06:理由
3年前
Unknown
世に言われる“日本支部の反乱”から数ヶ月が過ぎ、全員が身を隠した後、ダグザはヘリオスの監視を行っていた。事ある事に暴れ出すヘリオス。その表情は誰も見た事のない憎悪に歪み、ダグザにまでその矛先は向かっていた。
ヘリオスが暴れる度に祝融と二人で押さえつけ、意識を奪う日々。さすがにダグザも精神的にも、肉体的にも疲弊していた。
そんなある日、ヘリオスが寝ている時に阿修羅の名前を口にした。天竜を恨む事はあっても、阿修羅の事を考える事は無かったヘリオス。それにより、ダグザは自分でも笑えるような、一番単純な事を見逃していたのに気付く。
ダグザは翌日、ヘリオスを目の前に座らせて目を見据える。そこにいるのは殺気を放ち、憎悪に濁った目でダグザを睨むヘリオス。
「貴様は何がしたい?」
「天竜の人間を殺したいに決まってるじゃないッスか」
「なら阿修羅や、帝釈天もそうなるのか?」
「揚げ足ばっかり取って、気分悪いッスね」
ヘリオスが放つ殺気はダグザや、その後ろにいる祝融を刺すように放たれる。
「そうじゃない。貴様の目的は何だと聞いている」
「阿修羅を奪った奴を殺す事に決まってるじゃないッスか!?何度言ったら分かるんスか!?」
ヘリオスは目の前のテーブルを蹴り飛ばし、そのままダグザの胸ぐらを掴んだ。しかし、ダグザの表情からは余裕が見える。
「なら阿修羅はどうでも良いと?天竜さえ潰せればそれで満足だと?」
「そんな事言ってないじゃないッスか」
「しかし、貴様は天竜が憎い、天竜の人間が殺したいとしか言わない。間違っても阿修羅を取り戻したいと言ったか?」
ヘリオスの目からは徐々に憎悪が消えて行く。
「今から他の奴らを集め、天竜へ行くとしても貴様は加わるに値しない。何故だか分かるか?」
「何でッスか?」
「今の貴様は阿修羅の事など何も考えていないからだ。
そして、阿修羅が戻って来たとしても、今の貴様には笑顔一つ見せないだろうな。今の貴様が見れるのは阿修羅の泣き顔だけだ」
ヘリオスは絶望からその場にへたり込む。憎悪は絶望へと変わり、阿修羅の事が頭を駆け巡る。
そして、ヘリオスの目からは一筋の涙がこぼれ落ちる。そのまま、すがりつくような眼差しで椅子に座っているダグザを見上げる。
「じゃあ、俺はどうしたら良いんスか?」
「貴様がモリガンと戦った時に言ったセリフを思い出せ」
ヘリオスは必死に考える。数ヶ月前にモリガンと戦った。その時も怒りで我を忘れたが、今とは何かが違う。その何かが思い出せない。大切な事だったはずなのに、全く分からなくなっていた。
「思い出せない、何にも思い出せないッスよ」
「なら阿修羅の事はどうだ?」
ヘリオスは阿修羅の事を思い出す。真っ先に浮かんだのはバチカンで阿修羅が守られている姿。そして、その先は靄がかかったかのように分からない。
そう、ヘリオスは憎悪に捕らわれ。大切なものを失っていた。
「何でッスか?阿修羅の事が思い出せない、阿修羅の事が何も分からないッスよ。
阿修羅がどんな顔だったのかも、阿修羅がどんな声だったのかも、俺にとって阿修羅がどういう存在だったのかも、何にも分からないッスよ」
ヘリオスは頭を抱えながら必死に考える。何故自分は天竜を潰したいのか、何故自分はココまで忘れていたのか、何故自分は全てを忘れているのか。
「ヒントをやろう。今の貴様は怒りのみで動いている。しかし、今までの貴様は‘何か’のために動いていた。その‘何か’を貴様は忘れている。故に全てが思い出せないんだ」
「俺は、何を忘れたんスか?」
「それが分からない以上、貴様に天竜を潰す資格はない」
ヘリオスは抜け殻のようになり、ゆっくりと小屋の扉を開けて外に出て行った。祝融が追おうとするが、ダグザは腕を掴んで祝融を止める。
「好きにさせてやれ。次に戻って来た時、奴は更に強くなっているはずだ」
二人はそのまま、ヘリオスがいなくなるのを見ていた。二人が初めて見るヘリオスの暗い影。しかし、ダグザにはそれがヘリオスにとっての躍進力となるのが分かっていた。
あれから数週間、ヘリオスは記憶を辿ってさまよい続けていた。阿修羅という人間の記憶はボロボロに断片化され、小さな記憶を頼りにそれを思い出す作業の毎日。
辿り着いた先はバチカン。いつの間にか一番危険なはずのここに来ていた。本能で思い出はここにあると思ったからだ。
しかし、何も分からない。最初に会った場所であり、最後に会った場所のバチカンでも、ヘリオスの記憶の靄は晴れない。
それどころか、徐々に失われていく‘大切であっただろう’記憶。悲しみは悲しみを呼び、焦りは記憶を消失させる。どこかでこのまま忘れた方が楽なのではないか、という感情が生まれる程だった。
夜になり、イタリアの街は今日がお祭りというのを嫌でも実感させられる賑わい。並ぶ出店は活気を帯び、色とりどりの電飾が無機質なヘリオスを照らす。
空腹に堪えかねたヘリオスは、一つの出店でケーキのようなお菓子を手に取った。
「阿修羅、食べ歩きが好きだったんスよね」
無意識のうちに発していたその言葉に驚く。ヘリオスは一口食べるととめどなく涙が溢れて来た。それはまるで何かを思い出そうと、いらない物を吐き出すかのように。
そこから先は全く思い出せなかった。夜空に大輪のごとく弾ける花火は、ヘリオスの涙の痕まで照らしていく。
「お母さん!花火って太陽みたいだね?」
不意に鼓膜を叩いたその言葉。ヘリオスの中で何かが弾けた。花火、太陽、バチカン、そのピースが急速に絡まり、一つの記憶を呼び起こす。
―――阿修羅の神徳って知ってる?
―――国によっては太陽神なのよ
―――太陽が2つあったらうっとうしいじゃない
「なら、一緒になれば良いじゃないッスか」
ヘリオスは涙を流しながら、阿修羅がいなくなってから初めての笑顔を浮かべた。手に持っていたお菓子を口に詰め込み、一気に走り出す。
人混みを掻き分け、阿修羅と見たステージの踊りを無視して、ユピテルとアストライアの花を買った花屋のショーウィンドウで自分の顔の酷さを笑い、息が切れながらも走り続けた。
自分の怒り、悲しみの意味を取り戻したから。
ダグザはパソコンに向かい情報収集。祝融は一人で瞑想をしている、その機械音のみが支配するう空間に、扉を破壊せんばかりの音が響き渡った。
二人はゆっくりと扉の方を見ると、息を切らしたヘリオスがそこにはいた。それは前にも増して笑顔が明るくなり、二人が求めていた以上の笑顔をしたヘリオス。
ダグザは体をヘリオスに向けると、薄く笑う。
「答えを聞かせてもらおうか。貴様の目的はなんだ?」
「阿修羅の笑顔を守りたい!それだけッスよ!」
「随時かかったが、正解だ」
ダグザは嘲笑うように言った。そして、ヘリオスから自信に溢れた笑みがこぼれる。
「それだけじゃないッスよ?俺めっちゃ強くなったんスから」
「面白い仮説だ。試させてもらおう」
「二人で来て良いッスよ」
ヘリオスはそのまま外へと出た。ダグザは祝融に目で合図すると、同時に外へ出る。
背中を向けているヘリオスをよそに、ダグザと祝融は腕輪に触れた。ダグザの得物はトンファー、名はサラスヴァティー。祝融の得物は三節棍、名は承影。
「負けても泣かなくて良いッスからね?」
ヘリオスは腕輪に触れた。そしてダグザと祝融はそれだけで驚愕する。左手に逆手で握っているのは反った赤黒い片手剣、名はレーヴァテイン。右手に普通に握っているのは真っ直ぐな純白の片手剣。
ヘリオスは左手のレーヴァテインを突き出す。
「左手のレーヴァテインは阿修羅を傷付ける奴を斬り伏せるために、敵の血で赤く―――」
レーヴァテインを戻して右手の純白の剣を前に出す。
「右手のエクスカリバーは阿修羅を守るために、汚れを知らないから真っ白なんスよ」
そしてヘリオスは両手を前に突き出した。
「インフェルノ」
右手のエクスカリバーは純白の炎を纏い、左手のレーヴァテインは漆黒の炎を纏う。
「黒い炎は敵を焼く破壊の炎、白い炎は味方を守る浄化の炎。それが太陽が生み出した炎ッスよ」
「まさかココまでの収穫とはな。貴様には本当に驚かされる」
そして三人は構えた。新たな力を手に入れたヘリオス。それは前にも増して強力で、迷いのない本来の太陽神の姿だった。
ダグザは分かっていた、祝融と二人でも勝てるかどうか危うい。しかし、歓喜もしていた。頭の中で考える。嬉しい誤算による新たなプランを。
いやぁ、ヘリオスの暗い雰囲気を書くのは凄い難しかったです。
今回のように3年間の話をしていきますので、そこら辺も楽しみにしていて下さい。