なのよ」
「匂い、としか言えない」
なによそれ、とイノはユウリの肩を叩くとヒヒヒと嫌らしい笑い声を出した。
「なんだよ?」
「ううん。何度やってもこのやり取りはよきものだなぁと思ってね」
うるせえよ、とおでこをデコピンする、そこまでが彼と彼女のテンプレートだった。
でも決して彼らは恋人同士というわけではない。これからもその可能性がないというわけでもないが、限りなくまだその段階ではなく、なおかつただの友達というわけでもないというややこしい関係だ。