04:襲撃
Unknown
そこは湖のほとり。比較的温暖な地域で、緑が辺りを埋め尽くす自然には困らない一帯。
しかし、その湖は完全に凍っている。表面のみならず、水分を一滴も残さずに芯まで凍っている。
そして、近くにある木に寄りかかり、眠っている一人の少年。その寝顔は歳の割には幼く見える。しかし、その肌は目の前にある氷の湖のように白い。前下がりボブの髪の毛は彼の顔を少し隠している。
そこに少年よりも年上の女性が現れる。軽くハネた短い髪の毛、身長は女性にしては大きい方だ。少年の顔を覗き込むと、少年はその鋭い目をゆっくりと開く。
「君、近いよ」
「やだなぁモリガンさん!二人だけなんだから照れなくても良いじゃないですか!」
「照れる?僕が君、メルクリウスごときに照れる?そんなに殺されたいのかい?」
そう、少年の名前はモリガン。そして女性の名前はメルクリウス。あの日本支部の反乱の当事者だ。
「殺されるも何も、モリガンさんの愛を受けてスッゴく強くなりましたから!」
「あれを愛って勘違い出来るなんて、君は幸せだろうね」
二人は茶番を繰り返しながら目を合わせ、一瞬でその場から消えた。そして、湖の中央に漆黒の邪神が現れた。
しかし、既に漆黒の邪神を挟み撃ちにしていた。モリガンの得物は巨大な鉄球、名はシヴァ。メルクリウスの得物は刃の付いた靴、名はソルシュ。
既に両方から攻撃を受けている漆黒の邪神。そのまま跳んで避けると、メルクリウスの蹴りとシヴァがぶつかり合い、凄まじい衝撃が氷を砕く。
そして、シヴァを足場にしてメルクリウスが飛び上がる。漆黒の邪神は純白の剣を構えたその瞬間、漆黒の邪神の防御を剥がすような力強い蹴りの連撃が始まる。
「グラビテーション」
メルクリウスは軽くなったように上昇し、シヴァが真っ直ぐと漆黒の邪神に向かう。
何とかシヴァの一撃を去なすが、上空から重量が増したメルクリウスのかかと落としが降って来た。漆黒の邪神は純白の剣で防ぐが、防御もろともたたき落とされる。
漆黒の邪神は氷の湖に突っ込むと、舞い散る粒子で身を隠す。モリガンが重量の力で粒子を雲散させる。
「逃げられちゃいましたね」
モリガンは落ちている黒い封筒に気づき、拾い上げて開く。中にある物を読むと、そのまま投げ捨てた。メルクリウスがそれを拾うと同時に、モリガンは歩き出す。
「やっとだよ。長かったね」
そこは街中。長身の少年から脱したような男性の隣には大人の女性。短い髪の毛に整った顔立ち、長い手足はモデルを彷彿とさせる。
「ねぇ、次はいつ会いに来てくれるの?」
「分からないなぁ。でも待っててね?僕はこの一時のために頑張ってるんだから」
男性と女性が向かう先には一人の青年が立っている。雰囲気は柔らかい雰囲気で、その表情から優しさが伝わって来る。
「ニヨルドさん、そろそろ終わりですよ?」
長身の男性の名前はニヨルド。日本支部関係では一番幼いと言われていたニヨルドも、今は立派な?青年となっていた。
「もうそんな時間なんだ。もうちょっと良いでしょズルワーン?」
「ダメです」
「ちぇ」
ニヨルドは口を尖らせながら女性の手を離した。そして柔らかい雰囲気の青年はあのズルワーン。二人ともホーリナーとしても、一人の男としても一人前になっていた。
「そろじゃあさようなら」
ニヨルドはそのまま女性に口付けをしてズルワーンの方へ向かう。女性は頬を赤く染め、ズルワーンは呆れながらニヨルドに帽子を渡した。ズルワーンとニヨルドは同時に帽子を被り、人混みの中へ消えて行った。
「ニヨルドさん、女遊びが過ぎるんじゃないんですか?」
「だってコソコソするのつまんないんだもん。たまには女の子と遊んでも良いじゃん」
「たまには、って」
ズルワーンは呆れてため息を吐く。
「今は親密な女性が何人いるんですか?」
ニヨルドは上を見ながら考える。それ程相手がいるという事。
「分かんないや!30はいるんじゃない?」
「じゃあ恨まれる心当たりは?」
「そんなへましないはずなんだけどなぁ」
二人はそのままビルの壁を駆け上がって行く。その間に得物を顕現した。ニヨルドの得物はナイフ、名はティルビング。ズルワーンの得物は掻き爪、名はネイト。
ビルの屋上に行くと漆黒の邪神がいた。漆黒の邪神は既に大量のティルビングに包囲されていた。ティルビング同士がぶつかり合い、ドーム状に包囲している。
「女の子じゃないよ?」
「とりあえず逃げるタイミングを作りましょう。こんな殺気を出してるって事は、僕達を殺す気らしいですよ」
「りょぉかい」
二人が漆黒の邪神から注意を離したその瞬間、漆黒の邪神は二人の背後をとっていた。ティルビングは均衡が破られ、全てが落ちて行く。
しかし、二人は背後にいる漆黒の邪神の首もとに得物を突き付けていた。
「消えて下さい。少なくとも僕達二人が本気出したら、貴方は勝てません」
「無闇な殺生禁止でも正当防衛ってのがあるしね」
二人が振り向くとそこに漆黒の邪神はいなかった。完全に気配が消えている事から、漆黒の邪神が手を引いたと判断する。
二人は漆黒の邪神が落として行った黒い封筒を見付け、ズルワーンが手に取り封筒を開けた。
「ラブレターかな!?」
「あの状況でラブレターなら、ニヨルドさんは変な人に好かれましたね」
二人は中を取り出して口角を上げる。ズルワーンは細かく切り刻むと、その場にバラまいた。
「行きましょうか?」
「デート出来なくなるのは寂しいけど、しょうがないか」
そこは人々から遠ざけられた廃墟。廃れたその風景は不気味な雰囲気を醸し出している。
漆黒の邪神はこの馬鹿みたいに広いこの中から、たった二人の探し人を見付けるのは至難の業。しかも、ここの住人は用心深いらしく、至る所にトラップがある。
漆黒の邪神が階段を登ると、そこには腕組みをしている女性が一人。暗い室内でもその金色の肩口で揃えられたボブヘアーは輝いて見える。女性は得物である全体に刃のナックルガードが付いた槍、ルドラシスを構えた。
「誰誰?まぁ侵入者らしいからこのククルカンが成敗してやる!」
ククルカンは地面を蹴ると一気に漆黒の邪神との間合いを詰める。しかし、漆黒の邪神はククルカンの上を飛び越えて行く。
ククルカンは振り向き様に横なぎにルドラシスを振るう。漆黒の邪神は防御するが、軽々と吹き飛ばされてしまった。壁を破壊しながら何とか止まる。
「甘い甘い!うちに喧嘩売ったのが間違いだったね」
漆黒の邪神はククルカンに切りかかるが、ククルカンは片手で止めてしまう。そのまま口角を上げるククルカン。
「バキューム!」
漆黒の邪神が後ろを振り向くと、そこには目一杯の炎があった。漆黒の邪神は純白の剣を炎に向ける。そのまま、凄まじい炎はククルカンもろとも漆黒の邪神を飲み込む。ククルカンは真空のベールに包まれ、炎を拒絶している。
炎が止むと、そこには全く無傷の漆黒の邪神がいる。漆黒の邪神の視線の先にはバンダナを付けた黒髪、そして黒い肌の長身の女性がいる。
「う、嘘嘘。アルテミスのサラちゃんの炎だよ?」
アルテミスの隣には巨大なトカゲがいる。赤いウロコに体が覆われ、鋭い牙が見え隠れする。トカゲというよりはまるで竜のようだ。
漆黒の邪神は二人を交互に見ると、そのまま壁を突き破り逃げて行った。漆黒の邪神が逃げた跡には黒い封筒が一つ。
「なんだなんだ?」
ククルカンが黒い封筒を拾い上げると、トカゲの上に乗ったアルテミスが近寄る。
「何だいそれは?」
「落とし物っぽいよ」
ククルカンは黒い封筒を開き、中身を取り出した。そのままニヤリと笑うと、それをアルテミスに見せる。アルテミスはそれを見てククルカンと同じように笑う。
「乗りな、ククルカン」
「OKOK!」
ククルカンがトカゲの背中に飛び乗ると、トカゲは壁を貫いて外へ飛び出して行った。
遂に日本支部の反乱の関係者が出てきましたね。設定はあれから3年後なので、子供だったニヨルドやズルワーンは青年になりました。
コレから空白の3年間が語られたり、語られなかったりです。楽しみにしていて下さい。